第二巻 新法 第九回 国債の理
枢密院へは、秋の初めの一日だけ、足を運んだ。
楊崇武の設けた席には、枢密院の実務の官が三人、戸部から鄭仲謙、それに北辺の総領所から上ってきた会計の官が一人いた。机の上には、北辺の軍糧と飼い葉の帳簿が積まれていた。
修平は、その席で、北辺で会子が通らない理由を話した。紙幣の信用は、それで税が払えるかどうかで決まること。北辺では税で会子を受け取る割合が低いから、会子の信用がさらに下がること。いずれ中央の行を置き、国中の銀行と紙幣を一つの帳簿で清算できるようにすれば、北辺の官府が会子を銭に換える手間は大きく減るはずだ、ということ。
枢密院の官たちは、熱心に聞いた。総領所の官は、何度も頷いた。
楊崇武は、最後に一つだけ聞いた。
「その中央の行ができるまで、何年かかる」
「早くて、二年。おそらく、三年」
「その三年、北辺は、どうする」
修平は、少し考えてから答えた。
「今の仕組みの中で、両替の手間を減らす工夫はできると思います。北辺の官府への送金を、会子ではなく、はじめから銭引や鉄銭で送る割合を増やすとか。——戸部と相談させてください」
楊崇武は、頷いた。それ以上は、何も聞かなかった。
修平が詰所へ戻ったのは、日が落ちてからだった。机の上には、韋明遠が置いていった表の束があった。無理なく作れる量を推すための、最初の数の並びだった。
修平は、その表をめくりながら、枢密院の机の上に積まれていた軍糧と飼い葉の帳簿のことを、少しだけ思い出した。
それから、表に戻った。
◇
戸部で、新しい問題が持ち上がったのは、その十日後のことだった。
「銭が、足りぬ」
葉正言は、詰所に入ってくるなり、そう言った。
修平は、顔を上げた。
「銭荒の話ですか」
「国庫の話だ」
葉正言は、机の上に、一冊の帳簿を置いた。
「京西路で、黄河の支流の堤が切れた。秋の長雨だ。三つの県の田が水に浸かった。救荒の粥を出し、堤を直さねばならぬ。それとは別に、北辺で、冬の備えの軍糧を、例年より一割多く積み増せと、枢密院から言ってきた。それに、成都府路の常平倉の籾が古くなって、入れ替えが要る」
葉正言は、帳簿の頁を叩いた。
「どれも、今年のうちに銭が要る。今年の秋の税は、まだ半分も入っておらぬ。入ったとしても、どれも予算の外の支出だ。国庫の銭では、足りぬ」
鄭仲謙が、腕を組んだ。
「税を上げるしかないでしょう。臨時の税を、今年だけ」
「今年だけ、と言って上げた税が、翌年に下がった例を、私は知らぬ」
葉正言は、苦い顔をした。
「それに、堤の切れた京西路の民に、臨時の税をかけるわけにはいかぬ。かけるなら、他の路にかけることになる。両浙路と福建路の商人たちが、黙ってはおるまい」
修平は、しばらく黙って、帳簿を見ていた。
それから、口を開いた。
「葉尚書。この国は、今、銭を持っていないのでしょうか」
「持っておらぬから、困っておる」
「今、手元に銭がないのは、分かります。けれど、この国は、来年も、再来年も、十年後も、税を集められます。田があり、商いがあり、民がいます。この国に富がないのではない。今年の秋という、この時に、手元の銭が足りないだけではありませんか」
葉正言は、修平の顔を見た。
「永豊櫃坊と、同じことを言っておるな」
「近いと思います」
修平は、頷いた。
「持ち物はある。今日の銭が足りない。——国も、それと同じことが起こります」
◇
「税を上げるのは、一つのやり方です」
修平は、紙を広げた。
「けれど、堤が切れるたびに、北で戦があるたびに、凶作のたびに、税を上げ下げしていたら、どうなるか。商人は、来年の税がいくらになるか分からないから、倉庫を建てるのを控えます。農家は、来年の税がいくらか分からないから、田を広げるのを控えます。それに、税の率を変えるたびに、国中の州県で、帳簿を改め、役人に触れを出し、民に説明せねばならない。その手間だけで、大変な銭がかかります」
