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第三巻 敗北 第十四回 軍を持ち帰る

 三日目の夜、狄承武は、ステファノスの天幕を訪ねた。


 ステファノスの天幕も、二度、場所を移していた。見つけるのに、一刻かかった。


 天幕の中で、ステファノスは、図の前に座っていた。その顔は、この一月半で、十も老けたように見えた。


「退こう」


 狄承武が口を開く前に、ステファノスが言った。


「私も、それを言いに来ました」


 狄承武は、ステファノスの向かいに座った。


「ただし、一度に退いてはなりませぬ」


 ステファノスは、頷いた。


「一度に退けば、背を向けたところを、全ての騎兵に襲われる。——段を分けよう」


 二人は、図の上に、退く順番を描き込んでいった。


 まず、歩兵が、退く道の要所の高地を押さえる。歩兵が押さえている間に、騎兵と、傷ついた者を載せた荷車を、その下を通して、先へ行かせる。騎兵と荷車が通り過ぎたら、大弓と重い荷が下がる。最後に、高地の歩兵が、後衛として、下がる。後衛が下がる間は、先に行った歩兵が、次の高地を押さえて待つ。


「国境の門まで、どれくらいかかる」


「この足なら、六日。敵が邪魔をすれば、八日か、十日か」


「退く道は」


 ステファノスは、図の上の街道を指でなぞった。来た道だった。国境の門まで、最も短い道。


 狄承武は、首を振った。


「その道の井戸は、四つのうち二つが、敵の手に落ちております。橋も、一つ焼かれたと報せが来た」


 狄承武は、図の上の、別の道を指した。東へ回る、長い道。


「こちらの道は、二日長い。だが、井戸が三つ、我らの手にある。川を渡る橋も、残っておる」


 ステファノスは、しばらく図を見ていた。


「最も短い道より、水と橋の残っている道を選ぶ、か」


「はい」


 狄承武は、言った。


「今の我らの務めは、敵を倒すことではありませぬ。軍を、国へ持ち帰ることです。——兵と、馬と、荷車と、傷ついた者を。できるだけ多く」


  ◇


 退却は、四日目の夜明けに始まった。


 大宋の歩人甲士が、東の道の最初の高地へ登り、盾を並べた。ロマニエのアルマトイが、その隣の高地へ登った。


 その下を、傷ついた者を載せた荷車が、通り始めた。


 ヴォルガルの騎兵は、すぐに気づいた。


 けれど、退いていく連合の軍の全体に、一度に襲いかかってはこなかった。


 代わりに、列から離れた隊を、選んで襲った。


 荷車の列の後ろで、車輪が壊れて遅れた荷車の一群。道を間違えて、本隊から離れた一つの隊。水を汲みに、井戸へ寄った小さな隊。


 そういう隊だけを、マングダイが囲み、重い弓騎兵が矢を浴びせた。


 囲まれた隊に、狄承武は、救いの兵を出せなかった。救いに出れば、その救いの兵が、また本隊から離れた隊になる。


 狄承武は、それを、丘の上から見ていた。


 敵は、連合の軍を、滅ぼそうとしていなかった。


 連合の軍を、ばらばらにしようとしていた。ばらばらになった隊を、一つずつ、囲み、降らせ、荷を捨てさせる。


 全軍を潰すより、そちらの方が、敵にとって、はるかに損が少なかった。


  ◇


 退き始めて二日目の昼、報せが来た。


 大宋軍の、歩人甲士の一つの指揮が、東の道と南の道が交わる場所を、押さえている、と。


 狄承武は、図を見た。


 その場所に、隊を置けとは、命じていなかった。


 伝令によれば、その指揮の指揮使は、二日前、司令部からの命令が途絶えたとき、自分の判断で、その交わる場所へ隊を動かした。交わる場所を敵に押さえられれば、東の道を退く全軍が、南から横腹を突かれる。それを見て取ったのだ、と。


 その指揮使の判断のおかげで、東の道の退却は、南からの横腹を突かれずに済んでいた。


 別の報せも来た。


 大宋軍の輜重を預かる指揮使が、司令部の命令を待たずに、糧の荷車を捨て、その荷車に傷ついた兵を載せて、先に退かせた、と。糧を失っても、兵を失わぬ方がよい。その場で、そう決めたのだ、と。


