第九巻 軍制 第十六回 新しい軍
審べの官の卓に、紙が六枚伏せて置かれていた。
呉承略が一枚ずつ表に返していった。
——御河の内黄の閘、壊る。三日、舟通らず。
——参謀本部と北の軍との電信、切る。八刻。
——第二師団の長、倒る。
——鶴壁の北にて、鉄の道の車、軸を焼く。半日、遅る。
——敵、東の森を回りて、第三師団の東に出づ。
——第一師団の第一旅団の宿営にて、熱の病、出づ。
「六つ、同時に」
董元礼が言った。
「同時に」
呉承略は言った。
「一つずつなら、この春の盤でどれもした。——六つ同時に起きたとき。人が足りるか。紙が足りるか。命の文の形が崩れぬか」
呉承略は六枚をまた伏せた。
「戦は一つずつ来てはくれぬ」
初夏の大名府の北の野の端の審べの天幕だった。
◇
三つの師団と、大名府と真定府との二つの大営と、河北路の五つの呼ぶ区の控えの兵と。
三つの師団を束ねて一つの軍とした。軍の長は狄承武だった。この春、中将の位を受けていた。第一師団の長は、費孝先が少将として継いでいた。
軍の長の下に軍の官がいた。参謀本部から出てきた者たちだった。戦の筋の者。敵を見る者。糧と弾との者。鉄の道の者。——莫子期は鉄の道の者の下に付いていた。
三つの師団だけで、兵三万五千。馬九千頭。砲三十六門。
それに輜重の隊。医の隊。直す隊。法の司。報せの兵。
「戦う兵だけを野に出すのではない」
狄承武は演習の前の日に師団の長たちに言った。
「直す者も、医も、法の司も野に出る。——後ろのおまけではない。軍の一つの手足だ」
◇
第二日に、内黄の閘が壊れた、とされた。
御河の舟が三日止まった。
糧と弾との者の机で、莫子期の上の官が表を見ていた。
「舟の弾を鉄の道へ回す」
上の官は言った。
「磁州から車で大名府へ。——車の道は一本」
「その一本の道を」
莫子期は言った。
「第三師団の糧の車が使っています。第二日の午から第三日の朝まで」
「どちらを先に通す」
上の官は壁の表を見た。春に作った表だった。
——最初の三日は、弾。四日目からは、糧。
「弾を先に」
上の官は言った。
「第三師団の糧の車は、道の脇で半日待たせる。——待たせることを、第三師団に今報せろ」
莫子期は命の文の形の紙を出した。止まれ、の形だった。
——第三師団の糧の車。第二日、午より第三日、卯の刻まで、磁州の東、升の番号四十二の脇にて止まれ。目当て。第一師団の弾の車を先に通す。
莫子期は書いた紙をもう一度読んだ。受ける者の立つところに立って。
◇
第三日に、第二師団の長が倒れた、とされた。
審べの官が白い旗を立てた。第二師団の長は黙って天幕の中に座った。
香篆の火がほんのわずか燃えた頃。
第二師団の次の長の命が出た。——旅団の長の上校だった。去年の秋の初めの位の任じる文で、任じられた日が、ほかの旅団の長より早い上校だった。
命の文の頭に、こう書かれていた。
——第二師団の長の勤め、今よりこれを代わる。前の長の第三日の命の、第一の行より第五の行まで、そのまま。
修平は天幕の外で、その命の文の写しを読んでいた。
去年の夏、谷長順は二通の命の間で、香篆の半ばの火を待った。
今日は誰も待たなかった。
◇
第四日に、参謀本部と北の軍との電信が切れた。
八刻の間。
狄承武は軍の長の天幕で、切れる前に最後に受けた命の文を読み直した。
——北の軍は、第九日の日没まで北の河の南の岸を押さえよ。
——目当て。東の森より来る敵を河の北に留むること。
——重きところ。東の渡し。
——縛り。河を北へ渡るべからず。
——これを越ゆる事あらば、上に上げよ。
同じ日の午。
——敵、東の森を回りて、第三師団の東に出づ。
審べの官の紙だった。
狄承武は図の前に立った。東の森を回った敵が、第三師団の東にいた。河の南の岸に。——河を渡らずに、こちらの岸を回ってきた。