「それは、分かっておる。だから困っている」
「そこで、国が、証文を出して銭を借りるのです」
修平は、紙に書いた。
国の証文。
「国が、今年、百万貫が要るとします。その百万貫を、今年の税で集める代わりに、証文を出して、商人や銀行や両替商から借りる。証文には、何年後にいくら返すか、毎年いくらの利をつけるかを書いておく。銭を貸した者は、その証文を持っていれば、毎年利を受け取り、何年後かに元の銭を返してもらえる」
鄭仲謙が、眉をひそめた。
「借金だな」
「借金です」
「国が、借金をするのか」
鄭仲謙の声には、はっきりとした抵抗があった。
「私も、国が商人から銭を借りた例は、知っておる。戦の時に、塩の商人から先払いで銭を出させたこともある。だが、それを、仕組みとしてやるというのは——。借金で支出を賄えば、後の世へ、負担を押しつけるだけではないか。今の我らが使った銭を、我らの子や孫が返すことになる」
修平は、その問いを、しばらく黙って受け止めた。
大事な問いだった。
「借金が良いか悪いか、ではないと思います」
修平は、言った。
「何のために、どの期間の支出を、どの期間で負担するか。それが問題なのです」
修平は、紙の上の「国の証文」の字を指した。
「国の証文は、金を生む術ではありません。いま必要な支出を、将来のより大きな商いの中へ分けて負う仕組みです」
◇
修平は、紙を三つに区切った。
一つ目の欄に、「一時の支出」と書いた。
「堤が切れた。凶作が来た。北で急な戦があった。一時的な不況で、商いが落ち込んだ。——こういう支出は、今年、大きく要ります。けれど、毎年要るわけではありません。堤を直し終えれば、それで終わる。凶作が明ければ、救荒の粥は要らなくなる」
「そういう支出を、その年の税だけで賄おうとすれば、その年の民だけが重い負担を負います。堤が切れた年にたまたま生きていた者だけが、重い税を払う。それよりも、証文で借りて、その負担を、その後の何年かにわたって、少しずつ分ける方がよい。一時の揺れを、時をかけてならすのです」
二つ目の欄に、「長く使うものを作る支出」と書いた。
「堤そのもの。港。倉庫。大きな運河。——こういうものは、一度作れば、何十年も使えます。今年作った堤は、十年後の民も、二十年後の民も守る。それなら、その費用を、今年の民だけが負うのは、かえって公平ではない。十年、二十年の証文で借りて、その堤で守られる後の世の民にも、少しずつ負ってもらう」
鄭仲謙が、少し表情を緩めた。
「それは、分かる」
「ただし」
修平は、二つ目の欄の下に、線を引いた。
「堤を作る費用は、証文で借りてよい。けれど、その堤を毎年見回り、繕う役人の俸給までを、証文で借りてはなりません。それは、三つ目の欄です」
三つ目の欄に、「毎年続く支出」と書いた。
「役人の俸給。北辺の兵の、平時の給与と糧。常設の役所の費え。——こういうものは、毎年、必ず要ります。来年も、再来年も、十年後も。これを、毎年、証文で借りて賄い続ければどうなるか」
修平は、欄の中に、階段のような線を描いた。
「借りた証文の利を、また証文で借りて払う。その利を、また借りて払う。借金そのものが、国の制度になってしまいます。そして、いつか、物の値が上がりすぎて、国の支出を抑えねばならない時が来ても、止められません。役人を明日から全員辞めさせることはできない。兵の給与を半分にすることもできない。人も、組織も、約束も、一夜では消せないのです」
修平は、三つの欄を並べて、指でなぞった。
