第九巻 軍制 第十一回 武科挙の変身
「では、武の科挙は要らぬ」
兵部の武の官の選びの房の、年かさの吏が言った。
「尉の官は新しい試しで選ぶ。百二十人。——武の科挙の三十人か五十人は、何のために選ぶのか。弓と馬とで選んだ三十人を学び舎に入れ直すのか」
秋の半ばの終わりだった。
尉の官の候補の試しの名が開かれて、十日。兵部の南の庭の机は片付けられていた。
兵部の奥の広間に卓が並べられていた。兵部から曹允恭と、選びの房の吏。枢密院から董元礼と、沈廷策。礼部から侍郎の崔景伯。——それに武学から一人。
「祖宗の世から続いてきた試しです」
崔景伯が言った。
六十を幾つか越えた礼部侍郎だった。十年前、西の遠征の使節の正使として、東ロマニエの帝都まで行った人だった。白くなった髭を丁寧に整えていた。
「武の科挙は、国が武の才を試しで選ぶ、というしるしです。——家の門でも、将の推しでもなく。やめれば、武の官はまた、家と推しとで選ばれるようになる」
「それは新しい試しがする」
吏は言った。
「家の門を問わぬ、と貼り紙に書いた」
「新しい試しは尉の官を選ぶ」
崔景伯は言った。
「小隊の長を。中隊の長を。——その上は誰が選ぶのか」
広間が静かになった。
◇
「武学から来ました、呉承略と申します」
武学の男が口を開いた。
五十を一つ二つ越えた背の低い男だった。眉が太かった。武の官の青い袍を着ていたが、袍の袖に墨の染みが幾つもあった。
呉承略は十九で武の科挙に及第した。二十代の半ばまで黔中路の廂軍で山の賊を追った。それから武学に移って二十五年、兵書と、算と、古い戦とを教えてきた。——戦の野に出たのは若い頃の山の中だけだった。
「崔侍郎の言われるとおり」
呉承略は言った。
「新しい試しは小隊の長と中隊の長とを選ぶ。——けれど師団の官の戦の筋を考える者、弾と飯とを考える者。枢密院の作戦の房の者。——あの者たちを選ぶ試しがこの国にはない」
呉承略は懐から紙の束を出した。
修平には見覚えがあった。狄承武の戦役記の写しだった。けれど修平が見てきた写しとは違った。余白が全部、細かい字で埋まっていた。
「九年前に兵部から武学にこの写しが回ってきました」
呉承略は言った。
「九年読みました。——読むたびに同じところで止まる」
呉承略は写しの一枚を開いた。
——乾いた河床にて。敵の騎兵、二百五十歩にあらず、三百歩の縁にて待つ。
「狄統制はこの日、敵が三百歩の縁で待つようになったことに気づいておられた。書いておられる。——けれど、それが何を意味するか。敵がこちらの弓の届く線を測っていたこと。こちらの兵が斉射の後に込める間の空白を数えていたこと。——それを読み解いて次の手を立てる者が、遠征の陣の中にいなかった」
呉承略は写しを閉じた。
「狄統制は三千の兵を率いておられた。——率いながら読み解くことはできぬ。率いる者と、読み解く者とは別の者でなければならぬ」
◇
「その読み解く者を」
董元礼が言った。
「武の科挙で選ぶ、と」
「武の科挙で」
呉承略は言った。
「名はそのまま。——国が武の才を公の試しで選ぶ、というしるしもそのまま。けれど、問う中身を替える」
呉承略は別の紙を広げた。
古い戦。地の理。測ること。算。糧と弾とを運ぶこと。城と土塁とを築くこと。砲。鉄の道で運ぶこと。兵を集めること。国の外の国々のありさま。軍の政。
「弓と馬とは」
選びの房の吏が言った。
「欄にない」
「尉の官の試しと同じです」
呉承略は少し笑った。
「私は弓が下手でした。十九のとき、武の科挙で弓の試しは、下から数えた方が早かった。——兵書の論で拾われた」
◇
修平は呉承略の紙の欄を見ていた。
「どう問うのですか」
修平は訊いた。
「一つずつ知っているかを問うのですか」
「一つずつではない」
呉承略は言った。
「一つの問いに全部を入れる」
呉承略は北の半分の地図を卓の上に広げた。その上に紙を何枚か置いた。
「受ける者にこれを渡す。——北のある境。こちらの兵、いくら。敵の兵、いくら。鉄の道はどこまで。河の舟は一日に何箱。粟と弾とはどこの倉に何日分。敵の後ろからの兵は何日で着く見込みか。冬はいつ来るか」
呉承略は紙を叩いた。
「そして問う。——汝、この戦をどう戦うか。何日目にどの隊をどこへ集めるか。糧と弾とがどこで尽きるか。どの条が崩れたら退くか」
「答えは」
曹允恭が訊いた。
「一つではない」
呉承略は言った。
