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第九巻 軍制 第八回 軍法と服務

 薪の束は十二だった。


 陳橋の北の村の保正が県の役所に訴えて出た。夜の演習の前の日に、兵が村の薪の積みから十二束を持っていった。受け取りの紙は置いていかなかった。


「持っていった兵は夜に火を焚いた」


 県尉は第一師団の兵営の門で言った。三十がらみの、日焼けした男だった。


「霧の夜だった。寒かったのだろう。——それは分かる。けれど薪は冬のための村の薪だ」


 県尉は紙を一枚出した。保正の訴えの写しだった。


「県はこれをどこへ上げればよいか」


 門の番の兵は答えられなかった。


 門の番の兵の上の中隊の長も。その上の大隊の長も。


 ——国の軍の兵が民の物を取ったとき。それを誰が裁くのか。


 春の初めの国の軍の文には、一行だけあった。軍に在る者は、国の軍の法に服す。


 国の軍の法はまだなかった。


  ◇


 刑部の奥の広間に卓が四つ並べられた。


 刑部から郎中の賈知節。五十に手が届いた、目の細い男で、商人の銭の争いを二十年裁いてきた。この一年は取引所の借りて売る者たちの裁きで忙しかった。


 大理寺から丞が一人。


 御史台から監察御史の裴景行。計算の機械の月初めの確かめに三年立ち会ってきた。


 枢密院から董元礼。兵部から曹允恭。第一師団から狄承武。沈廷策が例の二つの机の間の勤めとして。


 修平は賈知節の隣に座らされた。


「林詳定には表の形を」


 賈知節は言った。


「中身はこの卓の者が」


 修平は少し笑った。この一年、どの卓でも同じことを言われていた。


  ◇


 最初に卓の上に並べられたのは、古い帳面だった。


 枢密院の兵の罪の帳面。禁軍の各指揮の罰の帳面。廂軍の路ごとの罰の帳面。——三十の帳面の形があった。


「同じ罪で」


 大理寺の丞が言った。


「罰が違う」


 丞は帳面を三冊開いて並べた。


「兵が持ち場を離れて三日戻らなかった。——河北の廂軍では、杖六十。京畿の禁軍では、禄を三月止める。河西の廂軍では、首を刎ねた」


 広間の中が静かになった。


「首を刎ねたのは」


 賈知節が訊いた。


「指揮使がその場で」


 丞は言った。


「帳面にそう書いてある。——指揮使が刎ねた、と。誰がそれを認めたかは書いていない」


 狄承武は帳面のその頁を見ていた。長いこと見ていた。


「河西のどの軍鎮の帳面だ」


「甘州の北の」


 丞は年を読んだ。二十年あまり前の年だった。


 狄承武は何も言わなかった。


  ◇


 罪の形を並べていった。


 持ち場を離れる。——三日を越えて戻らず、戻る気のない者と。戻る気のある者と。


 命に背く。


 民の物を奪う。民を害す。


 降った者を害す。捕らえた者を害す。


 軍の物を横取りする。——弾、飯、馬、銭。


 武器を捨てる。


 偽って報せる。——勝ったと偽る。敵の数を偽る。弾の残りを偽る。


「偽って報せる」


 曹允恭が言った。


「これは兵よりも長の罪ですな」


「長の罪だ」


 董元礼が言った。


「弾があと十日分ある、と報せた長の隊が、三日目に弾が尽きた。——枢密院は十日分と信じて、弾の車を別の隊へ回していた」


 裴景行が筆を止めた。


「長の罪も書く」


 裴景行は言った。


「下の者に、法に背く命を出す。飯や弾を横取りする。偽って報せる。——それと、兵を無駄に死なせる攻めの命」


「無駄に、とは」


 狄承武が訊いた。


「誰が決める」


 裴景行は狄承武を見た。


「それを今この卓で決めるのです」


  ◇


 一番長い議は、戦の野で誰が罰を決めるかだった。


「戦の野で」


 第一師団から狄承武と一緒に来ていた閔承祖が言った。


「包囲の中で一人の兵が持ち場を離れて逃げようとする。——その兵が開けた穴から敵が入る。百の兵が死ぬ」


 閔承祖は卓の刑部の者たちを見た。


「その兵を審べの場へ送る間はない。囲まれているのですから」


「その兵を止める」


 賈知節が言った。


「縛る。武器を取り上げる。持ち場から外す。——それはその場の長に許す」


「止めて、それから」


「それから、囲みが解けてから審べの場へ」


「囲みが解けなかったら」


 賈知節は少し黙った。


「囲みが解けなかったら、その兵も長も共に死ぬかもしれぬ」


 賈知節は言った。


「けれど囲みが解けて、生きて戻ったら。——その兵が本当に逃げようとしたのか。それとも、弾を取りに後ろへ走っただけなのか。長が見誤ったのではないのか。それを確かめる場が要る」


