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プロポーズが「お嬢さん、俺の嫁にならないか?」ってどうなの!?  作者: SAKURA MOON


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今度は、一人じゃない


 それから数日後。


 ヴァルグレン邸の応接室には、アルヴェインと五騎士が集まっていた。


 アルヴェインの後ろには、セシルも静かに控えている。


 テーブルの上には、王都レグナリアまでの街道を記した地図と、何枚もの書類が広げられていた。


 王太子の結婚祝賀会。


 そして、その前に行われるロゼリア公爵家への正式な挨拶。


 いよいよ、王都へ戻る日が近づいていた。


「――出発は早朝を予定しています」


 レイが書類へ目を落としたまま言った。


「途中で休憩を挟み、予定通り進めば夕刻にはレグナリアへ到着するでしょう」


「そのままロゼリア公爵邸へ向かうんだな?」


 カイが尋ねる。


「はい。先方にもその旨を伝えてあります」


「分かった」


「ただし」


 レイが眼鏡を押し上げた。


「到着時刻については、多少前後するものとお考えください」


「何かあるのか?」


「アルヴェイン様の体調を最優先します」


「…………」


 アルヴェインが顔を上げた。


「私、ですか?」


「はい」


「ですが、以前こちらへ参りました時も、一日で――」


「アルさん」


 レンが柔らかく遮った。


「前に大丈夫だったからって、今回も大丈夫とは限らないよ」


「ですが……」


「疲れたら休もう。少しくらい到着が遅くなっても問題ないから」


「でも、皆様のご予定が――」


「ほら」


「……?」


 レンが笑った。


「また自分より俺たちのこと気にしてる」


「…………」


 アルヴェインが言葉に詰まる。


 すると、ソラが椅子の背にもたれたまま口を開いた。


「疲れたら疲れたって言えよ」


「ソラ様まで……」


「お前の『大丈夫』、あんま信用できねぇから」


「まあ」


「事実だろ」


「ソラ」


 カイが低い声で呼ぶ。


「なんだよ」


「言い方」


「内容は合ってんだろ」


「合ってるけど」


「じゃあいいだろ」


「よくない」


 いつものやり取りが始まり、アルヴェインは思わず笑った。


「ふふっ」


 その声に、カイが振り返る。


 アルヴェインと目が合うと、その表情がわずかに緩んだ。


「とにかく」


 カイが改めて言う。


「無理はするな、アル」


「はい」


「本当に?」


「……はい」


「今ちょっと間があったぞ」


「ありません」


「あった」


「ありません」


「兄貴」


 ユウトが笑いながら口を挟んだ。


「出発する前からそれじゃ、王都に着く頃にはもっと過保護になってるんじゃねぇか?」


「なるかもな」


「否定しねぇんだ」


「する理由がない」


「カイ様……」


 アルヴェインの頬が赤くなる。


 ソラが盛大にため息をついた。


「レイ、続けろ」


「ええ。そうします」


 レイは何事もなかったように次の書類を手に取った。


「王都到着後は、ロゼリア公爵邸に滞在します。祝賀会までには数日の余裕がありますので、その間に両家の正式な確認を済ませる予定です」


「分かった」


 カイが頷く。


「それから、祝賀会当日ですが」


 レイが一度、全員を見渡した。


「我々五名も同行します」


「…………え?」


 アルヴェインが瞬きをした。


「五名とも、ですか?」


「はい」


「皆様が?」


「そうです」


 当然のように答えるレイに、アルヴェインは戸惑った。


 カイが同行することは分かっていた。


 けれど。


 まさか、五騎士全員がバハードを離れるとは思っていなかった。


「ですが……」


 アルヴェインは少し迷ってから尋ねた。


「皆様が揃ってバハードを離れてしまって、本当に大丈夫なのですか?」


 すると。


 カイは、ほとんど間を置かずに答えた。


「問題ない」


 きっぱりとした声だった。


「ガルドがいる」


「……ガルド様?」


