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第十巻 東門 第一回 東門へ

 錠は二つあった。


 呉承略が一つを開けた。董元礼がもう一つを開けた。


 鉄の箱の蓋が上がった。


 中に紙の束が一つ。初夏に封じたときのままだった。表の右の端に日付が二つ。作った日と確かめた日と。その下に呉承略の字で一行。


 ——来年の春、また開けて確かむべし。


「春を待たずに開けることになった」


 呉承略は言った。


 秋の初めの枢密院の奥の部屋だった。楊崇武は椅子に座っていた。杖を膝に立てかけていた。


 修平は部屋の隅に立っていた。戸部から孟季常と二人で呼ばれていた。


 呉承略は束を卓の上に置いた。封を切らなかった。


 代わりに別の紙を一枚束の隣に並べた。


 哈特の字だった。


 ——北の四つの王国の総ての見立て。第一の半年。


 夏の終わりに敵を見る課が初めて出した一枚だった。


  ◇


「東の国が動いている」


 呉承略は紙の一つの行を指した。


 ——メルキア。国境の南へ道を延ぶ。カルナの川の南の岸に倉、新たに七つ。確かめた。


 ——倉に入るは、粟と干し草と矢。見立て。


 ——その意。来年の春、雪の融けて後、南へ出づる支度。見立て。


「確かめたのは倉の数だけです」


 哈特は呉承略の後ろから言った。


「平州の互市の商人が三人、別々の道で同じ倉を見ています。——倉に何が入っているかは見立て。互市で粟の値がこの夏二割上がりました。メルキアの側の商人が買い集めている。干し草の値も上がっています」


「来年の春に出る、というのは」


 董元礼が訊いた。


「見立てです」


 哈特は言った。


「倉を川の南の岸に置く。道を南へ延ばす。——守るための倉なら、川の北に置きます。川を盾にして。南の岸に置くのは、川を渡った先で使うため」


 楊崇武が紙を手に取った。


 しばらく読んでいた。


「来春出てくる者を」


 楊崇武は言った。声は細かった。


「待って受けるか。——こちらから先に出るか」


 誰もすぐには答えなかった。


 修平は紙の別の行を見ていた。


 ——粟の値、二割上がる。


 あちらの国の市の値だった。こちらの統計局の十五の市の値とは違う。互市の帳面に太府寺が十年書き留めてきた値だった。


 ——値は嘘をつきにくい。


 修平はそう思った。倉を隠すことはできる。道を隠すこともできるかもしれない。けれど、粟を買い集めれば粟の値が上がる。


「封じた命は」


 呉承略は束に手を置いた。


「初夏に敵が東の森から来る、として作った。——東の森から来る敵を河の北に留める。こちらの軍は守る」


 呉承略は束の封を切った。


「守る命を攻める命に書き直すのに。——どれだけかかるか。試されるのは今です」


  ◇


 十日の間、参謀本部の長い部屋の灯は夜も消えなかった。


 修平は三日目の夕方に呼ばれた。


 長い卓の周りに五つの役所の者が座っていた。


 兵部から呉承烈と曹允恭。呉承烈は七十になっていた。背はまだ真っ直ぐだった。参謀本部から呉承略と、作戦の課の宇文衡と、糧と弾との課の翟文炳。戸部から孟季常。太僕寺から秦牧之。太医局から戴守仁。


