第九巻 軍制 第一回 軍鎮大営
粟の袋の底が湿っていた。
鍾九思は倉の奥の三段目の袋の口を小刀でほどいた。掌に粟をひと掴み受けた。上の方の粒は乾いて、さらさらと指の間からこぼれた。
鍾九思は袋の底へ腕を肘まで差し入れた。
抜いた掌の粟は固まっていた。握ると指の形のまま崩れなかった。鼻を近づけると黴の匂いがした。
「この袋は」
鍾九思は言った。
「帳面の上では粟一石。——撃てぬ包みと同じですな」
倉の番の老卒が後ろで首をすくめた。
大名府の軍鎮の城の北の兵営の脇の倉だった。冬の初めの晴れた朝で、倉の戸口から差し込む光の中に粟の粉が細かく舞っていた。
修平は戸口の脇に立って倉の中を見ていた。
袋は奥へ奥へと積まれていた。一番奥の袋がいつここへ入ったのか。倉の番の老卒は知らなかった。帳面には入った数と出た数とが書かれていた。どの袋がいつ入ったかは書かれていなかった。
「出すときは手前から」
老卒は言った。
「手前から出して。空いたところに新しい袋を、また手前に」
「奥の袋は」
「奥の袋は奥に」
老卒はそれ以上言わなかった。
◇
ひと月前の秋の終わりだった。
兵部尚書と枢密使との連名の上申が宮城に上がった。
——兵部と枢密院との線を引き直したい。
上申を読んだ趙祺はすぐには裁可しなかった。代わりに一つ命じた。
「線を引き直す前に、線の先を見てこい」
辺境の八路と北の境の後ろの河北路との軍鎮を、兵部と枢密院とが一つの組で見て回ること。どちらか一方の官だけでは行かせない。見て回った後、同じ一枚の紙に書いて戻ること。
組は枢密院から董元礼と作戦の房の官が一人。兵部から郎中の曹允恭。統計局から鍾九思。——それに林詳定を、と楊崇武の名で添え書きがあった。
「私は軍のことは知りません」
修平は枢密院の広間でそう言った。
「知らぬのは、知っている」
楊崇武は杖に両手を重ねていた。この春の風邪から足が戻らなかった。
「林詳定は表を作る者として行ってもらう。——この秋、工部の書庫で、一番遅い欄の日が倍にするまでの日だと言ったのは林詳定だ。軍鎮の倉にも一番遅い欄があるはずだ」
作戦の房の官は沈廷策といった。三十の半ばを幾つか越えた痩せた男だった。眉が薄かった。四年前の秋、試しの場の小屋で克魯澤に、砲は城を攻めるときか守るときか、と訊いたあの若い官だった。
進士の出で、枢密院の文書の房から作戦の房へ移って十年になるという。
帳面の字が小さかった。修平が隣から覗いても読めぬほど小さかった。
◇
大名府の軍鎮は城の中に、城の外に散っていた。
兵営は城の北に。騎兵の厩は城の東の川の脇に。弓と弩の倉は城の中の旧い役所の裏に。火薬の小屋は城の外の西の丘の陰に。——天機の機械の局は兵営の脇の土の壁の小屋に。
医官は軍鎮にはいなかった。
「病んだ兵は城の中の医者の家へ」
大名府の軍鎮の副都部署が言った。五十がらみの髭の濃い武官だった。
「医者の家には何人入れる」
曹允恭が訊いた。
「十人か十五人か。——それを越えたら兵営の空いた部屋に」
「戦になって、兵が千人傷ついたら」
副都部署は少し黙った。
「千人も傷つく戦は、この軍鎮ではまだしたことがありませぬ」
それは嘘ではなかった。大名府は黄河の北の河北路の大きな府だった。北の敵と直に境を接しているのではなかった。境はさらに北の燕山路のその先にあった。
兵営の中を歩いた。
針銃が二百挺、この秋のうちに届いていた。油紙に包まれて壁の棚に並んでいた。
「直す者は」
董元礼が訊いた。
「開封から軍器監の者が二人来て、春までおると」
「春の後は」
「春の後は兵を二人開封へ学びにやります。——戻るのは夏の終わりと聞いております」
春から夏の終わりまで。修平は指を折った。半年、この軍鎮には針銃を直せる者がいない。
