五騎士禁止令
「……色々だ」
カイはそう言った。
「色々、ですか?」
「ああ」
「…………」
アルは再び掲示板を見る。
――『五騎士共同浴場使用禁止』
――『五騎士公開模擬戦 日時事前告知禁止』
――『祭礼時、五騎士全員の同一区画配置を禁ず』
少し離れた店先には、
――『混雑時、五騎士の店内同時入店はご遠慮ください』
どう考えても多い。
「カイ様」
「なんだ」
「やはり説明してください」
「何を」
「全部です」
「全部?」
「はい」
アルは掲示板を指差した。
「まず、こちらです」
「どれだ」
「共同浴場です!」
「ああ」
「ああ、ではありません。なぜ騎士が、お風呂への出入りを禁止されるのですか?」
「知らん」
「ご本人なのに!?」
「使うなって言われてるから使ってねぇ」
「そういうことではなくて……!」
「あら」
その時だった。
二人の会話を聞いていたらしい、近くの店先にいた年配の女性が声を上げた。
「お嬢さん、知らないの?」
「え?」
「五騎士の共同浴場禁止の話よ」
「ご存じなのですか!?」
アルが食いついた。
「おい、アル」
カイが止めようとしたが、もう遅い。
「ぜひ教えてください!」
「もちろんよ」
女性は楽しそうに笑った。
「昔ね、あの五人が揃って共同浴場へ行ったことがあったのよ」
「はい」
「別に入るまではよかったの」
「……入るまでは?」
「問題は出てきた時よ」
「出てきた時……」
「そう。湯上がりでしょ?」
「はい」
「髪も濡れてるでしょ?」
「……はい」
「それで五人揃って出てきたの」
「はい」
「大変だったのよ」
「…………」
アルは待った。
しかし女性は、それ以上説明する様子がない。
「あの……」
「なあに?」
「何が大変だったのでしょう?」
「色々よ」
「また色々!」
思わず声を上げてしまった。
女性はおかしそうに笑っている。
「とにかく人が集まっちゃってねぇ。浴場の前は動けなくなるし、のぼせた人まで出るし」
「のぼせた方まで……」
「そうよ。それ以来、五人は共同浴場への出入り禁止」
「…………」
無言のまま、アルはゆっくりカイを見る。
「俺を見るな」
「でも……」
「俺が決めたんじゃねぇ」
「カイ様も、その場に?」
「いた」
「…………」
「だからなんだ」
「いえ……」
アルはもう一度掲示を見る。
――『五騎士共同浴場使用禁止』
まさか、そんな理由だったとは。
しかし、まだ一つ目である。
◇ ◇ ◇
「では、次です」
「まだやるのか?」
「もちろんです」
アルはすっかり調べる気になっていた。
「『五騎士公開模擬戦 日時事前告知禁止』。これは?」
「それなら俺も知ってる」
「何があったのですか?」
「模擬戦した」
「…………それだけですか?」
「ああ」
「それで禁止令が?」
「俺に聞くな」
そこへ、今度は近くにいた男性が笑いながら口を挟んだ。
「お嬢さん、あれはすごかったぞ」
「ご存じなのですか?」
「ああ。俺も見に行ったからな」
男性によれば、数年前。
街の催しの一環として、五騎士による公開模擬戦が行われることになった。
北方最強と名高い五人が、一般の人々の前で剣を交える。
当然、街では大きな話題になった。
「ところがな」
男性は笑う。
「日時を告知したら、人が来すぎた」
「……どのくらいですか?」
「会場に入りきらないくらいだ」
「そんなに!?」
「周りの道まで人で埋まってな。結局、模擬戦してる騎士より観客整理してる騎士の方が多くなった」
「…………」
「それ以来、五騎士の公開模擬戦は、開催すること自体は知らせても、正確な日時は事前に公表しないことになった」
「日時を……秘密に?」
「ああ」
「そこまでしないといけないのですか……」
「しないと、また街が埋まるからな」
アルはカイを見る。
「でも、それは五騎士の皆様が悪いわけではありませんよね?」
「そうなんだよ!」
男性が笑った。
「だから余計に面白いんだ」
「面白くねぇ」
隣でカイがぼそりと言う。
「カイ様は嫌だったのですか?」
「嫌っつーか……やりづらい」
「見られるのが?」
「それは別にいい。歓声がうるせぇんだよ」
「歓声……」
「剣が当たるたびに騒ぐんだぞ」
アルは想像した。
カイ、レイ、レン、ソラ、ユウト。
五人が剣を交える姿。
鋭い剣閃。
響き渡る金属音。
互いの動きを読み、息を合わせ、時には本気に近い速さで打ち合う。
5人はきっと汗をかいているだろう。頬も蒸気しているだろう。
「…………」
「アル?」
「私も見たいです」
「お前もかよ」
「とても見たいです」
「んー。そんなに見たいのか?」
カイが嬉しそうに、でも少し困ったように頬をかいた。
「普段も皆様で訓練なさっているんですよね?」
「ああ。屋敷の訓練場でな」
「……!」
アルの目が輝いた。
「見てもいいですか?」
「別にいいけど」
「本当ですか!?」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「だって、五騎士の皆様の訓練ですよ?」
「毎日のようにやってるぞ」
「毎日……」
アルにとっては、とんでもなく貴重なものらしい。
カイは理解できないという顔をしていた。
◇ ◇ ◇
「では、こちらは?」
アルは次の一枚を指差した。
――『祭礼時、五騎士全員の同一区画配置を禁ず』
「これは警備の話だ」
カイが答えた。
「警備?」
「ああ。祭りは人が多いからな。昔は俺たち五人が同じ区画を担当したことがあった」
「それなら、とても安心ですね」
