厄介者は増えていく
長屋に入る道を曲がらずに真っ直ぐ進み、大きな通りを墨田川に出るべく右に曲がった。
喜助の持つ提灯の灯りが歩みに合わせて微かに揺れると同時に、照らされた周辺も合わせるように揺ら揺らと微かに波打っている。
壱が何を話そうとしているのか喜助には見当がつかないが、経験上あまり良いことではないだろう。早く終わらせて、柴一が待つ蕎麦屋に行きたいと思いながら、足早に進む。
駒形の渡しに出ると、左右を見て人気のない右の道を歩く。少し歩いて右に曲がる道の近くで足を止めると、喜助は壱を睨みあげた。
「で、誰が関わってるって」
「妖霊山の主」
不機嫌を隠しもせずに聞き返した喜助に、壱は気にする様子もなくさらりと答える。
「何で、妖霊山の主が関わるの」
「さあねえ。気まぐれの大酒呑みな主のことだ、酒の匂いでも嗅ぎとったんじゃないかねえ」
喜助の口調とは対照的に、壱の口調は楽しそうだ。
「やだやだ。幽霊の一人が刀取りを探してるから早々に片付けるつもりだったのに、妖霊山の主が出てきたら片付くものも片付かないじゃないか」
険しい表情を浮かべながら吐き捨てるように言った喜助に、壱は不思議そうな雰囲気を伝えてきた。
「幽霊が、刀取りを探してるのかい」
「まあね。刀取りを知らないかと、聞かれた者がいるらしい」
「また、厭らしいことを聞くもんだ」
壱の参ったねえと呟きと、喜助の溜息が重なった。
「厭らしいなんてものじゃないよ。もし刀取りが出てきて、柴一の事に気付かれたらと思うと気が気じゃない」
確かにねえと呟いた壱は、喜助を見た。
「相手は妖怪だしねえ。幽霊が柴坊のことに気付いたら、刀取りに気付かれるのも時間の問題だな」
何時の間にか出ていた月の明かりが、喜助と壱の影を作り出している。
「厄介だよ、本当。腕を切り落としてまで助けた子なんだ、怒り狂って探してるんだろうよ。刀取りが俺や壱を探すのは当然として、今の処、柴一の存在には気付いていないと思うし、成長しているから探し出し辛い面はあると思う」
左腕を切り落とされた恨みが、刀取りにはある。喜助と壱の姿は、恐らく刀取りの目に焼き付いているだろう。しかし、一歳を過ぎたくらいの柴一を刀取りが探すのには困難がある。幼さは残っているが、一歳の頃の面影は一八になった柴一には殆ど残っていない。
「でも、柴一の存在に気付いたら絶対に探されるし、見つかれば間違いなく殺されてしまうだろうね。俺も今まで育てた分、確実に情が移ってるし、柴一が殺されるところなんて見たくもないから、相手にしないといけなくなる。そうなると、柴一を妖利山にでも預けないといけなくなる」
「おいおい、こっちの者を大樹に連れて行ってどうするんだか。それに、今の生活をどうするつもりだ」
「分かってるよ。柴一のことを考えたら、妖利山に預けるべきじゃないし、今の生活を続けさせたい。でも、相手が刀取りだってことを考えてごらんよ。壱だって見たでしょう。地面からも家からも、木からでも刀が出ていた。何処から刀が出るか、想像出来ない。あの時は周りに家や木が少なかったから、こちらも何とか対処は出来たけど、ここは東京府で、建物だらけだ。こんな所で刀を出されたら、それこそ串刺しだ」
柴一に情が移っているなんてものではない。喜助の気持ちが伝わったのか、壱が楽しそうな雰囲気を伝えてきた。
「他人の子でも、一七年も居れば我が子同然だな」
「うるっさいなあ。だから、何。血が繋がってなくても、俺が三五〇年以上生きてる妖でも立派に俺の子なの。あんな可愛い子、見捨てられる訳ないじゃないか」
子煩悩だねえと笑いながら言った壱に、当たり前だと思いながら喜助はちらりと右に曲がる道を見る。
「どうした」
壱の言葉に、右手の人差し指を立てて口元に当てた。
「誰かいる」
喜助は気配を探るように神経を集中させながら忍び足で近づいて行き、壱は後をゆったりとした足取りでついて行く。
角を曲がる手前で、柔らかく重みのある物が地面に落ちるような鈍い音が聞こえた。同時に喜助は足早に角を曲がり、持っていた提灯で地面を照らしながら音がした場所へと近づいて行く。
提灯の灯りが、地面から草履を履いていない足袋をぼんやりと照らしていく。
足と聞こえないように呟いて喜助は足の持ち主の顔を照らして、唖然としてしまった。