 閔承祖は口を閉じた。


「その場で首を刎ねれば」


 賈知節は言った。


「確かめる者がいなくなる。——長が見誤っていても。長が別の恨みで刎ねたのであっても」


 大理寺の丞が甘州の帳面の頁を閉じた。


「その場の長に許すのは、止めることまで」


 賈知節は言った。


「罰を決めるのは、軍の中の審べの場。——死を以て罰するのは、陛下の裁可なしにはしない。戦の野でも。例外は置かない」


「例外を置かねば」


 閔承祖は言った。


「長は兵を止められぬかもしれぬ」


「止められます」


 狄承武が言った。


「止めることは許すのですから。——刎ねることを許さぬだけです」


 狄承武は閔承祖を見た。


「十年前の包囲の三日目。私の兵にも逃げようとした者がいた。三人。——私は刎ねなかった。縛って車に乗せた。国境の門をくぐった後で、三人のうち二人は、矢を取りに走ったのだと分かった。命の文の欄がなかったから。後ろへ下がって矢を取れと、誰にも命じられていなかったから」


 狄承武は卓の上に手を置いた。


「残りの一人は本当に逃げようとしていた。——その一人の罰は開封で決めた。首は刎ねなかった」


  ◇


 段七の夜の瀬のことも、この卓に上がった。


「命の字に背いた」


 大理寺の丞が言った。


「命の目当ては守った」


 董元礼が言った。


「これを罪とするか」


 修平は紙の上に欄を引いた。


 縦に四つの行。


 字に従い、目当てを守った。


 字に背き、目当てを守った。


 字に従い、目当てを守れなかった。


 字に背き、目当ても守れなかった。


 横に欄が一つ。——その後、何を書かねばならぬか。


「一つ目の行は何も書かなくてよい」


 修平は言った。


「二つ目の行は。——なぜ字に背いたかを書く。背いたとき、何を見て、何を聞いて、何を考えたか。書いた紙を、上の長と審べの場とが見る。目当てを守るために背いたのなら、罪としない」


「三つ目は」


「なぜ守れなかったかを書く」


 修平は言った。


「弾が尽きた。道が崩れた。電信が切れた。自分が傷ついた。——字のとおりにして守れなかったのなら、罪ではない。字が悪かったのかもしれない」


「四つ目は」


 賈知節が訊いた。


「審べの場へ」


 修平は言った。


「ただし、四つ目も書かせる。何を見て、何を考えたか。——背いた理由が見誤りだったのか。怠りだったのか。恐れだったのか。恐れは罪か。怠りは罪か。それを決めるのは審べの場」


 裴景行が修平の欄を写していた。


「書かせる、ということが一番大事ですな」


 裴景行は言った。


「戦の後で書かせれば。——戦の野で何が起きたかが残る。残れば、次の戦の命の文の欄が変わる」


  ◇


 薪の十二束に戻った。


「徴発の紙を作る」


 曹允恭が言った。


 曹允恭は紙を三枚重ねて見せた。三枚とも同じ形に刷られていた。


 取った物。数。取った日。取った場所。取った隊の名と長の名。——値。


「一枚は民に渡す。一枚は隊が持つ。一枚は転運司へ送る」


 曹允恭は言った。


「値は、太府寺のその月のその州の市の値。——民は渡された紙を県に持っていく。県は紙を転運司の写しと突き合わせて、銭を払う」


「隊が紙を書かずに取ったら」


「奪った、とする」


 曹允恭は言った。


「奪った物が薪の一束でも。——書かずに取った長の名が残る」


 裴景行が少し笑った。


「長は紙を書くのを面倒がるでしょうな」


「面倒がればよい」


 狄承武が言った。


「面倒でも書く。——面倒を嫌って奪う長のいる軍は、三つ目の村で民に背を向けられる。背を向けた民は敵に道を教える」


  ◇


 捕らえた者の扱いは、楊崇武の一枚の紙が先にあった。


 枢密使は議に来なかった。この秋、杖をついて歩くのも辛くなっていた。代わりに董元礼が紙を読んだ。


 ——捕らえた者は、問うべきを問いし後、収め、枢密院の定むる所へ送る。私に罰せず。報いに、害せず。


 ——敵が我が兵を害すとも、我が軍の法は止まらず。


 董元礼は紙を置いた。


「枢密使はこの二行を、十三年前の夜対の頃から言っておられる」


 董元礼は言った。


「西の遠征の包囲の三日目。狄統制は捕らえた敵の騎兵を、通詞を介して問うた。——その者から、敵の小隊が何を命じられて動くかを聞いた。捕らえた者を殺していたら、あの一言も聞けなかった。甘州の牢にも、こちらの言葉を覚えた者がいる」


「報いに、害せず」


 閔承祖が低く言った。


「敵が我が兵を害したとき。——兵は怒ります。怒った兵を止めるのは長です」


「長が止める」


 董元礼は言った。


「止められなかった長の名も残る」


  ◇


 軍の法を誰が扱うか。


「日々の兵の罪は」


 賈知節が言った。


「軍の中に法の司を置く。師団ごとに。——審べの場を開き、証を集め、兵の言い分を聞く。罰を決める。重い罰は、刑部と大理寺とに写しを送り、見てもらう」


「御史台は」


 修平が訊いた。


「日々の兵の罪には入らない」


 裴景行が言った。


「御史台が見るのは、長の罪。——倉を横取りする将。偽って報せる将。軍の法の司が将を裁けぬとき。それと、軍と民との争いで、軍の法の司が軍の方に傾いていると見えるとき」


