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プロポーズが「お嬢さん、俺の嫁にならないか?」ってどうなの!?  作者: SAKURA MOON


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魔獣討伐

「これまでにない規模だと」


 その言葉に、先ほどまでの和やかな空気が一瞬で消えた。


 カイが低い声で尋ねる。


「何が出た?」


「グレイウルフです」


 レイたちの表情が変わった。


「数は?」


「確認されているだけで、およそ五十」


「五十……」


 レンが眉を寄せる。


 グレイウルフは、バハード北部の山岳地帯に生息する狼型の魔獣だ。


 群れで行動すること自体は珍しくない。


 だが、多くても二十ほど。


 五十もの個体が同じ山域に集まっているとなれば、明らかに異常だった。


「被害は?」


「現在のところ、近隣の村への被害は確認されておりません。ただ、群れは南へ移動しているとのことです」


 カイの目が鋭くなる。


「村までどれくらいだ」


「このまま進めば、明朝には到達する可能性があります」


 それを聞いた瞬間、カイは決めた。


「ユウト、お前の隊を先に出せ。二十人全員だ」


「了解」


「無理に仕掛けるな。位置と数を確認して、村へ向かうようなら足止めしろ」


「分かった」


 ユウトはそれだけ答えると、すぐに踵を返した。


「レイ、お前の隊も準備させろ。俺たちもすぐ出る」


「承知しました」


「レン、ソラ。お前らは残れ。王都と例の入口を頼む」


「了解」


「任せて」


 四人の返事に迷いはなかった。


 カイはもう一度、使者へ向き直る。


「王宮には、俺たちが今夜中に向かうと伝えてくれ」


「はっ」


 使者が深く頭を下げ、その場を離れていく。


 カイは北の方角へ視線を向けた。


「グレイウルフ五十……」


 低く呟く。


「数だけなら、どうにでもなる」


 レイが静かに頷いた。


「問題は、なぜそこまで集まっているのか、ですね」


「ああ」


 カイの表情は険しいままだった。


 アルは少し離れた場所から、そのやり取りを聞いていた。


 今夜。


 カイたちは出発する。


 その事実が、急に現実味を帯びて胸へ落ちてきた。


それから、屋敷の空気は一気に慌ただしくなった。


 ユウトは自分の隊へ指示を出し、必要な装備だけを整えると、二十名の騎士を率いて先に屋敷を出た。


 馬蹄の音が夜の道へ遠ざかっていく。


 その背中を見送る間もなく、今度はレイ隊の準備が始まった。


 武器。


 防寒具。


 予備の食料。


 夜間の移動に必要な灯り。


 騎士たちは慣れた様子で動いていく。


 アルは、その様子を少し離れたところから見ていた。


 誰も慌ててはいない。


 けれど、無駄な動きもなかった。


 それがかえって、これが彼らにとって本当の任務なのだということを感じさせた。


「アルヴェイン様」


 声をかけられ、アルは顔を上げる。


 レイだった。


 すでに外套を身につけ、腰には剣を帯びている。


「……レイ様」


「ご心配ですか?」


 問いかけられ、アルはすぐには答えられなかった。


 嘘をついても仕方がない。


「……はい」


 レイは小さく笑った。


「カイは本当に強いんです」


 アルは少し離れた場所にいるカイを見る。


 部下たちの準備を確認しながら、何かを指示している。


「もちろん、私たちも」


 思わずアルはレイを見た。


 レイはいつもの穏やかな表情のままだった。


「ですから、どうか信じてお待ちください」


「……はい」


 少しだけ。


 本当に少しだけ、胸の奥の強張りが和らいだ。


 やがて準備を終えたカイが、こちらへ歩いてくる。


「アル」


「カイ様……」


 いつもの服装とは違う。


 剣を帯び、厚手の外套を羽織った姿。


 これから戦いへ向かう人の姿だった。


 気をつけてください。


 無理をしないでください。


 怪我をしないでください。


 言いたいことはいくつも浮かぶ。


 けれど、いざ口にしようとすると、喉の奥で詰まった。


 そんなアルを見て、カイがわずかに表情を緩める。


「大丈夫だ」


「……」


「俺を信じろ」


 まっすぐにアルを見る。


「必ず戻るから」


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


 アルは少しだけ唇を噛み、それから頷く。


「……はい」


 やがて出発の号令がかかった。


 騎士たちが次々と馬へ跨る。


 カイも馬へ向かった。


 その背中を見つめながら、アルは思わず一歩前へ出る。


「カイ様」


 呼ばれて、カイが振り返った。


 アルは両手を胸元で握る。


「どうか、ご無事で……」


 一瞬。


 カイの表情が柔らかくなる。


「ああ」


 短く答え、馬へ跨った。


 騎士たちが動き出す。


 夜の静けさの中へ、馬蹄の音が響いた。


 カイが一度だけ振り返る。


 アルも、その姿をじっと見ていた。


 カイは軽く片手を上げると、そのまま前を向く。


 騎士たちの背中が少しずつ遠ざかっていく。


 暗闇の中へ。


 小さく。


 さらに小さく。


 やがて、誰がカイなのかも分からなくなった。


 それでもアルは、その場を動かなかった。


 どれくらいそうしていただろう。


「アルヴェイン様」


 隣に立っていたセシルが、そっと声をかける。


「お身体が冷えてしまいます」


「……ええ」


「中へ戻りましょう」


 アルはもう一度、カイたちが消えていった道を見る。


 当然、もう何も見えない。


「……行きましょう」


 二人は屋敷へ戻った。


     ***


 自室へ戻っても、アルの胸は落ち着かなかった。


 眠る気にもなれない。


 本を開いた。


 けれど、同じ行を何度読んでも頭に入ってこなかった。


 今、どこにいるのだろう。


 ユウト様たちには追いついただろうか。


 グレイウルフは、まだ村へ向かっているのだろうか。


 窓の外を見る。


 厚い雲に覆われた夜空。


 月も、星もほとんど見えない。


 分かっている。


 カイ様は強い。


 レイ様も、ユウト様も。


 騎士たちも。


 皆、こうした任務のために日々鍛えている。


 頭では分かっている。


 それでも。


 不安は消えなかった。


 アルはゆっくりと胸元へ手を置く。


「……これが」


 声が、静かな部屋に落ちる。


「これが……騎士の妻になるということなのね……」


 戦いへ向かう背中を見送ること。


 そして。


 帰ってくると信じて待つこと。


 アルは窓の外を見つめたまま、しばらく動かなかった。


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