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第八巻 軍産業 第七回 野戦カノン砲

 弾が四十並んでいた。


 二十は、開封の作坊で殻を鋳て削ったもの。二十は、磁州の分の作坊で殻を鋳て削ったもの。どれも、鉄の殻の腰に銅の帯が一本巻かれていた。筒の溝に噛ませるための帯だった。


 弾の脇に砲が四門並んでいた。丙の図で作った最初の四門だった。四門とも筒の尻に番号が刻まれていた。


 樊守正の房の者が弾を一つずつ鋼の輪にくぐらせていた。


 輪は二つあった。通る輪と通らぬ輪。銅の帯の太さが許す幅の内なら、一つ目の輪をくぐり、二つ目の輪には引っかかる。


 四十のうち、三つが一つ目の輪で止まった。


 三つとも磁州の弾だった。


「銅の帯が太い」


 樊守正は言った。


「帯を巻く職人の手の癖です。——磁州では帯を槌で叩いて締めている。叩き方が強い日と弱い日とがある」


 克魯澤が止まった三つの弾を手に取った。


「この三つをこの砲に込めたら」


「尻から押し込めない。押し込めても、溝に噛みすぎる」


 樊守正は言った。


「撃てば、筒の中で弾がつかえる。——筒が裂けるかもしれない」


 克魯澤は弾を卓に戻した。


「帯を叩いて締めるのをやめます」


 克魯澤は言った。


「帯を締める枠を。銃の閉じ具と同じように」


  ◇


 春の終わりだった。


 丙の砲が三百発を撃って墨の線を出さなかったのは、春の初めだった。それからふた月で、磁州と開封の作坊で丙の図の砲が四門揃った。四門の筒は四つとも別の塊の鋼から作られていた。


