リリアは五騎士を侍らせたい②
しばらくして。
大広間では、立食形式の祝宴が始まっていた。
長い卓には色鮮やかな料理が並び、給仕たちが酒や果実水を手に、人々の間を行き交っている。
先ほどまでの儀礼的な空気もいくらか和らぎ、あちらこちらで歓談の輪ができていた。
自室から戻ったリリアは、その中から五人の姿を探した。
すぐに見つかった。
見つからないはずがない。
大勢の人間が集まる広間の中でも、彼らだけは妙に目を引く。
リリアは笑みを浮かべ、五人へ向かって歩き出した。
そして。
近づくにつれて、その歩みがわずかに遅くなった。
遠目に見ても、美しい男たちだとは思っていた。
けれど――間近で見ると、まるで違う。
まず目を奪われるのは、五人それぞれに異なる美貌だった。
そして、その身体。
礼装に包まれていても分かる。
広い肩。厚い胸板。引き締まった腰。
ただ見栄えのために鍛えた身体ではない。
剣を振るい、戦場を駆け、生き残るためにつくられた身体なのだと、武術に疎いリリアにさえ分かった。
先頭に立つカイへ、リリアの視線が吸い寄せられる。
まだ二十五歳だというのに、不思議なほど成熟した男の色気を纏っていた。
精悍な顔立ちに、堂々とした体躯。
礼装越しにも分かる厚い胸板と、鍛えられた腕。
けれど、彼を目で追ってしまう理由は、それだけではない。
人の上に立つことに慣れた佇まい。
何が起きても揺らがないような落ち着き。
それでいて、笑えば途端に親しみやすさが滲む。
若さと男らしさが、不思議なほど同居している。
――何なの、この方。
その隣にはレイ。
銀白の長い髪。眼鏡の奥の涼やかな目。
知的で繊細な美貌だけを見れば、学者か貴族の子息にも見える。
だが、礼装の肩口は意外なほど逞しい。
長い指も、剣を握る者のそれだった。
優雅なのに、弱さを感じさせない。
レンは五人の中でもっとも柔らかな雰囲気を纏っていた。
人を警戒させない、甘い目元。
微笑めば、思わずこちらまで気を許してしまいそうになる。
けれど近くで見れば、やはり騎士だった。
すらりとした礼装の下には無駄なく鍛えられた身体があり、その甘い美貌との落差が妙に目を引く。
ソラは――危険だった。
黒に近い髪と、深い紫の瞳。
整っているという言葉だけでは足りない。
冷たく、鋭く、どこか人を寄せつけない。
身体も他の四人ほど大きさを主張するわけではない。
だが、引き締まった体躯には一切の無駄がなく、立っているだけなのに獣のような緊張感がある。
最後にユウト。
長身に映える赤い髪。
五人の中では快活そうに見えるのに、近くで見るとその身体はしっかりと鍛え込まれている。
広い肩に長い手足。
笑った顔には少年のような無邪気ささえあるのに、ふと真顔になるだけで、騎士としての精悍さが顔を出す。
五人とも違う。
なのに――五人とも、目を奪われる。
リリアは思わず息を呑んだ。
これほどの男たちが、自分のそばにいたら。
ふと、そんな想像が頭をよぎる。
昼は王太子妃である自分の傍らに、美しい五人の騎士が控えている。
そして、夜になれば――。
「…………」
リリアの頬が、わずかに熱を持った。
カイの逞しい腕に抱かれる夜。
翌日は、あの美しい銀髪をほどいたレイ。
次は、いつもの甘い微笑を消したレン。
その次は、冷たい紫の瞳で自分を見下ろすソラ。
そして最後は、ユウト。
毎晩、違う男。
五人が代わる代わる、自分の寝室を訪れる。
優しく名前を呼ばれ、耳元で甘い言葉を囁かれる。
誰もが自分だけを見つめ、自分だけを求める。
そんな夢のような日々が、本当に手に入ったなら――。
――素敵。
想像するだけで、リリアの口元がうっとりと緩みかけた。
その瞬間。
唐突に、ある事実へ思い至る。
――待って。
リリアの眉がぴくりと動いた。
――アルヴェインは毎日、この方々と一緒にいるの?
