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第七巻 資本市場 第十三回 時価総額

 鍾九思の表は縦に五つの会社の名が並んでいた。


 磁邢鉄道会社。磁州機械会社。通済舟運会社。相州の鶴壁の東の坑から枝の道を引くために、石炭の商人たちが作った相州石炭会社。そして秋の半ばに株を売り出したばかりの唐州銀山会社。


 名の右に欄が四つ。


 株の数。

 この月の終わりに売り買いの成った値。

 株の数にその値を掛けた額。

 この月に売り買いされた株の数。


「三つ目の欄を何と呼ぶか決めかねております」


 鍾九思は言った。


 統計局の長の部屋だった。韋明遠が表を指でなぞっていた。修平は窓の脇の椅子に座っていた。


「会社の株の全部をその時の成った値で数えた額」


 韋明遠が言った。


「時の値で数えた総額。——時価の総額、か」


「それでよいと思います」


 修平は言った。


「私の国でもそう呼んでいました」


 鍾九思は筆を取って、三つ目の欄の頭に「時価の総額」と書き込んだ。


 磁邢鉄道会社。十万株。十三貫五百文。百三十五万貫。


 磁州機械会社。二万四千株。十二貫八百文。三十万七千二百貫。


 通済舟運会社。二千株。十六貫。三万二千貫。


 相州石炭会社。三万株。十一貫。三十三万貫。


 唐州銀山会社。二万株。二十貫。四十万貫。


 最後の行で鍾九思の筆が止まった。


「唐州は」


 鍾九思は言った。


「売り出したのはこの月の初め。一株十貫で、二万株。——この月の終わりの値が二十貫。倍です」


「倍」


 韋明遠が表を覗き込んだ。


「四つ目の欄は」


「この月に売り買いされた株の数」


 鍾九思は言った。


「一株」


 部屋が静かになった。


  ◇


 鍾九思が揚州から届いた書き付けを卓の上に広げた。


 唐州銀山会社の株は、開封の竇守義の行と揚州の聶仲和の行とで売り出された。唐州の南の山の古い銀の坑を、蒸気の機械で掘り直す会社だった。告げ書には、坑冶寺の鉱質の台帳のその山の石の番号が載っていた。


 売り出してひと月。株を持つ者はほとんど株を手放さなかった。竇守義の行の板にも、揚州の茶館の壁にも、唐州の株を売りたい者の名はほとんど出なかった。


 月の終わりの前日、揚州の茶館で一人が一株だけ売った。


 買った者がいた。二十貫で。


 聶仲和の書き付けには、その日の茶館の様子が少しだけ書いてあった。


 売ったのは揚州の小さな質庫の主だった。唐州の株を十株持っていた。月の終わりに、質庫の流れた品の代を払う銭が少し足りなかった。一株だけ売れればよかった。


 茶館の壁の株の札の前で、質庫の主は十三貫なら売る、と言った。


 それを聞いていたのが塩の商人の家の若い次男だった。父の蔵の銭を少し任されていた。唐州の山の銀の話を茶館で毎日のように聞いていた。——坑を蒸気の機械で掘り直せば、昔の何倍も銀が出る。唐州の山は宝の山だ。


「十三貫なら安い」


 次男は言った。茶館の客たちが笑った。


「二十貫でも買う」


 次男はそう言って、本当に二十貫を帳場に置いた。——質庫の主は目を丸くして、それを受け取った。


 茶館の主はその売り買いを壁の札に書いた。二十貫、一株。


 聶仲和の書き付けはそこで終わっていた。最後に一行だけ添えてあった。


 ——次男は翌日、父にひどく叱られたそうでございます。


 月の終わりの日、唐州の株の売り買いはなかった。——だからこの月の最後に成った値は二十貫だった。


「二十貫で一株」


 韋明遠が言った。


「その値を二万株全部に掛けて、四十万貫」


「表の欄の決めごとどおりに書けば」


 鍾九思は言った。


「そうなります」


  ◇


 統計局のその月の表は、都堂と戸部と太府寺と中央銀行とに回された。


 三日後、太府寺丞の范汝舟が詳定官の詰所に来た。表の写しを手に持っていた。


「唐州の会社の時価の総額が四十万貫」


 范汝舟は言った。丸い顔が少し上気していた。


「ひと月前、株を売り出して会社に入ったのは二十万貫だった。——ひと月で二十万貫増えた。唐州の会社の蔵には今、四十万貫があるのか」


 修平は表の写しを受け取った。


「ありません」


 修平は言った。


「ではこの欄は何だ」


「唐州の会社の二万株の全部を、ひと月の最後に売り買いの成った値で数えたら、いくらになるか、の額です」


 修平は言った。


「会社の蔵の銭とは別のものです」


 修平は紙を一枚出した。


 四本の横の線を引いた。


「会社を四つの目で見ます」


 修平は一本目の線の上に書いた。


 ——会社が株を売り出したとき、実際に受け取った銭。


「唐州なら、ひと月前に二十万貫。——これはもう決まった数です。変わりません」


 二本目の線。


 ——会社の蔵と行の預りに、今ある銭。


「唐州の会社は、ひと月で坑を掘り直す蒸気の機械を磁州の工場に頼みました。その前払いで八万貫。坑の周りの土地の代と人の雇い入れで三万貫。——今、会社の預りに残っているのは九万貫ほどでしょう」


