第七巻 資本市場 第八回 配当と内部留保
揚州の岸には舟が六隻並んでいた。
孟季常は楚州から乗ってきた舟を降りて、しばらく岸に立っていた。
春に四百枚の証文で集めた銭で、明州の舟の場が造った新しい四隻だった。古い二隻より少し腹が長い。煙突が少し細い。邵鳴岐が二隻目の舟の底の梁のやり方を、そのまま四隻に通した、と聞いていた。
四隻の舳先にそれぞれ白い字で名が書いてあった。通済二。通済三。通済四。通済五。——最初の二隻は通済と、通済一。
岸の舟着き場の脇に板の札が立っていた。刻の表だった。揚州を出る刻。高郵に着く刻。楚州に着く刻。二日に一度だった舟が、この夏から揚州と楚州の両方から日に一度ずつ出るようになっていた。
屋根のない席にまだ人が溢れていた。
孟季常は札の刻の表の下に小さく書き添えられた一行を読んだ。
——舟の止まりしときは、この札にその旨と次の舟の刻とを書き足す。
札の端に書き足した跡が二つ残っていた。どちらも高郵で止まった日だった。
◇
四千二百貫、と帳面の最後の行に書いてあった。
孟季常は邱承緒の家の広間の隅の席で、その数を見ていた。
夏の半ばだった。揚州の運河の東岸の塩の商人の家。門の看板はひと月前に架け替えられていた。通済舟運会社。広間に集まったのは、会社の最初の株を持つ者たちの会だった。
株を持つ者は七人。組の七つの家の主がそのまま会社の株を持っていた。組の元手を二千に切った株を、七つの家が組に出していた割合のとおりに分けて持っていた。邱承緒が、六百。一番若い米の商人の家の主が、二百。
孟季常は株を持っていなかった。戸部の員外郎として、通済の舟が運ぶ塩の課の帳面を見に来ていた。邱承緒が、それならば最初の会を見ていってほしい、と言った。会社の法ができて最初の会だ。都の官の目が一つあった方がいい。
鍾九思の刷った白い帳面の形で、会社の最初の一年の帳面が付けられていた。去年の秋に通済の舟が走り始めてから、この夏まで。
稼ぎ。客の運賃と荷の運び賃。
費え。石炭。油。舟の上の者たちの賃。揚州と楚州の岸の舟着き場の借り賃。高郵で軸の受けが焼けたときの替えの品と直す職人の手間。
借りの利。揚州の行へ。春に刷った四百枚の証文へ。
舟の減り。邵鳴岐に聞いた、十五年で。
それらを全部引いて残った儲け。
四千二百貫。
株、一つあたり二貫と百文。
株は一つ十貫で切られていた。一年でその二割あまりの儲けが出たことになる。
広間が少しざわついていた。
◇
「全部分けていただきたい」
一番若い主が言った。
三十の半ば。年の初めに八隻を造りたいと言い、邱承緒に肩に手を置かれて、四隻に頷いた男だった。廖子雲という名だった。
「株、一つあたり二貫百文。二百の株を持つ私の家には、四百二十貫。——舟はよく稼いだ。稼いだものは株を持つ者のものだ。会社の法にもそう書いてある」
廖子雲は広間の他の主たちを見回した。
「私の家は米の商人だ。秋には新米を買い付ける。その銭が要る」
何人かの主が頷いた。
邱承緒はしばらく黙っていた。
それから卓の上に一枚の図を広げた。
運河の揚州から楚州までの細長い図だった。ちょうど中ほどに高郵の町が描かれていた。高郵の岸に四角い囲いが朱で描き込まれていた。
「高郵に舟を直す場を造りたい」
邱承緒は言った。
「去年の秋、高郵で軸の受けが焼けた。二日止まった。——替えの品は揚州の倉から帆の舟で運んだ。直す職人は揚州から呼んだ」
邱承緒は図の上の朱の囲いを指で叩いた。
「この夏、新しい四隻が揃った。舟が六隻になった。六隻になれば、どれかが止まる日が増える。——高郵に直す場があれば、止まった舟はその日のうちに直せる。揚州と楚州と高郵の、三つの岸の替えの品の倉を大きくする」
「いくらかかる」
「二千五百貫」
邱承緒は言った。
「四千二百貫のうち、二千五百貫を会社に残したい。分けるのは残りの千七百貫」
広間がざわついた。
「株、一つあたり八百五十文」
廖子雲が言った。
「二貫百文が、八百五十文」
廖子雲の声が少し上ずっていた。
「会社に残す、と言うが、それは邱の旦那の蔵に残すということではないのか。——会社を預かるのは邱の旦那だ。邱の旦那が自分の塩の荷を先に運ばせるための倉を、高郵に建てるのではないのか」
広間が静まり返った。
孟季常は自分の膝の上で手を握った。
邱承緒は怒らなかった。
「そう見えるか」
邱承緒は言った。
「見えます」
廖子雲は言った。
「……見えるのなら仕方がない」
邱承緒は帳面を廖子雲の前に押しやった。
