第七巻 資本市場 第十回 増資と希薄化
車の図が汪徳潤の工場の壁一面に貼られていた。
荷の車。石炭を積む、底の開く車。人を乗せる、屋根のある車。——賀通遠の組が、衛州の道の開いてから半年あまりの帳面から、描き起こした図だった。車輪の差し渡し。軸の太さ。軸の受けの形。二つの車を繋ぐ鉤の形と高さ。
「全部同じ形にします」
賀通遠は図の前で言った。
「衛州の道の車は十四台、全部少しずつ違った。作った工房が違ったからです。軸の受けが焼けたとき、替えの品がその車にしか合わなかった。——磁州から邢州への道の車は、最初からこの図のとおりに作る。どの車の軸の受けも、どの車に合う」
晏崇礼が図の脇の数の書き付けを読んだ。
「邢州まで開いたら、荷の車が二百台。石炭の車が百五十台。人の車が三十台。——それに衛州の道の増やす分」
「四百台をどこで作る」
汪徳潤が言った。
汪徳潤の工場は子の台が十五台。軸と、軸の受けと、刃とを作っていた。車を一台丸ごと作る場ではなかった。
「ここで作ってほしい」
賀通遠が言った。
「磁州の鋼の場の隣で。鋼が塀の向こうから来る。——車を作る建屋と、車輪を削る大きな台と、鉤を打つ鍛冶の場と、組み立てる長い屋根と」
汪徳潤は紙に書き出していった。建屋。大きな台、四台。鍛冶の炉、二つ。組み立ての屋根。人。
「十四万貫」
汪徳潤は言った。
「……少なくとも」
◇
磁州の機械の工場は夏に会社になっていた。
磁州機械会社。
工部と十一の家が出し合った元手、十二万貫に半年の儲けの残りを足して、一万二千の株に切った。工部が、五千株。十一の家が、七千株。汪徳潤の家はそのうちの千五百株を持っていた。
夏の終わりの董事の議で、汪徳潤は車の工場の話を出した。
「十四万貫をどこから」
董事の一人が言った。
「行に借りるか」
「竇どのの行にはもう四万貫借りております」
汪徳潤は言った。
「車の工場が稼ぎ出すのは、早くて二年後。——その二年の間、十四万貫の利を毎年払い続けるのは重い。磁州の道が遅れれば、車の注文も遅れる。注文が遅れても、利は待ってくれない」
汪徳潤は揚州の組の話を知っていた。修平が年の初めに揚州の広間で話したことを。——稼ぎが年ごとに大きく揺れる商いほど、借りを重くしてはならない。
「では会社の証文か」
「同じことです。利が要る」
「では」
董事たちが汪徳潤を見た。
「株を新しく出します」
汪徳潤は言った。
「一万二千株。——今の株の数と同じだけ」
◇
焦正春が詳定官の詰所に来たのは、その十日後だった。
相州の鉄の商人だった。五十がらみの肩の厚い男だった。磁州機械会社の千二百株を持っていた。十一の家のうちの一つの家の主だった。
「林詳定に聞いてほしい話がある」
焦正春は言った。
「会社が株を一万二千、新しく出す。——私の千二百株はどうなる」
修平は焦正春を卓の前に座らせた。
紙を一枚出した。
「今、磁州機械会社の株は一万二千株です」
修平は紙に大きな丸を一つ描いた。丸を十に分けた。そのうちの一つに斜めの線を引いた。
「焦どのは千二百株。——十に一つ。会社の一割を持っています」
焦正春は頷いた。
「会社が新しく一万二千株を出す。株は二万四千株になる」
修平は隣にもう一つ同じ大きさの丸を描いた。二つの丸を並べて、線で一つに囲った。囲った全体を二十に分けた。
「焦どのが新しい株を一つも買わなければ。——焦どのの千二百株は、二万四千株のうちの千二百株。二十に一つ」
修平は二十に分けた丸のうちの一つに斜めの線を引いた。
「一割が五分になります」
焦正春の顔が固くなった。
「それだ」
焦正春は言った。
「私はこの会社の一割の持ち主だった。株を持つ者たちの会で一割の票を持っていた。儲けを分けるとき、一割を受け取っていた。——会社が株を刷れば、私の一割が五分に薄まる」
焦正春は紙の上の二つの丸を指で叩いた。
「春に林詳定は閻の旦那の家で言うたそうだな。株の数は勝手には増えない。刷れば、今持っている者の取り分が減る、と」
「言いました」
「なら、なぜ許す」
修平は少し黙った。
「私の国ではこれを、薄まり、と呼びました」
修平は言った。
「新しく株を出すと、今の株を持つ者の持分の割合が薄まる。——焦どのの言われるとおりです。票の割合も、儲けを分けてもらう割合も」
「では」
「けれど、焦どの」
修平は言った。
「割合が薄まることと、焦どのが損をすることとは同じではありません」
◇
修平は二つの丸の下に数を書き始めた。
「今、会社の元手は帳面で十三万貫あまり。株、一つあたり十一貫ほどです」
「そうだ」
「新しい株を一つ、十二貫で売り出すとします」
