第七巻 資本市場 第五回 株式
車は磁州の鋼の場の塀の脇で止まった。
春の半ばだった。鶴壁から北へ百二十里あまり。去年の夏の終わりに、粘土の棒で岩を砕いて抜いた相州の西の丘の切り通しを、車はゆっくりとくぐってきた。切り通しの壁の石の段が、窓の外を流れていった。
式はなかった。
賀通遠がそう決めた。開通の式は、衛州の港で一度やった。陛下が来られた。二度目は要らない。道が延びたことは、刻の表に書けばいい。
それでも、鋼の場の塀の前には人が集まっていた。炉の組の男たち。壺の組の頭の霍長庚。汪徳潤の工場の職人たち。磁州の鉄の問屋の主たち。
車の機関士の台から、若い男が降りた。鶴壁の坑口で、夜明け前に釜の火を落とした、あの男だった。
霍長庚が車の脇に歩いていった。煤けた手で車の横腹に触れた。
「鶴壁の石炭が半日で来るのか」
霍長庚は言った。
「荷車で二日かかったものが」
「半日です」
機関士が言った。
「明日の朝から、日に三度」
霍長庚はしばらく車の横腹に手を当てていた。
それから、振り返って炉の方を見た。高い炉が四つ。四つ目は、去年の秋の半ばに火が入った炉だった。
「五つ目が要るな」
霍長庚は誰に言うともなく言った。
◇
閻守業の家は、磁州の城の中の鉄の問屋の並ぶ通りの一番奥にあった。
広間に四十二の家の主が揃っていた。磁州と相州と邢州の、鉄と石炭と米と綿の商人たち。年かさの者が多かった。邢州から来た者は三日、荷車に揺られてきた、と言った。——道が敷かれれば、その三日が半日になる。
修平は広間の正面の卓の前に立った。
卓の上に紙を一枚広げた。
持ち物と負い目と元手。年の暮れに、詳定官の詰所で工場について書いたのと同じ形の表だった。ただ、書いてあるのは、まだ敷かれていない鉄の道の数だった。
持ち物。棒と枕の木と橋と駅と車と、車を直す場。百八十万貫。
負い目。民の行の長い借り、二十万貫。会社の証文、六十万貫。——いずれ、揚州の組と同じ形の借りの証文を刷る。
元手。百万貫。
「百万貫」
邢州の米の商人が言った。
「四十二の家の蔵を全部開けても、三十万貫だ」
「はい」
修平は言った。
「残りの七十万貫を、国中の民から集めます」
修平は元手の欄の百万貫の上に、筆で細い線を何本も引いた。
「この百万貫を十万に切り分けます。——一つ、十貫」
広間が少しざわついた。
「一つを十貫で買ってもらう。十万の切れ端が、国中の十万の手に渡るかもしれない。一人が百を買うかもしれない。四十二の家が三万を買うかもしれない」
修平は筆を置いた。
「この一つ一つを、私の国では株、と呼びました」
「株」
閻守業が言った。
「木の株か」
「はい。同じ字です」
閻守業は少し目を細めた。
「木を切っても、株は残る。株からまた芽が出る。——一本の木の根から、いくつもの芽が出る」
閻守業は紙の上の細い線の束を見た。
「一本の道の根から、十万の株が出るのか」
◇
「株を買った者は」
相州の石炭の商人が言った。年の頃は六十を過ぎていた。
「道に十貫を貸したことになるのか。——揚州の組の証文と同じか」
「違います」
修平は言った。
「揚州の証文は、組に百貫を貸した紙です。組は、利を払い、五年目に百貫を返す約束をしています」
修平は表の負い目の欄を指した。
「その紙はここに載ります。——株はここには載りません」
修平は元手の欄を指した。
「株を買った者は、道に貸したのではありません。道の十万分の一を持ったのです。——持ち主の一人になった。貸した者ではなく」
石炭の商人は腕を組んだ。
「泉州の海の商人の合本と同じか」
石炭の商人は言った。
「船を一艘出すのに、十の家が銭を出し合う。船が戻れば、儲けを出した割合で分ける。沈めば、皆で損をかぶる。——若い頃、泉州で見た」
「同じです」
修平は言った。
「違うのは二つだけです。十の家ではなく、十万の手になること。——そして、船が一度戻って終わるのではなく、道は二十年、三十年走り続けること」
石炭の商人は腕を組んだまま、頷いた。
修平は表の脇に、揚州の証文と株とを並べて書いた。
——会社の証文。貸した紙。利を受け取る。満期に元が返る。持ち主ではない。
——株。持った紙。元は返らない。儲けを分けてもらう。持ち主の一人。
「株を買うのと、会社に銭を貸すのとは、別のことです」
修平は言った。
「これを取り違えたまま株を買う者が出ると、後で必ず揉めます」
◇
邢州の米の商人が手を挙げた。四十がらみの、目の細い男だった。
「私が株を百買ったとする。千貫だ」
米の商人は言った。
「三年後、邢州で米が不作になった。私は蔵の銭が要る。——道の会社へ行って、株を返すから千貫を返してくれ、と言えるのか」