 克魯澤は四門の砲を、一門の砲としてではなく、四つの品の一つの組として見ていた。


 試しの場の小屋の壁に紙が貼られていた。兵部の曹允恭の房が作った砲の隊の一式の帳だった。


 砲。四門。


 弾。鉄の塊の弾、爆ぜる弾、鉛の玉を撒く弾。三つとも同じ重さ、同じ太さ。尻の刻みで見分ける。刻みなし、一本、二本。


 弾を飛ばす火薬の袋。絹の袋。袋の重さは三つ。近くへ撃つ袋、中ほどへ、遠くへ。


 爆ぜる弾と玉を撒く弾の頭の仕掛け。当たって爆ぜる仕掛けと、燃える導火の輪で決めた間の後に爆ぜる仕掛け。


 目当ての器。筒をどれだけ上へ向けたかを測る目盛りの弧。どれだけ右へ、左へ向けたかを測る目盛りの板。


 弾の箱。砲の前の小さな車。弾の車。


 砲の具。尻を開ける楔の替え。筒の中を掃く棒と布。目当ての器の替えの硝子。


 替えの品。輪金。軸の受け。楔の替えの座。


 工具の車。


 馬。砲の車に一門六頭。弾の車に一台四頭。替えの馬。


 兵。一門に十人。弾の車に二人ずつ。隊の長。馬を扱う者。直す者。医の者。


「砲一門は軍ではありません」


 克魯澤は紙の前で言った。


「この紙の全部で一つの隊です。この隊が撃ち続けられて初めて、砲は砲です」


 修平は紙の一番下の行を見ていた。


 ——右、いずれを欠いても、隊は撃ち続けられぬものとす。


  ◇


 夏の初め、試しの場では毎日同じ砲で同じ弾を撃っていた。


 筒の角を一度ずつ上げていく。火薬の袋を三つ替える。一つの角と一つの袋とで十発ずつ。落ちたところに測り手が旗を立てる。旗から砲までの歩数を測る。


 洪克勤が軍器監の古い帳面を抱えて見に来た。石を投げる砲の百年分の記録。銅の火筒の十年分の試し。


「同じことをしている」


 洪克勤は言った。


「軍器監の百年前の者たちも。梃子の長さを変え、錘を変え、石を投げ、落ちたところまでを歩いた」


「同じことです」


 克魯澤は言った。


「ただ、百年前の者たちは落ちたところの真ん中だけを書きました」


 克魯澤は測り手の立てた旗を指した。


 同じ角と同じ袋とで撃った十発の旗が野の上に散らばっていた。真ん中から前へ、後ろへ、左へ、右へ。


「散りも書きます」


 修平が言った。


 克魯澤が修平を見た。


「十発のうち、真ん中からどれだけ散ったか。前後に何歩。左右に何歩。——真ん中だけを書いた表は砲の長に、この角で撃てばここに落ちる、と教える。散りを書いた表は、この角で撃てばこの広さのどこかに落ちる、と教える」


 修平は野の上の旗を見ていた。


「味方の兵がその広さの中にいてはならない。——真ん中だけの表ではそれが分からない」


 克魯澤はしばらく黙っていた。


「その通りです」


 克魯澤は言った。


「私の国の射表にも散りの欄がありました。砲の兵はあまり見ませんでしたが」


 撃つたびに落ちるところは変わった。


 朝の冷えた筒と二十発を撃った後の熱い筒とで、同じ角で撃っても、熱い筒の弾の方が少し遠くへ飛んだ。雨の後の柔らかい野に据えた砲は、撃つたびに尾が土に沈み、角がわずかに変わった。風の強い日は左右の散りが倍になった。


 測り手の帳面は日ごとに厚くなった。


 帳面は統計局へ送られた。韋明遠が計算の機械を二台使った。角と袋と筒の熱さと風とで、落ちるところの真ん中と散りとがどう変わるかを足し上げ、割り出した。


 夏の半ば、最初の射表が刷られた。


 薄い、手帳ほどの冊子だった。一頁に一つの袋。行に筒の角。列に落ちるところまでの歩数と、前後の散りと、左右の散り。頁の下に小さな字で、筒が熱いとき、野が柔らかいとき、風の強いときの直し方。


「砲の長が野でこれを読むのですね」


 修平は言った。


「読めるように教えます」


 克魯澤は冊子を手のひらに載せた。


「字の読めぬ砲の兵もいます。——その兵には数の形だけ覚えさせます。十の形なら、ひと月で覚える。韋明遠どのが弾の箱の表書きのときに言われたとおりに」


  ◇


「射表があれば当たるのか」


 董元礼が訊いた。


「当たりません」


 克魯澤は言った。


「射表は、ここから何歩のところに敵がいるかが分かっていれば使えます。——戦の野で敵までが何歩か。誰がどうやって知るのですか」


 克魯澤は試しの場の北の端の小高い土を指した。


 土の上に二人の男がいた。一人は賀通遠の鉄の道の測り手だった。三脚の上に角を測る器を据えていた。もう一人は枢密院の作戦の房の若い官だった。四年前、試しの場の小屋で克魯澤に、砲はどう使うのかと初めて口を開いた男だった。


「二つのところから同じ的を見ます」


 克魯澤は言った。


「二つのところの間の長さを測っておく。二つのところから的がどの角に見えるか、測る。——賀通遠どのの測り手は、それで川の向こうの岸までの長さを、渡らずに測ります」


「砲の兵にその算ができるか」


「砲の兵にはできません」


 克魯澤は言った。


「ですから、観る者を置きます。砲の隊に観る者と測る者とを付ける。——観る者は高いところから弾がどこに落ちたかを見る。的より前か、後ろか。右か、左か。何歩か。それを旗と伝令とで砲の長に送る。砲の長は射表を見て角を直す」