「攻める案でも、守る案でも、回り込む案でも。——どれを選んでもよい。問うのは、その案が前提と、糧と、日数と、敵の動きとに筋が通っているか。筋が通っていなければ、どれほど勇ましい案でも落とす」
修平は十三年前の殿試の策問を思い出していた。
銭荒と、いくつもの決済の手立て。——修平はあの問いに一つの答えを書かなかった。書いたのは前提と、筋と、それが崩れたときの手当てだった。読巻の官の一人がその答案に再読を要す、と付けた。
「文の殿試の策問に」
修平は言った。
「似ていますね」
「似ております」
呉承略は修平の方を見た。
「林詳定のあの年の答案の写しを、私は武学で学生に読ませております。——銭のことは学生には分からぬ。分からずとも、前提を先に書き出す、その書き方だけは分かる」
修平は少し言葉に詰まった。
◇
「書いた後に、もう一つ」
呉承略は言った。
「書いた答案が通った者には、盤の上で試す」
「盤」
「克魯澤どのに教わりました」
呉承略は言った。
「克魯澤どのの国の軍では、机の上に地図を置き、兵の隊を小さな木の駒にして動かす。——二つの組に分けて、一方がこちら、一方が敵。審べの官が間に立つ」
呉承略は指で卓の上に小さな四角を描いた。
「答案で立てた案を盤の上で動かさせる。——途中で審べの官が橋を落とす。鉄の道の車を一日遅らせる。偽りの報せを入れる。敵の後ろからの兵を三日早く着かせる」
「最初の案が崩れる」
董元礼が言った。
「崩れる」
呉承略は言った。
「崩れた後に、どう案を替えるか。何を捨て、何を守るか。——それを見る」
崔景伯が呉承略を見ていた。
「案を立てる力と」
崔景伯は言った。
「案が崩れたときに立て直す力とは。——別のもの、か」
「別のものです」
呉承略は言った。
「西の遠征で欠けていたのは、後の方でした」
◇
「武の科挙に通った者は」
曹允恭が言った。
「何になる。——将軍か」
「将軍にはなりませぬ」
呉承略は言った。
「通った者は候補の者として学ぶ。師団に出て勤める。師団の官の下で。枢密院の作戦の房で。——数年勤めて、ようやく師団の官の戦の筋を考える者になる」
「では、戦の野で兵を率いることは」
「率いた方がよい」
呉承略は言った。
「読み解く者が戦の野を知らねば。——紙の上の数だけの案になる。武の科挙から来た者も、数年ごとに師団の大隊の長に出す。大隊の長を務めた者を、また師団の官に戻す」
呉承略は少し言葉を切った。
「逆も同じです。尉の官の試しから上がって、中隊を、大隊を率いてきた者が、いつか師団の長になる。——その者に師団の官の勤めを一度はさせる。国の大きさの糧と弾と鉄の道とを一度は考えさせる。考えたことのない者が師団の長になれば、師団の官の言うことが分からぬ」
狄承武の名は出なかった。けれど、修平は狄承武のことを思い浮かべていた。三千の兵の長に、一度になった夜。三千の兵の飯の数を知らなかった、と狄承武は言った。
◇
答案の扱いも決めた。
「答案は名を伏せて読む」
呉承略は言った。
「尉の官の試しと同じに。——そして読んだ後も捨てない。通った答案も、落ちた答案も。盤の上の試しの記録も」
「落ちた答案まで」
選びの房の吏が言った。
「落ちた答案の方が、学ぶことが多い」
呉承略は言った。
「どこで筋が崩れたか。どの前提を見落としたか。——名を伏せたまま、武学の学生に読ませる。次の年の受ける者に」
呉承略は狄承武の戦役記の写しをもう一度手に取った。
「狄統制のこの記を九年読んで、分かったことが一つあります。——勝った戦の記より、負けた戦の記の方が後の者の役に立つ。負けた者が、負けたとおりに書き残していれば」
◇
議の後、崔景伯が廊下で修平を呼び止めた。
「林詳定。一つ、訊きたい」
崔景伯は言った。
「武の科挙には殿の試しがある。——文の科挙と同じに。陛下の御前で最後の試しを受ける。弓を引き、馬を走らせ、兵書の論を陛下がご覧になる」
崔景伯は髭に手をやった。
「弓も馬も問わぬのなら。殿の試しはどうなる」
「陛下に盤をご覧いただくのはどうでしょう」
修平は言った。
「盤の上で案が崩れて、受ける者が立て直すところを。——陛下は、この国の戦を始め、止める方です。その陛下が、この国の案を立て直す者たちの立て直し方をご覧になる」
崔景伯はしばらく黙っていた。
「礼部の者として言えば」
崔景伯は言った。
「殿の試しは、陛下が才ある者を自ら選ばれた、というしるしだ。——選ばれた者は陛下に選ばれた、と生涯思う。それがこの国の官の背骨の一本になっている」