目当ては、東の森から来る敵を河の北に留めること。
敵はもう河の南にいた。
「目当てが崩れた」
狄承武は言った。
軍の官たちが狄承武を見ていた。
「上に上げられぬ」
狄承武は言った。
「電信は切れている。——上げられぬときは、目当てを守る方へ動く」
狄承武は図の上の第三師団の駒を指した。
「目当ての元は何か。——二つの師団が北の平らなところに集まり終えるまで、敵に邪魔をさせぬこと。河は、そのための手立てだった」
狄承武は筆を取った。
——第三師団は、東に向きを替え、敵を今の場所に留めよ。追うべからず。第一師団より、一つの旅団を第三師団の北へ回す。砲の隊の半ばを、第三師団の後ろの丘へ。半ばは、今の場所に残す。
——なぜ、河の命の字を離るるか。敵、既に河の南に在り。河を押さうるは、敵を留むる手立てなり。手立て、崩れ、目当ては残る。よって、目当てを守る。
狄承武は書いた紙の写しを一枚封じた。
「線が繋がったら、これを参謀本部へ打て。——命を出した刻と、なぜ出したかと」
◇
第三師団の東で、敵の役の騎兵が退き始めた。
第三師団の前の隊の騎兵が追おうとした。
赤と白との二色の旗が上がった。
——追うな。
騎兵は止まった。
敵の役の騎兵は、しばらく退きながら、空の包みの音だけの弾を撃った。撃ちながら、野の向こうの低い林の方へ退いた。——林の陰に、もう一隊伏せていた。
第三師団の前の隊は追わなかった。その場で伏せた。
後ろの縦隊の控えは動かなかった。
丘の上の砲の隊の半ばが、林の手前の、敵の役の騎兵が集まり直すところへ、砂の弾を落とした。
斥候が林の裏へ回った。斥候の報せが来るまで、第三師団は追わなかった。
報せが来た。
——林の陰に、敵二百。
第三師団の長は、それからようやく騎兵を林の北へ回した。追うためではなかった。林の陰の二百の、さらに北の逃げ道を塞ぐために。
審べの天幕で、克魯澤が紙に書いた。
——退く敵を追わず。敵の集まるところを砲で叩く。斥候の報せ、揃いて後、動く。
克魯澤は書いた紙を呉承略に渡した。
「退く敵を追わない、だけなら」
克魯澤は言った。
「去年の夏の一つの師団でもできた。——今日は、三つの師団のどの前の隊も追わなかった。追わずに斥候を回し、砲で集まるところを叩いた。電信が切れている間に」
◇
第五日の昼過ぎ。
第一師団の第一旅団の宿営で、熱の病が出た、とされた。
戴守仁が病の審べとして、札の束を持って宿営を見て回った。
厠は水場の下手に掘られていた。宿営は川から離れた高いところに。水を煮る鍋は隊ごとに。——戴守仁は宿営の端の炊ぎ場で足を止めた。
炊ぐ兵が手を洗っていた。
炊ぎ場の脇に、組の長が一人立って見ていた。段七だった。この春、上士の位を受けていた。
戴守仁は札の束を見た。
「熱の病は出た、とする」
戴守仁は言った。
「けれど、広がりは去年の五つに一つではない。——二十に一つ」
病んだ兵、とされた者たちが、医の兵の担架で野の病院へ運ばれた。襟に傷の札が結ばれていた。三つに切る線の一つ目が切られていた。
◇
第六日に崩れた。
鶴壁の北で、鉄の道の車が軸を焼いた、とされた。半日遅れた。
遅れた車の後ろに、弾の車が三つ並んだ。
その反対の向きから、医の車が来た。野の病院から磁州を経て衛州の港へ、病んだ兵と傷ついた兵とを運ぶ車だった。港から先は、舟で開封の病院へ。
鉄の道は一本だった。鶴壁の駅で行き違う。
弾の車と医の車とが、鶴壁の駅で同じ脇の線を取り合った。
駅の長は春の表を見た。
——最初の三日は、弾。四日目からは、糧。
医の車のことは書いていなかった。
駅の長は弾の車を先に通した。医の車は脇の線で二刻待った。——医の車の中で、病んだ兵、とされた者たちが、二刻待った。
