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第九巻 軍制 第九回 輜重と衛生

 帳面の一つの欄に朱が引いてあった。


 ——病みて死す。


 その隣の欄は墨だった。


 ——傷つきて死す。


 太医局の奥の書庫の一隅だった。夏の終わりの蒸し暑い午後で、書庫の窓は全部開けられていた。それでも紙の匂いがこもっていた。


「西の遠征の帳面です」


 戴守仁は言った。


 五十に近い痩せた医官だった。髪を短く切っていた。爪も短く切り揃えられていた。


「国境の平原から井戸の線まで。——傷で死んだ者と。病で死んだ者と」


 修平は二つの欄の数を見た。


 朱の欄の数が墨の欄の数より多かった。


「井戸の線を押さえていたひと月半」


 戴守仁は言った。


「敵はほとんど来なかった。戦はほとんどなかった。——その間に井戸を守っていた七百の兵のうち、百四十人が腹を下す病で倒れた。三十一人が死んだ」


「井戸の水で」


「井戸の水と厠と」


 戴守仁は言った。


「井戸のすぐ脇に厠を掘った。兵は疲れていた。遠くまで歩きたくなかった。——私は三人の医官の一番下だった。上の二人に言った。上の二人は指揮使に言った。指揮使はそれどころではない、と言った」


 戴守仁は帳面を閉じた。


「それどころではなかったのです。敵がいつ来るか分からなかった。——厠をどこに掘るかは戦の話ではなかった」


  ◇


 狄承武が戴守仁を修平に引き合わせたのはその日だった。


 第一師団の定めの表の医の行を書くためだった。


「傷つく兵をどこで手当てし、どこへ送るか」


 戴守仁は卓の上に紙を広げた。


 紙に三つの輪が描かれていた。


「一つ目。戦の野のすぐ後ろ。連隊ごとに。——救う所。血を止め、骨を添え、傷を洗い、布を巻く。そこで見分ける。すぐに戻れる者。後ろへ送らねばならぬ者。送っても助からぬ者」


 戴守仁は指を二つ目の輪に移した。


「二つ目。師団の野の病院。救う所から半日のところ。——ここで切る。縫う。熱を見る。十日の内に戻れる者はここに置く」


 三つ目の輪。


「三つ目。後ろの病院。軍鎮の大営に。——長く寝かせねばならぬ者。二度と戦えぬ者」


「三つの輪の間は」


 修平が訊いた。


「運ぶ者が要ります」


 戴守仁は言った。


「担架を担ぐ兵。車。——西の遠征では担架がなかった。槍を二本と外套とで担いだ。担いだ二人はその間、槍を持てなかった」


 戴守仁は狄承武を見た。狄承武は黙って頷いた。


「担架の兵を戦う兵とは別に置く。医の兵を置く」


 戴守仁は言った。


「戦う兵が傷ついた仲間を運びに後ろへ下がると。——一人の傷で三人の兵が戦の野から消えます」


  ◇


 戴守仁はもう一枚紙を出した。


 掌ほどの札だった。厚い紙で、紐を通す穴が開いていた。


「傷の札です」


 戴守仁は言った。


「傷ついた兵の襟に結ぶ。——名。隊。どこをどう傷ついたか。救う所で何をしたか。どこへ送ったか。いつ」


 札には切り取りの線が二本入っていた。


「三つに切れる」


 戴守仁は言った。


「一つは兵に付けたまま、兵と一緒に送る。一つは救う所に残す。一つは隊へ返す。——隊の長は自分の兵がどこへ送られたかを知る。兵部は、兵がどこで傷つき、どこへ運ばれ、いつ死んだか、治ったかを知る。家の者も」