 修平は孟季常の隣に座った。


 卓の真ん中に一枚の大きな紙があった。


 六枚を継いだ紙だった。縦に、日。第一日から第六十日まで。横に欄が並んでいた。


 兵。馬。粟と麦と米。干し草。豆。弾。砲の弾。鉄の道の車。舟。荷車。病の床。替えの馬。橋の材。


「一枚にする」


 呉承略は言った。


「兵の数の表と。糧の表と。馬の表と。病の床の表と。——別々の役所が別々の紙に書けば、どの紙も正しい。けれど、全部を重ねると合わない」


 秦牧之が馬の欄を指した。


「北の軍の三つの師団で馬、九千。替えの馬は十に一つで九百。——初夏の演習ではそれで足りた」


「足りた」


 翟文炳は言った。


「十日の演習では。——六十日の戦ではどうか」


 秦牧之はしばらく黙った。


「馬はひと月に十に一つ倒れます。蹄。腹。背の傷。——戦の野ではもっと」


「では、替えの馬は九百では足りない」


 翟文炳は馬の欄の第三十日の升に朱で線を引いた。


「替えの馬を増やせば。——干し草の欄が増える」


 翟文炳は干し草の欄に指を移した。


「干し草を増やせば、舟の欄が増える。舟を増やせば、御河の閘の欄が詰まる」


 呉承烈が低く笑った。


「兵部で四十年、同じことを言ってきた。一つの欄を動かせば、隣の欄が動く。——それを一枚の紙に書いた者はいなかった」


 戴守仁が、紙の病の床の欄と鉄の道の車の欄との間を指で叩いた。


「初夏の鶴壁の二刻」


 戴守仁は言った。


「夏のひと月の議で決めたことを、この紙にも書いてください。——一本の道で行き会えば、傷ついた者を載せた車を先に通す。空の医の車は弾の車の後ろ」


 翟文炳が欄の脇にその一行を書き入れた。


  ◇


 修平が呼ばれたのは鉄の道の欄のためだった。


「鉄の道は邢州までです」


 莫子期が言った。参謀本部の鉄の道の机から来ていた。


 磁州から邢州までの道は、この夏の終わりに開いていた。式はなかった。磁邢の会社の董事の長の閻守業が、一番目の車に一人で乗った、と聞いていた。


「衛州の港から鶴壁、磁州、邢州まで。——そこから北は鉄の道がない」


 莫子期は紙の北の端を指した。


「邢州から北は、御河の舟と車の道。御河を北へ下って滄州。滄州から海の舟で平州の港まで。——平州から国境の楡関まで、また車の道」


「黄河は」


「渡し舟です」


 莫子期は言った。


「弾の箱は一日に八百。一昨年の表のまま」


「一昨年から変わっていない」


 修平は言った。


「変わっていません」


 莫子期は言った。


「黄河の北の衛州の港の脇に倉を作りました。倉に積んでおいた分を先に北へ送る。——渡しの八百はその後を埋める」


 修平は紙の上の線を辿った。


 鉄の道。舟。海。車の道。——線は四度、形を変えていた。変わるたびに荷を下ろして積み直す。


「積み直すところで」


 修平は言った。


「何が起きますか」


 莫子期は紙の脇の小さな紙を出した。


「邢州の駅の荷を下ろす場。滄州の河の港。平州の海の港。——三つです。どの場も、一日にどれだけ荷を動かせるか。数えに人を出しました」


