↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/440

第三巻 敗北 第七回 三軍の姿

 合同の閲兵は、テオドリアの北の、平らな野で行われた。


 見世物ではなかった。狄承武とステファノス・ヴァリダスが、協議の最後の日に決めたことだった。明日から隣に並んで戦う兵が、何を持ち、何ができ、何ができないのかを、互いの目で確かめておく。


 朝、野の東側に、大宋の三千が並んだ。西側に、ロマニエの東方野戦軍のうち、この戦に出る一万二千が並んだ。


 狄承武は、自軍の列の前に立ち、西側の列を眺めた。


 ロマニエ軍は、狄承武が思っていたより、ずっと整っていた。兵の一人ひとりが、同じ形の盾を持ち、同じ形の兜を被り、同じ間隔で並んでいた。後方には、車に載せた大きな弓のようなものが、二十台あまり並んでいた。騎兵は、人も馬も、鱗のような鎧で覆われていた。


「強そうですな」


 隣で、韓奇捷が言った。


「強い」


 狄承武は、頷いた。


「正面から当たれば、我らの歩人甲士と、互角か、それ以上だろう」


  ◇


 最初に、大宋の兵が、その技を見せた。


 歩人甲士が、前へ出た。


 重い甲冑に身を包んだ歩兵が、大きな盾を並べ、長柄の武器を前へ突き出し、隙間のない列を作った。号令一つで、列が前へ進み、止まり、右へ向きを変え、また止まった。


 その列の後ろに、神臂弓兵が並んだ。


 弩兵たちは、弩の先の鐙に足をかけ、腰の力で弦を引き、矢を番えた。号令。一斉に、弩を構えた。号令。


 百の弦が、一度に鳴った。


 百の矢が、低い弧を描いて、野の向こうの的へ飛んだ。的は、三百歩先に立てた、鉄の札を打ちつけた木の板だった。


 ロマニエの将校たちが、的の方へ馬を走らせた。


 しばらくして、戻ってきた将校の一人が、ステファノスに何か叫んだ。その手には、的から引き抜いた矢が一本握られていた。矢の先は、鉄の札を貫いて、木の板の裏まで突き抜けていた。


 ステファノスが、狄承武の方を向いた。


 通訳が、訳した。


「——三百歩で、鉄を抜くのか、と。あれを、一人の兵が、手に持って射るのか、と」


「そうです」


 狄承武は、答えた。


「神臂弓と申します。我が国の兵が、百年来、使っております」


 ステファノスは、弩兵の列を、じっと見つめていた。


「我が国のバッリスタリウスが扱う大弓は、あれと同じくらいの距離を飛ぶ。だが、あれは、車に載せて、何人もで扱う。一人の兵が、手に持って、百人で一度に射る——」


 ステファノスは、首を振った。


「あれが、一張の珍しい弓ではなく、百、千と揃っておるのか」


「我が軍の禁軍には、何万と」


 ステファノスの幕僚たちが、顔を見合わせた。


  ◇


 次に、火槍兵が前へ出た。


 狄承武は、このとき、ロマニエの兵たちの顔を見ていた。


 火槍兵は、長柄の先に、筒をくくりつけた武器を持っていた。筒の中には、火薬と、燃えるものと、小石や鉄片が詰めてある。兵たちは、筒の口を的の方へ向け、火縄で、筒の尻に火をつけた。


 轟音がした。


 筒の口から、炎と煙と火の粉が、数歩先まで噴き出した。的にくくりつけた藁束が、一瞬で燃え上がった。


 ロマニエの兵の列が、揺れた。


 何人かの兵が、思わず盾を上げた。馬が、嘶いて、後ずさった。


 ステファノスの隣にいた従軍聖職者の長が、顔色を変えて、何か叫んだ。


 通訳が、慌てて訳した。


「——あれは、術か、と。術者はどこにいる、と」


「術者は、おりませぬ」


 狄承武は、首を振った。


「あの兵たちは、術を使えませぬ。祈りも、唱えませぬ。——火薬と申すものを、筒に詰めておるだけです。火をつければ、ああなる」


 通訳がそれを訳すと、従軍聖職者の長は、しばらく黙っていた。


 それから、恐る恐る、火槍兵の一人に近づき、まだ煙の出ている筒を覗き込んだ。筒の中に残った、黒い粉の滓を、指でつまんだ。


「——術者でなくとも、これを使えるのか」


「訓練を受けた兵なら、誰でも」


 従軍聖職者の長は、指の上の黒い粉を見つめていた。


 ステファノスが、低い声で、幕僚たちに何か言った。


 通訳が、小声で訳した。


「——術者は、一人育てるのに、十年かかる。祈りの力が備わった者でなければ、そもそも育たぬ。だが、あれは、訓練を受けた兵なら、誰でも使える。何千人でも、揃えられる、と」