 狄承武は、二つの報せを、長いこと見ていた。


 どちらも、正しい判断だった。どちらも、自分が命じていれば、同じことを命じただろう。


 けれど、自分は、命じられなかった。命令が、届かなかったから。


 二人の指揮使は、命令がないまま、自分で考え、自分で決めた。その判断が、たまたま、正しかった。


 たまたま。


 狄承武は、その言葉に、ぞっとした。


 もし、あの二人が、別の判断をしていたら。もし、あの二人でなく、別の指揮使が、そこにいたら。


 正しい判断が、制度として、決まった形で下されるのではなく、その場にいた一人の男の、その日の才覚にかかっていた。


 制度になっていない良い判断は、次の戦で、同じように下されるとは限らない。


 再び、起こせない。


  ◇


 退却の夜ごとに、狄承武の天幕に、報せが届いた。


 兵の数だけではなかった。


 馬。二千頭のうち、今日、走れるもの、九百。明日、走れるもの、七百と推す。


 荷車。三百台のうち、残るもの、百六十。そのうち、傷ついた兵を載せているもの、百二十。糧を載せているもの、四十。


 大弓。ロマニエ軍の二十台余りのうち、残るもの、四台。


 神臂弓の矢。残り、一万本を切る。


 火槍の火薬。残り、持ってきた量の十分の一。


 糧。残り、四日分。


 伝令の中継所。国境の門までの間に、置いたもの、七つ。残るもの、二つ。


 傷ついた兵。大宋軍、四百余。そのうち、歩けぬ者、二百余。医官、三人のうち、一人が死に、一人が傷つく。


 狄承武は、その報せを、一枚ずつ読んだ。


 兵が減った。それだけではなかった。


 兵と兵を繋ぐもの。兵を食わせるもの。兵を運ぶもの。兵に命令を届けるもの。兵の傷を癒やすもの。


 軍という一つの体の、骨と骨を繋ぐ筋が、あちこちで、切れていた。


  ◇


 退き始めて八日目、ステファノスの司令部と、狄承武の司令部が、ようやく一つの場所に並んだ。


 東の道の、最後の井戸の傍らだった。国境の門まで、あと二日。


 二人は、並んで、双方の残りの兵と、傷ついた者と、荷車の数を、紙に書き出し、突き合わせた。


「国境の門へ入る道は、一本しかない」


 ステファノスが、言った。


「両軍が、一度にその道へ入れば、道が詰まる。詰まったところを、襲われる」


「どちらが先に」


「傷ついた者が多い方を、先に」


 ステファノスは、紙の上の数を指した。


「そなたの軍の方が、歩けぬ者の割合が多い。先に行け。我が軍のアルマトイが、後ろを守る」


 狄承武は、ステファノスを見た。


「よろしいのか」


「アルマトイは、守らせれば、世に並ぶものがない」


 ステファノスは、疲れた顔で、少し笑った。


「この戦で、それだけは、変わらなかった」


  ◇


 退き始めて十日目の夕刻、連合の軍の最後の後衛が、テオドリアの国境の門をくぐった。


 ヴォルガルの騎兵は、国境の門の手前で、追うのをやめた。


 門の城壁の上から、狄承武は、北の平原を見た。


 騎馬の群れが、夕日の中を、北へ去っていくのが見えた。


挿絵(By みてみん)