 莫子期は一つの升を指した。


「平州の港が一番細い」


 ——平州の港。一日に陸へ上げ得る荷、二千石。確かめた。


「海の舟が何百来ても。——港の荷を上げる人と、倉と、車とが二千石までしか動かせなければ。北の軍は一日二千石で戦う」


 孟季常が修平の袖を引いた。


「平州の港を太くするのに、何が要る」


「人と、倉と、車と」


 莫子期は言った。


「それと、工部が言っています。——平州の港から楡関まで百二十里。鉄の道を敷ける、と」


  ◇


 四日目に作戦の課が三つの案を壁に貼った。


 宇文衡が案の前に立った。四十の半ばを幾つか越えていた。去年の暮れの試しの議で、五日の案を三日で止められた上校だった。この夏、少将の位を受けていた。


「一つ目。海沿いの道を真っ直ぐ北東へ。楡関から国境の砦、ヴィシェンを抜いて、カルナの川の下の流れへ」


 宇文衡は案の下の欄を読み上げた。


「三つの師団、全部。舟と車で第十八日に楡関に揃う。橋の材、浮き橋二つ分。見込む傷、三千。カルナの川まで第三十日。糧を届け得る一番遠いところ、楡関より三百里」


 宇文衡は二枚目に移った。


「二つ目。カルナの川を上る。海沿いの道で下の流れに出た後、川に沿って北東へ。川の舟を使う」


 ——糧を届け得る一番遠いところ、楡関より四百五十里。ただし川の舟を得るならば。未だ確かめず。


「三つ目。北の山の道。松亭関から、東の大きな森の縁を回る。敵の砦を避ける」


 ——見込む傷、少なし。見立て。日数、倍。森の道、未だ確かめず。


 呉承略は三枚を並べて見ていた。


「一つの案を選ぶのではない」


 呉承略は言った。


「三つとも枢密院へ上げる。——どれを選ぶかは、枢密院と陛下が決める。選ばれなかった二つは棚にしまう。戦の日に、北から来る報せがどれに近いかで引き出す」


 翟文炳が一枚目の欄の一つを指した。


「三百里。——楡関から三百里より先は、今の港と車とでは糧が届きません」


「カルナの川は三百里の少し先です」


 宇文衡は言った。


「渡った先で川の舟を得られれば、届く。——得られなければ、渡った軍は川の北で飢える」


 呉承略は一枚目の下に朱で一行書き足した。


 ——カルナの川の舟と港とを壊さずに得ること。これ、戦の目当ての一つなり。


  ◇


 秋の初めの終わりの御前廷議だった。


 楊崇武は椅子に座ったまま、三つの案と一枚の大きな紙とを読み上げた。途中で二度咳をした。


 読み終えると、呉承烈が兵部の兵を集める支度を読んだ。孟季常が費えを読んだ。


「最初の六十日で」


 孟季常は言った。


「百八十万貫。——その先、ひと月ごとに七十万貫」


 殿の中が静かになった。


 趙祺は紙を見ていた。


「林詳定」


 趙祺は言った。


「戸部はその銭をどこから出す」


 修平は一歩前に出た。


「国の証文を出します」


 修平は言った。


「戦の証文です。中央銀行が国に代わって売り出しますが、中央銀行は自分では買いません。——買うのは民と、行と、会社です。去年の暮れに戸部と中央銀行とでそう決めてあります」


