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プロポーズが「お嬢さん、俺の嫁にならないか?」ってどうなの!?  作者: SAKURA MOON


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「大丈夫」は、もう信じない

目を覚ましたとき、最初に見えたのは、見慣れない天井だった。


 白い天蓋。


 淡い金色の刺繍。


 窓から差し込む光を受けて、磨き上げられた調度品が静かに輝いている。


「……ここは……」


 声を出した瞬間、すぐそばで何かが動いた。


「アル?」


 低い声。


 顔を向けると、ベッドの脇にカイがいた。


「カイ……?」


「よかった……」


 大きく息を吐いて、カイが肩の力を抜く。


 その向こうには、レイ、レン、ソラ、ユウトの姿もあった。


 どうして、皆様が。


 そう思ったところで、記憶が戻ってきた。


 王太子殿下。


 婚約破棄。


 十二年間。


 馬車。


 そして――。


『よく頑張ったな』


「……!」


 アルは勢いよく身体を起こそうとした。


「おい、待て!」


 カイが慌てて肩を支える。


「急に起きんな。まだ寝てろ」


「ですが……私……」


「倒れたんだよ」


「……倒れた?」


「ああ」


 カイの顔が、少しだけ曇った。


「俺が受け止めた」


「……申し訳ありません」


「なんで謝るんだよ」


「ご迷惑を……」


「迷惑じゃねえ」


 ぴしゃりと言われ、アルは口を閉じた。


 そこでようやく、部屋を見回す。


 見覚えがあった。


 幼い頃から何度も訪れた場所。


「……王宮?」


「ああ」


 カイが答える。


「すぐ休ませられる場所がここだったから。勝手に運んじまった」


「…………」


 アルは何も言わなかった。


 けれど、無意識にシーツを握った指を、カイは見逃さなかった。


 ほんの少しだけ、眉を寄せる。


「……本当はここに来たくなかったよな」


 アルが顔を上げた。


 カイは困ったように頭を掻いた。


「悪い」


「……どうして、カイが謝るのですか?」


「だって、さっきあんなことがあった場所だろ」


 アルは目を瞬いた。


 そんなことを言われるとは思っていなかった。


「でも、私を運んでくださったのは――」


「それでもだ」


 カイはアルを見た。


「嫌だったら、嫌って言っていいんだからな」


「…………」


「無理なもんは無理。嫌なもんは嫌。それでいいだろ」


 簡単なことのように言う。


 けれどアルには、それがとても難しいことに思えた。


 十二年間。


 王太子の婚約者として。


 公爵令嬢として。


 いつだって求められたのは、正しくあることだった。


 嫌だと言った記憶など、ほとんどない。


「……ありがとうございます」


 ようやくそれだけ言うと、カイは少しだけ笑った。


「ん」


 そして、不意に顔を近づけた。


「え?」


 こつん。


 額と額が触れる。


「…………!?」


「熱はねえな」


「カ、カイ!?」


「ん?」


「ち、近いです!」


「熱見るならこれが早いだろ」


 あまりにも平然としている。


 アルの顔が一気に熱くなった。


「お。熱出てきた?」


「違います!」


 思わず声を上げると、カイが笑った。


「なら元気だな」


 その後ろで、レンが小さくため息をついた。


「距離感おかしいって」


「そうか?」


「そうだよ」


 ソラが即答する。


 レイは苦笑し、ユウトは呆れた顔で腕を組んでいる。


 アルは赤くなった顔を隠すように俯いた。


 そこで、ふと思う。


 この五人。


 どこかで聞いたことがある。


 黒髪のカイ。


 銀白の髪を持つレイ。


 青みがかった黒髪のレン。


 鋭い紫の瞳をしたソラ。


 赤い髪のユウト。


「……もしかして」


「ん?」


「皆様は……北方バハードの……」


 アルの脳裏に、いつかの茶会で聞いた令嬢たちの声が蘇った。


『ねえ、ご存じ? 北方には、とんでもなく美しい騎士が五人いるんですって』


『でも怖い方々なのでしょう?』


『それでも一度くらい見てみたいわ』


 まさか。


「……五人の美丈夫……?」


 沈黙。


「ぶっ」


 最初に吹き出したのはユウトだった。


「誰だよ、そんな呼び方してんの!」


「王都ではそう呼ばれているようですね」


 レイが眼鏡を押し上げる。


「へぇ、初めて聞いた」


 レンがぼそりと言う。


「どうでもいい」


 ソラは本当にどうでもよさそうだった。


 そしてカイだけが、


「美丈夫ってなんだ?」


 真顔で聞いた。


「そこから!?」


 ユウトの声が部屋に響いた。


 ◇ ◇ ◇


 それより少し前。


 アルがまだ眠っていた頃。


 カイはベッドの脇に立ち、黙って彼女を見ていた。


 眠るアルの顔は青白い。


 そして布団の下では、侍女が手当てを終えたばかりの踵に包帯が巻かれていた。


 血が滲むほど擦れていた。


 それでも彼女は何も言わなかった。


「……俺のせいだ」


 突然、カイが言った。


 四人がカイを見る。


「あんなことがあったのに、ずっと立たせてた」


 誰も茶化さなかった。


「靴も……あんなになってたのに」


 カイは拳を握る。


「俺、全然気づかなかった」


「悪いのはあの王太子だろ」


 ソラが言った。


 いつものぶっきらぼうな声だった。


「カイのせいじゃない」


「でも――」


「カイが追いかけなかったら」


 レンが口を開いた。


 視線はカイではなく、眠っているアルに向けられている。


「一人で馬車に乗ってた」


「…………」


「多分、誰にも大丈夫じゃないって言わないまま」


 カイは黙った。


 確かにそうだった。


 彼女はずっと笑っていた。


 婚約を破棄された直後も。


 踵から血を流しながらも。


 大丈夫だと。


 平気だと。


 そういう顔をしていた。


「十二年かぁ……長えな」


 ユウトがぽつりと言った。


 その声には、いつもの軽さはなかった。


 十二年。


 一人の人間を信じて。


 その隣に立つために努力して。


 最後に返ってきたものが、あれだった。


 レイが静かにカイを見る。


「カイ」


「……なんだ」


「次からは、もっと早く気づいてあげてください」


「…………」


「彼女はたぶん、自分からは言いません」


 カイはもう一度、アルを見た。


 眠っている顔。


 小さな身体。


 傷ついた踵。


 それなのに最後まで、「大丈夫」と言おうとしていた女。


「……分かった」


 短く答えた。


 そのときのカイは、まだ知らなかった。


 この決意のせいで。


 これから自分が、


「疲れてないか」


「腹減ってないか」


「寒くないか」


「それ重いだろ、俺が持つ」


「お前の“大丈夫”は信用しねえ」


 ――と。


 アルが呆れるほどの男になっていくことを。


 そしてアルも、まだ知らない。


 今は平然と自分の額に額をくっつけてくるこの男が。


 いつか彼女への恋を自覚した時にはーー


 それすらできなくなることを。

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