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プロポーズが「お嬢さん、俺の嫁にならないか?」ってどうなの!?  作者: SAKURA MOON


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幼馴染

王宮を出る頃には、アルはすっかり眠っていた。


 カイは腕の中へ視線を落とす。


 先ほどまで自分にしがみつき、


『大好きです』


『一生、離してあーげないっ』


 などと言っていた本人は、何事もなかったかのように穏やかな寝息を立てている。


「……ずるくねえか」


 思わず呟くと、隣を歩いていたレンが笑った。


「明日、覚えてるといいな」


「覚えてるだろ」


「願望だな」


「うるせえ」


 ユウトが肩を揺らす。


「兄貴、顔に出てるって」


「出てねえよ」


「出てる」


 ソラにまで即答され、カイは黙った。


 レイだけはアルの様子を確認し、


「今夜はゆっくり休んでいただきましょう。明日の朝にはお水を多めに」


「ああ」


 カイはアルを抱え直した。


 その動きに合わせるように、アルがカイの胸元へ頬を寄せる。


「…………」


 四騎士が一斉にカイを見る。


「見るな」


 それだけ言って、カイはアルを抱いたまま馬車へ向かった。


 扉が開けられると、アルを起こさないよう慎重に乗り込む。


 馬車が王宮を離れてからも、アルが目を覚ますことはなかった。


 規則正しい揺れに身を任せ、カイの胸元に頬を預けたまま眠っている。


 カイはそんなアルを抱えたまま、窓の外へ流れていく王都の灯りを眺めた。


 やがて馬車は、ロゼリア邸の門をくぐった。


     ◇


 玄関には、使用人たちが待っていた。


 馬車が止まり、カイがアルを抱いたまま降りてくると、何人かが目を丸くする。


「お嬢様……?」


「寝てるだけだ」


「少しお酒を召し上がっただけです。お身体に問題はありませんよ」


 レイがそう説明すると、使用人たちの表情がほっと緩んだ。


 ほどなくして、先に帰っていたロゼリア夫妻も姿を現した。


 母はカイの腕の中で眠る娘を見ると、


「まあ……」


 小さく声を漏らした。


 父も娘の様子を確認し、カイへ視線を向ける。


「部屋まで運びます」


「頼む」


 カイはアルを抱いたまま階段を上がった。


 アルは起きない。


 むしろ安心しきったように、カイの胸元へ頬を預けている。


「……無防備すぎるだろ」


 小さく呟き、そのままアルの部屋へ入る。


 寝台まで運ぶと、起こさないようゆっくりと身体を下ろした。


 腕を抜いても、アルは静かな寝息を立てたままだった。


 カイはしばらく、その寝顔を見つめた。


『大好きです』


『一生、離してあーげないっ』


 つい先ほどの声が蘇る。


 思い出しただけで、口元が緩みそうになる。


 女性にあんなふうに抱きつかれたのは、初めてだった。


 決してモテないわけではない。けれど、あの事件があってから、背負うものが増えた。


 精一杯だった。女性に目を向けている暇などなかった。


「……ったく」


 掛け布をそっと整える。


 そしてもう一度、眠るアルを見た。


「……いつ、素面で言ってくれるかな」


 もちろん、返事はない。


 カイは小さく笑った。


「おやすみ、アル」


 すやすやと眠るアルの額にそっと口づけをして。


 静かに部屋をあとにした。


     ◇◇◇


 翌日。


 アルは痛む頭をさすりながら目を覚ました。


「……痛い……」


 ゆっくりと瞼を開く。


 見慣れた天井が目に入り、ここが自分の部屋だと分かる。


 身体を起こそうとした途端、頭の奥がずきりと痛んだ。


 昨日のことを思い返す。


 王宮での宴。


 レオンとリリアのダンス。


 そして、カイと踊った。


 嬉しかった。


 楽しかった。


 正装したカイがいつも以上に格好よく見えて、つい見惚れてしまったことまで覚えている。


 それから喉が渇いて。


 甘い果実水を飲んで――


「…………?」


 そこから先の記憶が、ひどく曖昧だった。


 何か、とても幸せな気分だったような気がする。


 カイが近くにいたことも覚えている。


 けれど、そのあと自分が何をしたのか。


 どうやって王宮を出たのか。


 どうやってここへ戻ってきたのか。


 思い出せない。


「…………」


 嫌な予感がした。


 その時、扉が控えめに叩かれた。


「お嬢様、お目覚めですか?」


「セシル? 起きてるわ。入って」


 水差しとグラスを載せた盆を手に、セシルが入ってくる。


「お加減はいかがですか?」


「頭が痛いわ……」


「まずはこちらを」


「ありがとう」


 アルは冷たい水を飲み、ようやく一息ついた。


「ねえ、セシル。私……昨日、どうやって帰ってきたの?」


「覚えていらっしゃらないのですか?」


「カイ様と踊ったことは覚えているわ。そのあと、果実水を飲んで……」


「お嬢様。あれは果実水ではありません」


「え?」


「お酒です」


「…………」


 アルは固まった。


「私……酔っていたの?」


「かなり」


「まあ……」


 アルは片手で額を覆った。


「それで、どうやって帰ってきたの?」


「カイ様がお連れくださいました。馬車からこちらのお部屋まで抱いて」


「…………抱いて?」


「お姫様抱っこで」