「売れるか」


「売れます」


 修平は言った。


「値は下がります。利は上がります。——上がった利が戦の本当の値です。隠さずに毎月出します」


 趙祺は修平を見た。それから目を楊崇武へ移した。


「朕は戦の目当てを書く」


 趙祺は言った。


 筆が運ばれた。趙祺は紙に書いた。書いたものを自分で読み上げた。


「一つ。北の境を安んずること。——二つ。北の帝国の東の軍の圏を解くこと」


 趙祺は筆を置いた。


「メルキアの民を治めるために行くのではない。十一年前の西の遠征の仇を討ちに行くのでもない」


 趙祺は呉承略を見た。


「どこまで行けば目当てに届いたとするか。——それを書けるか」


「書けます」


 呉承略は言った。


「東の軍が南へ出る道と、倉と、河の港とを使えなくなったとき。——王の都を取ることは、目当ての中に入れておりません」


 趙祺はしばらく黙っていた。


「一つ目の案を裁可する」


 趙祺は言った。


「二つ目と三つ目は棚にしまえ。——使うときは朕に報せよ。使ってからでよい」


  ◇


 廷議の後、廊下で楊崇武が足を止めた。


 修平は枢密使に追いついた。


「布告の文を読んだか」


 楊崇武は言った。


 修平は頷いた。枢密院の文の房が三日かけて作った文だった。


 ——大宋の軍、メルキアの境に入る。


 ——民の家と、田と、祠と、市とを害せず。


 ——軍の糧と、飼い葉と、薪とを民より得るときは、値を払う。値を払えぬときは、受け取りの紙を渡す。紙は後に銭に替う。


 ——降る者を殺さず。捕らえた者に飯と、水と、傷の手当てとを与う。


 同じ文を三つの言葉で。大宋の字で。メルキアの捕らえた者たちが話す言葉で。それと、北の帝国の兵が互いに使う共の言葉で。


「メルキアの言葉には字がある」


 楊崇武は言った。


「甘州の牢の捕らえた者が教えた。——字はある。けれど、村の者は読めぬ者が多い」


「読める者が読み上げれば」


「そうだ」


 楊崇武は言った。


「文を配る兵に読み上げをさせる。——読み上げる兵を通詞が教える」


 楊崇武は杖をついてまた歩き出した。


「林詳定は開封に残れ」


 楊崇武は言った。


「陛下のお言葉だ。——戦の銭を出す者が、戦の野に行ってはならぬ。銭の数を見ていられなくなる」


「はい」


 修平は言った。


 言いながら、修平は自分が少し安堵していることに気づいた。


 それが恥ずかしかった。


  ◇


 平州の城はひと月で様子を変えていた。


 狄承武は城の東の門から入った。


 門の外に荷車が並んでいた。車の列の脇で馬商が声を張っていた。御河の舟から滄州で海の舟に積み替えられた粟の袋が、港から次々に運ばれてきた。——運ぶ人は平州の者だけではなかった。河北のあちこちの村から、荷を担ぐ仕事を求めて来ていた。


