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明治妖妖記 幽霊騒動  作者: ながとみコケオ
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隠してたのに…

「柴一」

 尾行していたとは微塵も考えていなかったせいで驚いてしまったが、真乃に何か言われていたのだと確信してしまった。お陰と言うべきか、今の柴一の表情は喜助と壱の会話を全て聞いてしまったと物語っている程強張っており、何を話しても耳に届きそうにない。状況を打破する方が先決だと思うと、柴一の前で跪いて空いている右手で柴一の頬を撫でた。

「全部、聞いたんだね。そんな、追い詰められたような顔しないでよ」

「ご、ごめっ。ごめん」

 強張った表情のまま柴一が謝ろうとするが、震えが止まらずに上手く言えないらしい。

「もう良いから。お父さんがちゃんと話しておかないといけないことを話さなかったから、柴一は気になったんだよね」

 壱が柴一と喜助の傍に来ると、喜助の提灯を持った。

 喜助の左手が柴一の左頬を撫でる。冷え切った頬が喜助の両手の温かさに安堵したのか、震えが和らいでくる。少し落ち着いたのか、柴一が小さく頷いたのを見ると、喜助は大丈夫だと思いながら満面の笑みを浮かべた。

「身体、冷やしちゃったね。蕎麦、食べに行こう」

「なあ、怖くないの」

 柴一の言葉に、喜助は一瞬小首を傾げそうになる。刀取りのことかと思うと、首を横に振って見せた。

「全然。お父さんが何を怖がるの。あ、でもお父さんは、三五〇年以上前に人じゃなくなっちゃって刀取りと大差ないから、柴一に嫌われるのが一番怖いかな。柴一に嫌われたら、お父さんは自分の存在自体を否定しないといけないかも」

 笑顔のまま言った喜助に、柴一は半分程度理解出来たかもと表情に出しながら頷いて見せる。今は、半分理解していれば良い。言葉には出さずに喜助は心の中で呟いた。

 急に柴一が寒そうな表情をして、自分の足を見た。

「草履。脱いでた」

 すっかり忘れていたと呟くと、喜助が呆れた表情であのねと呟き、壱が声を押し殺すように笑い出した。

「柴一。提灯の灯りを消すのはともかくとして、草履脱いでまで付いて来るの、止めてくれる。誰が足袋を洗うの」

 だってと、小さく呟いて柴一が喜助を見上げる。

「柴坊は、余程話を聞きたかったとみえる。喜助、そろそろ俺は姫君のところに戻るが、柴坊にちゃんと話してやれよ」

 持っていた提灯を喜助に渡した壱は、月の明かりを避けるようにすぐに闇に溶け込んでしまった。

「ほっかむりのおじちゃん」

「柴一、もういないよ。壱も俺も、歩かなくても別の場所に行けるからね」

「おじちゃんも妖怪なのか」

「さあ。性格が悪いのは太鼓判押すけどね」

 一度、提灯を地面に下ろした喜助は、柴一が握りしめてしまっていた提灯を受け取ると、自分の提灯の蠟燭から火を移す。柴一は蠟燭に火を移している間に懐から草履を取り出して履くと漸く立ち上がり、提灯を受け取った。

「さ。早く温かい蕎麦を食べよう。で、長屋に戻ってから話をしようね」

 喜助の右手が、柴一の頭を撫でた。何時もなら子供扱いするなと食って掛かるのだが、そんな気になれなかったのか柴一は素直に頷いていた。




 かけ蕎麦を食べてから長屋に戻った喜助と柴一は、静かに赤みを帯びながら燃える炭が入れられた火鉢を間に挟んで座った。帰って最初に灯した古い行灯は、薄暗い光を放ちながら小さく揺れ、二人の口を重く閉ざさせている。

 柴一に何をどう話そうかと思案しながら、向かいに座る柴一の表情をちらりと見てみる。

 沈黙が苦しいのか顔を顰めている柴一に、喜助は小さく噴きだして、楽しそうな笑みを浮かべた。

「変な顔。そんな顔されたら、お父さん揶揄いたくなっちゃうよ」

「変な顔って言うな。親父が神妙な顔して話さないから、顔顰めただけじゃねえか」

「そうだったね。ごめん、ごめん。何処から話そうかなって思ったら、長くなりそうで喋られなかったんだ」

 何だよと小さく舌打ちした柴一は視線を行灯に向けて、すぐに喜助に戻した。

「で、何処から話すか決めたのかよ」

 そうだねえと、ゆるやかな口調で呟いて喜助が互いの袖に腕を通す。喜助が腕を通したのを合図するように、柴一は火鉢に掌を向けて暖をとりだした。

「どうせ話すんだから、最初から話そうか。お父さんが生まれた頃から」

「そう。って、何で生まれた頃から話そうとしてんだ、こら。さっき三五〇年とか、言ってただろうが。そんな気が遠くなるような話、聞かないぞ。こっちが聞きてえこと、はぐらかそうとすんな。手短に話せ」

 喜助の態度が何時もと変わらないと分かったのか、安堵したらしい柴一の言葉は普段の口調と変わらない。楽しそうに笑う喜助に言った柴一は、言葉を待つように口を閉じた。

「誰も、細かく話す気なんてないよ。本当、柴一は思い込みが激しい」

「何も言わなかったら細かく話すくせに、細かく話しませんみたいなこと言うな」

 益々楽しそうな笑みを浮かべて、喜助が柴一の視線を捕えた。

「明日話そう。柴一に分かるように話すには、もう少し自分の頭の中を整理しておかないと、細かいところまで話してしまいそうだしね」

 言うと喜助は袖から腕を出し、部屋の隅に置いている布団に手を伸ばした。柴一は暖をとっていた火鉢を竈の近くまで持って行き、火箸で火消し壷へまだ燃えている炭を入れる。柴一が火消し壷へ炭を入れる間に、喜助は二人分の布団を敷き終えると、帯を外して奥の布団に入った。柴一も炭を入れ終えると、すぐに帯を外して手前の布団に頭からすっぽりと掛け布団を被る。

「柴一、行灯消しなよ。もったいないじゃない」

 喜助は言いながら一度起き、行灯の障子を開けて火を吹き消すと再び布団に入った。

 真っ暗になった家の中で、隙間風が入口の戸を小刻みに揺らしながら、小さな音を立てて入って来ていた。

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