「家の者も」


「西の遠征の三千の兵の家の者は」


 戴守仁は言った。


「息子がどこで死んだかを知らぬ者が今もいる。——帳面に名がなかった。どこかの救う所で死んだ。誰も書かなかった」


 修平は札を手に取った。


 厚い紙だった。雨に濡れても字が残るように、墨ではなく固い炭の芯で書くのだと、戴守仁は言った。


「兵が傷つけば置いていかれる、と思う軍と」


 戴守仁は言った。


「傷つけば運ばれ、手当てを受け、家に報せが行く、と知っている軍とでは。——包囲の三日目に崩れるのがどちらか」


  ◇


 病の決まりも書いた。


 水は煮てから飲む。煮る薪と鍋とを隊ごとに持つ。


 厠は水場から離す。水場より下手に。宿営の風下に。深く掘り、毎日土をかける。


 宿営の場所は低い湿った所を避ける。


 炊ぎ場は厠から離す。炊ぐ兵は手を洗う。


 濡れた衣を乾かす場を作る。


 腹を下した兵は分けて寝かせる。


「兵はこれを嫌がります」


 戴守仁は言った。


「嫌がる決まりほど組の長に見させる」


 狄承武は言った。


「医官が一人で千の兵の厠を見て回ることはできぬ。——段七が沓を見るように。組の長が十人の兵の鍋と厠とを見る」


  ◇


 薬の箱も決めた。


 戴守仁は太医局の倉から、西の遠征に持っていった薬の箱の残りを出してきた。楠の箱で、蓋の裏に中身の書き付けが貼られていた。


 書き付けは箱ごとに違った。


「薬を詰めたのは太医局の三人の医官です」


 戴守仁は言った。


「三人がそれぞれ自分の使い慣れた薬を詰めた。——上の医官が死んだ後、私は上の医官の箱を開けた。何がどこに入っているか分からなかった。揺れる車の上で包みを一つずつほどいた」


 修平は書き付けを三つ並べた。


 血を止める粉。熱を下げる煎じ薬。腹を下したときの薬。骨を添える板。縫う針と糸。刃。——同じ物が三つの箱で、違う名で、違う量で、違う順に入っていた。


「一つの形に」


 修平は言った。


「救う所の箱。野の病院の箱。医の兵が腰に下げる袋。——どの箱も同じ物が、同じ量で、同じ場所に。蓋の裏の書き付けも同じ形で刷る」


「布も」


 戴守仁は言った。


「巻く布の幅を三つに決める。指と、腕と、胴と。——幅の違う布を戦の野で裂いて揃えている暇はない」


 戴守仁は箱の隅から小さな陶の瓶を取り出した。


「それと、これを」


 瓶の肩に朱で「一」と書かれていた。


「工部の汴河の南の塔の雫です。——一の等の。傷を洗う」


 修平は瓶を見た。四年前、工部の建屋で羅蘭徳が塔の雫を三つの等に分けた。一の等は太医局へ。


「太医局でこの三年、傷を洗うのに使ってきました」


 戴守仁は言った。


「洗った傷と、洗わなかった傷と。——膿む数が違う。三年の帳面があります」


 戴守仁は瓶を箱に戻した。


「一つの師団にひと月、この瓶がいくつ要るか。——孟郎中に算えていただきたい」


  ◇


 輜重は曹允恭と、秦牧之と、沈廷策とが描いた。


 師団の後ろに常に付いて動く輜重の隊。弾の車。飯の車。馬の飼い葉の車。薬の車。工兵の橋と道の資材の車。替えの品の車。——別々の車に別々に積む。車の旗の色を分ける。弾は赤。飯は黄。飼い葉は緑。薬は白。