 城の中の宿が全部埋まっていた。


 駅の吏が札を配っていた。医の者が宿の一つを借りて病の床を並べていた。


 狄承武はこの秋の初めに上将の位を受けていた。


 国の軍で初めての上将だった。北の境の全部の軍を合わせる役だった。——メルキアへ入る軍の長は韓奇捷だった。韓奇捷は中将の位を受けていた。


 狄承武の襟の黄銅の縁の中に、菱が三つ。


 初めてそれを付けた朝、狄承武は去年の秋の軍の階の表の頭の一行を思い出していた。——軍の外より来る命は、陛下の裁可と枢密院の文とによる。文の官は、軍の階を帯びず。


 上将は枢密使の上には立たない。


  ◇


 平州の州の役所の一つの部屋で、通詞と測り手とが紙を広げていた。


 宋の図と。メルキアの捕らえた者から聞いて書き留めた図と。互市の商人から写した図と。——三枚の図が並んでいた。


「同じ川が三つの名を持っています」


 図の課の若い測り手が言った。この春の初めの参謀旅行で、道案内の狄承武の後ろをよく笑いながら歩いていた若者だった。


 若い測り手は一つの川の線を指した。


「宋の図では東の大水。互市の商人はカルナ、と呼ぶ。——捕らえた者は、カルナの下の流れだけを別の名で呼ぶ。ボルカの港から下はボルカの水、と」


「どれを使う」


 狄承武は訊いた。


「全部書きます」


 測り手は言った。


「一つの升に三つの名を。——命の文には、図の升の番号を書く。名は書かない。名だけで書けば、同じ川を別の川と思う者が出る」


 通詞が別の紙を出した。


 通詞は幽州の互市の古い吏だった。メルキアの言葉を三十年聞いてきた、と言った。


「村の名にも同じことがあります」


 通詞は言った。


「メルキアの言葉で、ヴィルは、水の湧くところ。——ヴィルの付く村が、国境からカルナの川まで少なくとも九つあります」


 狄承武は紙を見た。


 ——升の番号。宋の図の名。メルキアの呼び名。字。何を意味するか。どの升に同じ名が他にあるか。


 升の番号を行の頭に置いた五つの欄の表だった。


「言葉も」


 狄承武は言った。


「弾と同じだな」


 通詞は首を傾げた。


「足りなければ、戦が止まる」


 狄承武は言った。


「この表を師団の官に配れ。——中隊の長まで」


  ◇


 開封の参謀本部の長い部屋の北の壁に、図が貼られていた。


 図の上に札が並んでいた。


 第一師団。第二師団。第三師団。——それぞれの札の下に、小さな紙が下がっていた。今どこにいるか。何刻にどこを出たか。


 東の壁に刻の表。邢州の駅を出る鉄の道の車。御河の閘ごとの舟の数。滄州の港。海の舟。平州の港。


 第四日の午に、東の壁の前で莫子期が筆を止めた。


 ——邢州の駅にて、第二師団の第三の車、半刻遅る。荷を積む台、一つ壊る。


「半刻」


 莫子期は言った。


 莫子期は表の第二師団の行を指で辿った。


「邢州で半刻遅れると、——御河の舟に積むのが半刻遅れる。舟が閘を通るのは、刻を決めてある。半刻遅れれば、次の閘の刻に間に合わない。一つの閘を逃せば、二刻待つ」


 莫子期は筆を取った。


「半刻は、平州では二刻になる」


 呉承略が莫子期の後ろに立っていた。


「後ろの第三師団の舟は」


「第三師団の舟を先に閘へ入れます」


 莫子期は言った。


「第二師団の舟は第三師団の後ろへ。——入れ替える文を今、御河の閘の吏へ打ちます」


「打て」


 呉承略は言った。


 莫子期は、止まれ、の形の紙を出した。書いた紙を自分でもう一度読んだ。受ける者の立つところに立って。


  ◇


 韓奇捷のもとへ枢密院から戦の命が届いたのは、第十二日だった。


 平州の州の役所の奥の部屋で、韓奇捷は命の文を読んだ。狄承武が脇に座っていた。


 ——メルキアの方の軍は、カルナの川の下の流れまでを押さえよ。


 ——目当て。メルキアの南へ出る道と、倉と、河の港とを使えなくすること。カルナの川の舟と港とを壊さずに得ること。


 ——境の線。東は海。西は、松亭関より北へ引く線を越えず。


 ——控え。第一師団の一つの旅団を楡関に留む。


 ——糧の上限。楡関より三百里。これを越ゆる事あらば、上に上げよ。


 韓奇捷は文を二度読んだ。


「どの道をどう進むか。——書いていない」


 韓奇捷は言った。


「書いていない」


 狄承武は言った。


「どう進むかはお前が決める。枢密院と参謀本部は、お前が決められるように、道と、舟と、弾と、糧とを揃えた。——揃えたものの限りを書いてある」


 韓奇捷は紙の最後の行を見ていた。


 ——報せ。朝と夕と二度。兵。場所。弾。糧。敵。道。この順に。急の事はその場で。


「十一年前の乾河床では」


 韓奇捷は言った。


「止める命が半刻遅れて。——玄甲の一隊が深く出た。私はあのとき、騎兵には騎兵をぶつければいい、と思っていた」


「覚えている」


 狄承武は言った。


「この紙は、あの半刻を埋めるためのものではない」


 狄承武は言った。


「半刻遅れる日はまた来る。——そのとき、お前が自分で止まれるように。止まる理由がこの紙に書いてある」


  ◇


 第十四日の夜明け。


 楡関の門の上に、狄承武は立っていた。


 門の下を第一師団の前衛が通っていった。騎兵。中隊。工兵。報せの兵。——報せの兵は、背に細い線の巻きを負っていた。軍が進むのに合わせて、地に線を延ばしていく兵だった。


 門の外は、海沿いの細い、平らな道だった。右に海。左に山。——その先に、ヴィシェンの砦があった。まだ見えなかった。


 門の脇の小さな電信の局で、通信の兵が一通打っていた。


 ——第十四日。卯の刻。第一師団の前衛、楡関を出づ。


 この夏までに、電信の線は大名府から真定府と幽州とを経て、平州まで延びていた。楡関の局は、動員の間に報せの兵が繋いだ。


 打たれた字は、線を伝って平州へ、幽州へ、真定府へ、大名府へ走った。黄河の北の岸の渡しの局で、紙に写された。紙は舟で南の岸へ渡った。南の岸の局で、また打たれた。


 その日の辰の刻の半ばに、開封の長い部屋の北の壁で、第一師団の札が国境の線を越えた。


 砲の音はまだどこでも鳴っていなかった。

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