第一巻 覚醒 第三回 違和感の芽生え
吉州の州城へ出たのは、五年目の初夏のことだった。
この秋に、州で解試が行われる。受験の願いを出すには、州の役所へ書類を届け、保証人の名と、県の籍の写しと、師の推薦状を揃えなければならない。徐文礼は、その手続きのために、修平と羅允中を連れて州城へ出た。
石塘村から州城までは、川を下る舟で一日かかった。
船着き場に降り立ったとき、修平は思わず足を止めた。
人が多かった。
永和鎮の市の日とは、比べものにならない。荷を担いだ人足、籠を下げた女たち、驢馬を引く商人、長衣の士人、裸足の子どもたち。それが、城壁の門へ向かって、あるいは門から出て、途切れることなく流れていた。
門をくぐると、通りの両側に店が並んでいた。布屋、薬屋、米屋、塩屋、茶屋、飯屋、両替屋。店先に看板が下がり、呼び込みの声が飛び交う。どこかで鍋を打つ音がし、どこかで誰かが値段で揉めていた。
「林兄、口が開いているぞ」
羅允中に言われて、修平は口を閉じた。
羅允中は、何度か州城に来たことがあるらしかった。慣れた足取りで人混みを抜け、修平を振り返っては笑った。
「永和鎮しか知らぬと、そうなる。私も初めて来たときはそうだった」
手続きは、思っていたよりも時間がかかった。
州の役所の窓口には、同じように解試の願いを出しに来た士人とその師が列を作っていた。書類を差し出すと、胥吏が一枚ずつ目を通し、籍の写しと照らし合わせ、推薦状の印を確かめる。不備があれば、突き返される。修平の前に並んでいた若者は、保証人の名の書き方が違うと言われて、青い顔で列を離れていった。
修平の書類は、一度で通った。
胥吏は、修平の籍の写しの「来住」の字の横に、小さな印をつけた。そのことについては、何も言わなかった。
◇
手続きが終わると、徐文礼は、知り合いの士人の家へ挨拶に行くと言って、二人を残して去った。夕刻に宿で落ち合う約束だった。
「さて」
羅允中は、両手を擦り合わせた。
「林兄、書肆へ行こう。州城の書肆は、永和鎮とは品揃えが違う」
書肆は、州の役所から少し離れた通りに、何軒か並んでいた。
店の中には、棚が天井まで作りつけられ、書物がぎっしりと積まれていた。経書、注釈書、史書、詩集、類書。科挙の模範答案を集めた本もあった。店の奥では、職人が版木を彫っている。
修平は、棚の前でしばらく立ち尽くした。
この四年、私塾の書棚の本を繰り返し読んできた。それでも、ここに並んでいる本の、十分の一も読んでいない。
店先の台の上には、紙を何枚か折っただけの薄い刷り物が、束にして置かれていた。
「それは小報だ」
羅允中が言った。
「朝廷の邸報に載らぬ話や、邸報より早い話を、民間で刷って売っている。半分は噂だがな」
修平は、一枚手に取った。
紙の頭に、大宋の二字がある。私塾で読んだ邸報の写しにもあった字だ。
その下には、朝廷の人事の噂、どこかの州の水害、塩の値段、それから、北の方の話が書かれていた。
修平は、その北の話を、ゆっくりと読んだ。
北辺で、また戦いがあったらしい。敵は騎兵で押し寄せ、守備の軍と何日か戦い、退いた。こちらの損害は多くなかったが、敵もまた大した損害を受けずに去った。そういう内容だった。
修平は、小報を買った。邸報の写しを売っている店もあったので、それも一部買った。どちらも、紙の代に少し毛が生えた程度の値段だった。
大宋。
改めて、その二字を目でなぞった。
ここは宋だ。去年の春、邸報の写しで初めてその名を意識したときから、修平はそう考えてきた。科挙があり、寄禄官と差遣が分かれ、紙幣があり、県に主簿がいる。自分が本で読んできた宋という国の姿と、この国は多くの点で重なっている。
過去の宋へ来たのだ。
その考えは、州城の人混みと書肆の棚を見て、むしろ強くなっていた。
◇
北の話を、修平は、その日のうちにもう一度聞くことになった。
書肆を出たあと、二人は通りの茶屋に入った。店の中は、商人や人足や、同じように州城へ出てきた士人で混み合っていた。
隣の卓で、旅装の男が二人、声高に話していた。一人は、北から荷を運んできた商人らしかった。
「北の街道はな、今は通れたものではない」
商人は、茶碗を置いて首を振った。
「軍の輸送が優先だ。民間の荷は後回しにされる。関所で三日足止めされた」
「また、北で戦か」
「戦というほどでもない。来ては退き、来ては退きだ。だがな、兵隊から聞いた話では、あれは相手にするのが厄介だそうだ」
商人は、声を少し落とした。
「騎兵ばかりなんだと。それも、馬の上から弓を射る。こっちが近づけば、馬を返して逃げながら射る。追えば、どこまでも逃げる。追うのをやめれば、また戻ってくる」
