リリアは五騎士を侍らせたい①
「この縁には、俺からも感謝しています」
その言葉が、いつまでも耳に残っていた。
アルヴェインとカイが去っていく。
その後ろには、四人の騎士。
リリアは王太子の隣で微笑みながら、その背中を見送っていた。
笑顔は崩さない。
ここは王宮の大広間。
国内の有力貴族だけではない。他国からの使節も大勢いる。
今日の主役は、自分たちなのだ。
だからこそ、リリアは王太子妃として美しく微笑んでいた。
けれど。
――何なの、あれ。
胸の内側では、先ほどから苛立ちが渦巻いている。
『今、とても幸せです』
アルヴェインは確かにそう言った。
まるで、自分たちとの婚約がなくなったことなど、何の痛手でもなかったかのように。
しかも。
『俺もだ』
『お前に出会えてよかった』
思い出しただけで、胸の奥がざわつく。
リリアは遠ざかっていくカイの背中を見た。
背が高く、鍛えられた身体。
精悍な顔立ち。
立っているだけでも人目を引く男だった。
――あなた、本当に女性を見る目がありませんのね。
よりにもよって、アルヴェインを選ぶなんて。
けれど。
問題はカイだけではなかった。
その後ろを歩く四人。
銀白の長い髪を揺らす、眼鏡の男。
穏やかな顔立ちの青黒い髪の男。
黒髪に紫の瞳を持つ、どこか近寄りがたい男。
そして、赤い髪の快活そうな男。
誰もが目を引く。
それぞれまるで違う美しさを持っている。
広間にいる令嬢たちが、彼らを目で追っていることにもリリアは気づいていた。
当然だ。
あれほどの男たちが五人も揃っていれば、目立たないはずがない。
なのに。
なぜ。
どうして。
――どうして、アルヴェインなの?
リリアの指先に力が入った。
「リリア?」
隣から声をかけられ、はっとする。
王太子がこちらを見ていた。
「どうした?」
「……いいえ」
リリアは微笑んだ。
「少し疲れてしまっただけですわ」
「そうか。まだしばらく続く。少し休んでくるといい」
「ありがとうございます」
リリアは美しく一礼すると、大広間を後にした。
扉が閉まる。
侍女たちを連れ、王宮の廊下を進む。
まだ駄目。
まだ人目がある。
すれ違う者には微笑み、祝いの言葉をかけられれば礼を返した。
そして、自室へ戻る。
扉が閉まった。
その瞬間だった。
「――何なのよ!」
侍女たちの肩が跳ねた。
「何なの、あの女!」
先ほどまでの微笑は跡形もない。
リリアは手にしていた扇を卓上へ放った。
「『今、とても幸せです』ですって!?」
アルの声を真似るように言い、苛立たしげに振り返る。
「婚約を破棄されて、この国から逃げるように出ていったくせに!」
誰も答えない。
侍女たちは、ただ俯いている。
「しかも何なのよ、あの男!」
カイの顔が浮かぶ。
「『お前に出会えてよかった』?」
腹立たしい。
「アルヴェインのどこがそんなにいいのよ!」
十二年間も王太子の婚約者だった女。
いつも完璧に振る舞い、周囲から褒められていた女。
それでも最後に選ばれたのは自分だった。
だから。
自分の方が上なのだと思っていた。
それなのに今日のアルは。
以前とは違っていた。
堂々と顔を上げていた。
自分の言葉に言い返した。
そして何より。
笑っていた。
リリアがこれまで見たことのないような、柔らかな顔で。
「……気に入らない」
ぽつりと零れた。
その言葉が、自分の感情に一番近かった。
気に入らない。
自分は王太子妃になった。
今日の主役は自分だ。
誰より祝福され、誰より羨ましがられるのは自分でなければならない。
なのに、アルヴェインが現れてから、何人があの女を見た?
何人の令嬢が、その隣にいる男たちへ羨望の視線を向けた?
「……そうよ」
リリアが顔を上げた。
カイは仕方がない。
女性を見る目がないのだから。
アルヴェインがいいというのなら、好きにすればいい。
けれど。
「どうして、残りの四人までアルヴェインのそばにいるの?」
侍女の一人が、恐る恐る答えた。
「ヴァルグレン卿の騎士でいらっしゃるからでは……」
「そんなことは分かっているわ!」
「も、申し訳ございません」
リリアは再び部屋を歩き始めた。
「でも、あれだけの方々よ?」
武人としての実力までは知らない。
けれど、バハード王国を代表する使節団の一員としてセレディアへ来ている以上、それなりの地位と能力はあるのだろう。
それに――何より。
華がある。
五人が大広間へ入ってきた瞬間、空気が変わった。
それをリリアは見ていた。
あれほど人目を引く者たちが自分のそばにいれば。
今日だって、アルではなく自分がもっと注目されたはずだ。
「……もったいないわ」
リリアが呟く。
侍女たちが顔を上げた。
「あの方々ほどの男性が、一人の地方貴族のもとに固まっているなんて」
ヴァルグレン家がバハードでどのような意味を持つ家なのか。
リリアは、まだよく知らなかった。
ただ、カイ・ヴァルグレンという一人の貴族に四人もの優れた騎士が仕えている。
そう理解しているだけだった。
「もっと相応しい場所があると思わない?」
誰も答えなかった。
けれどリリアの中では、すでに答えが出始めていた。
セレディア王家。
王太子妃である自分。
地位も、名誉も、待遇も。
望むなら、今よりずっと良いものを与えられるはずだ。
それなら――。
リリアの口元に、ゆっくりと笑みが戻った。
「決めたわ」
侍女たちの間に、嫌な予感が走った。
「明日の舞踏会まで待つ必要なんてない」
「リリア様……?」
「このあとの祝宴で、お話ししてみるわ」
「どなたと、でございますか?」
リリアは当然のように答えた。
「四人の騎士よ」
少し考えてから、付け加える。
「……いえ」
脳裏に、カイを含めた五人が並ぶ。
やはり壮観だった。
「カイ様も含めて、お声をかけてみましょう」
侍女たちが絶句した。
リリアは気づかない。
「条件を聞けば、きっと悪い話ではないと分かるはずよ」
そして、楽しげに笑った。
「五人ともこちらへ来てくださったら、素敵でしょうね」
誰一人として。
彼らがなぜカイのそばにいるのか。
リリアは、まだ知らなかった。
いや、知ろうとも、考えようともしなかった。