 狄承武は、黙っていた。


 大宋では、当たり前の兵器だった。けれど、この国の人々にとっては、術者なしに炎と轟音を生み出す兵器は、見たことのないものだったのだ。


 韓奇捷が、狄承武の耳元で囁いた。


「統制。どうやら、弩と火槍を、これほど揃えて持っておる軍は、世に我らだけのようですな」


「そのようだ」


  ◇


 斬馬刀隊と、玄甲軍も、その技を見せた。


 斬馬刀隊は、長い柄の大刀を持った歩兵だった。敵の騎兵が歩兵の列に食い込んだとき、馬の脚を払い、騎手を引きずり下ろすための兵。騎兵を追い回すための兵ではなく、列の中へ入り込んだ騎兵を、列の内側で止めるための兵だと、狄承武は説明した。


 玄甲軍は、黒い鎧を着た重い騎兵だった。三百騎。狄承武は、これを追撃のためだけには使わない、と説明した。列に開いた穴を塞ぐため。敵の側面へ、決定的な一撃を加えるため。危機のときの、最後の備えのため。


「安易には、使いませぬ」


 狄承武は、それから、自軍の列の後ろの荷車の列を指した。


「ここに並んでおるのは、禁軍——都に直属する、野に出て戦う兵です。この荷車を引き、道を直し、糧を運ぶのは、廂軍と申す、別の兵です。我が国では、戦う兵と、それを後ろで支える兵とを、分けて置いております。今度の遠征では、廂軍の者は、西域藩王府で荷を渡した後、多くを河西へ帰しました。ここから先の荷は、貴国の官署と、我らが雇う人夫に頼ることになります」


 狄承武は、言った。


「これを失えば、次に穴が開いたとき、塞ぐものがなくなります」


  ◇


 午後、今度は、ロマニエの兵が、その技を見せた。


 最初に、アルマトイが前へ出た。


 盾と、槍と、剣を持った、重い歩兵だった。千人が、一つの密な列を作った。盾と盾が、縁を重ねて並び、その隙間から、槍の穂先が、まっすぐに前を向いた。号令一つで、千人の列が、一歩、また一歩と、揃って前へ進んだ。


 狄承武は、それを見て、自軍の歩人甲士と同じものだと思った。


 戦列の骨格。弓兵や弩兵を、騎兵の突撃から守る壁。


 ただ、盾の形も、槍の長さも、号令の声も、違っていた。列の組み方も、少しずつ違った。


「似ておるが、違うな」


 狄承武は、呟いた。


「一緒に並べるときは、混ぜぬ方がいい。隣に並べて、その繋ぎ目にだけ、互いの号令を知る者を置く」


 次に、サギタリイが、アルマトイの後ろと脇に並んだ。


 弓兵だった。弩ではなく、弓。一人ひとりが、自分の腕で弦を引き、矢を放つ。


 号令。一斉に、矢が飛んだ。


 神臂弓ほどの距離は、飛ばなかった。二百歩を少し超えたあたりで、矢は地に落ちた。


 けれど、サギタリイは、次の矢を、すぐに番えた。そして、また放った。その次も。その次も。


 神臂弓兵が一度の斉射のあと、弦を引き直している間に、サギタリイは、三度、四度と、矢を放っていた。


「強い一撃ではなく、途切れぬ雨か」


 狄承武は、呟いた。


「我らの弩が、装填をしておる間を、あの弓兵が埋めてくれる」


  ◇


 バッリスタリウスが、車に載せた大弓を並べた。


 大弓は、神臂弓よりもずっと大きな矢——ほとんど槍のような矢——を、四百歩近く飛ばした。的の木の板は、粉々に砕けた。


 だが、狄承武は、その大弓が、据えるまでに、どれだけの時がかかるかを見ていた。


 車を止め、車輪に楔を噛ませ、大弓の向きを定め、弦を巻き上げ、矢を載せる。それだけで、四半刻近くかかった。向きを変えるのにも、時がかかった。撃ち終えて、車を動かせるようにするのにも。


「重い」


 韓奇捷が、小声で言った。


「据えてしまえば強い。だが、動く的を追うのは、難しかろうな」


 カタフラクタイが、人と馬を鱗の鎧で覆った重い騎兵が、隊列を組んで、野を駆けた。地響きがした。その突撃は、玄甲軍と同じか、それ以上の重さだった。


 最後に、プロトリアヌスが、ステファノスの司令部の前に、整列した。


 皇帝直属の、親衛の重歩兵。金の縁取りの盾を持ち、他のどの兵よりも、揃った動きをした。


「この者たちは、戦場の常の兵ではない」


 ステファノスが、狄承武に言った。


「司令部を守る。崩れかけた列を立て直す。最後の最後に、使う。——陛下の兵ゆえ、失えば、陛下にお詫びのしようがない」


 狄承武は、頷いた。


 玄甲軍と、同じだった。


  ◇


 リミタネイの斥候隊は、閲兵の列には並ばなかった。


 代わりに、夕刻、ステファノスの幕僚の一人が、狄承武を、テオドリアの城壁の上へ案内した。


 そこに、リミタネイの斥候隊の長が待っていた。三十代の、痩せた、日に焼けた男だった。その男は、城壁の上から、北の平原を指さし、一つずつ、説明した。


 あの丘の陰には、窪地がある。騎兵が百騎隠れられる。あの干上がった川の床は、春には水が流れるが、夏と秋には乾いて、騎兵の通り道になる。あの井戸は、夏の終わりには水が細る。あの村の者は、ヴォルガルの商人とも取引をしている。あの街道は、雨が降るとぬかるむ。