「北の騎兵なら、昔からそうだろう」
「それはそうだ。ただ、兵隊の言うには、数が読めんのだと。昨日は十騎だったのが、今日は千騎で来る。雪の中でも来る」
商人は、茶碗を持ち上げた。
「まあ、兵隊の話だ。どこまで本当か分からん」
修平は、その話を、茶碗を持ったまま聞いていた。
羅允中が、修平の顔を覗き込んだ。
「林兄、北の話に興味があるのか」
「……少し」
「北の戦は、ずっと続いている。私の祖父の代から、北は落ち着いたことがないそうだ。まあ、江南西路にいれば、戦の話は遠い。州城に出てきて、ようやく耳に入るくらいだ」
羅允中は、あまり気にしていない様子だった。
修平は、黙って茶を飲んだ。
騎兵。馬上から弓を射る。退きながら射る。
宋の北方には、ずっと騎馬民族の国があった。遼。そして、金。
遼なのか、金なのか。
宋が北方の騎馬民族と戦っているというのは、史実の通りだ。その意味では、何もおかしくない。
けれど、修平の知る宋は、ある時点を境に、北方の民族に華北を奪われている。靖康の変。開封が陥落し、皇帝が北へ連れ去られ、宋は江南へ逃れて南宋になる。
この国の首都は、どこだ。
修平は、この四年、それを確かめたことがなかった。邸報の写しには、朝廷の布告が載っている。だが、それがどこから出されたものなのかを、意識して読んだことはなかった。
◇
その夜、宿で徐文礼と落ち合ったあと、修平は買ってきた邸報の写しを、灯りの下でもう一度読んだ。
今度は、布告の出された場所を探した。
京師。
それが開封を指すことを、修平は知っていた。邸報の別の頁には、開封府の役人の人事が載っていた。
開封が、今も都なのだ。
では、ここは北宋なのか。
北宋の時代で、北方の騎兵と戦い続けている。それなら、相手は遼だ。遼とは澶淵の盟以来、長く和平が続いていたはずだが、時期によっては国境で小競り合いもあっただろう。
そう考えれば、筋は通る。
筋は通るが、修平は、その考えに手応えを感じなかった。
理由は、自分でもよく分からなかった。羅允中の、何気ない一言が引っかかっていた。
北は、祖父の代から、ずっと落ち着いたことがない。
遼との和平の時代なら、そうは言わないのではないか。
修平は灯りを消し、寝床に横になった。宿の窓の外で、州城の夜はまだざわめいていた。
◇
石塘村へ戻ってから、修平は、私塾の書棚の地理書を、改めて開いた。
解試の準備は、最後の段階に入っていた。策論では、地理と国境と財政の知識が問われる。どこに何州があり、どこの路が何を産し、どの辺境にどれだけの軍が置かれているか。それを知らなければ、朝廷の悩みを論じることはできない。
徐文礼が、知り合いの士人から借りてきた地図の写しもあった。大宋の版図を、路ごとに色を分けて描いたものだった。
修平は、それを机の上いっぱいに広げた。
最初に目が行ったのは、北だった。
北の国境線は、修平が思っていたよりも、ずっと上に引かれていた。
修平は、指で地図をなぞった。開封。その北に、黄河。さらに北に、河北路。そして、その上に、燕山路。
燕山路の中に、州の名が並んでいた。幽州。薊州。檀州。順州。涿州。易州。
修平は、指を止めた。
燕雲十六州だ。
五代の石敬瑭が契丹に割譲し、宋が建国以来ついに取り戻せなかった土地。宋にとって、北方の防衛線を失ったまま王朝を始めざるを得なかった、呪いのような土地。
それが、宋の版図に入っている。
修平は、しばらく地図から目を離せなかった。
燕雲が宋領なら、遼はどこにいるのか。地図の北の端には、国境線の外側に、ただ「北虜」とだけ書かれていた。国の名はない。
修平は、指を西へ動かした。
開封から西へ。京兆府路。その西に、河西路。細長い回廊が、地図の西の端へ向かって延びている。涼州。甘州。粛州。沙州。
河西回廊だ。
宋の時代には、西夏が押さえていた土地。宋は西夏との戦いで何度も大軍を失い、ついにこの回廊を取ることはできなかった。
それも、宋領になっている。
河西路の東には、寧夏路という路があった。興州。霊州。
修平は、息を吸った。
興州は、西夏の都だった場所だ。西夏という国そのものが、ここでは宋の一つの路になっている。
修平は、椅子の背にもたれた。
燕雲十六州。河西回廊。旧西夏領。
宋が、史実よりずっと強かった世界なのだ。そう考えるしかなかった。建国のどこかで、あるいはその後のどこかで、歴史が違う方へ曲がった。宋は北と西で勝ち、失ったはずの土地を取り戻し、取れなかったはずの土地を取った。
そういう、歴史の違う宋。
驚きはあった。けれど、まだ、受け止められないほどではなかった。燕雲も河西も、宋の建国の事情が少し違えば、取り戻せたかもしれない土地だ。歴史の「もし」として、考えられなくはない。