 裴景行は少し言葉を選んだ。


「軍の中の法の司は軍の者です。——軍の者が軍の者を裁く。それは要る。戦の野のことは、戦の野を知る者でなければ分からぬ。けれどそれだけでは、軍の者が軍の者を庇うのを止められぬ。止めるために御史台が外から見る」


 狄承武が頷いた。


「外から見てもらう方がよい」


 狄承武は言った。


「軍が軍だけで自分を裁けば。——民は軍を信じぬ」


 閔承祖が腕を組んだ。


「外の目が戦の野のことを知らずに、将を裁いたら」


「だから、軍の法の司の書き付けを読む」


 裴景行は言った。


「御史台は、書き付けのない裁きはしない。——書き付けがなければ、書き付けがないことを罪として問う。戦の野で何があったかを決めるのは、書き付けです。御史台ではありません」


 閔承祖はしばらく裴景行を見ていた。それから腕をほどいた。


  ◇


 秋の半ばに国の軍の法の最初の写しが刷られた。


 罪の形。罰の重さ。止めること、審べること、罰すること。死を以て罰するときの陛下の裁可。字に背いたときの書き付け。徴発の三枚の紙。捕らえた者の扱い。長の罪。法の司と、御史台と、刑部と、大理寺との分け。


 それに、兵の日々の勤めの決まり。——勤める刻。見張り。武器の手入れとしまい方。宿営。酒。賭け。民との売り買い。


 最初の頁に一行だけ大きく刷られていた。


 賈知節が書かせた一行だった。


 ——兵を持つ者ほど、手続きを重くす。


「恐れで兵を縛る法ではない」


 賈知節は刷り上がった写しを修平に渡しながら言った。


「刀を持つ者が、刀をどう使ったかを、あとから辿れる法だ。——商人の銭の争いと同じです。力のある者ほど、帳面を細かく付けさせる」


  ◇


 第一師団の法の司の最初の審べの場は、秋の半ばの終わりに開かれた。


 兵営の倉の一つを空けて、卓を三つ並べた。真ん中に法の司の長。師団の中から上校を一人と、刑部から賈知節の下の若い主事が一人。


 卓の前に若い兵が一人立っていた。


 郝小虎だった。


 春に河北の廂軍から青い旗の五十人の一人として移ってきた兵だった。十八になっていた。


 夏の終わりに村から報せが来た。父が倒れた。——郝小虎はその夜、誰にも言わずに兵営を出た。村まで三日歩いた。父は十日寝ていて起き上がった。郝小虎は十四日目に兵営の門に戻ってきた。


 法の司の長が訊いた。


「なぜ誰にも言わなかった」


「言えば止められると思いました」


 郝小虎は言った。


「組の長に言えば。——組の長は中隊の長に。中隊の長は大隊の長に。返事が来るまでに、父が死ぬと」


「戻ったのは、なぜだ」


 郝小虎は少し黙った。


「旗の前で誓いましたから」


 法の司の長は書き付けを読んだ。郝小虎の組の長の書き付けだった。字はまだ下手だった。——この兵、よく勤む。銃の手入れ、組で一番。家は、田を借りる家。父のほか、稼ぐ者なし。


 審べの場は半日で終わった。


 持ち場を離れること、十四日。戻る気のある者として。——禄を十四日分引く。ひと月、兵営の外に出ることを許さず。


「逃げた者、とはしない」


 法の司の長は言った。


「けれど罰は罰だ。——お前の他にも父の倒れる兵はいる。皆が黙って出れば、中隊は中隊でなくなる」


 審べの場の書き付けの最後に、法の司の長はもう一行書いた。


 ——家の急を報せる兵の離隊の願いを、組の長より中隊の長まで、一日のうちに決すべし。願いの形を兵部に求む。


 その一行の写しが兵部の曹允恭の机に届いたのは、十日後だった。


 曹允恭は写しをしばらく見ていた。それから、兵の勤めの決まりの下書きの余白に書き足した。


  ◇


 陳橋の北の村の保正は、秋の終わりに県の役所で銭を受け取った。


 薪、十二束の、太府寺のその月の値。


 受け取りの紙はなかった。その代わり、師団の法の司が、薪を取った中隊の長の名で書いた一枚の文があった。——取った物、薪十二束。取った日。書かずに取った、とする。長の禄からその値を引く。


 保正は文を読んで、しばらく黙っていた。


「長の禄から」


 保正は言った。


「長は薪を焚いておらぬだろう。——焚いたのは兵だ」


「書かずに取らせたのは長です」


 県尉が言った。


 保正は文を畳んで懐にしまった。


「次から、兵が薪を取りに来たら」


 保正は言った。


「紙を書け、と言えばよいのだな」


「そうです」


「兵が字を書けなかったら」


 県尉は少し困った顔をした。


「そのときは組の長を呼べ、と」


 県尉は言った。


「この頃は、組の長は字を書けるそうです」

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