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プロポーズが「お嬢さん、俺の嫁にならないか?」ってどうなの!?  作者: SAKURA MOON


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ダンス練習

それからしばらくして。


「ふぅ。さて、皆さん。そろそろお暇しましょう」


 レイがそう告げた。


 アルは少し驚いて顔を上げる。


「もうですか?」


「はい。明日は舞踏会がありますからね。今夜は早めに休んでおいた方がいいでしょう」


「そうですわね」


 アルも素直に頷いた。


 その隣で。


「…………」


 カイだけが固まっていた。


 レイがそれに気づく。


「……カイ?」


「…………」


「どうしました?」


「…………」


 返事がない。


 先ほどまで普通にしていた男が、明らかにおかしい。


 レイの目が、すっと細くなった。


「カイ」


「……なんだ」


「もしかして……」


 嫌な予感がした。


「あなた、踊れないんですか?」


「…………」


 沈黙。


 アルが目を丸くする。


「まあ」


 レンがカイを見る。


 ソラも見る。


 ユウトも見る。


 三人の視線を受けながら、カイはしばらく黙っていたが、やがてぼそりと答えた。


「……踊ったことがない」


「…………」


 今度はカイ以外の全員が固まった。


 レイがこめかみを押さえる。


「……明日ですよ」


「ああ」


「舞踏会」


「ああ」


「アルヴェイン様と踊るんですよ」


「……そうらしいな」


「そうらしいな、ではありません!」


 ついにレイの声が大きくなった。


「なぜ今まで黙っていたんですか!」


「聞かれなかったから」


「聞かれなかったから!?」


「俺も今思い出した」


「忘れていたんですか!?」


「……まあ」


 レイはしばらく無言でカイを見つめた。


 やがて、深く息を吐く。


「……予定変更です」


「レイ?」


「早めに休むのは中止です」


 眼鏡を押し上げた。


「屋敷へ戻り次第、練習します」


「……今から?」


「今からです」


「明日じゃ駄目か?」


「明日が本番です!」


 レンが堪えきれず吹き出した。


 ソラも顔を背け、肩を震わせている。


 ユウトに至っては隠す気すらなかった。


「兄貴、剣はあんなに強ぇのにダンスは駄目なのかよ」


「うるせぇ。踊る必要がなかったんだよ」


「明日はあるじゃん」


「……そうだな」


「だから練習するんです」


 レイがぴしゃりと言う。


 逃げ道はなかった。


「カイ様」


 アルがカイの袖をそっと引いた。


「私もご一緒します」


「アル?」


「ダンスでしたら、お教えできますわ」


 カイがアルを見る。


「アルが?」


「はい!」


 アルは嬉しそうに微笑んだ。


「カイ様と踊れるのでしょう? でしたら、私もお手伝いしたいです」


「…………」


 カイの抵抗が止まった。


 レイはそれを見逃さなかった。


「では決まりですね」


「……お前、今の流れ利用しただろ」


「何のことでしょう」


 レイは涼しい顔で眼鏡を押し上げた。


 ◇


 屋敷へ戻ると、一行はそのまま広間へ向かった。


 普段は来客を迎えるために使われる広い部屋だったが、中央には十分な空間がある。


 レイは使用人に頼み、音楽を用意してもらった。


「では始めましょう」


「本当にやるのか……」


「何のために帰ってきたと思っているんですか」


「寝るため」


「違います」


 即答だった。


 レンたちは少し離れた場所に腰を下ろしている。


 完全に見物するつもりらしい。


「お前らもやれよ」


 カイが不満そうに言う。


「俺は踊れるよ」


 レンが答える。


「俺も」


 ソラも続く。


「俺も一応」


 ユウトまで手を上げた。


「…………」


 最後の希望を託すように、カイがレイを見る。


「私はあなたに教える側です」


「なんで俺だけなんだよ」


「今まで逃げ続けた結果でしょう」


 反論できない。


「まずは基本のステップからです」


 レイがカイの正面に立った。


「右、左、右。次に左、右、左。難しく考えないでください」


「こうか?」


「違います」


「今ので?」


「最初から違います」


「…………」


 レンが俯いた。


 肩が震えている。


「レン。笑ってるだろ」


「ごめん。まだ何も言ってない」


「顔に出てんだよ」


 そう言いながらも、カイに先ほどまでの渋る様子はなかった。


 視線だけが、ちらりとアルへ向く。


 アルは少し離れたところで、楽しそうにこちらを見ている。


「カイ様、頑張ってください!」


「おう」


 返事は妙に素直だった。


 レイがその横顔を見る。


「……急にやる気が出ましたね」


「別に」


「アルヴェイン様と踊れるからですか?」


「…………」


「カイ?」


「……練習続けるぞ」


 否定はしなかった。