「一時の支出は、時を借りる。長く使うものを作る支出は、長い証文で、後の世と分け合う。長く続く支出は、長く続く税で支える。——この三つを、混ぜてはいけません」
葉正言は、三つの欄を、しばらく黙って見ていた。
「三つ目を、守れるか」
葉正言は、低く言った。
「守れるか、とは」
「国が苦しい時、三つ目の支出を証文で賄いたくなる誘惑は、必ず来る。一時の支出だと言い張って、実は毎年続く支出を、証文に紛れ込ませる者も出る。そなたの三つの欄は、正しい。だが、それを守らせる仕組みがなければ、ただの紙だ」
「その通りです」
修平は、頷いた。
「ですから、国の証文を、何のために、いくら、何年で出すかは、戸部と都堂が予算として決め、記録に残さねばならない。そして、その証文を出して得た銭が、本当に一つ目と二つ目の欄に使われたのかを、後から確かめられるようにしておかねばならない」
修平は、少し間を置いて、付け加えた。
「それに、国の証文には、もう一つの役目があります。国の証文が、確かに利を払い、確かに返されると皆が信じるようになれば、それは、この国でいちばん確かな預け先になります。銀行も、商人も、いずれは中央の行も、それを持つ。そして、国の証文の利が、国中の利の物差しになる。中央の行が、いずれ市中の銭の多寡を整えようとするとき、その国の証文を売り買いする市がなければ、手の打ちようがありません」
◇
「その、確かめる、が問題だ」
葉正言は、詰所の書棚を指した。
この四月あまりで、書棚は帳簿で埋め尽くされていた。戸部の帳簿。会子務の帳簿。銭引務の写し。各路の転運司の受納の記録。総領所の帳簿。州県の帳簿。
「林詳定。そなた、この棚の帳簿を、全部読んだか」
「半分ほどは」
「では、今、この国が、全体でどれだけの銭を持ち、どれだけの借りがあり、今年どれだけ使えるか、言えるか」
修平は、答えられなかった。
書棚の前に立ち、帳簿の背を、一冊ずつ指でなぞった。
戸部の帳簿は、国庫に入った銭と出た銭を記している。転運司の帳簿は、各路で集めた税と、そのうち都へ送った分と、路の中で使った分を記している。総領所の帳簿は、特定の税を北辺の軍費へ直接回した分を記している。州県の帳簿は、州県で集めた税と、州県で使った分を記している。
それぞれの帳簿は、それぞれの中では、よく整っていた。
けれど、ある帳簿では、銅銭と会子を同じ一貫として数え、別の帳簿では、会子を相場で銅銭に換算して数えていた。ある帳簿では、籾を石で数え、別の帳簿では、籾を銭に換えた額で数えていた。ある帳簿では、都へ送った税を「出」として記し、都の帳簿では、同じ税を「入」として記していた。同じ銭が、二つの帳簿で、二度数えられていることもあった。
修平は、振り返った。
「……帳簿が、ないのではありません」
修平は、ゆっくりと言った。
「帳簿が、ありすぎるのです。そして、どの帳簿も、それぞれの物差しで書かれている。同じ物差しで読めないから、足し合わせられない」
葉正言は、黙って頷いた。
「それが、戸部の、百年の悩みだ」
◇
「商人の帳場では、持ち物と負い目を、左右に分けて記しています」
修平は、高元亨の番頭が話していた、両替の店の帳場のやり方を思い出していた。
「銭が入れば、左に銭が増え、右に誰から入ったかが記される。倉庫を建てれば、左の銭が減り、同じ左に倉庫が増える。借りれば、左に銭が増え、右に借りが増える。一つのことが起きるたびに、二か所に記す。だから、左の合計と右の合計は、いつも釣り合う」
「複式の記帳だな。大きな商家では、とうにやっておる」
「それを、国の帳簿でもやるのです」
修平は、書棚を指した。
