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プロポーズが「お嬢さん、俺の嫁にならないか?」ってどうなの!?  作者: SAKURA MOON


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あの方の隣にいたい


夕食を終えたあと、アルヴェインは父に呼び止められた。


「アル。少しいいか」


「はい、お父様」


案内されたのは、父の書斎だった。


中へ入ると、すでに母が座っている。


その表情を見ただけで、軽い話ではないことが分かった。


アルヴェインが向かいの椅子に腰を下ろすと、父はしばらく黙ったまま娘を見つめた。


やがて、ゆっくりと口を開く。


「カイ殿との結婚についてだ」


アルヴェインの背筋がわずかに伸びた。


「……はい」


父は穏やかだった。


けれど、隣に座る母の表情は硬い。


「私は賛成している」


父が言った。


「カイ殿なら、お前を任せられると思っている」


「あなた」


母がたしなめるように夫を呼ぶ。


父は困ったように眉を下げた。


「分かっている。だから今日は、アル本人の気持ちを聞こうと思ったんだ」


母の視線がアルヴェインへ向く。


「私は、まだ賛成できません」


はっきりとした言葉だった。


アルヴェインは黙って母を見る。


「カイ殿が悪い方だと言っているのではありません」


母は続けた。


「あなたが王太子殿下との婚約を破棄されてから、まだそれほど時間が経っていないでしょう」


「……はい」


「傷ついた直後に手を差し伸べてくれた方を、特別に思ってしまうことはあります」


母の声音は厳しい。


けれど、その奥にあるものをアルヴェインは知っていた。


心配しているのだ。


ずっと。


あの日から。


「まして、あなたはずっと王太子殿下の妃になるために生きてきた。ようやくそこから離れたばかりなのよ」


母はアルヴェインを真っ直ぐ見つめた。


「今度こそ、自分の人生を自分で選んでほしいの」


アルヴェインは膝の上で指を重ねた。


すぐには答えられなかった。


母の言っていることは分かる。


カイに救われた。


追いかけてきてくれた。


傷ついた足に気づいてくれた。


倒れた自分を守ってくれた。


そして――妻にならないかと言ってくれた。


それが嬉しかったから。


だから結婚する。


それだけでいいのだろうか。


「アル」


母の声が少し柔らかくなった。


「あなたは、カイ殿を愛しているの?」


アルヴェインは口を開いた。


けれど。


言葉が出てこなかった。


愛している。


そう答えれば、母は安心するのだろうか。


けれど、それは違う。


分からないものを、分かったふりはしたくなかった。


だからアルヴェインは、小さく首を振った。


「……分かりません」


母の眉がわずかに動いた。


父も黙っている。


「私はまだ、カイ様を好きなのかどうか……分かりません」


自分で口にすると、不思議なほど素直な言葉だった。


「でしたら――」


「でも」


母の言葉を、アルヴェインは遮った。


自分でも驚いた。


これまで母の言葉を遮ることなど、ほとんどなかった。


それでも今は、伝えなければならないと思った。


「今日、カイ様に会えて……嬉しかったのです」


母が黙る。


「姿を見つけたとき、ほっとしました。お話しできたことも嬉しかった」


ひとつずつ、自分の中にあるものを確かめるように、アルヴェインは言葉にしていく。


それは王太子妃教育で教わった答えではない。


誰かに求められた答えでもない。


「それに……」


アルヴェインは少しだけ頬を染めた。


「昨日の夜、カイ様に会いたいとも思いました」


母の表情が変わった。


父は何も言わない。


ただ、静かに娘を見ていた。


「どうして会いたいと思ったのか、自分でも分かりません」


アルヴェインは胸元にそっと手を置いた。


「これが恋なのかも、まだ分かりません」


それでも。


ひとつだけ。


不思議なくらい、はっきりしていることがあった。


アルヴェインは母を真っ直ぐ見た。


「私は……あの方の隣にいたいです」


母の瞳がわずかに揺れた。


「王太子殿下の隣にいることは、私にとって役目でした」


十二年間。


そこに立つために努力した。


ふさわしい女性になろうとした。


国のため。


王家のため。


公爵家のため。


それが自分の役目だから。


「でも、カイ様の隣にいたいと思うことには……理由がないのです」


言いながら、アルヴェイン自身が気づいていく。


「誰かにそうしなさいと言われたわけでもありません。ヴァルグレン家のためでも、公爵家のためでもありません」


そして、少しだけ笑った。


「私が、そうしたいのです」


母は何も言わなかった。


長い沈黙が落ちる。


やがて父が、静かに息を吐いた。


その口元には、ほんの少し笑みがあった。


「……それで十分じゃないか」


「あなたは黙っていてください」


「はい」