 レンがまた吹き出す。


「分かりやすいなあ」


「うるせぇ」


 もう一度、カイは足を動かした。


 今度は先ほどよりも真剣だった。


 何度か繰り返すうちに、動きは目に見えて変わっていく。


「右、左――そうです。次」


「こうだろ」


「……はい」


 レイが少し意外そうに瞬く。


「覚えるのは早いですね」


「アルと踊るんだろ?」


「ええ」


「だったら、ちゃんと覚える」


 あまりにも当然のように言うものだから、レイは一瞬黙った。


 そして、小さく笑う。


「……そうですか」


「なんだよ」


「いいえ。では、さっさと覚えていただきましょう」


 基本の動きを一通り確認すると、レイは頷いた。


「では、次は実際に相手と合わせてみましょう」


 レイがアルへ視線を向ける。


「アルヴェイン様、お願いいたします」


「はい」


 待っていたアルが嬉しそうに立ち上がった。


 その瞬間。


 カイの動きが止まった。


「…………」


「カイ?」


「……なんだ」


「いえ。急に静かになったので」


「別に」


 先ほどまで、アルと踊るためならちゃんと覚えると言っていた男とは思えないほど身体が硬い。


 アルがカイの前までやって来る。


「よろしくお願いいたします、カイ様」


「……おう」


「ではカイ。アルヴェイン様の手を取って」


 言われた通り、カイがアルの手を取る。


「もう片方の手は腰へ」


「…………」


 止まった。


「カイ?」


「……腰?」


「はい」


 カイがアルを見る。


 アルも見上げている。


「……触っていいのか?」


「え?」


「腰」


 アルの頬が、ぽっと赤くなった。


「も、もちろんですわ。ダンスですもの」


「……そうか」


 カイの耳まで赤くなる。


 少し離れた場所で、レンとソラとユウトが一斉にレイを見た。


 レイは無言で首を横に振る。


 ――今は何も言うな。


 そういう顔だった。


 カイの手が、おそるおそるアルの腰に添えられる。


 剣を握るときには迷いなど微塵もない手が、今は妙にぎこちない。


「もっと自然に」


「やってる」


「全然できていません」


「難しいな、これ」


「まだ立っているだけですよ」


 レンがとうとう顔を覆った。


「始まってもいない……」


「聞こえてるぞ」


「すみません」


 レイが手を叩いた。


「では、始めますよ」


 音楽が流れ始める。


 カイが一歩踏み出した。


 アルもそれに合わせる。


 もう一歩。


 カイの視線は、いつの間にか足元へ落ちていた。


「カイ様」


「なんだ」


「足元ばかり見ていてはいけませんわ」


「でも踏みそうで怖ぇんだよ」


「踏まれても大丈夫です」


「大丈夫じゃねぇだろ」


「ふふっ」


 アルが笑った。


 カイが顔を上げる。


「では、私を見ていてください」


「……アルを?」


「はい。私が合わせますから」


 アルはカイを見上げた。


 少し恥ずかしそうに頬を染めている。


 それでも、その表情は楽しそうだった。


「私、カイ様と踊れるのを楽しみにしていたのです」


「…………」


「ですから、もう一度やってみませんか?」


 カイはしばらくアルを見つめた。


 やがて、ふっと肩から力が抜けた。


「……分かった」


 二人は一度、最初の位置へ戻った。


 音楽に合わせて、もう一度踏み出す。


 一歩。


 また一歩。


 カイの動きはまだ硬い。


 けれど、先ほどとは違っていた。


「そうです。カイ様、そのまま」


「こうか?」


「はい。次はこちらです」


 アルが楽しそうに笑う。


 その顔を見ているうちに、カイの口元にも自然と笑みが浮かんだ。


「カイ様、お上手です!」


「本当か?」


「はい!」


「なんだ」


 カイが笑う。


「意外と楽しいな、これ」


「でしょう?」


 アルも嬉しそうに笑った。


 それからは、不思議なほど動きが合い始めた。


 足元ばかり見ていたカイは、もう下を向いていない。


 アルを見ている。


 アルが右へ動けば、それに合わせる。


 身体を離せば、手を取って導く。


 剣を交えるときとはまるで違う。


 勝つ必要もない。


 相手の隙を読む必要もない。


 ただ、目の前の相手と呼吸を合わせる。


 それだけだった。


 アルが笑えば、カイも笑う。


 カイが少し間違えれば、アルが小さく笑って教える。


 そのたびに二人の動きは自然になっていった。


 少し離れた場所では、四人が黙ってその姿を見ていた。


 先ほどまで笑っていたレンが、ふっと目を細める。


「……いい感じじゃん」


「ええ」


 レイも穏やかに微笑んだ。


 ソラは何も言わなかった。


 ただ、どこか満足そうに二人を眺めている。


 ユウトも腕を組んだまま、口元を緩めていた。


 誰も、からかわなかった。


 今だけは。


 楽しそうに踊る二人を、四人はただ静かに見守っていた。

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