 克魯澤は指を三本立てた。


「一発目は当てるための弾ではありません。どこに落ちるかを見るための弾です。二発目で挟む。三発目から当てる」


 修平は小高い土の上の二人の影を見ていた。


 砲は筒の精しさだけでは当たらなかった。筒の精しさと、射表と、観る者の目と、旗と伝令と、角を直す砲の長の手と。——その全部が一つの拍子で動いたときに、当たった。


  ◇


 夏の半ば、陳橋の北の野で歩く兵と砲の隊とを合わせて動かす試しがあった。


 狄承武は野の南の端の見晴らしのよい土の上に立っていた。


 野の北の端に柵が並んでいた。敵の陣に見立てた木の柵と土の盛り上がりとだった。


 狄承武の試しの営から、谷長順の都を含む二つの都が出ていた。新しい銃を持つ兵はこの夏、百二十に増えていた。——その後ろ、野の南の少し高いところに、克魯澤の砲の隊の四門。


 砲の弾は砂を詰めた爆ぜない弾だった。


 決め事はこうだった。


 砲の隊が柵の手前の土の盛り上がりを撃つ。敵が頭を下げている間に、歩く兵が伏せては這い、這っては伏せて前へ出る。歩く兵が柵から三百歩のところまで出たら、砲の隊は撃つところを柵の奥へ移す。歩く兵は三百歩から柵を撃つ。


 香篆の火がひと巡りする間に、歩く兵は三百歩のところまで出る。——そういう決め事だった。


 砲の隊が撃ち始めた。


 土の盛り上がりの手前に砂の弾が落ち始めた。一発目は手前すぎた。観る者の旗が振られた。二発目は盛り上がりの向こうに落ちた。三発目から盛り上がりの上に落ち始めた。


 歩く兵が野に散って伏せた。這った。伏せた。撃った。這った。


 狄承武は野を見ていた。


 谷長順の都が速かった。


 左の都より三十歩前に出ていた。谷長順の十五人は五歩ずつ離れて、伏せては這い、伏せては這い、盛り上がりの方へ近づいていた。香篆の火はまだ模様の半ばだった。


 狄承武は息を止めた。


 砂の弾が一発、谷長順の都の右の端の兵の二十歩前に落ちた。土が跳ね上がった。


 伏せていた兵が顔を上げた。


 砲の隊の観る者の旗はまだ盛り上がりの方を向いていた。観る者は弾の落ちるところを見ていた。歩く兵がどこまで来ているかは見ていなかった。


 次の弾が落ちた。谷長順の都の真ん中の十歩前だった。


「止めよ」


 狄承武が叫んだ。


 伝令が野の南の砲の隊へ走った。


 伝令が着くまでに、砲はもう一発撃った。


 その弾は盛り上がりの上に落ちた。


 砲が止まった。


 野の上で谷長順の十五人が伏せたまま動かなかった。


  ◇


 誰も怪我をしていなかった。


 弾は砂を詰めた弾だった。それでも、二十歩前に落ちた弾の跳ね上げた土で、兵の一人の顔が黒く汚れていた。


 その日の夕刻、陳橋の北の営の小屋に人が集まった。


 狄承武。谷長順と左の都の都頭。克魯澤と、砲の隊の長と、観る者。枢密院の董元礼。修平。


 谷長順は唇を白くしていた。


「私の都が速すぎました」


 谷長順は言った。


「兵がよく這った。這えることが嬉しかった。——決め事の香篆の刻より先に出ました」


「速すぎたのは悪くない」


 狄承武が言った。


 谷長順が顔を上げた。


「戦では、決め事より速く出られる都が出てくる。遅すぎる都も出てくる。——決め事の刻どおりに全部の都が動く戦は、ない」


 狄承武は克魯澤を見た。


「砲の長は、歩く兵がどこまで来ているかを知っていたか」


「知りませんでした」


 砲の隊の長が言った。


「香篆の刻で知っているつもりでした」


「観る者は」


「弾の落ちるところを見ていました」


 観る者が言った。


「歩く兵を見る目はありませんでした。——目は二つしかありません」


 小屋の中が静かになった。


 克魯澤が口を開いた。


「四年前、試しの場の小屋で私は言いました。歩く兵がどこへ行くかを、砲の長が知っている。砲の長がどこを撃つかを、歩く兵の長が知っている。——知っている、と言うのは易しい。どうやって知るのかを決めていなかった」