崔景伯は廊下の窓の外を見た。
「十年前、東ロマニエの帝都であの国の将軍たちを見た。——皇帝に選ばれた将軍と、家の門で選ばれた将軍と、兵に担がれた将軍とが同じ広間に並んでいた。互いに互いを信じていなかった」
崔景伯は修平に目を戻した。
「殿の試しは残す。中身は盤でよい。——礼部はそう上げておく」
◇
冬の初めに、新しい中身の武の科挙が試しに一度行われた。
受けたのは四十一人。
武学の学生が二十人あまり。旧い武の科挙で及第した若い尉の官が何人か。——蕭景明もいた。それに兵部の駅の房の推しで一人。
莫子期といった。二十八の、兵部の駅の房の吏だった。田守信の下で九年、駅の帳面を付けてきた。この春まで枢密院の敵の目の房に、哈特と晁子明と並んで机を持っていた。
試しは三日だった。
一日目と二日目は答案。三日目は盤。
修平は三日目の盤の部屋を覗いた。
兵部の奥の広い部屋に、卓が二つ離れて置かれていた。卓と卓との間に屏風が立てられていた。それぞれの卓に同じ地図と木の駒とが。
一方の卓に受ける者が一人。もう一方の卓に敵の役の武学の教え手が。——屏風の脇に、審べの官として克魯澤と、呉承略とが座っていた。
受ける者は自分の卓の上の敵の駒を見ることはできなかった。審べの官が斥候の報せとして紙に書いて渡す分だけ、敵の駒の場所が分かった。
莫子期の番だった。
莫子期の答案の案は守る案だった。北の境の二つの軍鎮に兵を分けて置く。敵がどちらに来ても、鉄の道と河の舟とで、もう一方から四日で兵を回せる。
盤の上で三刻目に克魯澤が紙を一枚、莫子期に渡した。
——衛州の御河の舟の港。大水にて三日、舟、出ず。
莫子期は紙を見てしばらく動かなかった。
それから筆を取った。
——舟の出ぬ三日。鉄の道にて磁州まで。磁州より車と馬にて。一日に届く箱、六百より二百に落つ。二百にては、東の軍鎮の弾、五日にて尽く。
——よって、東の軍鎮の兵を五日目に西へ退かしむ。退くことを今決め、今命ず。五日目に決めては遅し。
克魯澤が呉承略を見た。
呉承略は莫子期の紙を手に取った。
「退くことを今決める」
呉承略は言った。
「弾の尽きる五日前に」
「五日目に弾が尽きてから、退けと命じても」
莫子期は言った。
「命が届くまで半日。退くのに一日。——その一日半、兵は弾なしで敵の前にいることになります」
莫子期は少し顔を赤くした。
「駅の帳面を九年付けてきました。——舟が三日出なかったとき、何が何日後にどこで足りなくなるかを、毎年書いてきた」
◇
四十一人のうち、九人が通った。
莫子期はその一人だった。蕭景明も通った。
蕭景明の盤は攻める案だった。三刻目に審べの官が橋を一つ落とした。蕭景明はしばらく動かなかった。それから落ちた橋の手前に一つの小隊を残した。——残した小隊の長は、組の長の中から一番年かさの者を、と紙に書いた。
「なぜ年かさの者を」
呉承略が盤の後で訊いた。
「この秋、霧の夜に私は自分の小隊を離れて捕らえられた、とされました」
蕭景明は言った。
「私の小隊を夜明けまで保ったのは、組の長でした。字を覚えたばかりの。——長が離れても、目当てを読める者を残したい」
呉承略は何も言わずに、蕭景明の紙を束に加えた。束の一番上に蕭景明の捨てた方の案が重なっていた。呉承略はそれを下へ戻さなかった。
答案は全て名を伏せたまま、兵部の奥の書庫にしまわれた。落ちた三十二人の答案も。盤の上の全ての紙も。
修平は書庫の新しい棚の前に立っていた。
棚の板に札が一枚掛けられていた。呉承略の字だった。
——武の科挙の答案。通りしも、落ちしも。後の者のために。
隣の棚はまだ空だった。
呉承略が修平の横に来た。手に狄承武の戦役記の写しを持っていた。
「この写しもここに置かせていただく」
呉承略は言った。
「私の余白の書き込みごと。——私が九年読んで分からなかったところも、そのまま」
呉承略は写しを空の棚に置いた。
「呉どのが分からなかったところは」
修平は訊いた。
「包囲の前の夜です」
呉承略は言った。
「進むのを止めると決めた夜。——狄統制はその夜の議のことを三行しか書いておられぬ。誰が、何を言い、何を根拠に止めると決めたのか。止めるのが一日早ければ。一日遅ければ。書いていないことは、九年読んでも分からぬ」
呉承略は棚の写しに手を置いたまま言った。
「これからの戦では、その夜の議を全部書き残す者を置かねばならぬ」
呉承略は手を離した。
「私の後に読む者が分かるかもしれぬ」