そのとき、二百挺の閉じ具の革と輪とは四百発ごとに替えねばならなかった。稽古でひと月に一人六十発。——半年あまりで替える日が来る。
◇
鍾九思は三日、倉にいた。
倉の袋を全部数えたのではなかった。百の袋に一つを札で選んで口を開けた。十の火薬の樽に一つを選んで少し取り、炭火で湿りを測った。弩の矢の束を百に一つほどいて、羽を見た。
三日目の夕方、鍾九思は兵営の一室で紙を広げた。
縦に、品の名。粟。麦。豆。干し草。塩。火薬。包み。弩の矢。油。薬。布。
横に、欄が三つ。帳面の上の数。抜いて見た数から使えると見た数。——その差。
粟は帳面の三つに一つが使えなかった。奥の袋だった。干し草は四つに一つ。雨漏りの下の積みだった。弩の矢は羽を虫が食っていた。薬は帳面の上にはあった。倉にはなかった。三年前に城の医者の家へ貸した、と老卒は言った。貸したことは帳面に書かれていなかった。
火薬と包みとは帳面とほぼ合っていた。この秋、楚州から来たばかりだった。
「新しい物は合う」
鍾九思は言った。
「古い物ほど合わぬ。——帳面が悪いのではありません。帳面が、入った日を書いておらぬ」
董元礼が紙を長いこと見ていた。
「枢密院に、この軍鎮から年に四度上がってくる帳面がある」
董元礼は言った。
「その帳面では、大名府は粟を一万石持っている」
「持っています」
鍾九思は言った。
「使えるのは六千石あまり」
その次の朝、修平は組と分かれて開封へ戻った。冬の半ばには取引所が開く。その前に決めねばならぬことが開封に残っていた。
「先の軍鎮は、書き付けにしてお送りします」
鍾九思は言った。
◇
真定府の軍鎮も似ていた。
倉の奥の袋は固まっていた。厩の馬の数は帳面より十二頭少なかった。死んだ馬を帳面から消していなかった。車は帳面では三百台。そのうち、軸の割れた車が城の外の荒れ地に雪をかぶっていた。
真定府には天機の機械の局がまだなかった。線が届いていなかった。報せは騎馬の使いで大名府へ走り、大名府から開封へ打たれた。
「一日半」
沈廷策が帳面に小さく書いた。
「開封から真定府へ。——枢密院の文が届くまで」
◇
燕山路に入ったのは冬の半ばだった。
幽州の城の北の山の手前の軍鎮だった。風が違った。乾いて冷たく、耳を切るようだった。
ここが境だった。
山を越えた先に北の敵の土地があった。
幽州の軍鎮の都部署は袁重山といった。五十代の半ばの肩の厚い武官で、左の手の指が二本なかった。若い頃、山の向こうの小競り合いで凍らせたのだという。
袁重山は組の者たちを城壁の上へ連れていった。
「大名府で倉をほどいてきたそうですな」
袁重山は言った。
「こちらの倉もほどいてもらって構わぬ。——ただ、一つ先に申し上げておく」
袁重山は山の方を指した。
「戦になれば、最初に刃が当たるのはここです。大名府でも真定府でもない。ここに弾と粟と馬と薬とを積んでいただきたい。後ろの軍鎮の倉にどれだけ積まれていても、ここへ届くまでに戦が終わる」
董元礼はしばらく山を見ていた。
「ここに全部を積んだとして」
董元礼は言った。
「敵が山を越えて、最初の夜にここを囲んだら」
「守ります」
「守りきれなかったら」
袁重山は答えなかった。
「九年前、西の遠征の包囲の二日目の夕刻」
董元礼は言った。
「冥聖院の術で、大弓の陣と火薬の荷車と伝令の中継ぎの所とが、一度に燃えた。——一か所に集めておいたからだ」
董元礼は城壁の凍った石に手を置いた。
「私はあの夕刻、見ていた」
袁重山は董元礼の横顔を見た。
「では、どうせよと」
「ここに戦の最初の何日かの分を」
董元礼は言った。
「残りは後ろに。——後ろの倉からここへ途切れずに送り込める道を作る」