 初めて聞く名前に、アルヴェインが首を傾げる。


「俺の副官だ」


「副官……」


「ガルド・ベルクマン」


 レイが補足した。


「長く北方軍に所属している人物です。カイが不在の場合には、軍の指揮を代行します」


「とても、お強い方なのですか?」


 アルヴェインが尋ねる。


 レンが少し考えてから笑った。


「強いよ。でも、それだけじゃないかな」


「それだけではない?」


「ガルドさんが残ってるなら大丈夫、ってみんな思える人なんだ」


「お前、それ説明になってねぇぞ」


 ソラが横から突っ込む。


「じゃあソラが説明してよ」


「嫌だ」


「ほら」


 レンが笑う。


 アルヴェインもつられて微笑んだ。


 けれど。


 まだ一つ、疑問が残っていた。


「ですが……」


 アルヴェインは五人を見渡す。


「五騎士の皆様が、一度に全員いなくなるのでしょう?」


 その言葉に。


 レイが静かに眼鏡を押し上げた。


「アルヴェイン様」


「はい」


「我々五人がいなければ維持できない軍など、軍として機能しているとは言えませんよ」


「…………」


「バハードの兵は、日頃から北方の防衛に従事しています。各部隊には指揮官がおり、我々が不在の場合の指揮系統も整えられています」


 レイは淡々と説明する。


「確かに我々は五騎士と呼ばれています。ですが――」


 そこで、一度言葉を切った。


「バハードを守っているのは、我々五人だけではありません」


「ああ」


 カイが頷く。


「俺たちが強いんじゃない」


 アルヴェインがカイを見る。


 カイは、少し誇らしそうに笑った。


「バハードが強いんだ」


 その言葉を聞いて。


 アルヴェインは、ようやく肩の力を抜いた。


「……そうなのですね」


「ああ」


「でしたら……安心しました」


「それに」


 カイが続ける。


「ガルドには、もう話してある」


     ◇ ◇ ◇


 数日前。


 北方軍の詰所。


 壁に広げられた地図を前に、一人の男が立っていた。


 年齢は四十ほど。


 短く刈った暗い髪には、わずかに灰色が混じっている。


 大柄な身体を包むのは、華美な装飾などない、使い込まれた軍装。


 ガルド・ベルクマン。


 長く北方軍に所属し、現在はカイの副官を務める男だった。


「――王都へ?」


「ああ」


 カイが答える。


「アルと行く」


「王太子殿下の結婚祝賀会ですか」


「それもある」


 カイは少しだけ間を置いた。


「その前に、ロゼリア公爵に会う」


 ガルドの眉が、わずかに上がった。


「……なるほど」


 そして。


 その厳つい顔に、薄く笑みが浮かぶ。


「決まりましたか」


「ああ」


「ご婚約、おめでとうございます」


「……ありがとう」


 カイが少し照れたように答えた。


 その顔を見て。


 ガルドは、ほんのわずかに目を細めた。


 カイが幼い頃から、この男はヴァルグレン家に仕えている。


 今でこそ北方軍を率いる若き当主として知られるカイだが。


 ガルドにとっては、それだけではない。


 だからこそ。


 その口から「婚約」という言葉を聞けたことを、素直に嬉しく思った。


「ガルド」


「はい」


「俺たちがいない間、バハードを頼めるか」


 ガルドは一瞬、黙った。


 それから。


「何を今さら」


「……え?」


「そちらは俺がやります」


「でも――」


「いいから行ってください」


 ガルドは、カイの言葉を遮った。


「婚約者を一人で王都に行かせる気ですか」


「行かせるわけないだろ」


 即答だった。


「でしょうね」


 ガルドが小さく笑う。


「なら、話は終わりです」


 再び地図へ視線を戻す。


「北方は俺たちが守ります」


「…………」


「安心して行ってきてください」


 カイは、しばらくガルドを見ていた。


 やがて。


「……悪い」


 そう言って。


「任せる」


 ガルドは振り返らなかった。


「ええ」


 ただ、当たり前のように答えた。


「任されました」


     ◇ ◇ ◇


「――だから、心配するな」


 カイの言葉に、アルヴェインは頷いた。