父はすぐに黙った。


アルヴェインは思わず目を瞬かせる。


こんなときなのに、少しだけ笑いそうになった。


母はそんな夫を一瞥してから、再び娘を見る。


「アル」


「はい」


「結婚は、隣に立つだけではありません」


母の声はもう、先ほどほど硬くなかった。


「楽しいことばかりではないでしょう。腹が立つ日も、理解できない日もある。後悔する日だってあるかもしれない」


「はい」


「それでも?」


アルヴェインは少し考えた。


そして頷いた。


「それでも……知りたいです」


「何を?」


「カイ様のことを」


母の目がわずかに見開かれる。


「私は、カイ様のことをまだほとんど知りません。だから……これから知りたいです」


好きだから結婚する。


今の自分には、まだそう言えない。


けれど。


知りたい。


会いたい。


隣にいたい。


それだけは嘘ではなかった。


母は長い間、何も言わなかった。


やがて、小さく息を吐く。


「……あなたがそこまで言うのなら、もう止めません」


「お母様……」


「ただし」


母の目が鋭くなる。


「カイ殿があなたを泣かせたら、すぐに帰っていらっしゃい」


「はい」


「我慢してはいけません」


「はい」


「『大丈夫です』も禁止です」


アルヴェインは言葉に詰まった。


「…………はい」


父が横で小さく笑った。


「カイ殿も同じことを言いそうだな」


「お父様まで……」


久しぶりに。


本当に久しぶりに。


三人の間に穏やかな笑いが落ちた。


やがて、その笑いが静かに消えていく。


父の表情が変わった。


「アル。もうひとつ話がある」


アルヴェインも姿勢を正す。


父は母と目を合わせた。


母が小さく頷く。


「以前、お前に話したことを覚えているか」


「以前……?」


「不死鳥の力についてだ」


アルヴェインの表情が変わった。


忘れるはずがない。


自分の中に、その力があるかもしれないと聞かされた。


そして、詳しいことはいずれ話すと言われていた。


「はい。覚えています」


アルヴェインは父を見る。


「私も、ずっと気になっておりました」


父はしばらく黙っていた。


やがて、低い声で言った。


「……すまない」


「え?」


「今は、まだ話せない」


アルヴェインは目を瞬かせた。


「ですが、お父様は……後で説明すると」


「ああ。言った」


「では、なぜ……?」


父はすぐには答えなかった。


代わりに母が口を開いた。


「アル。あなたを信用していないからではないの」


「お母様?」


「むしろ、あなたのために話せないのです」


意味が分からない。


アルヴェインは両親を交互に見る。


「それは……どういう意味ですか?」


二人は答えなかった。


父の手が、机の上で強く握られている。


まるで――


言いたくても、言えない。


そんなふうに見えた。


「ひとつだけ約束してくれ」


父が言った。


「この力について、自分から調べようとしないでほしい」


「……なぜですか?」


「それも、今は言えない」


「お父様」


「すまない」


父は娘から目を逸らさなかった。


「だが、いつか必ず話す」


また、同じ約束だった。


けれどアルヴェインには分からなかった。


その“いつか”が、なぜ今ではいけないのか。


自分自身のことなのだから、知りたい。


当然の思いだった。


それでも。


両親の表情を見ていると、これ以上問い詰めることができなかった。


「……分かりました」


父の肩から、ほんの少し力が抜ける。


「ありがとう」


アルヴェインは知らない。


父も、母も。


不死鳥の力について、知っている。


何がその炎を呼び覚ますのかも。


なぜ、それをアルヴェイン本人に知られてはならないのかも。


すべて知っている。


だからこそ――


何も教えることができなかった。


今は、まだ。


「アル」


母に呼ばれ、アルヴェインは顔を上げた。


「はい」


「あなたが選んだ道を歩きなさい」


母は少し寂しそうに、それでも微笑んだ。


「今度こそ、誰かのためではなく」


アルヴェインはゆっくりと頷いた。


「はい、お母様」


明日。


アルヴェインは、生まれ育ったこの屋敷を出る。


十二年間、決められた未来へ向かって歩いてきた。


けれど、今度は違う。


誰かに命じられたからではない。


公爵令嬢だからでもない。


王太子妃になるためでもない。


自分が、そうしたいから。


アルヴェインは窓の向こうに広がる夜空を見つめた。


そして、ふと思う。あの人は今何をしているのかしら。


目を閉じれば こちらを見つめてくるあのまっすぐな瞳。


明日になれば。


また、あの人に会える。


そう思っただけで――


胸の奥から、嬉しさがこみ上げてくる。


明日が楽しみだと、素直に思えた。


そんな自分が、少しだけ不思議だった。



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