親子団欒も…
団子を食べて町を歩いた後、正午を知らせる大砲が聞こえてくる前に昼食を食べてから、喜助と柴一は長屋に戻った。何時もと変わらぬ午後を過ごす。
長屋の一間を借りている。入り口には一畳半の土間があり、四畳半を部屋としている。竈に近い部屋の隅を柴一の仕事場にしており、日中の殆どを柴一は部屋の隅で過ごす。柴一が錺を作る音が小さく響く中、火鉢の奥で喜助は背に音を受けながらうたうたと昼寝をする。長屋の造りは、隙間風が入って来る程簡単な作りだ。小さな火鉢一つでは暖もとれないのだが、火鉢に背を向けて横になる喜助は寒いの一言も言わずに眠る。妖で術もある程度使える喜助にとっては、寒さを凌ぐ術も知っているので使っているのだが、柴一は全く知らない。錺作りでかじかんだ手を火鉢の前に来て手を温めながら、柴一が首を傾げている雰囲気を、昼寝をしつつ感じて喜助は見えないように微笑んでいる。
喜助が糸井さんからの依頼を受けて行動を起こすのは真夜中で、日中は寝ているか町を散歩しているかのどちらかだ。
柴一にとって、仕事をしている間は揶揄われずに集中出来る為、敢えて横になっている喜助を起こそうとはしない。柴一が喜助を起こす時は、余程の事がない限り夕時だ。
辺りが暗くなりだして、横になっていた喜助は身体を起こし、大きく背伸びをすると、丁度手元が見え辛くなったらしい柴一が手を止めて喜助を見た。
「柴一。飯、食べに行こうか」
よく寝たと言わんばかりの表情で柴一を見た喜助がゆっくりと立ち上がると、柴一は慌てて道具を片付けだす。片付けている間に、喜助が火鉢から蠟燭に火を付けて提灯の用意をすると、手際よく火鉢の炭を火消壺に入れる。入れ終わると、提灯を手にしたまま草履を履いて、ゆっくりと入り口に行く。土間に足を下ろして草履を履いた柴一に、右手に持っている提灯を渡すと戸を開けて喜助が先に外へ出、柴一が後について外に出てから戸を閉めた。辺りが暗くなっていく中を並んで歩きだし、長屋を出る。
「なあ、何食うの」
長屋を出てから通りを左に曲がると、歩きながら薄暗い中、喜助の提灯の灯りを頼りに見上げて聞いた柴一は、頬に突き刺さるような冷たい風に思わず身を竦めた。柴一の様子を見て、喜助が柔らかい笑みを見せると、そうだねえと小さく呟いた。
「今日も寒いから、温かい蕎麦でも食べに行こうか。それから、燗徳利でも呑んで帰ろうかな」
「蕎麦かあ、良いな。って、俺呑めねえし」
「柴一は、お茶飲めば良いんだよ。俺は燗徳利呑むから」
酒を呑むということは、喜助は出る気がないということ。思わず呆れた表情をして、柴一は喜助を見返した。
「糸井さんの依頼はどうすんだよ」
「また今度ね」
聞いた柴一に喜助が柔らかい笑みのまま、さらりと答えている。
「今度って、あのな」
「だって、柴一何だか付いて来そうなんだもん。柴一が忘れた頃に、お仕事するから」
柴一は、何も言わずに視線を通りに向けた。今回に限って依頼の件を気にする柴一に、喜助はやっぱり真乃ちゃんから行くように言われたのだと思う。当分行動は起こせないなと思いながら、柴一に視線を向ける。
「ま、良いけどさ。忘れねえうちに、仕事しろよな」
くすくす笑いながら喜助が適当に返事をして、すぐに不機嫌そうな雰囲気を漂わせた。疑問気に思ったらしい柴一が喜助を見上げると、視線の先を追ってみる。まだ月の明かりが照らすには少し早く、人影が分かる程度の暗さだ。柴一が目を凝らして見ても人影くらいしか見えない。
「親父、どうしたんだよ」
「一番来て欲しくない奴が来た」
不愉快と、喜助の口調が言っている。不愉快さを隠しもせずに言う時は、必ずと言っていい程、柴一は会えて嬉しいと思う者が来る。柴一は、満面の笑みを浮かべた。
「ほっかむりのおじちゃん」
人影がゆったりとした歩調で歩き、深い茶色の外套姿の壱が漸く確認出来るところまで近づいて来る。
「よう、柴坊。元気そうだねえ」
「壱。何しに来たの」
不機嫌この上ない口調で聞いた喜助に、壱は頭巾の下で笑みを浮かべる雰囲気を作って近づいて来る。
「久し振りに柴坊の顔を拝みに来たんだが、面白いことが起こってるみたいだねえ」
「面白くないし。全っ然面白くない。何で、親子団欒してる時に来るの。凄い、邪魔なんですけど」
一瞬だけ柴一の表情が、何処が親子団欒なんだと言っていたが、何も言わずに二人の会話を聞いている。
「お前さんが面白かろうと面白くなかろうと、俺には関係ないんだが、日本橋の幽霊騒動に珍しい奴が関わってるんで教えに来たのさ。でも、その様子じゃあ必要なさそうだねえ」
壱の言葉に、喜助はじっと見えない顔を見詰める。壱が何を考えて言っているのか意図を探ろうとしたが、元々顔の表情は覆っている頭巾で見えやしない。溜息混じりに、喜助は視線を伏せた。
「柴一の前でする話ではないよ」
「そう思うかい」
「そう思うよ」
喜助の言葉に、壱は見えない視線を柴一に向けた。
「だとさ。柴坊、悪いねえ」
「良いよ。先に蕎麦屋行ってる」
早く来いよと一声かけて、柴一は行きつけの蕎麦屋へと歩き出す。蕎麦屋へ行く角を左に曲がったのを見届けて、喜助は無言で踵を返すと足早に歩き出すと、同じく無言で壱は喜助の横に並んだ。