その二刻の間に、北の平らなところに第二師団の最後の旅団が着くはずだった。旅団は着かなかった。その旅団は、磁州でその弾を受け取ってから、北へ出る定めだった。弾の車が医の車を通すために、鶴壁の南でさらに半刻止められたからだった。駅の長が途中で考えを変えたのだった。
第十日の日没。
北の平らなところに、三つの師団は揃わなかった。
第二師団の一つの旅団が、半日遅れた。
◇
演習の後、大名府の大営の兵営の広間に紙が積まれた。
何刻遅れたか。どの駅で何が溜まったか。どの命の文が読み違えられたか。——どの行が。
読み違えられた命の文は二つだった。春の試しの七つから、二つになっていた。
鶴壁の駅の二刻と半刻とが、赤い字で書かれていた。
「駅の長を叱るか」
董元礼が言った。
「叱らない」
呉承略は言った。
「表に医の車が書いていなかった。——書いていなかったのは、参謀本部だ」
呉承略は春の表の行を指した。
「弾の車と医の車とが一本の道で行き会ったら。どちらを先に通すか。——来年の表には書く」
「どちらを先に」
修平が訊いた。
「分からぬ」
呉承略は言った。
「戴守仁どのと、糧と弾との者と、田守信どのとに、ひと月議をしてもらう。——決まった行を表に書く。決まらなければ、決まらなかったことを表に書いて、駅の長がその場で決めてよい、と書く。決めた駅の長の名と理由とを残させる」
◇
その夜、修平は兵営の外れで、三人の者が話しているのを見た。
一人は郁文遠だった。陳橋の学び舎の候補の者として、この演習に第一師団の小隊の長の下について出ていた。
一人は莫子期だった。
一人は段七だった。
三人は井戸の縁に腰を下ろして、郁文遠の帳面を覗いていた。
「第五日の午後。第一旅団は野に四刻止まっていた」
郁文遠が言った。
「止まっている間に、兵が自分で土を掘った。——工兵を待たずに」
「私が掘らせた」
段七が言った。
「四刻も野に伏せてただ待っていれば。——敵の砲が一つ来たら。伏せているだけでは足りぬ。膝の高さの土の盛りが一つあれば、違う」
「決まりにあるのですか」
莫子期が訊いた。
「この春、兵の勤めの決まりに書き足された」
段七は言った。
「数刻を越えて止まるときは、兵が自ら浅く掘る。——字が読めるようになったから、読んだ」
郁文遠が帳面に書いた。
——止まること、数刻を越ゆれば、兵、自ら浅く掘る。臆するに非ず。兵を保つなり。
莫子期は郁文遠の帳面を覗き込んで、少し笑った。
「その字は参謀本部の盤の決まりに使える」
「何に」
「土の盛りの陰の兵に、針銃の斉射がどれだけ当たるか。——克魯澤どのの表の一つの升が空いている」
修平は井戸の脇をそっと離れた。
尉の官の候補と、参謀の候補と、上士と。——三人はそれぞれ別の試しを通ってきた。別の学び舎を出てきた。同じ井戸の縁で同じ帳面を覗いていた。
◇
開封へ戻ってひと月の後。
国の軍の教えの書が刷られた。
表紙には一行だけあった。
——戦の手立ての教え。第一の版。
中には、軍がこの一年半で試し、崩れ、直してきたことが並んでいた。
前衛の見つけ、留める勤め。射手の鎖。中隊の斉射。中隊と大隊の小さな縦隊での動き。砲の集め方。馬の砲。半ばずつ前へ出る砲の移り方。段を追って前へ出る歩く兵。控えを出す刻。敵の横と後ろへ小さく回ること。追うのは、斥候の報せが揃ってから。——止まるときに自ら掘ること。
それと一つの頁。
——退く敵を追うな。退く敵がどこへ退き、その先に何があるかを見し者の報せ、届くまで。
教えの書の終わりの方に、戴守仁と秦牧之とが書き足した頁があった。
攻めてよいかを決める表だった。
弾が何日分あるか。——だけではなかった。
冬の衣。薪。沓。飲む水。病の床。荷車。馬。道のありさま。
どれか一つの欄が足りなければ、攻めの命を出す前に上に上げる。
教えの書の最後の頁に、呉承略が一行書いていた。
——この書に書かるる手立ては、森と、草の原と、砂と、凍る土とにて組み替えらるべし。一つの手立てを全ての野に当つるべからず。