修平は、地図の南へ目を移した。
◇
南の端に、安南路とあった。
修平は、最初、その字を読み違えたのかと思った。
目を近づけた。間違いなく、安南路だった。路の中に、州の名が並んでいる。交州。愛州。驩州。
安南が、宋の路になっている。
修平の知る宋では、安南は宋が建国する前後に独立を果たし、宋はそれを取り戻そうとして失敗している。その後も、宋と安南のあいだでは国境をめぐる戦いが続いた。宋が安南を直接の行政区として恒常的に治めたことはない。
それが、ここでは、他の路と同じように色を塗られ、州が置かれ、転運司の管轄が書き込まれていた。
修平の指は、安南路から、ゆっくりと西へ動いた。
四川の南。雲南の高原。
そこに、大理路、と書かれていた。
修平の指が、止まった。
しばらく、何も考えられなかった。
それから、声が出た。
「待て」
私塾の部屋には、誰もいなかった。子どもたちはもう帰っていた。
「大理まで、中華の領土?」
修平は、地図に顔を近づけた。
大理路。その中に、府と州の名がある。大理府。善闡府。字は、見間違えようがなかった。
「そこは、ずっと先の征服だぞ」
大理国は、宋の時代を通じて独立した王国だった。宋は大理とほとんど争わず、交易の相手として付き合った。大理が中国の王朝に組み込まれるのは、宋が滅んだ後、モンゴルが雲南へ攻め込んだときだ。宋より、ずっと後の時代の話だった。
燕雲や河西なら、宋が違う道を歩めば、取れたかもしれない。
だが、安南と大理は違う。
安南を恒常的な直轄の路として保持し、大理を路として版図に組み込む。それは、宋という王朝の性格そのものが変わらなければ、起こりえないことだった。
修平は、地図の上に両手をついた。
燕雲十六州。河西回廊。旧西夏領。安南。大理。
一つだけなら、自分の記憶違いを疑えた。二つなら、歴史の分岐として説明できたかもしれない。
だが、これは五つだ。五つの違いが、同時に、同じ地図の上にある。
自分の歴史知識が少し間違っている、という話では、到底収まらない。
◇
その夜、修平は呉家の納屋の寝床で、長いこと天井の梁を見上げていた。
過去の宋へ来た。
この一年、いや、心のどこかではこの四年ずっと、自分はそう考えてきた。国の名は大宋。都は開封。科挙があり、紙幣があり、官制は自分が本で読んだものとよく似ている。だから、ここは過去の宋なのだと。
その考えは、今日の地図で崩れた。
ここは、自分の知る宋ではない。少なくとも、自分が本で読んできた歴史の、どこかの時点へそのまま来たのではない。
では、ここはどこなのか。
修平は、いくつかの可能性を並べてみた。
一つは、どこかで歴史が大きく変わった宋。建国の時点か、その後のどこかで、何かが違った。宋は北でも西でも南でも勝ち続け、史実の宋よりはるかに広い版図を持つに至った。自分は、その「違う歴史」の宋へ来た。
もう一つは、自分の知らない何かが、この世界にはあるということ。歴史が変わったのではなく、そもそも別の系統の歴史なのかもしれない。
どちらなのかは、分からなかった。どちらでもないのかもしれなかった。
確かなことは、一つだけだった。
史実の宋へ、そのまま来たのではない。
修平は、寝返りを打った。納屋の外では、夏の蛙が鳴いていた。四年前の春、初めてこの納屋で眠った夜と、同じ声だった。
北の敵のことも、考えた。
燕雲十六州が宋領なら、遼はその北にいるのか。それとも、遼はもうないのか。女真の金は、起こったのか。あるいは、自分の知らない、別の国が北にあるのか。
騎兵で押し寄せ、馬上から弓を射る。退きながら射る。
それは、北方の騎馬の軍としては、何も珍しくない。遼でも、金でも、後のモンゴルでも、そう戦っただろう。
けれど、地図の北には、国の名が書かれていなかった。ただ、北虜、とだけ。
北にいるのが何者なのか、修平には、分からなかった。
江南西路の内陸の村で、手に入る情報は限られている。邸報の写しと、小報と、茶屋の噂話。それ以上のことを知ろうとすれば、もっと中央に近づかなければならない。
中央に近づく道は、一つしかなかった。
秋には、解試がある。
それを通れば、開封で省試を受けられる。省試を通れば、殿試。殿試を通れば、官僚になる。官僚になれば、朝廷の中の情報に触れられる。
科挙を目指す理由が、一つ増えた。
修平は目を閉じた。
答えの出ない問いを抱えたまま、それでも明日の朝は来る。明日は、水を汲み、帳面をつけ、私塾で策論の稽古をしなければならない。
違和感は、消えなかった。
ただ、それを抱えたまま進むしかないことだけは、分かっていた。