 狄承武は、男の言葉を、一つずつ書き留めさせた。


 この男は、ただの軽い兵ではなかった。この国境の土地を、十年、二十年と見続けてきた、軍の目だった。


  ◇


 夜、方面軍の司令部の一室で、両軍の将たちが、敵のことを話し合った。


 卓の上には、ロマニエ軍が長年の国境の戦で集めてきた記録と、大宋の兵が捕らえた捕虜の供述と、パルシアとアルメニオンの商人たちから聞き取った話が、並べられていた。


「ヴォルガルの野の兵は、二つに分けて考えるべきだ」


 ステファノスの幕僚が、言った。


「一つは、マングダイと、我らが呼ぶ騎兵。軽い馬に乗り、一人が二頭、三頭の替え馬を連れておる。この者たちは、敵を殺すことより、敵を見ること、敵に触れること、敵を挑むこと、敵を追わせること、敵の脇へ回ることを、務めとする」


「敵を、追わせる」


 狄承武が、問い返した。


「我らが、追わされる、ということか」


「そうだ。マングダイは、逃げる。逃げながら、振り返って射る。追えば、どこまでも逃げる。そして、気がつけば、我らは、自分の本隊から遠く離れたところで、囲まれておる」


 幕僚は、別の記録を指した。


「もう一つは、重い弓騎兵。マングダイより重い鎧と、強い弓を持つ。マングダイが敵の列を乱した後に、近づいてきて、密に矢を浴びせる。術者が混じることもある。手から光を放ち、矢を逸らす壁を立てる」


 狄承武は、頷いた。


 河西の長城で、見たことがあった。


「それで、あの軍に、どう勝つ」


 韓奇捷が、身を乗り出した。


「我らには、神臂弓がある。火槍がある。貴国には、あの鉄の壁のようなアルマトイがある。バリスタがある。カタフラクタイがある。——正面から当たれば、負けぬと思うが」


 ステファノスの幕僚たちが、顔を見合わせた。


 しばらくして、ステファノス自身が、口を開いた。


「東の将たちよ。私は、率直に申し上げておく」


 ステファノスは、卓の上の記録を、手で押さえた。


「我が国のアルマトイは、正面から当たれば、世に並ぶものがないと、私は信じておる。ヴォルガルの騎兵が、アルマトイの列に突っ込んできたことは、この十年、一度もない。突っ込めば、砕けるのは奴らの方だと、奴らも知っておるからだ」


「では」


「だが、奴らは、突っ込んでこぬ」


 ステファノスの声は、低かった。


「アルマトイの槍の届かぬ距離から、サギタリイの矢がようやく届く距離で、矢を浴びせる。アルマトイは、崩れぬ。盾で受け止める。だが、反撃もできぬ。重い鎧で、密な列で、あの騎兵を追っても、追いつけぬ。追おうとして列を崩せば、そこへ突っ込んでくる」


 ステファノスは、狄承武を見た。


「奴らの最大の武器は、弓でも、術でもない。——この広い土地を使って、我らを疲れさせ、戦いたい時にだけ戦う。それが、奴らの力だ」


 部屋の中が、静まり返った。


「我らは、この十年、奴らに負けたことは、ほとんどない」


 ステファノスは、続けた。


「だが、勝ったことも、ほとんどない。奴らは、来ては退き、来ては退き、我らの国境の村を焼き、我らの井戸を奪い、少しずつ、少しずつ、国境の外に拠点を築いてきた。——それが、今の、この国境だ」


  ◇


 会議の終わりに、狄承武は、卓の上に、三つの軍の兵を、一枚の紙に書き並べた。


 大宋。歩人甲士、神臂弓兵、火槍兵、斬馬刀隊、玄甲軍。重い歩兵の列を骨格に、遠くまで届く弩と、近くを焼く火槍と、列の中の騎兵を止める大刀と、最後の備えの重い騎兵。——何でも、揃っておる。


 ロマニエ。アルマトイ、サギタリイ、バッリスタリウス、カタフラクタイ、プロトリアヌス、それにリミタネイの斥候。鉄の壁のような歩兵の列と、途切れぬ弓の雨と、重い大弓と、重い騎兵と、最後の親衛。——重く、厚い。


 ヴォルガル。マングダイと、重い弓騎兵。——速い。


 狄承武は、三つを見比べた。


 大宋は、均衡。ロマニエは、重厚。ヴォルガルは、機動。


 二つの味方の軍は、どちらも、正面から戦えば、世に並ぶもののない強さを持っていた。


 けれど、敵は、正面から戦わない。


「明日から、どうやって、あの騎兵を、我らの前へ引き寄せるかを考えよう」


 狄承武は、紙を見下ろしたまま、言った。


 ステファノスが、頷いた。


 窓の外は、もう暗かった。北の平原の向こうで、何かが光ったような気がした。


 狄承武は、窓の外を見た。


 何も見えなかった。


 ただ、乾いた風が、城壁を越えて、吹き込んできていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。