「…………」


 アルの頬がみるみる赤くなる。


「私ったら……」


 酔いつぶれた挙げ句、婚約者に抱きかかえられて帰宅したらしい。


「私、酔ってから何かしてなかった?」


「申し訳ありません。私は侍女控室におりましたので、そこまでは……」


「そうよね……」


 アルは頭を抱えた。


「カイ様に謝らないと……」


 何をしでかしたのか。


 思い出せないことが、余計に怖い。


「本日はバハードへお戻りになる日です。もう少しお休みになってから、お支度なさってください」


「そうするわ……」


     ◇


 しばらく休み、身支度を整えて階下へ降りる頃には、頭痛も随分と和らいでいた。


 出発を控え、屋敷では荷物が次々と運び出されている。


 今日、セレディアを離れる。


 自分が生まれ育った国。


 そして、この屋敷とも再びしばらく離れることになる。


 そう思うと、胸の奥に少しだけ寂しさが広がった。


 アルが玄関広間へ向かっていると。


「アルは!? アルはどこ!?」


 聞き覚えのある声が響いた。


「!?」


 急いで向かうと、そこには柔らかな金色の髪を揺らした女性が立っていた。


「……アデル?」


 幼馴染のアデル・フォン・ラシェル。


 久しぶりに会った彼女は、今まで見たことがないほど険しい顔をしていた。


「アデル、久し――」


「この馬鹿ぁっ!!」


「!?」


「どうして手紙の一つも寄越さなかったのよ! 婚約破棄されたって、人づてに聞いたのよ!?」


「ご、ごめん」


 怒鳴ったアデルの目に、みるみる涙が溜まる。


「……心配したのよ」


「……アデル」


「一人で抱え込まないでよ。私、友達でしょう」


「……うん。ごめんね」


 次の瞬間、アデルがアルを強く抱きしめた。


 アルもその背へ腕を回す。


「もう黙っていなくなったりしないで」


「分かった」


 身体を離すと、アルは少し照れくさそうに笑った。


「でもね、アデル。私、今は幸せなの」


「……そうみたいね」


「え?」


「昨日、見てたもの。あなたが踊ってるところ」


 アデルが小さく笑う。


「ずいぶん楽しそうだったじゃない」


「……そうだった?」


「そうだったわよ。あんな顔で男の人を見てるアル、初めて見た」


「えっ」


 アルの頬が赤くなる。


「ど、どんな顔よ」


「それは自分で考えなさい」


「もう、アデル!」


 久しぶりに交わすやり取りに、二人は笑った。


「……幸せなら、それでいいわ」


「うん」


 その時だった。


 廊下の向こうから、いくつもの足音が近づいてきた。


「アル!」


 真っ先に姿を現したのはカイだった。


 その後ろから、レイ、レン、ソラ、ユウトも続いてやって来る。


「カイ様?」


「どうした? でかい声が聞こえたぞ」


「ご心配をおかけして申し訳ありません。大丈夫ですわ」


「そうか?」


「はい」


 カイは泣いた跡の残るアルの顔を見たが、笑っているのを確認すると、それ以上は何も聞かなかった。


「カイ様。ご紹介します」


 アルはアデルを示した。


「こちらはアデル・フォン・ラシェル。私の幼馴染です」


「初めまして。アデル・フォン・ラシェルと申します」


 アデルが五人へ挨拶する。


「アデル。こちらがカイ・ヴァルグレン様。私の夫となる方よ」


「ああ、この方ね。昨日、一緒に踊ってた人ね」


「そうよ」


 アデルは改めてカイを見上げた。


 昨日は遠くから眺めていただけだったが、近くで見ると想像以上に目を引く男だった。


 カイを見る。


 アルを見る。


 もう一度、カイを見る。


「……アル」


「なあに?」


「とんでもない男捕まえたわね」


「え?」


「そのままの意味よ」


「?」


 アルだけが分かっていない。


 レンが思わず吹き出した。


 ユウトも口元を押さえている。


「それで、そちらの四人は?」


「あ、そうだったわね」


 アルは四人に目を向けた。


「レイ様、レン様、ソラ様、ユウト様。カイ様と共にバハードから来てくださった騎士の方々よ」


四人もそれぞれアデルに挨拶をする。


 アデルは五人を順番に見た。


「何なの、この集団。顔が良すぎない?」


 アルがふふっと笑う。


「本当よね」


 だが、アデルには一つだけ言っておきたいことがあった。


 カイの前へ進む。


「ヴァルグレン卿」


「どうした?」


「一つだけ言っておきます」


 アデルはカイを真っ直ぐ見上げた。


「この子を泣かせたら、あなたでも股間を蹴り上げますからね」


「アデル!?」


 アルの声が玄関広間に響いた。


 レンが吹き出し、ユウトも堪えきれず顔を背ける。


 ソラはアデルを見て、


「気に入った」


「ソラ様!?」


 当のカイは真顔だった。


「分かった」


「カイ様まで!?」


「泣かせなきゃいいんだろ」


「そういう問題ではありませんわ!」


 慌てるアルを横目に、アデルは小さく笑った。


 昨日、カイと踊るアルを見た時から、なんとなく分かっていた。


 そして今、確信した。


 思い描いていた未来とは違っても。


 今のアルは、ちゃんと幸せそうに笑っている。


 ならば、それでいい。


 その笑顔がこれからも続いてくれれば。


 幼馴染として望むことは、それだけだった。

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