「今ある帳簿を、捨てる必要はありません。転運司の帳簿も、総領所の帳簿も、州県の帳簿も、それぞれの役目がある。ただ、その上に、共通の物差しを一枚、重ねます。どの帳簿の何という項目が、国全体の帳簿のどこに当たるのか。会子を銅銭にどう換算するのか。籾を銭にどう換算するのか。その換算の表を作り、全部の帳簿を、同じ物差しで読み替える」
修平は、新しい紙に、表の枠を描いた。
左に、国の持ち物。国庫の銭。まだ入っていない税。常平倉の籾。国の倉庫や堤や運河。
右に、国の負い目。出した証文の残り。その利。
その下に、今年入った銭と、今年出ていった銭。
「国が証文で銭を借りれば、左に銭が増え、右に証文の残りが増える。その銭で堤を作れば、左の銭が減り、同じ左に堤が増える。そうすれば、借りた銭が、どこへ行ったかが見える。堤になったのか。俸給に消えたのか」
鄭仲謙が、表を覗き込んだ。
「転運司の帳簿を、これに読み替えるのか。路の中で使った分と、都へ送った分と——」
「それに、総領所へ直接送った分。特定の税を北辺の軍費へ回した分。籾や布のまま納められた分。それらを、全部、分けて記す必要があります」
修平は、表の欄を、細かく区切った。
路の中で留めて使った分。都へ上供した分。特定の税源から軍費として拘えた分。総領所へ直に送った分。現物で納められた分。
「どの銭が、どの道を通って、どこで使われたか。それが分からなければ、国全体で今どれだけ使える余力があるかは、分かりません」
葉正言は、表をしばらく見つめていた。
「……十年かかる仕事だ」
「はい」
「だが、やらねばならぬ仕事だ」
葉正言は、表を手元に引き寄せた。
「それから、もう一つ」
修平は、表の横に、もう一つ、小さな表を描いた。
「いずれ、中央の行ができたら、その帳簿は、国の帳簿とは別にしておかねばなりません。中央の行が国の証文を持っている分、銀行が中央の行に置いた準備の分、中央の行が出した紙幣の分。それを、国の帳簿と混ぜてはならない。混ぜれば、国が中央の行に紙幣を刷らせて穴を埋めても、帳簿の上では見えなくなってしまいます」
◇
「一つ、聞きたい」
葉正言が、表から顔を上げた。
「証文を出して、借りる。何年後かに返す。——返す時には、どうする。その時の税で、返すのか。十年の証文を十年後に返すなら、十年後の民が、重い税を払うことになる。結局、後の世へ押しつけるのではないか」
「多くの証文は、返す時に、新しい証文を出して、その銭で返します」
「また借りるのか」
「はい」
修平は、頷いた。
「国が続き、国の証文が信用されている限り、古い証文を新しい証文に借り換えることができます。証文を、一文残らず税で返して消してしまう必要は、必ずしもありません」
「それでは、借金は、永遠に消えぬ」
「消えなくてよいのです」
修平は、言った。
「見るべきは、借金の額そのものではありません。国の商いの大きさに比べて、借金が重くなっているかどうかです」
修平は、紙に、二本の線を描いた。一本は、国の商いの大きさ。もう一本は、証文の残り。
「国の商いが、毎年大きくなっていくとします。田が広がり、倉庫が増え、商人の数が増える。それにつれて、税も増える。証文の残りが同じなら、国の商いに比べた借金の重さは、年々軽くなっていく」
修平は、二本の線の傾きを指した。
「国の商いが大きくなる速さと、証文の利。この二つを比べます。どちらも、物の値の上がりを除いた、実の数で。商いの大きくなる速さが、証文の利を上回っていれば、国の器の方が、借金より速く大きくなる。借金を借り換え続けても、国の商いに比べた重さは膨らみにくい。逆に、証文の利の方が上回り続ければ、同じやり方を続けていても、借金は、次第に重くなっていく」