「ではこう決めよう。——高郵の直す場と倉は、会社の名で建てる。私の家の名ではない。建てた後、何隻の舟が何度そこで直されたか。そのために舟が何日止まらずに済んだか。それを来年のこの会の帳面に書く。書けなければ、私を、会社を預かる者から降ろせばいい」
廖子雲は帳面を見下ろしていた。
年かさの塩の商人の主が口を開いた。邱承緒の家と同じく、三代揚州で塩を扱ってきた家の主だった。
「わしの祖父は塩の倉を一つ建てずに、儲けを全部分けた」
年かさの主は言った。
「その年は家の者が皆喜んだ。——翌年、梅雨が長くて、借りていた倉が水に浸かった。塩が半分溶けた。自分の倉を持っておれば、高いところに建てておった」
年かさの主は廖子雲の方を見た。
「分けた儲けはその年、家の者が使ってしまう。残した儲けは次の年の塩を守る。——どちらがよいかは、その年には分からぬ。水に浸かった年に分かる」
「それは邱の旦那が正しく倉を建てれば、の話だ」
廖子雲は言った。
「そうだ」
年かさの主は言った。
「だから邱どのの来年の帳面を見る。見て、嘘があれば降ろす。——わしらはもう組の寄り合いではない。会社の株を持つ者だ。会社の法にそう書いてある」
廖子雲は黙った。
◇
株を持つ者たちの会は株の数に従って票を入れた。
邱承緒の案に、八百。廖子雲の案に、六百。
邱承緒は自分の六百の株の票を入れなかった。会社を預かる者が自分の案に自分で票を入れるのはよくない、と言った。それでも他の家の票で邱承緒の案が通った。
会が終わって主たちが広間を出ていく中で、廖子雲だけが席に残っていた。
孟季常は廖子雲の前に座った。
「秋の新米の銭が足りませぬか」
「足ります」
廖子雲は言った。
「家の蔵を開ければ。——ただ、今年は蔵を開けずに、会社の分け前で新米を買えると思っていた」
廖子雲は帳面の四千二百貫の行を指でなぞった。
「私は舟が稼ぐと思っていた。年の初めに八隻と言うたのはそのためだ。——その稼いだ分を、邱の旦那はまた舟に戻せと言う」
廖子雲は顔を上げた。
「都の官に聞きたい。株を持つ者にとって分け前をたくさん出す会社と、たくさん残す会社と、どちらがよい会社なのか」
孟季常は答えられなかった。
「……都へ帰って林詳定に聞いてみます」
孟季常は言った。
◇
開封の詳定官の詰所で、修平は孟季常の話を黙って聞いていた。
孟季常は揚州の会の帳面の写しを卓の上に置いた。邱承緒の高郵の図の写しも。
「廖どのの問いを、私も自分の問いとしてお聞きしたい」
孟季常は言った。
「分け前を多く出す会社ほどよい会社なのか」
「そうとは限りません」
修平は言った。
「そうでないとも限りません」
孟季常が苦笑した。
「林どのらしい」
「どちらかに決められる話ではないのです」
修平は帳面の写しの四千二百貫の行を指した。
「残した二千五百貫。——これがどこにあると思われますか」
「会社の蔵に」
「今は。秋には蔵にはありません」
修平は高郵の図の朱の囲いを指した。
「高郵の直す場の屋根と、台と、職人の賃になっています。揚州と楚州と高郵の倉の、替えの軸の受けと、弁と、釜の管になっています。——残した儲けは金庫に積み上げておく銭ではありません。会社の中でもう一度使われる銭です」
修平は紙に書いた。
——残した儲けは、蔵の銭として寝ているのではなく、直す場・倉・替えの品・次の舟・借りの返済などにもう一度使われる。
「では分けた方がいいのか、残した方がいいのか」
「残した銭が次の年にどれだけの稼ぎを生むか、です」
修平は言った。
「高郵の直す場ができて、舟が年に二十日止まらずに済んだとします。六隻の舟が二十日ずつ。——一隻の舟が一日止まらずに走れば、稼ぎがいくら増えるか」
孟季常は揚州の帳面をめくった。
「一日、一隻ならして二十貫あまり」
「六隻、二十日なら、二千四百貫。——油と石炭の分を引いても、千貫を超える儲けが毎年増える」
修平は言った。
「二千五百貫を残して、毎年千貫の儲けが増えるなら。三年で残した分を取り戻し、その後も増え続ける。——株を持つ者にとって、今年二千五百貫を分けてもらうより、ずっと得です」
「高郵の場がそんなに役に立たなかったら」
「残した分は無駄になります」
修平は言った。
「会社を預かる者が会社を大きくしたいだけで、役に立たない場を建て続ければ。——株を持つ者は分けてもらえたはずの儲けを、預かる者の見栄のために失います」
修平は紙にもう一行書いた。
——残した儲けがよく使われるか、無駄に使われるかを、誰かが見ていなければならない。
「だから廖どのの問いには答えが一つではないのです」
修平は言った。