「普通はそう思うだろ」
「はい」
「逆だった」
「逆?」
「俺たちがいるところに人が集まった」
「…………」
「他の区画からも来た」
「…………」
「人が増えすぎて動けなくなった」
「…………」
「警備してる俺たちが混雑の原因になった」
「…………」
アルは何も言えなくなった。
「それから祭りの時は、五人全員、別々の場所に配置される」
「五騎士なのに……?」
「五騎士だからだ」
「そんなことが……」
「あるんだよ、この街では」
カイは遠い目をした。
どうやら随分前に諦めたらしい。
◇ ◇ ◇
そして。
アルは先ほど見つけた店先の張り紙へ向かった。
――『混雑時、五騎士の店内同時入店はご遠慮ください』
「これは?」
「店による」
「条例ではないのですか?」
「ああ。店側が勝手に貼ってる」
「どうしてでしょう」
「入れば分かる」
「?」
そこは、小さな焼き菓子の店だった。
店主がカイを見るなり笑う。
「今日は一人か、カイ様」
「一人じゃねぇけどな」
「五人じゃなきゃいい」
「……あの」
アルがおずおずと尋ねた。
「なぜ、五騎士の皆様が同時に入ってはいけないのでしょう?」
「ああ、それ?」
店主は当然のように答えた。
「店が埋まるから」
「五人で?」
「違う違う」
店主が笑った。
「五人が入るだろ?」
「はい」
「外に人が集まる」
「…………」
「その人たちも入ってくる」
「…………」
「店が埋まる」
「…………」
「だから禁止」
「そんな理由で!?」
「俺たちは菓子買いに来てるだけなんだけどな」
カイが不満そうに言った。
「だったら一人ずつ来てくれ」
「面倒くせぇ」
「こっちの台詞だ」
どうやら、このやり取りも一度や二度ではないらしい。
アルはとうとう堪えきれず、小さく笑った。
「……ふふっ」
「なんだよ」
「いえ」
「笑っただろ」
「申し訳ありません」
「絶対思ってねぇだろ」
「そんなことは……ふふっ」
「また笑ってるじゃねぇか」
アルは口元を押さえた。
でも、笑いが止まらなかった。
◇ ◇ ◇
店を出て、二人は再び街を歩き始めた。
アルは改めて周囲を見渡した。
すれ違う人々がカイに声をかける。
子どもたちが手を振る。
商人が冗談を言う。
年配の人々は、まるで昔から知っている近所の子どもに話しかけるようにカイと話している。
王都では見たことのない光景だった。
王都でのカイは、北方を守る五騎士の一人。
ヴァルグレン公爵家の若き当主。
優れた剣士。
人々が遠くから憧れ、噂する存在だった。
でも、ここでは違う。
もっと近い。
この街の人々は、カイたちを知っている。
強さだけではなく。
性格も。
失敗も。
くだらない逸話も。
きっと、ずっと見てきたのだ。
「カイ様」
「ん?」
「皆様から、とても愛されているんですね」
「誰が?」
「カイ様たちです」
「……俺たち?」
「はい」
「禁止令だらけなのに?」
「だからです」
「意味分かんねぇ」
アルは笑った。
「だって、嫌われていたら、こんなふうにはなりません」
「…………」
「皆様、楽しそうにカイ様のお話をなさいます」
カイが黙る。
「五騎士の皆様は、この街の方々にとって、とても大切な方々なのですね」
「……そういうもんか?」
「はい」
「俺にはよく分からん」
「ふふっ」
「また笑ったな」
「だって、カイ様らしくて」
「どういう意味だ?」
少し不満そうな顔をするカイを見て、アルはまた笑った。
来てよかった。
そう思った。
王都にいるだけでは、きっと知らなかった。
カイが育った場所。
カイが守っている人たち。
そして、この人たちが知っているカイ。
もっと知りたい。
今日一日だけで、その気持ちはますます強くなっていた。
――その時。
「あら?」
アルが足を止めた。
「今度はなんだ」
「カイ様」
「ん?」
「こちらにも何か……」
掲示板の端。
他の紙に半分隠れるように、一枚の古びた紙が貼られていた。
アルが近づく。
「ええと……」
紙をめくろうとした、その瞬間。
「アル」
「はい?」
「帰るぞ」
「え?」
カイがアルの手首を掴んだ。
「屋敷に戻る」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ読んでません」
「読まなくていい」
「でも――」
「いいから」
明らかにおかしい。
アルは紙を見る。
カイを見る。
もう一度、紙を見る。
「……カイ様」
「なんだ」
「もしかして」
「…………」
「カイ様個人の禁止令もあるのですか?」
「…………帰るぞ」
「あるんですね!?」
「ない」
「今の間はなんですか!?」
「知らん」
「絶対あります!」
「ない」
「では読ませてください!」
「駄目だ」
「どうしてですか!」
「駄目なもんは駄目だ!」
「カイ様!」
先ほどまで微笑ましく二人を見守っていた街の人々が、一斉に笑い出した。
「懐かしいなぁ、それ!」
「まだ貼ってあったのか!」
「おい、誰だ剥がさず残してるの!」
「カイ様、諦めなって!」
「うるせぇ!!」
アルの目が輝いた。
「カイ様」
「……なんだよ」
「とても知りたいです」
「その顔やめろ」
「カイ様のこと、もっと知りたいです」
「今それ言うの反則だろ……!」
カイは頭を抱えた。
どうやらバハードには。
五騎士にまつわる禁止令だけではなく――
それぞれ個人にまつわる、さらに妙な逸話まで存在するらしい。
アルがそれをすべて知るまでには。
まだ、もう少し時間がかかりそうだった。