「はい」


 それから。


 少しだけ嬉しそうに笑う。


「いつか、ガルド様にもお会いしてみたいです」


「ああ。戻ったら紹介する」


「楽しみにしております」


 これで、一つ。


 心配はなくなった。


 けれど――。


「では、次に」


 レイが一枚の書類を手に取った。


「祝賀会当日の警護についてですが」


 その瞬間。


 アルヴェインの指先が、わずかに動いた。


「会場は、王宮の大広間です」


 王宮。


 その言葉だけで。


 胸の奥が、ひやりと冷たくなった。


「招待客の入場は午後五時から。その後――」


 レイの声が遠くなる。


 王宮。


 大広間。


 王太子。


 祝賀会。


 一つ一つの言葉が。


 記憶の底に沈めていたものを、引き上げていく。


 煌びやかな灯り。


 大勢の貴族。


 こちらを見る無数の瞳。


 ざわめき。


 そして。


『――アルヴェイン・ロゼリア。君との婚約を破棄する』


「…………」


 手が、冷たい。


 息が。


 少しだけ、浅くなる。


 その変化に。


 後ろに控えていたセシルが、いち早く気づいた。


「お嬢様……」


 小さく呼びかける。


 けれど。


 それより先に。


「アル」


 カイの声がした。


 その声だけは。


 はっきりと聞こえた。


 アルヴェインが顔を上げる。


 カイが自分を見ていた。


「……はい」


「顔色が悪い」


「そんなことは――」


「ある」


 言い切られた。


 アルヴェインは思わず黙る。


「今日はここまでにするか?」


「ですが、まだ打ち合わせが――」


「アル」


「……大丈夫です」


 そう答えた瞬間。


「ほら出た」


 ソラが言った。


「……え?」


「大丈夫」


「…………」


「お前、それ言っときゃ全部済むと思ってんだろ」


「そのようなことは……」


「じゃあ聞くけどよ」


 ソラがアルヴェインを見る。


 いつものように、口調はぶっきらぼうだった。


 けれど。


 その目は、笑っていなかった。


「怖くねぇの?」


「…………」


 答えられなかった。


「怖ぇなら、怖ぇって言え」


「ソラ様……」


「一人で平気なふりする必要ねぇだろ」


 その言葉に。


 胸の奥が、小さく揺れた。


「アルさん」


 今度は、レンだった。


「カイだけじゃないよ」


「…………」


「俺たちを頼っていいんだよ、アルさん」


 柔らかな声。


 押しつけるでもなく。


 ただ、そこにいると伝えるような声だった。


「そうそう」


 ユウトも頷いた。


「俺たちも一緒に行くからさ」


「ユウト様……」


「兄貴が守るって決めた人なら――」


 一度、言葉を切る。


 そして少しだけ照れくさそうに笑った。


「俺たちにとっても、守る人だから」


「…………」


 アルヴェインの胸が詰まった。


「アルヴェイン様」


 レイが呼ぶ。


 アルヴェインは、ゆっくり顔を上げた。


「どうか、私たちを頼ってください」


 いつもと変わらない。


 静かで穏やかな声だった。


「あなたのことは、私たちが守ります」


 何かを言おうとした。


 けれど。


 声にならなかった。


 ――あの日。


 周りには、大勢の人がいた。


 王族。


 貴族。


 令嬢たち。


 騎士。


 使用人。


 数えきれないほどの人間が、自分を見ていた。


 なのに。


 自分は一人だった。


 誰も。


 隣には立ってくれなかった。


 十二年間。


 王太子妃になるために生きてきた。


 間違えないように。


 恥をかかせないように。


 期待を裏切らないように。


 ずっと。


 ずっと、頑張ってきた。


 それなのに。


 最後は。


 たった一人で、すべてを失った。


 怖い。


 王都へ戻ることが。


 王宮を見ることが。


 あの大広間へ。


 もう一度、足を踏み入れることが。


「……怖いです」


 気づけば。


 声が零れていた。


 その言葉に。


 後ろに控えていたセシルが、ほんの少しだけ目を伏せた。