「言えません」
修平は言った。
広間がまたざわついた。
「米屋の千貫は、その頃には棒と枕の木と橋になっています」
修平は言った。
「会社が株を買った者に、いつでも銭を返す約束をすれば、会社はいつでも返せるように、銭を蔵に寝かせておかねばならない。——寝かせた銭では棒は敷けません」
「では、千貫は一生戻らぬのか」
「会社からは戻りません」
修平は言った。
「戻る道は別にあります。——けれど、それは今日の話ではありません。今日は、株というものが何を約束しないのかを、話させてください」
米の商人は不服そうに口を閉じた。
修平は紙に書いた。
——株は元を返す約束をしない。
「では何を約束する」
閻守業が言った。
「三つです」
修平は言った。
「一つは、儲けの分け前。——道が一年走って稼いで、借りの利を払い、人の賃を払い、石炭の代を払い、棒と車の減りを見込んで、なお残った儲けを、株の数に従って分けてもらう。百の株を持つ者は、十万分の百を」
「二つ目は」
「道を畳むときの残り」
修平は言った。
「いつかこの道が要らなくなって、畳むとします。棒と車と駅を売る。——売った銭で、まず行の借りを返し、会社の証文を持つ者に返す。それで、なお残った分を株の数に従って分ける」
「残らなければ」
「何も受け取りません」
修平は言った。
「株を持つ者は、最後に残った分だけを受け取る。——儲けも残りも、借りた者たちに払い終えた、その後の残りです。私の国ではこれを、残りを請う権、とでも言うべきものだと教わりました」
修平は紙に「残りを請う」と書いた。
「三つ目は」
「口を出す権です」
修平は言った。
「株を持つ者は、年に一度集まって、会社の大きなことを決める。道を延ばすか、延ばさないか。儲けをどれだけ分けて、どれだけ残すか。会社を預かる者を誰にするか。——株の数に従って、一票ずつ」
「株の数に従って」
閻守業が言った。
「百の株を持つ者は百票」
「はい。三万の株を持つ者は三万票」
広間が静かになった。
四十二の家が三十万貫を出せば、三万株。十万株のうちの三割。
閻守業は紙の上の細い線の束を、長いこと見ていた。
◇
「一つ、聞いておきたい」
汪徳潤が言った。
汪徳潤は広間の壁際に座っていた。四十二の家の一つ、汪の家の主として来ていた。
「道が評判になる。十貫の株を皆が欲しがる。十万の株では足りない。——そうなったら、会社はもっと株を刷って売ればいいのか」
「勝手には刷れません」
修平は言った。
「株は、道の元手を十万に切った一つ一つです。十万と決めたら、十万です。——誰かが欲しい欲しいと言っても、会社の預かり手が、夜のうちにもう一万刷って売ることはできない。刷れば今、十万分の一を持っている者の取り分が、十一万分の一に減ります」
汪徳潤は頷いた。
「株を持つ者がそれを許さない」
「はい。新しく株を出すときは、株を持つ者たちの集まりで決める。何のために、いくつ出すか。いくらで出すか」
修平は紙に書いた。
——株の数は、会社が正式に決めない限り増えない。
「だから、十貫の株は、欲しい者が欲しいだけ買えるものではありません」
修平は言った。
「最初に十万を売り出す。十万が売れきれば、それで終わり。——その後で、欲しい者は、持っている者から譲ってもらうしかない」
邢州の米の商人が顔を上げた。
「さっき、今日の話ではない、と言うたのは、それか」
修平は少し笑った。
「はい」
◇
広間の話が終わって、四十二の家の主たちがそれぞれの宿へ散っていった後、閻守業が修平を奥の小さな部屋に招いた。
窓の外に、鋼の場の高い炉の火が見えた。
「林どの」
閻守業は茶を注ぎながら言った。
「私は四十年、鉄の問屋をやってきた。問屋は私の家のものだった。どの炉から鉄を買い、どの鍛冶に売るか。誰を番頭にするか。——全部、私が決めてきた」
閻守業は茶碗を修平の前に置いた。
「この道は、四十二の家で言い出した。私が四十二の家を集めた。——けれど、四十二の家が三十万貫を出しても、三割。残りの七割は、会ったこともない国中の十貫、二十貫の手だ」
閻守業は窓の外の炉の火を見た。
「その七割が道をどう使うと言い出すか。私には分からぬ」
修平は茶碗を手に取った。
「閻どのが恐れておられるのは」
「道が私のものではなくなることだ」
閻守業は言った。
「それは分かっておる。三十万貫では、百八十万貫の道は敷けぬ。——自分のものにしたければ、自分の蔵で敷ける長さしか敷けぬ。三十里か、四十里か」
閻守業は少し笑った。
「邢州まで百六十里、敷きたければ、道を国中の十万の手に切り分けて渡すしかない」
