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第六巻 産業 第七回 綿花の旅

 梁三娘は綿を摘む手を止めて、畑の端に立った男を見た。


 広南東路、韶州の北の川沿いの村だった。高みの畑に綿の木が腰の高さに並んでいた。弾けた実から白い綿がこぼれそうに膨らんでいた。


 男は県の役所から来た吏員だった。この二年、秋になると来る。畑の畝を縄で測る。何本かの木の実を数える。摘んだ綿をひとつかみもらっていく。


「今年はどこの種だ」


 吏員が問うた。


「隣の村の黄家から分けてもろうた」


 梁三娘は答えた。


「去年までの種は、実が小さかった。黄家の種は、繊維が長い。——長いと紡ぎやすい」


 吏員は帳面に何かを書き付けた。それから、梁三娘が摘んだ綿をひとつかみ取り、指で繊維を引き伸ばした。引き伸ばした長さを小さな物差しに当てた。


「去年より長い」


 吏員は言った。


「長い綿は、北の工場が高く買うそうだ」


「北の工場とはどこの」


「開封の」


 梁三娘は笑った。


「開封など見たこともない」


「わしもだ」


 吏員も笑った。


 それから吏員は、畑の脇の低いところの田を見た。稲の刈り株が並んでいた。


「田は綿に替えぬのか」


「替えぬ」


 梁三娘は言った。


「田は米だ。綿は高みの畑だけ。——米が足りなくなったら、綿を売った銭で米を買わねばならぬ。米の値が上がったら、損をする」


 吏員はまた帳面に書いた。


 県の役所から、綿を植えよ、と言われたことは一度もなかった。ただ、毎年この男が来て、数えていく。どこの畑で、どの種を植え、どれだけ穫れたか。


 梁三娘は摘んだ綿を腰の籠に入れた。


 籠が満ちると、畑の端の筵の上に空ける。筵の上で陽に当てる。湿ったまま袋に詰めてはいけない。——この春、村に来た商人がそう言った。湿った綿は、袋の中で熱を持つ。黴びる。燃えることもある。乾いた綿でなければ買わない、と。


 筵の上の綿は七つ目の山になっていた。


  ◇


 綿を買いに来たのは、盧四海という韶州の町の商人だった。


 四十半ばの声の大きな男だった。驢馬を三頭連れていた。一軒ずつ回って、筵の上の綿を見て、握って、買う。一軒で数十斤。多くて百斤。


 盧四海は梁三娘の家の綿を、ひとつかみ握った。


 握った手を開いた。綿は、ゆっくりと元の形に膨らんだ。


「よく乾いておる」


 盧四海は言った。


 それから綿の中に指を突っ込み、種と、葉の屑と、小さな石をつまみ出した。


「屑は少ない」


 盧四海は腰から小さな木の札を取り出し、札に字を書いた。


 韶州、曲江、梁家。何月何日。何斤。


「この札を袋に縫い付けておけ」


 盧四海は言った。


「去年から、河港の倉が札のない綿を受け取らぬようになった。——札があれば、どこの家の綿か分かる。分かれば、良い綿の家の綿は、次の年も良い値で買える」


「悪い綿の家は」


「悪い値だ」


 盧四海は笑った。


「それが嫌なら、よく干して、よく屑を取れ」


 盧四海は銭を払った。去年より少し多かった。


 梁三娘は銭を手のひらの上で数えた。


 春に盧四海の店から、種を買う銭と、畑に入れる豆の粕を買う銭を借りていた。秋に綿で返す約束だった。借りた分を引かれていた。


 それでも、残った。


  ◇


 韶州の河港の北の岸に、新しい建屋が一つ建っていた。


 綿の種を抜く場だった。


 建屋の脇の川に張り出した木の台の上で、大きな水車が回っていた。水車の軸から、長い軸が建屋の中へ入り、軸から革の帯が何本も下へ垂れていた。帯の先に、一台ずつ攪車が繋がれていた。