 急いではいなかった。ゆっくりと、群れを保って。


 連合の軍は、壊滅しなかった。


 三千の大宋軍のうち、門をくぐったのは、二千三百余。そのうち、傷ついた者が、四百余。ロマニエ軍は、一万二千のうち、九千余。


 壊滅ではなかった。


 けれど、この戦の目的——三つの前進拠点を取り除き、国境の外縁の井戸の列と街道を取り戻し、守りを置くこと——は、果たせなかった。


 三つの拠点は、取り除いた。けれど、取り除いた拠点に残してきた守りの兵は、退却の間に、引き揚げさせねばならなかった。取り戻した井戸は、また、敵の手に戻った。


 国境の外縁は、戦の前と、ほとんど変わらなかった。


 いや、変わっていた。


 敵は、大宋の神臂弓と火槍の射程を、知った。二つの国の軍の命令が、何刻で届くかを知った。二つの国の軍が、どこで繋がり、どこで切れるかを知った。


 そして、連合の軍は、矢と、火薬と、馬と、荷車と、兵を、失った。


 国境平原でも、乾河床でも、二つの丘でも、連合の軍は、戦場を保った。多くの戦いで、勝った。


 それなのに、この戦役を、支配していたのは、敵だった。


 どこへ進むか。どれだけの速さで進むか。いつ、どこで、糧を失うか。いつ、どこで、予備を使わせられるか。


 全て、敵が、決めていた。


  ◇


 テオドリアの城壁の内側の、方面軍の司令部の一室で、狄承武は、三日かけて、この戦役の記録を書いた。


 一日目は、起きたことを、順に書いた。


 二日目は、敵が何をしたのかを、書いた。


 狄承武は、筆を走らせながら、何度も手を止めた。


 敵の強さは、弓騎兵の、退きながら射る技ではなかった。あれは、敵の強さの、目に見える一部にすぎなかった。


 敵の強さの骨組みは、別のところにあった。


 広く、遠くまで、斥候を出して、こちらを見ること。一つにまとまらず、いくつもの群れに分かれて、別々の道を進むこと。一人が何頭もの替え馬を連れて、遠くまで、速く動くこと。わざと退いて、こちらに追わせること。こちらの脇へ、回り込むこと。こちらの話を、捕虜や村人から聞き出し、偽りの話を、流すこと。こちらの補給の列を、少しずつ、削ること。そして、最後の最後に、散らばっていた群れを、一か所に集めること。


 それらを、敵は、一つの目的のために、繋げていた。


 弓も、魔法も、斥候も、補給への襲撃も、囲みも。全てが、一つの戦役の中の、一つの流れとして、組み合わされていた。


 三日目、狄承武は、自分のことを書いた。


 追撃を止める命令が、遅かった。乾河床で、あと半刻早く止めていれば、カタフラクタイも玄甲の一隊も、あれほど前へ出なかった。


 予備を、二つの丘の戦いで、使いすぎた。あの日、玄甲軍とプロトリアヌスの両方を使わねば、輜重が危うかった。けれど、両方を使った後、次に敵がどこから来るかに備える予備が、なくなった。


 井戸の列の守りに、兵を貼りつけすぎた。一つずつは、守らねばならなかった。けれど、全部を合わせると、前へ出せる兵が、薄くなりすぎた。


 狄承武は、それを、隠さずに書いた。


 そして、その後に、もう一つ、書いた。


 ただし、当時、我が軍にも、ロマニエの軍にも、次のものがなかった。


 敵の報せを一か所に集め、突き合わせ、敵の今の位置を推す、常設の幕僚。


 全ての隊が、同じ物差しと、同じ形で書く、報せの決まり。


 敵と味方の今の位置を、刻々と改める、作戦の図の決まり。


 予備を、どれだけ、どこに、いつまで取っておくかを、前もって定めておく決まり。


 上から、何をすべきかだけを伝え、どうやるかを、その場の隊に任せる、命令の出し方。


 狄承武は、最後に、書いた。


 この敗れを、名将なら勝てた、で片づけてはならぬ。私が名将でなかったことは、確かだ。だが、私よりも優れた将が、同じ場所に立っていたとしても、敵の報せを集める仕組みも、報せの決まりも、図の決まりも、予備の決まりもなく、二つの国の軍の命令が、別々の角笛で、別々の旗で動いていたなら、その将の判断もまた、限られたものになったはずだ。


 有能な将であっても、制度と、報せとが足りなければ、その判断の質には、限りがある。


 狄承武は、筆を置いた。


 記録の束を、紐で括り、表紙に、書いた。


 北西遠征戦役記。


 この記録は、その翌年、開封の枢密院に届き、そこから、兵部と、後に置かれる参謀の府へと、写しが回されることになる。


 後の世の参謀本部の戦史の部は、この戦役を、「第一次北西遠征」と呼んで、毎年、若い士官たちに研究させることになる。同じ図を使い、「どこで追撃を止めるか」「予備をどこに置くか」「井戸の列をどう守るか」を、机の上で、何度も戦わせる。


 狄承武は、書き終えた記録の束を、窓辺の卓の上に置き、北の空を見ていた。


 その空の下で、この戦で死んだ兵たちが、まだ、埋められずに、横たわっていた。


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