韋明遠が、算木を動かした。
「利と、伸びの、競い合い」
「はい。私の国では、ある学者の名を取って、その条件を呼んでいました。——ただし、これだけで、国の財が安全か危ういかを決めてはなりません」
修平は、紙の余白に、書き足した。
「利を払う前の、税の入りと、支出の出。これが大きく出の方に偏り続けていれば、利と伸びの競い合いがどうであれ、借金は膨らみます。証文が、いつ、どれだけ満期を迎えるか。一度に多くが満期を迎えれば、借り換えに窮することがある。誰が証文を持っているか。そして、人々が、この国の証文をどれだけ信じているか。信じなくなれば、利は急に跳ね上がります」
修平は、紙を指で叩いた。
「毎年、証文の残りだけでなく、国の商いの大きさに比べた残りの割合、平均の利、平均の満期の長さ、払った利の額、商いの伸び、利を払う前の税と支出の差。これを、並べて記す。——国の証文を返したかどうかではなく、国の商いが伸びる中で、借金を持ちこたえられているかどうかを見るのです」
◇
鄭仲謙が、しばらく考え込んでいた。
「林詳定。もう一つ、分からぬことがある」
「何でしょう」
「そなたは、いずれ中央の行が紙幣を出すと言った。そして、国が証文を出す、と言った。——ならば、国が証文を出して、中央の行がそれを紙幣で買えば、国は、いくらでも銭を手にできるのではないか。国と中央の行は、どちらも国のものなのだから」
詰所の中が、静かになった。
修平は、この問いが来ることを、どこかで予想していた。
「帳簿の上で、国と中央の行を、一つにまとめて見ることはできます」
修平は、言った。
「私の国でも、そういう見方をする学者がいました。国の帳簿と中央の行の帳簿を足し合わせて、一つの大きな国の帳簿として見る。すると、国が出した証文を中央の行が持っていれば、国の負い目と中央の行の持ち物が打ち消し合って、代わりに、中央の行が出した紙幣や、銀行が置いた準備が、国全体の負い目として残る」
「では、国は、自分の国の紙幣で借りている限り、銭が尽きて潰れることはないのか」
「家や商人が、手元の銭が尽きて潰れるのと、同じ意味では、潰れにくいと思います。自分で紙幣を出せるのですから」
鄭仲謙が、身を乗り出した。
「なら——」
「ですが」
修平は、手を上げた。
「だからといって、いくらでも使えるわけではありません」
修平は、紙の上に、大きく書いた。
限界は、物の値と、作る力の側から来る。
「国が、紙幣でいくらでも銭を手にできたとして、その銭で何を買うのですか。米。布。鉄。人の手。——国の中にある米や布や鉄や人の手には、限りがあります。無理なく作れる量には、限りがある。国がそれを超えて買おうとすれば、どうなるか」
「値が、上がる」
蔣守拙が、小さく言った。
「会子を三倍刷った年と、同じことが、起こります」
修平は、頷いた。
「国は、紙幣が尽きて潰れるのではありません。紙幣を刷りすぎて、紙幣の値打ちが崩れ、民の暮らしが崩れて、潰れるのです。名目の上では、証文を全部返せたとしても、返した紙幣で何も買えなければ、国の財は、実のところ、潰れているのと同じです」
修平は、紙に、三つの言葉を並べた。
「ですから、国の借金を見るときは、三つを並べて見ます」
一つ目。利と伸びの競い合い。利を払う前の税と支出の差。借金の重さが、国の商いに比べて膨らんでいないか。
二つ目。国と中央の行を一つにまとめた帳簿。自分の国の紙幣で借りている限り、銭が尽きて潰れるわけではないこと。
三つ目。今、実際に、物の値がどれだけ上がっているか。人々が、これから値がどれだけ上がると見込んでいるか。
「どれか一つだけで、安全だ、危ういだ、と決めてはなりません」
修平は、三つ目の欄を、丸で囲った。