「舟がもう揚州と楚州の間に十分にあって、新しく造る場も、直す場も要らない会社なら。——儲けは分けた方がいい。会社に残しても使い道がない。使い道のない銭を、預かる者の手元に置いておけば、いつか使い道のないことに使われる」
「まだ造るものがたくさんある会社なら」
「残した方がいいかもしれない。——ただし、何に使ったかを次の年に見せる約束で」
修平は少し言葉を切った。
「邱どのはその約束を自分からしました」
孟季常は頷いた。
「来年の会の帳面に何日止まらずに済んだかを書く。書けなければ降ろせばいい、と」
「それが董事と、監事と、株を持つ者たちの会の仕事です」
修平は言った。
「分けるか、残すかを決めること自体よりも。——残した分がどう使われたかを確かめること」
修平は年の暮れに書いたあの表を思い出していた。持ち物と、負い目と、元手。
「それに残した儲けは帳面の上では元手の欄に積まれます」
修平は言った。
「株を持つ者が最初に出した二万貫に、残した二千五百貫が足される。元手が二万二千五百貫になる。——元手が厚くなれば、損を受け止める壁が厚くなる。揚州の行は前より安心して会社に貸せる。春の証文を持つ者たちも前より安心して持っていられる」
孟季常が少し目を見開いた。
「分けずに残すと借りやすくなる」
「はい。——分けてしまえば、その分だけ元手は薄いままです。儲けを全部分け続ける会社は次に舟を造るとき、また借りるか、また株を持つ者から銭を集めるしかありません」
孟季常は揚州の帳面の元手の欄を指でなぞった。
「残すことにも、分けることにもそれぞれ理がある」
「はい」
修平は言った。
「理が二つあるから、株を持つ者たちの会で決めるのです。——一人が決めれば一つの理しか通りません」
◇
孟季常はしばらく帳面の写しを見ていた。
「もう一つあります」
孟季常は言った。
「揚州の茶館で会社の株の値がどうなるか、です。——分け前が二貫百文から八百五十文に減った。株を持ちたいと思う者は減るのではないか。株の値が下がるのでは」
「下がるかもしれません」
修平は言った。
「けれど下がらないかもしれない。——株を買う者が見ているのが今年の分け前だけなら、下がります。けれど来年、再来年の会社の稼ぎを見ているなら。高郵の場ができて、会社の稼ぎが毎年千貫ずつ増えると思うなら」
修平は紙の余白に書いた。
——会社の値打ちは今、蔵にある銭だけでなく、これから会社が稼ぐと皆が思う儲けによって決まる。
「分け前を減らしたから、会社の値打ちが必ず下がるのではありません」
修平は言った。
「減らした銭を何に使い、それがどれだけの儲けを生むと皆が見込むか。——それで決まります」
孟季常はその一行を自分の帳面に写した。
「これから会社が稼ぐと皆が思う儲け」
孟季常は言った。
「それは誰にも分からぬものではないのか」
「分かりません」
修平は言った。
「分からないものを皆がそれぞれ見込む。——その見込みが株の値になります」
修平はそれ以上は言わなかった。
孟季常の帳面の写した一行の上に、窓からの夏の光が斜めに落ちていた。
◇
廖子雲からの手紙が孟季常のもとに届いたのは、夏の終わりだった。
——都の官へ。
——新米の買い付けの銭は、家の蔵を開けて足りました。
——ただ、一つ考えたことがございます。私は今、銭が要る。邱の旦那は今は銭を分けずに、三年先の儲けを大きくしたい。どちらも間違ってはいない。
——ならば今、銭が要る私の株を、三年待てる誰かに譲ればよいのではないか。三年待てる者は高郵の場が儲けを生むと思えば、私の株を今、十貫より高く買うかもしれない。
——揚州の茶館でそう話したら、茶館の主が証文と同じように株もこの店で売り買いすればよい、と申しました。
——会社の法には、株を他人に譲ってよいと書いてございます。譲るときには、会社の株を持つ者の帳面の名を書き換える、と。
——ただ誰が、いくらで買うのか。それを決める決まりはどこにも書いてございません。
孟季常は手紙を修平に見せた。
修平は手紙を二度読んだ。
磁州の、邢州の米の商人も同じことを言っていた。株を返すから千貫を返してくれ、と会社に言えるのか。——言えない。会社からは戻らない。戻る道は別にある。
その別の道を、揚州の一軒の茶館の主がもう見つけかけていた。
「来月、磁州の道の株を売り出します」
修平は言った。
「十万の株です。十万の手に渡る。——その十万の手の中には、廖どののようにいつか、今、銭が要る者が必ず出ます」
孟季常は手紙を畳んだ。
「茶館では足りませぬな」
「足りません」
修平は言った。
詰所の窓の外で夏の終わりの蝉が鳴いていた。