「途切れずに」
袁重山は繰り返した。
「大名府からここまで荷車で二十日です」
◇
その夜、幽州の城の中の経略安撫司の役所で、組の者たちは燕山路の経略安撫使と向かい合った。
柳伯涯という六十近い文官だった。進士の出で、知州を四度、転運副使を一度務めて、一昨年から燕山路にいた。
「軍鎮を大きくする話と聞いた」
柳伯涯は茶碗を両手で包んでいた。
「一つだけ確かめておきたい」
柳伯涯は茶碗を置いた。
「軍鎮が大きくなれば、城の外に兵営が広がる。倉が広がる。道が要る。井戸が要る。——道の土地は誰の田を潰すのか。井戸は村の井戸と取り合うのか。兵が村の娘に手を出したら、誰が裁くのか」
柳伯涯は組の者を一人ずつ見た。
「軍鎮が大きくなって、軍鎮の都部署が道も井戸も裁きも決めるようになれば。——それは軍鎮ではない。軍の国だ」
袁重山が何か言いかけた。柳伯涯は手を少し上げた。
「袁都部署がそうなさる、と申しておるのではない。袁都部署の後に来る者がどうするか、だ」
しばらく誰も口を開かなかった。
「軍鎮は兵を率いる」
董元礼が言った。
「道と井戸と田と裁きとは今のとおり。——道の土地は知州が買い、転運司が銭を出す。井戸は知州の役所が掘る。兵の罪は軍の法で裁き、村の者との争いは提刑司が見る。軍鎮の都部署は知州に頼む。知州は都部署の求めを断ることもできる。断ったら、双方が上へ上げる」
「頼む、か」
柳伯涯は言った。
「頼まれた知州が断れぬようになるのが、一番危ない」
「断れるように」
曹允恭が言った。
「断った文と断った理由とを、兵部と枢密院とに両方写して上げる。——片方だけに上げれば、片方が握りつぶせますから」
柳伯涯は曹允恭を見た。それから董元礼を見た。
「兵部と枢密院とが一つの組で来たのは」
「陛下のお申し付けです」
董元礼は言った。
柳伯涯は少し笑った。
「なるほど。——陛下はこの二つの役所をよくご存じだ」
◇
幽州の倉もほどいた。
大名府よりましだった。寒い土地の倉は黴が少なかった。その代わり、袋が鼠に食われていた。
厩の脇に壊れた車が並んでいた。車輪の輪金が割れていた。
「直す者は」
「城の鍛冶に頼みます」
袁重山は言った。
「城の鍛冶は三軒。——車輪の輪金を一つ打ち直すのに二日」
厩の中で兵が一人、馬の蹄を見ていた。蹄の鉄が外れかけていた。
「馬の医は」
鍾九思が訊いた。
「おりませぬ」
袁重山は言った。
「蹄は兵が見ます。——病んだ馬は殺して食います」
◇
帰りの道で、鍾九思は紙に欄を引いた。
縦に、軍鎮の名。大名府。真定府。幽州。——見て回らなかった残りの軍鎮の名も、沈廷策が写してくれた。代北路の代州の北。寧夏路。河西路の甘州。
横に、欄。
平時の兵の数。戦になって増やす兵の数。倉の品ごとの数と、入った日と使える日の限り。馬の数と車の数。病んだ兵を何人寝かせられるか。壊れた銃と車輪と馬具と天機の機械とを、どこまでその場で直せるか。直せぬものを、どこへ何日で送り返すか。電信の局。鉄の道の一番近い駅まで、何日。
最後に、一つだけ欄を足した。
——何日、戦えるか。
「兵の数は枢密院がいつも知っています」
鍾九思は言った。
「一番右の欄は誰も知らない」
沈廷策が紙を覗き込んだ。小さな字で自分の帳面に何かを書いた。
「一番右の欄を埋めるには」
沈廷策は言った。
「左の欄を全部埋めねばなりませんな」
「全部」
「全部です」
沈廷策は言った。
「一つでも嘘があれば、右の欄も嘘になる。——粟の奥の袋のように」
◇
組が開封へ戻ったのは冬の半ばの終わりだった。
鍾九思の書き付けは、真定府から一度、幽州から一度、先に修平の手元へ届いていた。修平は取引所の開いた日の夜に、二通目を読んだ。最後に欄の表が一枚付いていた。一番右の欄は空いていた。