「そして、中でも、この三つ目です。国の支出が、国の作る力を超えていないか。それを、いちばん正直に告げるのは、実際の物の値の上がり方です」
◇
葉正言は、長いこと、紙の上の三つの欄を見ていた。
「林詳定」
「はい」
「そなたの国では、国が、証文を返せずに潰れたことは、あるのか」
「あります」
修平は、答えた。
「多くは、他の国の紙幣や、金や銀で借りていた国です。自分で刷れないもので借りれば、それが尽きれば、返せません。あるいは、紙幣を必ず金や銀に換えると約束していた国。約束した金銀が尽きれば、約束を破るしかない。あるいは、法で借りられる額に上限を決めていて、その上限に届いてしまった国。あるいは、国の中の争いで、証文を返すことそのものを拒んだ国」
修平は、少し間を置いた。
「それから、自分の国の紙幣で借りていても、刷りすぎて、紙幣が紙屑になった国もあります。証文は、名目の上では全部返しました。けれど、返した紙幣では、餅一つ買えなかった」
葉正言は、目を閉じた。
「証文の残りだけを、見てはなりません」
修平は、紙の三つの欄を、順に指した。
「利と伸びを見る。国と中央の行を一つにまとめた帳簿を見る。そして最後に、実際の物の値が何を告げているかを見る。——私は、いつも、自分にそう言い聞かせております」
葉正言が、目を開いた。
「それから、もう一つ、決めておかねばならないことがあります」
修平は、紙の端に書いた。
「国が、中央の行が買ってくれるから、と、いくらでも証文を出すことを、禁じねばなりません。証文をいくら出し、何年で返し、何に使うかは、戸部と都堂が、予算として決める。中央の行が、国の証文を買うかどうかは、中央の行が、物の値と商いを見て、自分で決める。——国が中央の行に、買えと命じてはならない」
葉正言は、その一行を、じっと見た。
「それを、今、この国の都堂が、受け入れると思うか」
「受け入れていただかねばなりません」
修平は、言った。
「会子を三倍刷った年のことを、この国は、覚えているのですから」
◇
話が終わりかけたとき、韋明遠が、手元の紙の束を持ち上げた。
「林詳定。一つ、申し上げてよろしいか」
「どうぞ」
「今日の話の、国全体の帳簿。国の証文の残り。平均の利。満期の長さ。払った利。商いの伸び。——これを、国中の転運司と、総領所と、州県に、同じ形で書かせ、都で足し合わせるのでございますな」
「そうです」
韋明遠は、紙の束を机の上に広げた。
そこには、今日の話の途中で、韋明遠が算木で検算した数が、漢数字で書き連ねられていた。
百万貫の証文。年三分の利。十年。その利の総額。商いの伸びを年に二分とした場合の、十年後の重さ。三分とした場合。四分とした場合。
数字は、縦書きの漢数字で、紙いっぱいに並んでいた。一つの数を書くのに、十字も二十字も使っていた。
「私は、今日、この計算に、半日かかりました」
韋明遠は、静かに言った。
「そして、今、見直しましたところ、三か所、桁を読み違えておりました。算木の上では合っていた。紙に写すときに、間違えたのでございます」
韋明遠は、紙の上の、朱で訂正した三か所を指した。
「私一人の計算で、これでございます。これを、国中の転運司と、総領所と、州県の吏員に、同じようにやらせる。それを都で足し合わせ、誰かが検算する。——林詳定。どこかで一か所、桁を読み違えたら、どうなります。誰が、それに気づきます」
修平は、韋明遠の紙を見た。
漢数字が、紙いっぱいに並んでいた。百万、十万、万、千、百、十。それを、縦に、一字ずつ。
大学のノートの、横に並んだ数字の列を、修平は思い出していた。
「……それが、次の問題です」
修平は、言った。