——敵に、我より遠く撃つ兵器あることもあらん。兵器の一つにて、戦は決まらず。兵を集むる速さ、砲の集め、軍と軍との合わせ、鉄の道、野の将の決むる権。これらを一つの仕組みとして動かすところに、勝ちは生まる。
◇
初夏の終わりの御前廷議だった。
楊崇武は椅子に座ったまま、演習の報せを読み上げた。声は細かった。けれど、殿の奥まで届いた。
六十六になった枢密使は、この春から枢密院に出る日を減らしていた。それでも、今日の廷議には自分で来た。
報せを読み終えて、楊崇武は紙を膝の上に置いた。
趙祺はしばらく黙っていた。
「勝ったのか」
趙祺は言った。
「演習に勝ち負けはございませぬ」
楊崇武は言った。
「揃うべき日に揃いませんでした。——一つの旅団が半日遅れた」
「では、朕は二つ訊く」
趙祺は言った。
「この軍は、長が一人倒れても動くか」
「第三日に、第二師団の長が倒れました」
楊崇武は言った。
「香篆の火がわずか燃える間に、次の長の命が出ました。——前の長の命のどの行をそのまま残すかを書いた命が」
「もう一つ」
趙祺は言った。
「この軍は、一度誤っても直せるか」
楊崇武は少し黙った。
「鶴壁の駅で医の車を待たせました」
楊崇武は言った。
「表に書いていなかった。——来年の表には書きます。書き直した表をまた試します。試して、またどこかが崩れる。崩れたところをまた書き直す」
楊崇武は膝の上の紙に手を置いた。
「直せるか、と陛下は問われた。——直し続ける仕組みを、この一年半作ってまいりました。直せたかどうかは、戦の日に分かります」
趙祺は長いこと楊崇武を見ていた。
「枢密使は文の官だ」
趙祺は言った。
「文の官が、軍を軍の法と命の文との中に収めた。呉承略が計画を作った。狄承武が兵を率いた。——誰も互いの仕事を奪っていない」
趙祺は報せを受け取った。
「裁可する」
◇
廷議の三日の後。
枢密院の奥の鍵の付いた鉄の箱の前に、楊崇武と、呉承略と、董元礼と、沈廷策とが立っていた。
修平もいた。楊崇武が呼んだ。
呉承略が紙の束を箱に入れた。
封じた束だった。束の表に字が書かれていた。
——北の境の二度目の戦の兵を集むる命。
束の表の右の端に、日付が二つ。作った日。確かめた日。
その下に、呉承略の字で一行。
——来年の春、また開けて確かむべし。
「針銃は」
楊崇武が訊いた。
「二万七千」
董元礼が言った。
「夏の終わりに、三万に」
楊崇武は頷いた。
箱の蓋が閉じられた。錠が二つ掛けられた。一つの鍵を呉承略が、もう一つの鍵を董元礼が持った。
楊崇武は杖をついて、箱の前から離れた。
修平は楊崇武に肩を貸した。枢密使の腕は、思っていたよりずっと軽かった。
「林詳定」
楊崇武は廊下をゆっくり歩きながら言った。
「十四年前の夜、陛下の前で私は、北のことで分からぬことがあれば枢密院へ来なさい、と言った」
「覚えています」
「一日だけ来たな」
楊崇武は少し笑った。
「本当に来たのは、十年前の敗報の後だった」
修平は何も言えなかった。
「責めているのではない」
楊崇武は言った。
「来てからの十年で。——この国は、兵の数ではなく、何日戦えるかを数える国になった。倉の奥の袋をほどく国に。命の文に目当てを書く国に」
楊崇武は廊下の窓の前で足を止めた。
窓の外に、枢密院の北隣の古い倉が見えた。昼の日の中で、倉の窓の一つに人の影が動いていた。壁の大きな図の前で、誰かが紙を一枚貼り替えていた。
「あの箱の中の紙は」
楊崇武は言った。
「まだ紙だ」
楊崇武は窓から目を離した。
「紙のままで済めばよい。——済まぬ日が来たら。そのとき、この一年半が何だったのかが分かる」
修平は枢密使の軽い腕を支えたまま、廊下の先へ歩いた。
窓の外の古い倉の中で、紙を貼り替えていた影が図の前から離れた。長い卓の方へ戻っていった。