「はい」
「なら切り分ける」
閻守業は言った。
「ただ、一つだけ決めてほしい。——七割を持つ者たちが、誰も道のことを知らぬ者たちだったとき、道は誰が預かるのか。十万の手が毎朝、駅に来て車の出る刻を決めるわけにはいくまい」
修平は茶碗を置いた。
年の暮れに、汪徳潤と話したことを思い出した。持ち主と長とが同じ人でなくなる日が、いつか来る。
「持つ者と、預かる者とを分けます」
修平は言った。
「道の持ち主は、株を持つ十万の手。——道を毎日動かすのは、持ち主たちが選んだ道を知る者。その者は持ち主たちに年に一度、帳面を見せて説明する。説明できなければ替えられる」
「その道を知る者を、誰が選ぶ」
「株を持つ者たちの集まりが」
閻守業はしばらく黙っていた。
「それを法に書くのか」
「書きます」
修平は言った。
「株の話も、口を出す権の話も、道を預かる者の話も。——それに、まだ一つ決まっていないことがあります」
「何だ」
「道が畳まれて、棒と車を売っても、行の借りと会社の証文を返しきれなかったとき」
修平は言った。
「株を持つ者は、自分の十貫を失う。——それで終わりにするのか。それとも、刑部の今の扱いのとおり、株を持つ者の家の蔵まで、借りを取り立てに行くのか」
閻守業の手が、茶碗の上で止まった。
「……家の蔵まで行くのか」
「今の扱いでは行きます」
修平は言った。
「揚州の組でも、磁州の工場でも。——出し合った者は、組の借りを家の蔵で負う」
閻守業は茶碗をゆっくりと卓に置いた。
「それでは、誰も十貫の株など買わぬ」
閻守業は言った。
「十貫の株を一つ買った、どこかの職人の家の蔵まで、道の借りが取り立てに行くのなら。——十貫を出す者は、十貫を失う覚悟では済まぬ。家を失う覚悟が要る」
「はい」
修平は言った。
「だから、そこを決めなければ、株は一つも売れません。——都へ帰ったら、刑部とそれを議します」
◇
閻守業の家を辞して、客間へ戻る途中、修平は汪徳潤の工場の前を通った。
夜の番の職人が二人、門の脇の火鉢に当たっていた。一人は四十がらみ。もう一人は二十歳そこそこの若い男だった。若い方が、修平の官の服に気づいて立ち上がった。
「今日、閻の旦那の家で、道を十万に切るという話があったと、聞きました」
若い男は言った。
「十貫で一つ。——十貫なら、私の三月の賃です」
「買いたいのですか」
「分かりません」
若い男は正直に言った。
「道は走ると思います。今日、鶴壁から車が来た。——けれど、十貫を道に入れたら、三月、飯を食わずにいたのと同じことになる。道が稼がなかったら、三月分の賃が消える」
年かさの職人が火鉢の炭を突いた。
「若いのはすぐそういう話に飛びつく」
年かさの職人は言った。
「うちの親父は、村の銭の会で二度、銭を失くした。——人が集めた銭の話は、集めた者が一番儲かるようにできておる」
「集めた者が帳面を見せなければ」
修平は言った。
「そうなります」
年かさの職人が修平を見上げた。
「見せるのか」
「見せるように決めます」
修平は言った。
「年に一度でも、二度でも。道がいくら稼ぎ、いくら借り、いくら使ったか。——見せられない者には株を売らせない」
年かさの職人はしばらく修平を見ていた。
それから、また火鉢の炭を突いた。
「見せられても、わしには読めん」
年かさの職人は言った。
修平は何も言い返せなかった。
若い男は火鉢の脇に座り直した。三月の賃を両の手のひらに載せて、重さを量るような顔をしていた。
◇
その晩、修平は閻守業の家の客間の灯の下で、紙を一枚書いた。
株とは何か。
——会社の証文ではない。貸した紙ではない。
——会社そのものの持分。十万に切った元手の一つ。
——元を返す約束はない。
——儲けの分け前と、畳むときの残りと、口を出す権。いずれも、借りた者たちに払い終えた、その後の残り。
——儲かれば、分け前が増え、持分の値打ちも増す。損をすれば、持分の値打ちが減る。
——数は、会社が正式に決めない限り増えない。欲しい者が欲しいだけ買えるものではない。
最後の行を書いてから、修平は筆を止めた。
窓の外で、鋼の場の炉が夜も燃えていた。四つの炉。霍長庚が、五つ目が要る、と言った。
五つ目の炉も、いつか誰かの元手で建つ。
その元手が、国中の十貫の手から来るのか。それとも、四十二の家の蔵の底から来るのか。
修平は紙の一番下に、もう一行書いた。
——株を買う者は、会社に銭を貸すのではない。会社の明日を分けて持つ。
書いてから、その一行をしばらく見ていた。
明日を分けて持つ。——明日がよい日なら、よい。