枢密院の奥の広間で、楊崇武と呉承烈とが並んで組の者を待っていた。
曹允恭が紙を広げた。董元礼が横から言い足した。鍾九思は倉ごとの帳面の上の数と使える数との差を読み上げた。
読み終えたとき、呉承烈が低く言った。
「三つに一つ、か」
「古い物ほど」
鍾九思は言った。
楊崇武は黙って紙を見ていた。
「軍鎮は城だった」
しばらくして、楊崇武は言った。
「城壁があって、兵がいて、倉がある。——そこへ敵が来たら守る。来なければ待つ」
楊崇武は紙の上の一番右の欄に指を置いた。
「これからの軍鎮は城ではない。後ろから兵と弾と粟と薬とを、途切れずに受け取って。前へ途切れずに送り出す。——受け取って送り出すための大きな仕組みだ」
「大営、と」
呉承烈が言った。
「軍鎮の大営。——昔からある呼び方です。大きな軍鎮をそう呼んできた」
「呼び方は昔のままでよい」
楊崇武は言った。
「中身を替える」
◇
その冬のうちに、兵部と枢密院とは一枚の文を作った。
軍鎮の大営に置くもの。常に置く、兵を率いる司。兵営。武器の倉。弾の倉。粟と麦の倉。馬の厩と干し草の倉。病んだ兵と傷ついた兵とを寝かせる所。銃と車輪と馬具と天機の機械とを直す所。橋と道とを直す資材の倉。電信の局。鉄の道の積み下ろしの場。稽古の野。
大営を二つに分ける。
前の大営。境に近い。戦の最初の何日かの分だけを持つ。幽州の北の軍鎮。代州の北の軍鎮。
後ろの大営。境から遠い。鉄の道か、河か、運河か、道かで前の大営と結ばれる。弾と粟と薬と替えの品とを分けて持つ。大名府。真定府。——一か所に集めない。
大営の倉の品には一つずつ番号を付ける。入った日と使える日の限りとを、袋にも樽にも帳面にも書く。火薬と粟と薬と干し草とは、別の倉に別の帳面で。古い物から出す。奥から出す。
ひと月に一度、帳面と倉とを突き合わせる。百に一つを札で選んで口を開ける。
年に一度、兵部と枢密院とが一つの組で大営を見て回る。兵の数だけでなく、兵を集め終えるまでの日数。倉の使える数。病んだ兵を寝かせられる数。切れた電信を繋ぎ直すまでの刻。——書いた数と見た数とが違えば、違ったとおりに書く。
文の頭に、呉承烈と楊崇武とが並んで名を書いた。
それから、文の最後に一行足された。
——大営は、兵を率い、兵を養う。州県の政に与らず。道と井戸と田と裁きとは、知州と転運司と提刑司とが、旧のままに掌る。
柳伯涯の茶碗を包んでいた両手のことを、修平は鍾九思の書き付けで読んでいた。
◇
文が宮城に上がる前の夜、修平は枢密院の文書の房の前を通った。
灯がついていた。
覗くと沈廷策が一人、卓に向かっていた。卓の上に紙の束が三つの山に分けて積まれていた。
「照会の文です」
沈廷策は顔を上げずに言った。
「鍾九思どのが去年の冬に数えた、百四十二通。——兵部から枢密院へ、枢密院から兵部へ。どの文が何のことで、何日かかって戻ったか」
沈廷策は一つの山の一番上の文を指で叩いた。
「軍鎮の倉の帳面の形を変えるだけで。——また二通になります。兵部が形を決めるのか。枢密院が決めるのか」
沈廷策は少し笑った。
「年が明けたら、線を引き直すそうです。私はその下書きをせよと」
修平は三つの山を見た。
「分けてあるのですね」
「分けてあります」
沈廷策は言った。
「兵部のものと、枢密院のものと。——どちらのものとも言えぬもの」
三つ目の山が一番高かった。
沈廷策はまた小さな字で何かを書き始めた。修平は戸口からそっと離れた。
廊下の窓の外で、北の風が宮城の瓦の上を鳴らしていた。——幽州の城壁の上の風は耳を切るようだった、と鍾九思の書き付けにあった。