 三本目の線。


 ——会社の帳面の上の持ち物と、負い目と、元手。


「機械の前払い、土地、預り。持ち物はほぼ二十万貫。借りはまだない。——元手は二十万貫。株、一つあたり十貫」


 四本目の線。


 ——時価の総額。株の全部をその時の成った値で数えた額。


「そしてこれが四十万貫」


 修平は四本の線を並べて見せた。


「二十万。九万。二十万。四十万。——同じ会社を四つの目で見ると、四つの違う数が出ます。どれも嘘ではありません。けれど、どれも同じものではない」


 修平は紙の下半分に、同じ四本の線をもう一度引いた。


「磁邢でも同じです。——株を売り出して受け取ったのは百万貫。会社の預りに今残っているのは四十万貫ほど。残りは、棒と土地と石の前払いになった。帳面の上の元手は百万貫。そして時価の総額は百三十五万貫」


 范汝舟は二つの会社の八つの数を見比べていた。


「どちらの会社も蔵の銭が一番小さい」


「はい。会社は、集めた銭を蔵に寝かせるために集めたのではありませんから」


 范汝舟は紙を長いこと見ていた。


「時価の総額が四十万貫になった瞬間に、会社の蔵に二十万貫が流れ込んだわけではない」


「流れ込んでいません」


 修平は言った。


「揚州の茶館で一株が二十貫で売り買いされた。——その日、動いた銭は二十貫です。買った者の懐から売った者の懐へ、二十貫。それだけです」


「それだけ」


「それだけです。残りの一万九千九百九十九株を持つ者たちは、一文も受け取っていません。ただ、自分の株に二十貫の値がついた。——帳面の上の値打ちが増えただけです」


  ◇


 范汝舟はしばらく黙っていた。


 それから少し怒ったような声で言った。


「それなら、時価の総額など作り事ではないか」


 范汝舟は言った。


「一株の売り買いで二十万貫の値打ちが生まれる。——茶館で誰かが酔って一株を高く買えば、会社の値打ちが倍になる。そんな数を統計局が表にして都堂に回すのか」


「一株の月なら作り事に近いと思います」


 修平は言った。


「ですから、鍾どのは四つ目の欄を作りました」


 修平は表の写しの四つ目の欄を指した。


 ——この月に売り買いされた株の数。


「磁邢の株は、この月に一万二千株売り買いされました。——一万二千株が十三貫あたりで売り買いされた。その値を十万株に掛けた百三十五万貫は、作り事ではありません。多くの者が実際に自分の銭を出して、その値で株を買った。その値を全部の株に当てはめた額です」


 修平は唐州の行を指した。


「唐州は一株。——同じ欄に並んでいても、重さが違う」


 范汝舟は表を見直した。


「値と一緒に、その値でいくら売り買いされたかを見る」


「はい」


 修平は言った。


「値だけを見れば、茶館の一人の酔客に振り回されます」


  ◇


「では、売り買いの多い会社の時価の総額は信じてよいのか」


 范汝舟が言った。


「磁邢の百三十五万貫は」


「信じてよい、というのが何を信じるかによります」


 修平は言った。


「磁邢の株を持つ八千三百人が、明日一斉に株を全部売ろうとしたら。——百三十五万貫の銭がどこかで待っていると思いますか」


 范汝舟は少し考えた。


「……いない」


「いません」


 修平は言った。


「閻どのが千五百株を売ろうとしただけで、竇どのの板の上の買いたい者は、七百五十株分で尽きました。八千三百人が一斉に十万株を売れば、値はどこまで下がるか分かりません。——時価の総額と同じ額の銭が、市のどこかに積まれて待っているわけではないのです」


 修平は紙に書いた。


 ——時価の総額は、会社の蔵の銭ではない。

 ——時価の総額は、株の全部をその時の成った値で数えた額である。

 ——時価の総額が増えても、その分の銭が新しく刷られたのではない。

 ——時価の総額が減っても、その分の銭が焼けて消えたのではない。


「では何の役に立つ」


 范汝舟は言った。


「役に立ちます」


 修平は言った。


「たとえば、誰かが磁邢の会社を丸ごと買い取りたいと思ったとします。——株の全部を持っている者たちから買い集める。百三十五万貫ではとても足りない。買い集めるうちに値が上がる。けれど、少なくとも百三十五万貫より安くは買えない。そういう目安になります」


「会社を丸ごと買う者などいるのか」


「いつか、いるでしょう」


 修平は言った。


「それから、会社が次に株を売り出すとき。——時価の総額が大きければ、会社は同じ数の株で多くの銭を集められる。時価の総額が小さければ、少しの銭しか集められない。汪どのの車の工場の新しい株が十二貫で売れたのは、磁州機械の株が十二貫を越えて売り買いされていたからです」