修平は言った。
「一万二千株、十二貫で。——会社に十四万四千貫が入ります。車の工場を建てる銭です」
修平は数を足した。
「今の元手、十三万二千貫。新しく入る銭、十四万四千貫。合わせて二十七万六千貫。——株は二万四千株。株、一つあたり十一貫五百文」
焦正春は紙を覗き込んだ。
「十一貫が、十一貫五百文になる」
「はい。一株あたりの元手の厚さは薄まっていません。少し厚くなっています。——新しい株を今の株の値打ちより、少し高い値で売り出すからです」
修平はその下にもう一つ数を書いた。
「逆に、新しい株を一つ、五貫で売り出したら」
修平は言った。
「会社に入るのは、六万貫。今の元手と合わせて、十九万二千貫。二万四千株で割れば、株一つあたり八貫」
焦正春は紙を睨んだ。
「十一貫が、八貫になる」
「新しく株を買った者は、五貫で八貫の値打ちの株を手に入れる。——その差の三貫は、焦どのたち、今の株を持つ者から、新しく買った者へ移ったのです」
修平は紙の二つの数を並べた。
「だから薄まりが損になるかどうかは、第一にいくらで売り出すか、です」
焦正春は腕を組んだ。
「第二は」
「集めた銭を何に使うか、です」
修平は言った。
「十四万四千貫で車の工場を建てる。磁州の道と、衛州の道と、この先、国中に延びる道に車を納める。車の工場が毎年三万貫の儲けを出すようになったら」
修平は紙に書いた。
「今の工場の儲けに、毎年三万貫が加わる。——焦どのが持つのは、五分に薄まった持分です。けれど会社全体の儲けが倍を超えて増えれば。五分の持分が受け取る分け前は、一割のときより多くなるかもしれない」
焦正春は長いこと紙を見ていた。
「薄まっても、全体が大きくなれば」
「はい」
「全体が大きくならなければ」
「薄まった分だけ損をします」
修平は言った。
「車の工場が稼がなければ。——十四万四千貫が、稼がない建屋と台になっただけなら。焦どのの持分は薄まって、全体は大きくならない」
修平は紙の一番下に書いた。
——新しく株を出すと、会社に新しい元手が入る。同時に、今の株を持つ者の持分の割合は薄まる。
——薄まりが損になるかどうかは、いくらで売り出すか、集めた銭で会社全体の値打ちをどれだけ増やせるかによる。
「では私はどうすればいい」
焦正春は言った。
「会社の董事の議に、汪どのの車の工場が本当に稼ぐのかを確かめてください」
修平は言った。
「それからもう一つ。——新しい株を焦どのが先に買う権を、会社に求めてください」
◇
「先に買う権」
焦正春が言った。
「新しく出す株を世間に売り出す前に、今の株を持つ者に先に買ってもらう」
修平は言った。
「今の株一つにつき、新しい株を一つ、十二貫で買える。——焦どのが千二百株を新しく買えば。二万四千株のうちの二千四百株。十に一つ。一割は薄まりません」
焦正春は少し目を細めた。
「一万四千四百貫払えば、な」
「はい」
「払えぬ者は」
「薄まります」
修平は言った。
「払えぬ者、払いたくない者の分は、世間に売り出す。——ただ、少なくとも薄まりたくない者には、薄まらずに済む道がある。会社を預かる者が、今の株を持つ者に黙って、自分の知り合いに安い値で新しい株を配ることはできない」
焦正春はしばらく黙っていた。
それから低く言った。
「汪の家の若い主が自分の親類に新しい株を配るつもりではないかと、相州で噂があった」
「その噂が本当かどうか」
修平は言った。
「先に買う権と売り出す値とを、株を持つ者たちの会で決めれば。——噂は噂のまま終わります」
◇
開封の戸部の葉正言の部屋で、議は別の形で揉めていた。
「工部は五千株持っておる」
沈維新が言った。
「新しい株を工部が五千株買わねば、工部の持分は四割あまりから二割あまりに薄まる。——あの工場は工部が最初に出した。軍器監の筒の刃もあの工場の台で削る。工部が董事の議で口を出せなくなれば、刃の型が勝手に変わるかもしれぬ」
「五千株を十二貫で買えば、六万貫」
葉正言は言った。
「工部の来年のどの費えを削る」
沈維新は黙った。
「林詳定」
葉正言は修平を見た。
「そなたは冬に、国が負う道と国が負わなくてよい道とがある、と言うた。——磁州の車の工場はどちらだ」
修平は少し考えた。
「国が負わなくてよい方だと思います」
修平は言った。
「沈尚書が案じておられるのは、刃の型です。——それは株で守るものではないと思います」
「では何で守る」
「検めで」
修平は言った。
「軍器監の筒を削る刃は、軍器監の通る型と通らぬ型とを通らねば、納められない。——太府寺の蔵の一の等の尺から写した二の等の尺で測る。会社の董事が誰であろうと、型を通らない刃は、軍器監が受け取らない」