 長くアルヴェインに仕えてきた彼女は知っている。


 この人が。


 自分から「怖い」と口にすることが、どれほど難しいのかを。


「とても……怖いです」


 アルヴェインの声が震えた。


「王都へ戻ることも……王宮へ行くことも」


 一度、唇を噛む。


「また、あの場所へ行くのが……怖いです」


「はい」


 レイが静かに答えた。


 誰も否定しなかった。


 大丈夫だとも。


 気にするなとも。


 もう終わったことだとも。


 言わなかった。


 レンも。


 ソラも。


 ユウトも。


 ただ、そこにいた。


 そして。


 カイが席を立った。


 アルヴェインの隣へ来る。


 震えていた手を。


 大きな手が包んだ。


「アル」


「…………」


「怖くていい」


 アルヴェインが顔を上げる。


「俺だって、あんなことがあった場所にもう一度行けって言われたら嫌だ」


「カイ様……」


「だから、無理に平気になる必要はない」


 手を握る力が。


 少しだけ強くなる。


「怖かったら、俺の手を握ってろ」


「…………」


「それでも無理なら、帰ろう」


 アルヴェインが目を見開いた。


「ですが……祝賀会が」


「知らん」


「え?」


「アルより大事な祝賀会なんかない」


「カイ」


 レイが静かに口を挟んだ。


「一応、外交上の問題がありますので『知らん』は困ります」


「じゃあレイがなんとかしてくれ」


「無茶を言わないでください」


 レンが吹き出した。


「ふっ……」


 ユウトも笑う。


「兄貴、それはさすがにレイが可哀想だって」


「俺に言われても困る」


「あなたが言ったんでしょう」


 レイが珍しく即座に返す。


 ソラは呆れたように息を吐いた。


「王太子の祝賀会より婚約者優先って、堂々と言い切る当主もどうなんだよ」


「駄目か?」


「聞くな」


「ふふっ……」


 アルヴェインの口から。


 笑い声が零れた。


 怖い。


 今も、怖い。


 きっと。


 王都へ近づけば、もっと怖くなる。


 王宮を見れば。


 あの大広間へ入れば。


 また、あの日を思い出すだろう。


 傷が消えたわけではない。


 忘れたわけでもない。


 それでも。


 あの日とは。


 一つだけ。


 決定的に違うことがある。


「アル」


 カイが呼んだ。


 顔を上げる。


 まっすぐな黒い瞳が、自分だけを見ていた。


「今度は――」


 繋いだ手に。


 もう一度、力がこもる。


「一人じゃない」


「…………」


 アルヴェインは。


 ゆっくりと周囲を見た。


 レイがいる。


 レンがいる。


 ソラがいる。


 ユウトがいる。


 そして。


 カイがいる。


 その少し後ろには。


 ずっと自分のそばにいてくれた、セシルがいる。


 目が合った。


 セシルは何も言わなかった。


 ただ。


 アルヴェインを安心させるように、優しく微笑んだ。


「…………」


 あの日とは違う。


 誰かに命じられたからではない。


 王太子の元婚約者だからでも。


 ロゼリア公爵令嬢だからでもない。


 アルヴェインという一人の人間のために。


 ここにいてくれる人たちがいる。


「……はい」


 視界が、少しだけ滲んだ。


 けれど。


 今度は、ちゃんと笑えた。


「はい」


 アルヴェインは。


 カイの手を、そっと握り返した。


「今度は――一人ではありませんね」


「ああ」


 カイが笑った。


 王都レグナリア。


 かつて。


 すべてを失った場所。


 そこへ、もう一度戻る。


 怖くないわけではない。


 過去が消えたわけでもない。


 それでも。


 今度は。


 自分で選んだ未来と。


 自分の隣に立ってくれる人たちと。


 アルヴェインは、あの場所へ向かう。


 もう。


 一人ではなかった。

ソラ「あの王太子、ぶっ飛ばしていいかなー」


レイ「ソラ!!」


レン「気持ちは同じ。」


ユウト「プッ!頭の中でだけにしとこうぜ」

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