「一つの車に全部を積めば」


 曹允恭は言った。


「弾の要る隊が飯をほどかねば弾に届かぬ」


 その後ろに段があった。


 工場。——軍鎮の大営の倉。——中ほどの集め所。——師団の前の倉。


「鉄の道の端から先が」


 沈廷策が言った。


「一番詰まる」


 沈廷策は図の上の衛州の港を指した。


「鉄の道で衛州まで来る。港で御河の舟に積み替える。舟で大名府へ。——大名府から先は、車と、馬と、人の背と。そこから戦の野まで。最後の数十里」


 秦牧之が馬の帳面を開いた。


「馬は弾の車と同じに扱ってはならぬ」


 秦牧之は言った。


「弾の車は壊れたら直せばよい。直せなければ捨てればよい。——馬は飼い葉と、水と、蹄の鉄と、休みの日とがなければ、三週で潰れる。潰れた馬は直せぬ」


「休みの日」


「七日に一日。——馬の砲の隊の馬も。騎兵の馬も」


 秦牧之は言った。


「馬の医を師団に置く。蹄の鉄を打つ者を置く。——幽州の軍鎮では病んだ馬を殺して食うと言った。食う前に診る者が要る」


  ◇


 秋の半ばに第一師団の大きな演習があった。


 開封から黄河を渡し舟で渡る。北の岸から衛州まで歩く。衛州で御河の舟と陸の道とに分かれて、大名府の南の野まで。——師団が北の戦に出るときと同じ道のりを辿る。


 審べの官は董元礼。病の審べは戴守仁。


 呉承烈が兵部尚書として大名府の南の野に来ていた。楊崇武は来なかった。杖で遠い道はもう無理だった。代わりに董元礼に紙を一枚持たせていた。


 ——何が詰まり、何が病んだかを見てこい。


  ◇


 一日目に黄河の渡しで半日遅れた。


 渡し舟は八百箱の弾を一日に渡す。兵と、馬と、車とを渡すのは初めてだった。馬が舟を嫌がった。一頭が暴れて舟の縁を蹴った。舟が傾いた。


 二日目に衛州の港で詰まった。


 鉄の道の車から弾の箱が降ろされた。御河の舟に弾の箱が積まれた。——その間に、港の狭い道に飯の車と、飼い葉の車と、馬と、兵とが一度に押し寄せた。港の塩の蔵の跡の空き地が半日、車で埋まった。