「…………」
先ほどまでとは、また別の苛立ちが胸の奥から込み上げてきた。
ずるい。
なぜか、そんな言葉まで浮かんだ。
けれど、すぐに気を取り直す。
――だったら、こちらへ来ていただけばいいだけですわ。
リリアは微笑みを整え、五人の前へ進み出た。
「皆様、少しよろしいかしら?」
五人が、一斉に振り返る。
「…………」
間近から五人分の視線を向けられ、リリアは一瞬だけ言葉を失った。
「王太子妃殿下?」
レイが訝しげに首を傾げる。
「……え、ええ」
いけない。
声をかけたのはこちらではないか。
リリアは小さく咳払いをすると、改めて微笑んだ。
「皆様に、とても良いお話がありますの」
カイが四人と視線を交わした。
「俺たちに?」
「ええ」
リリアは五人を見渡した。
「皆様、セレディア王家にお仕えになるおつもりはありませんこと?」
一瞬。
五人の間に沈黙が落ちた。
「……は?」
最初に声を漏らしたのはソラだった。
「ソラ」
レイが小さく制し、一歩前へ出る。
「恐れながら、殿下。お話の意図をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
「そのままの意味ですわ」
リリアはにこやかに答えた。
「皆様ほど優れた方々が、一貴族のもとに留まっているなんてもったいないと思いましたの」
その瞬間。
四人の空気が変わった。
ほんのわずかな変化だった。
けれど、カイには分かった。
レイの目から温度が消えた。
レンは微笑んでいる。けれど、その笑みは先ほどまでとは違う。
ユウトも口元から笑みを消している。
ソラに至っては、隠そうともしていない。
「一貴族……ね」
低く呟く。
「ソラ」
「分かってる」
リリアはそのやり取りの意味を理解しないまま、話を続けた。
「セレディア王家に仕えるのであれば、今以上の地位も報酬もご用意できますわ」
「お気遣い、ありがとうございます」
レイが丁寧に頭を下げた。
完璧な礼だった。
「ですが、その必要はございません」
リリアが瞬きをする。
「……どうして?」
「私どもは、自ら望んでカイのもとにおりますので」
静かな声だった。
だが、迷いはない。
「待遇の問題ではございません」
レンも柔らかく続けた。
「僕たちにとって、今いる場所が一番なんです」
「そういうこと」
ユウトが頷く。
「地位とか金とかで兄貴についてきたわけじゃないんで」
「兄貴?」
「カイのことです」
「まあ……」
リリアはカイを見る。
カイは少し困ったように四人を見ていた。
「お前ら……」
「事実でしょう」
レイが淡々と返す。
「そうだけどよ」
そのやり取りすら、リリアには不思議だった。
主君と臣下。
そのはずなのに。
どこか違う。
けれど、深く考えることはしなかった。
「そう……」
リリアは少しだけ考え込む。
金でもない。
地位でもない。
ならば。
「でしたら――」
すぐに別の答えへ辿り着いた。
「王家に、というお話でなくても構いませんのよ」
レイの眉が、わずかに動いた。
「……と、おっしゃいますと?」
「わたくし個人にお仕えくださってもよろしいの」
リリアは艶やかに微笑んだ。
今度こそ、五人が黙った。
「皆様ほど素敵な殿方がいつもそばにいてくださったら、わたくし、とても嬉しいわ」
「…………」
「もちろん、十分に報いるつもりですわ」
リリアは五人を順番に見つめる。
先ほど頭に浮かんだ光景が、再び蘇った。
昼は自分のそばに控え。
夜になれば――。
リリアは少しだけ声を落とした。
「わたくしなら、皆様を退屈させることもありませんもの」
意味ありげに微笑む。
沈黙。
レイの笑みが固まった。
レンがそっと視線を逸らした。
ユウトが「あー……」と頭を掻く。
カイは完全に困った顔をしている。
そしてソラは。
しばらく無言でリリアを見つめていた。
「……俺」
「はい?」
「お前抱くくらいなら、芋抱いて寝るわ」
「…………」
「…………」
「…………」
時が止まった。
「――芋!?」
最初に復活したのはユウトだった。
「お前、せめて枕とか他にあるだろ!」
「芋の方がマシだ」
「そこじゃねぇよ!」
「ソラ」
レイが眼鏡の位置を直した。
「仮にも王太子妃殿下です。言葉を選びなさい」
「選んで芋だ」
「選んだ結果がそれですか……」
レイが額を押さえた。
レンは先ほどから横を向いている。
肩が、わずかに震えていた。
「あなた……!」
ようやく我に返ったリリアの顔が、みるみる赤くなる。
「わたくしを何だと思っていますの!?」
ソラは眉を寄せた。
「王太子妃だろ」
「そういう意味ではありません!」
「じゃあ何だよ」
「それは……!」
言葉に詰まる。
そもそも自分から誘ったのだ。
それも、どう受け取られてもおかしくない言い方で。
ここで騒げば、周囲に何を話していたのかまで知られるかもしれない。
リリアは唇を噛んだ。
ソラはそんな彼女を見ても、まるで動じない。
「俺らは行かねぇよ」
そして、カイを親指で示した。
「こいつがいるからな」
「ソラ」
今度はカイが呼んだ。
「なんだよ」
「こいつはやめろ」
「そこ?」
ユウトが思わず突っ込んだ。
レンがとうとう耐えきれず、小さく吹き出した。
レイは深く息を吐く。
けれど。
四人の答えは、最初から変わっていなかった。
地位でもない。
金でもない。
ましてや、美しい王太子妃に誘われたからといって変わるものでもない。
彼らは、自分たちで選んでここにいる。
カイとともにいることを。
そのことだけは、誰一人として譲るつもりがなかった。
リリアは五人を睨みつけると、踵を返した。
「……失礼いたしますわ!」
足早に去っていく背中を、五人が見送る。
しばらくして。
ユウトがソラを見る。
「……なあ」
「なんだよ」
「なんで芋?」
「知らねぇ。浮かんだ」
「浮かんだの!?」
レンがまた吹き出した。
レイは眼鏡を押し上げる。
「あなたは時々、私の理解を超えますね」
「褒めてんのか?」
「いいえ」
「じゃあ言うな」
カイは額に手を当てた。
「……頼むから、他国で問題を起こすなよ」
「俺から誘ったわけじゃねぇ」
「それはそうだけどな……」
その頃。
大広間を出たリリアの頭の中では、たった一言が何度も何度も繰り返されていた。
『お前抱くくらいなら、芋抱いて寝るわ』
「…………っ!」
誰かに言いつけてやりたい。
あまりにも失礼だ。
そう思ったところで、真っ先に王太子の顔が浮かんだ。
――殿下にお話しすれば。
そこまで考えて。
リリアの足が止まった。
『何を言われたんだ?』
『わたくしを抱くくらいなら、芋を抱いて寝ると……』
『……なぜ、あの騎士がお前を抱く話になったんだ?』
「…………」
言えない。
絶対に言えない。
リリアは顔を真っ赤にしたまま、再び歩き出した。
その夜。
彼女の頭から紫の瞳の騎士と芋が消えることはなかった。