 村の女たちが家で手で回してきた攪車と、同じ形だった。二本の細い軸を互いに逆に回す。その間に綿を噛ませると、繊維だけが向こうへ抜け、種は手前に残る。


 違うのは、軸が樫ではなく、鉄だったこと。軸の太さが、どの攪車も同じだったこと。そして手ではなく、水車が回していること。


 建屋の中に攪車が四十台並んでいた。


 秦阿福は、その建屋の攪車の番をする職人の頭だった。三十年、村々を回って攪車を作り、直してきた男だった。


 去年の春、工部から若い技官が来た。図を一枚持っていた。韋金森という、西の果ての国から来た者が描いた図だという。水車と、長い軸と、革の帯と、四十台の攪車。


 図を見て、秦阿福は最初に言った。


「軸が、すぐすり減る」


 若い技官は頷いた。


「韋金森どのも、そう言うておられました。——だからあなたを呼んだのです」


 今、秦阿福は朝から晩まで、四十台の間を歩いていた。


 攪車の軸は、鉄になっても、綿の種で少しずつ削られる。削られて、軸と軸の間が開く。開くと、種が繊維と一緒に向こうへ抜ける。


 秦阿福は、軸と軸の間に薄い鉄の板を差し込んでみる。板が通らなければ、良い。通れば、軸を替える。


 鉄の板は、工部の技官が置いていったものだった。通る板と、通らぬ板と、二枚。


 替えた軸は帳面に書く。何台目の攪車の、何本目の軸を、何日に替えたか。


 この冬までに、四十台の攪車は、村の女たちの手の三百人分の綿を抜いた。


 それでも、河港の倉の前には、種の付いたままの綿の袋が山と積まれていた。


  ◇


 河港の倉の番をしている鄺老七は、毎朝、倉の一番奥から袋に手を突っ込んで回った。


 手のひらで、袋の中の熱を確かめる。


 倉には、種を抜いた綿を固く押し固めた梱が、何百と積まれていた。一つの梱が二百斤。梱の一つ一つに、麻の紐で木の札が縫い付けてある。


 札には、字が何行も書き足されていた。


 韶州、曲江、梁家。何月何日。何斤。——それが一行目。


 二行目は、盧四海の字で、買い付けた日と、値。


 三行目は、秦阿福の種を抜く場の字で、抜いた日と、抜いた後の重さ。


 四行目は、倉の等級を検める吏の字で、等級。繊維の長さ。色。湿り。屑。上の二。


 鄺老七は五行目を書く。倉に入れた日。倉の何番目の列の何段目。


 冬の初めのある朝、鄺老七の手が一つの梱の中で止まった。


 熱かった。


 鄺老七は梱を倉の外へ引きずり出させた。紐を切り、綿を広げた。


 真ん中が黄色く湿っていた。黴の甘い、嫌な臭いがした。


 札を見た。等級を検める吏の字は、湿り、の欄に乾、と書いていた。


 鄺老七は倉の外の陽の当たる地面に、梱の中身を広げさせた。


 それから等級を検める吏を呼んだ。


「乾、と書いたのは、あんたか」


「……外は、乾いていた」


 吏は言った。


「押し固める前に、梱の真ん中まで手を入れなんだ」


 鄺老七は何も言わなかった。


 吏は、その日から、梱を押し固める前に真ん中からひとつかみ抜き出して握るようになった。握った綿を秤にかけ、炭の火のそばで一刻乾かして、もう一度量る。減った重さを札に書く。


 太府寺から来た湿りの測り方だった。倉に秤と、炭の火の小さな箱が三つ置かれていた。


  ◇


 盧四海は倉の証文を持って、韶州の町の民の行の戸を叩いた。


 証文は倉が出したものだった。——韶州河港の倉に、上の二の綿、二十梱、四千斤、盧四海の名で預かる。


「四千斤か」


 民の行の番頭は証文を灯にかざした。倉の印と、太府寺の等級を検める吏の印が並んで押されていた。


「上の二なら、開封の値で一斤いくら。——ここから開封までの運ぶ費えを引いて。途中で濡れる、盗まれる、沈むの分を引いて」


 番頭は算盤を弾いた。


「貸せるのは、この半分」


「半分か」


「半分だ」


 番頭は言った。


「去年、開封の中央銀行から話があった。倉の証文を担保に、秋に綿を買う者へ貸してよい、と。貸した分は、中央銀行が低い利でうちへ銭を回す。——だが、証文の綿が途中で沈んだら、損はうちが被る」