修平は沈維新を見た。
「鋼の場を開いたときに決めたことです。検める組の否は、鋼の場の長も覆せない。——株を四割持っていても、型を通らない刃は通りません。株を二割しか持っていなくても、型を通る刃は通ります」
沈維新は長いこと修平を見ていた。
「……工部は株ではなく、型で口を出す、か」
「はい」
葉正言が筆を置いた。
「工部は新しい株を買わぬ。——薄まるに任せる」
葉正言は言った。
「国が民の会社の全部の株を持ち続けることはない。国が負わなくてよい道からは、国は少しずつ手を引く。——ただし、国の決まりと国の尺からは、会社は一歩も出られぬ」
◇
磁州機械会社の株を持つ者たちの会は、秋の初めに開かれた。
董事の議が出した案は三つだった。
一つ。新しく一万二千株を出す。一株、十二貫。
二つ。集めた十四万四千貫は車の工場の建屋と、台と、炉と、組み立ての屋根とに使う。使い道は半年ごとに帳面で見せる。
三つ。今の株を持つ者は、今の株一つにつき、新しい株を一つ先に買える。先に買う期日はひと月。買われなかった分を、開封の竇守義の行と磁州の会社の建物とで、世間に売り出す。
焦正春は会で一つだけ問うた。
「汪どの。車の工場が二年後に稼がなかったら」
汪徳潤は立ち上がった。
「二年後のこの会で帳面を見せます」
汪徳潤は言った。
「稼がなかった理由を書きます。——書けなければ、私を、会社を預かる者から降ろしてください」
揚州の邱承緒が夏に同じことを言ったと、焦正春は聞いていたのかもしれなかった。焦正春はそれ以上何も問わなかった。
案は通った。工部の五千株の票は入れられなかった。葉正言の部屋で沈維新と申し合わせたことだった。——国は、民の会社の株を持つ者たちの会で票を振るわない。
◇
相州の焦正春の家の帳場の奥で、焦正春は息子と向かい合っていた。
息子は二十六だった。この春から相州の店の帳場を任されていた。
「千二百株、全部買えば、一万四千四百貫」
息子は帳面を指で叩いた。
「秋の鉄の買い付けの銭がなくなります。鶴壁の道のおかげで、今年は磁州の鋼の場へ鉄の石を倍納められる。——その買い付けを止めるのですか」
「止めはせぬ」
焦正春は言った。
「だから全部は買えぬ、と言うておる」
「では一つも買わなければ」
息子は言った。
「一万四千四百貫が、そのまま鉄の石の買い付けに回せます。——五分に薄まっても、父上の持分はまだ千二百株。汪の家の車の工場が稼げば、その分け前は増える」
「稼がなければ」
「稼がなければ、薄まった上に減る」
息子は少し黙った。
「……どちらにしても、父上が汪の家の車の工場に賭けるか賭けないか、です」
焦正春は長いこと息子の顔を見ていた。
四十年前、焦正春の父は相州の小さな鍛冶の主だった。鉄の問屋に石を仕入れる銭を借りて、借りて、ようやく店を今の大きさにした。——その店の秋の買い付けの銭と、磁州のまだ建ってもいない車の工場とを、同じ秤に載せていた。
「半分だ」
焦正春は言った。
「六百株買う。——残りの七千二百貫は、秋の買い付けに回す」
「一割が七分五厘になります」
「なる」
焦正春は言った。
「七分五厘でも、董事の議に口は出せる。汪の家の若い主が親類に株を配ろうとすれば、会で声を上げられる。——それで十分だ」
息子は帳面に六百、と書いた。
「林詳定は何と言うでしょう」
「何も言わぬだろう」
焦正春は言った。
「あの男はいくら買え、とは一度も言わなんだ。——薄まりが何かを紙に書いただけだ」
◇
ひと月の期日が過ぎた。
十一の家は新しい株を七千株のうち、五千二百株買った。焦正春は六百株を買った。千二百株のうちの半分だった。
——一割が七分五厘になった。
焦正春はそう手紙に書いて修平に寄越した。
——全部は買えなかった。一万四千四百貫は、相州の鉄の商いには重すぎた。七分五厘でよい。汪の家の親類に株が配られることはなかった。竇どのの行の前に世間の者が並んだ。
買われなかった六千八百株は、竇守義の行と磁州の会社の建物とで、十日で売れた。
工部の持分は四割あまりから二割あまりへ薄まった。
秋の半ばの磁州の鋼の場の隣の荒れ地に、縄が張られた。車の工場の建屋の四隅の杭だった。
汪徳潤は杭の一本の脇に立って、北の方を見ていた。
磁州から邢州への道の測りの組が、北の野の中に小さな旗を立てていた。旗が点々と北へ延びていた。
その旗の上を、いつかこの工場の車が走る。——走らなければ、汪徳潤は二年後の会で降ろされる。
汪徳潤は杭の頭を手のひらで軽く叩いた。