 田守信が港の駅の小屋の前に立っていた。七十に近い老吏は黙って港を見ていた。


「駅の札がない」


 田守信は言った。


「鉄の道には区間ごとに札がある。札を持つ車だけがその区間を走る。——港の中の道には札がない。誰でも入れる。だから皆が一度に入る」


 三日目に大名府の南の最後の四十里で止まった。


 道は一本だった。雨が前の夜に降っていた。飯の車がぬかるみにはまった。後ろの弾の車が飯の車を越せなかった。後ろの薬の車も。


 師団の前の隊は野に着いていた。着いて飯を待っていた。


  ◇


 三日目の夕方だった。


 戴守仁が董元礼の天幕に来た。手に札の束を持っていた。


「第二旅団の第三大隊」


 戴守仁は言った。


「宿営の場所を見てきました。——川の下手に宿営していた。上手に別の大隊の厠があった。二つの大隊の長が、互いにどこに厠を掘ったかを知らなかった」


 戴守仁は札の束を卓に置いた。


「病の審べとして、ここで第三大隊に腹を下す病が出た、とします。——四日目の朝に兵の五つに一つが倒れる。十日の間に三つに一つが」


 董元礼は札の束を見た。


「五つに一つ」


「西の遠征の井戸の線と同じ割り合いで」


 戴守仁は言った。


「それと」


 戴守仁は別の札を一枚出した。


「これは審べの札ではありません。——本当に腹を下した兵がこの三日で十一人。第三大隊に七人。川の水を煮ずに飲んだ」


 天幕の中が静かになった。


  ◇


 四日目の朝、狄承武は師団を止めた。


 第三大隊を分けた。病んだ兵を川から離れた高いところに移した。厠を埋め直した。水を煮る鍋を隊ごとに改めた。


 野の病院に病んだ兵が運ばれた。担架の兵が足りなかった。医の兵は一つの大隊に四人しかいなかった。


 修平は野の病院の天幕の入り口に立っていた。


 運ばれてくる兵の襟に傷の札が結ばれていた。審べの札の兵も、本当の札の兵も。——札の三つに切る線の一つ目がもう切られていた。救う所に残した分だった。


 一人の兵の襟には札がなかった。


「どこの隊だ」


 戴守仁が訊いた。


 兵は腹を押さえたまま隊の名を言った。第三大隊の第二中隊。


「札は」


「救う所の者が結ぶ前に、担架が来ました」


 戴守仁は黙って新しい札を出した。炭の芯で兵の名と隊と書いた。救う所で何をしたか、の欄は空けたまま残した。


 ——救う所を通らず。


 その一行を欄の脇に書き足した。


「今日、分かったことを全部書いておきます」


 戴守仁は修平に言った。


「札がなかった兵が何人いたか。なぜなかったか。——次に札を結び忘れぬための決まりは、それを読んでから作る」


 飯の車は昼前にようやく着いた。


 敵の役の兵は野の北にいた。けれどこの日一発も撃たなかった。


 撃つ前に師団は止まっていた。


  ◇


 五日目の夜、大名府の軍鎮の兵営の広間で、呉承烈は卓の上の紙を見ていた。


 紙は三枚あった。


 一枚目は沈廷策の道の表だった。どの車がどこで何刻止まったか。黄河の渡しで半日。衛州の港で半日。最後の四十里で一日。


 二枚目は秦牧之の馬の帳面だった。五日で蹄の鉄が外れた馬、十九頭。脚を痛めた馬、六頭。水を飲ませる刻が足りなかった隊、三つ。


 三枚目は戴守仁の札の束だった。審べの札と、本当の札と。


「敵は」


 呉承烈は言った。


「一発も撃たなかった」


「撃たなかった」


 董元礼が言った。


「撃つ前に師団は止まった」


 呉承烈は長いこと黙っていた。


 六十九になった兵部尚書は若い頃、河北の転運司で軍の糧を運ぶ勤めについていたことがあった。そのことを修平はこの日初めて聞いた。


「私が若い頃」


 呉承烈は言った。


「糧を運ぶ勤めは役所の中で一番軽く見られる勤めだった。——戦う者たちの後ろからついていく。遅れれば叱られる。遅れなくても褒められぬ」


 呉承烈は三枚の紙を重ねた。


「今日、師団を止めたのは敵ではない。——飯の車と、厠とだ」


 呉承烈は狄承武を見た。


「狄少将。輜重の隊と、医の隊とを師団の表のどこに書く」


「砲の隣に」


 狄承武は言った。


「同じ太さで」


 呉承烈は頷いた。


「兵部はこの冬のうちに輜重の兵と、医の兵とを募る。——戦う兵と同じ禄で。同じ位の線で」


 呉承烈は立ち上がった。


「楊枢密使に伝えてくれ、董元礼。——何が詰まり、何が病んだかを見てきた、と。詰まったのは道と、港と、渡し。病んだのは水と、厠。それに、兵部の昔からの考え方だ、と」


  ◇


 開封へ戻る渡し舟の上で、修平は戴守仁と並んで座っていた。


 黄河の水は秋の半ばの低い日を受けて、濁った黄色に光っていた。


「十一人は」


 修平は訊いた。


「本当に腹を下した兵は」


「皆、治ります」


 戴守仁は言った。


「まだ秋の半ばですから。——これが夏の盛りの井戸の線だったら」


 戴守仁はそれ以上言わなかった。


 しばらく舟が揺れていた。


「林詳定」


 戴守仁は言った。


「十年、帳面の朱の欄を見てきました。——誰も見なかった欄を。今日、兵部の尚書が厠の話をした」


 戴守仁は自分の手を見ていた。


「包囲の二日目に上の医官が死にました。夕刻の矢で。もう一人の医官は腕を射られて、刃を持てなくなった。——その夜から私は三千の兵の、一人の医官でした」


 戴守仁は手を膝の上に戻した。


「医の兵を募るのなら。——教えるのは私にさせてください」


 舟が南の岸に着いた。岸の渡しの小屋の脇に弾の箱が積まれていた。赤い旗の弾の車が北の岸へ渡る順を待っていた。

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