 盧四海はしばらく番頭の算盤を見ていた。


 去年までは、秋に村々を回って綿を買う銭は、全部自分の蔵から出した。蔵の銭が尽きたら、それ以上買えなかった。村にまだ綿が残っていても、残して帰るしかなかった。


 今年は、倉に綿を入れて証文を取り、その証文で銭を借り、その銭でまた村を回れる。


「半分でいい」


 盧四海は言った。


「その半分で、もう一度村を回る」


  ◇


 梱が韶州の河港を出たのは、冬の半ばだった。


 船頭の麦大有の舟は、北江を上っていった。


 冬の北江は水が少なかった。瀬が浅かった。舟は何度も底を擦った。そのたびに舟を降り、綱を肩に掛けて曳いた。


 南雄の町で、梱を舟から下ろした。


 ここから先は山だった。


 大庾嶺。広南と江南西路とを分ける、峠の道。石を敷いた古い道だった。梱は、人の背と、驢馬の背に振り分けられた。二百斤の梱を一人で背負える者は、いない。梱を解き、百斤ずつに分け直す。


 分け直すたびに、札を二枚に書き写さねばならなかった。


 峠を越えるのに、三日。


 峠の北の、虔州の南の河港で、また舟に積んだ。今度は贛江の舟だった。


 贛江は、虔州の北で十八の瀬が続く。水の少ない冬は、岩が舟の腹を狙っていた。麦大有の舟ではない、別の船頭の舟だった。その船頭は、瀬の一つで梱を三つ川に落とした。二つは拾い上げた。一つは流れた。


 拾い上げた二つは濡れていた。


 瀬を抜けて一日あまり。泰和の県の岸を、舟が過ぎていった。


 岸の上の田の広がりの向こうに、小さな村がいくつも見えた。


 舟の上の者は、誰もその村の名を知らなかった。


 泰和から下流へ一日。吉州の河港で、濡れた二つの梱を解いて干した。三日かかった。


 吉州の河港の倉の番をしていた男は梱の札を読みながら言った。


「広南の綿がこの河を下るようになったのは、ここ二、三年だ。——それまでは、南の綿は南で紡いで、南で織っておった」


  ◇


 贛江を下りきり、鄱陽の湖を渡って、江州で長江の舟に積み替えた。


 長江を下り、揚州で運河の舟に積み替えた。


 運河を上り、楚州で淮水を渡った。泗州で汴河の舟に積み替えた。


 積み替えるたびに、梱は倉に入った。倉に入るたびに、倉の費えがかかった。舟を待つ日があった。二日。五日。汴河の水門の前で、糧の船の列が通り過ぎるのを待って、十二日。


 積み替えるたびに、札に一行が書き足された。


 何月何日。どこの港。どこの倉。何日待った。運ぶ費え、いくら。倉の費え、いくら。


 札はもう裏まで字で埋まっていた。二枚目の札が、麻の紐で縫い足された。


  ◇


 開封の東水門の外の、汴河の岸に、水車で回る紡ぐ場があった。


 工部と綾錦院とが、年が明けてから試しに動かし始めた場だった。水車が一つ。その軸から、紡ぐ機械が六台。一台に錘が六十。


 梱がその場の門に着いたのは、春の半ばだった。


 許稼民は門の脇の小屋で、梱の札を一枚ずつ読んでいた。


 韶州曲江梁家。


 摘んだ日から、この門まで百四十日。


 許稼民は札の運ぶ費えと、倉の費えと、待った日の行を、一つずつ書き写していった。それから盧四海が梁家から買い付けた一斤の値と、この門で紡ぐ場が払った一斤の値とを、並べた。


 四倍を少し越えていた。


 四倍のうち、畑で摘んだ手間の分は、一。種を抜いた分と、梱にした分が、少し。残りは、ほとんどが道の途中で足されたものだった。


 北江の浅い瀬。大庾嶺の人の背。贛江の十八の瀬と、流れた一つの梱。揚州と、楚州と、泗州の倉。汴河の水門の前の十二日。


「どこで値が一番足されるか」


 許稼民は小屋の中で、一人呟いた。


 三年あまり前の冬、太府寺の范汝舟が、紙の上に十一の丸を線で繋いで描いた。そのとき、自分は一つの梱を畑から工場まで追いかけてみたい、と言った。


 追いかけた。


 一番値を足していたのは、峠と、待つことだった。


 峠は、人の背でしか越えられない。待つのは、舟が風と水と糧の船の都合で、いつ来るか分からないからだった。いつ来るか分からないから、どの倉も梱を多めに抱えて待つ。待っている間も、梱には倉の費えがかかり、梱を買った者の銭は寝ている。