 修平は少し言葉を切った。


「それに、行が株を質に取るとき。質の値打ちを何で測るか。——板で成った値です。それに株の数を掛ければ、時価の総額と同じ形の数になる」


 范汝舟は紙を見ていた。


「作り事ではない。だが、蔵の銭でもない」


「はい。——多くの者が実際の売り買いで作った値を、全部の株に当てはめた見積もりです。見積もりにすぎない。けれど、見積もりで人は銭を貸し、会社を買い、次の株を売り出す」


  ◇


 都堂でその表を最初に読んだのは、左丞相の李徳彰だった。


 李徳彰は表を右丞相の張文謹の前に置いた。


「五つの会社の時価の総額を足すと、二百四十万貫あまり」


 李徳彰は言った。


「国の一年の税の入りに比べれば、まだ小さい。——だが、半年前にはこの欄そのものがなかった」


 張文謹は表を目から少し離して読んだ。七十になって、細かい字が読みにくくなっていた。


「唐州の四十万貫」


 張文謹は言った。


「ひと月で二十万貫の会社が四十万貫になった、と読める」


「林詳定の書き付けが添えてある」


 李徳彰は表の下の修平の字の紙を示した。——会社の蔵の銭ではない。一株の売り買いでついた値である。


 張文謹は書き付けを読んだ。


 それから少し笑った。


「私の若い頃、開封の古い書画の市で、一幅の山水が百貫で売れた。——翌日、同じ画家の別の山水を持っている者たちが皆、自分の画も百貫の値打ちだと言い出した。蔵の中の画は一幅も動いておらぬのに」


 張文謹は表を李徳彰に返した。


「人は一つの値を見ると、それを全部に当てはめたがる」


「当てはめる者がいるから、この表が要る」


 李徳彰は言った。


「当てはめ方を正しく書き添えて」


 張文謹は頷いた。


「私の後の者もこの表を読むだろう」


 張文謹はそれだけ言って、次の議の紙を手に取った。


  ◇


 その月の終わり、小報に一行が載った。


 ——国中の会社の値打ち、合わせて二百四十万貫。ひと月で三十万貫増える。


 小報の書き手が統計局の表をどこかで写したらしかった。


 その次の日の小報には、別の書き手の一行が載った。


 ——国中に、ひと月で三十万貫の銭が湧いた。米の値が上がるのではないか。


 韋明遠がその小報を持って、詳定官の詰所に来た。


「統計局の表を外に出すのを止めるべきか」


 韋明遠は言った。


「こういう読み方をされるなら」


「止めれば、もっとひどい読み方をされると思います」


 修平は言った。


「統計局の表がなければ、小報の書き手は茶館の噂で値打ちを書きます。——唐州の一株の二十貫を、そのまま国中の値打ちだと書くかもしれない」


 韋明遠は黙った。


「表を出すなら」


 修平は言った。


「欄の読み方を一緒に出してください。時価の総額とは何か。何でないか。——それに、四つ目の欄を必ず並べる。唐州の一株を磁邢の一万二千株と同じ重さで読ませないように」


 韋明遠は長いこと表を見ていた。


 それから鍾九思を呼んだ。


「来月から表の下に書き添える」


 韋明遠は言った。


「時価の総額は、会社の蔵の銭ではない。銭が新しく生まれたしるしでもない。売り買いの少ない会社の値は、軽く読め。——それから、ひと月に十株に満たぬ売り買いしかなかった会社は、値の欄に印を付けて区別する」


 鍾九思は頷いた。


「印は何に」


「小さな丸」


 韋明遠は言った。


「丸の中は空けておけ。——中身の薄い値だと分かるように」


  ◇


 秋の終わり、唐州銀山会社の株は、竇守義の板の上で三百株売り買いされた。


 値は十四貫だった。


 時価の総額は二十八万貫になった。一株の二十貫の月から十二万貫減った。


 小報は、今度は何も書かなかった。


 修平は統計局のその月の表を見ていた。唐州の行の値の欄に、もう空の丸は付いていなかった。


 二十貫から十四貫。——唐州の会社の蔵からは一文も出ていない。唐州の南の山の坑の中では、磁州の工場から届いた蒸気の機械が据えられようとしていた。


 表の数だけが、四十万から二十八万へ動いていた。


 揚州の塩の商人の次男は、二十貫で買った一株をまだ持っているのだろうか、と修平は思った。持っているなら、帳面の上で六貫損をしている。売っていなければ、損はまだ決まっていない。——その一株に次男が何を見ていたのか。唐州の山の銀か。茶館の客たちの笑い声か。


 修平は表の唐州の行をしばらく見ていた。


 それから鍾九思に一つ頼みごとをした。


 唐州銀山会社の告げ書に載っていた、坑冶寺の鉱質の台帳のその山の石の番号。——その番号の台帳の頁の写しを取っておいてほしい。


 鍾九思は理由を聞かなかった。


 おかしな数を見つける役の男は、ただ頷いた。

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