 許稼民は札の待った日の行に、朱で線を引いた。


 いつか煙を吐く舟が、決まった日に来るようになれば。


 この朱の線は短くなる。


  ◇


 紡ぐ場の中では、陶大年が韋金森と並んで、六十の錘の前に立っていた。


 梁家の綿が機械にかけられていた。


 錘が回り、糸が引き出されていく。


 三つ目の錘で、糸が切れた。


 しばらくして、十一番目の錘で、また切れた。


 継ぐ係の娘が走り寄って、継いだ。また、切れた。


「前の梱と、同じ上の二の綿だ」


 陶大年は言った。


「前の梱は、こんなには切れなかった」


 韋金森が機械にかける前の綿をひとつかみ取り、繊維を指で引き伸ばした。


 長い繊維と、短い繊維が混じっていた。


「札の、上の二は、繊維の長さで決めていますね」


 韋金森は言った。


「倉の吏が、梱の中からひとつかみ取って測った長さ。——でも梁家の綿は、一つの梱の中で長いのと短いのが混じっている。倉の吏が、長いところをつかんだのかもしれない」


 陶大年は、切れた糸の端を指で撚った。


「紡ぎ場の女なら、指で分かる。この綿は、ここで切れる、と。——機械には、分からぬ」


 その晩、許稼民は陶大年と韋金森と、紡ぐ場の小屋で一枚の文を書いた。


 宛て先は、太府寺の范汝舟。それに、韶州の河港の倉と、等級を検める吏。


 ——上の二の梱のうち、紡ぐ機械で糸の切れる数がほかの倍を超えるもの、札の番号、以下のとおり。繊維の長さを梱の真ん中と、上と、下との三か所で測られたし。長さの揃い方を、等級に加えられたし。


 文の最後に、許稼民はもう一行書き足した。


 ——切れの少ない梱の札の一行目の家の名、以下のとおり。この家の種を、隣の村へも分けられたし。


 一行目の家の名の中に、梁家があった。


 切れた梱の家の名の中にも、梁家があった。


 同じ家の同じ年の綿だった。黄家から分けてもらった新しい種の畑の綿と、去年までの古い種の畑の綿とが、筵の上で一つの山に混ざっていた。


  ◇


 夏の初め、韶州の北の川沿いの村に、県の吏員がまた来た。


 梁三娘は、高みの畑で綿の若い木の脇芽を摘んでいた。


 吏員は一枚の紙を持っていた。開封の太府寺から、韶州の河港の倉を経て、県へ下りてきた紙の写しだった。


「あんたの家の綿のうち、半分はよく紡げた。半分はよく切れた」


 吏員は言った。


「黄家の種の方が、紡げた方だ。——来年から、河港の倉は種の違う綿を同じ梱に入れさせぬ。筵の上で分けて干せ。札も種ごとに分けて付けよ」


 梁三娘は脇芽を摘む手を止めた。


「開封の工場がそう言うたのか」


「開封の工場の機械がそう言うたのだ」


 吏員は笑った。


 梁三娘は畑の綿の若い木の並びを見た。


 この春、植える前に黄家の種と古い種とを、半々に分けて蒔いた。黄家の種を全部の畑に蒔くだけの、銭がなかった。黄家の種は、古い種の倍の値だった。


 黄家の種を全部に蒔くには、盧四海からもっと多くの銭を借りねばならない。


 借りた分は、秋に綿で返す。


 綿の値が秋に下がれば、返せない。


 梁三娘は吏員が帰った後も、しばらく畑の端に立っていた。


 川の向こうの低いところの田では、隣の家の者たちが田植えを終えたばかりの苗の間を、草を取って歩いていた。


 あの田も、去年、高みの畑を綿に替えた家だった。替えた分の米を、下流の県から舟で来た米で買っていた。


 米は去年少し安かった。


 今年も安いかどうかは、秋にならなければ分からなかった。

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