 修平は筆を取って書き出した。


 砲の長が知るべきこと。歩く兵の一番前の都が今どこにいるか。


 歩く兵の長が知るべきこと。砲が今どこを撃っているか。いつ撃つところを移すか。


 それを何で知らせるか。


「旗を都ごとに」


 谷長順が言った。


「都の一番前の兵が背に色の布を付ける。砲の観る者が見分けられるように。——都ごとに色を変えて」


「観る者を二人に」


 観る者が言った。


「一人は弾を見る。一人は歩く兵の布を見る」


「砲が撃つところを移すのは、香篆の刻ではなく」


 狄承武が言った。


「歩く兵の長が合図を出したときに。——合図は旗と、笛と。伝令と。この試しの場なら、陳橋の駅の線から細い線を引いてもよい」


「線なら」


 董元礼が言った。


「砲の隊と歩く兵の営の小屋とを線で結ぶ。——戦の野にいつも線が引けるわけではありませんが」


「引けぬときのために、旗と笛と伝令とを先に決めておく」


 克魯澤が言った。


「どれか一つが途切れても、残りで届くように」


 修平は紙の欄を埋めていった。


 書き終えて紙を見直した。


 書いてあるのは、どれも砲の技でも、銃の技でもなかった。どこにいるかをどうやって互いに知るか。——それだけだった。


「火の強さより」


 狄承武が紙を覗き込んで言った。


「味方と同じ拍子で撃つことの方が難しいな」


  ◇


 十日後、同じ野で同じ試しをもう一度やった。


 谷長順の都の一番前の兵の背に赤い布が付いていた。左の都は青い布。砲の隊の観る者は二人になっていた。


 谷長順の都はまた速かった。


 速い都が柵から四百歩のところまで出たとき、砲の隊の二人目の観る者が旗を振った。赤い布、四百歩。——砲の長が撃つところを盛り上がりの右の端から左の端へ移した。谷長順の都の前から弾が逃げた。


 三百歩のところで、谷長順が笛を吹いた。


 砲が撃つところを柵の奥へ移した。


 谷長順の十五人が柵を撃ち始めた。


 狄承武は土の上でそれを見ていた。


 隣に克魯澤が立っていた。


「次は撃つところを移すのではなく、砲そのものを移します」


 克魯澤は言った。


「歩く兵が柵を越えて前へ出れば、砲はここからでは届かなくなる。——四門を一度に畳めば、その間、砲の火は途切れる。二門を残して、二門を前へ。前の二門が据わったら、残りの二門を」


「途切れさせぬように、か」


「はい」


 克魯澤は野の向こうを見た。


「それに敵の砲がいたら、敵の砲を先に黙らせる。——敵が砲を持たぬなら、敵の術者の祈っているところを。四年前、董元礼どのが稜線の向こうに、と言われたところを」


 狄承武は克魯澤の横顔を見た。


 この男も、九年前のあの二日目の夕刻の光のことを知っているのだった。狄承武の戦役記を通詞に読み聞かせてもらった、と聞いていた。


「一門の砲ではなく」


 克魯澤は言った。


「散らばった砲の火を一つのところに集める。集めて崩したら、すぐ散る。——それもこれからの試しです」


  ◇


 夏の終わりに、軍器監の標準と検めの房は、丙の砲の量産の図と型とを認めた。


 図は元の図として錠の二つ掛かった部屋にしまわれた。型は元の型から番号を振って写された。弾の帯を締める枠も、目当ての器の目盛りの弧も、火薬の袋の重さを量る升も、同じ部屋にしまわれた。


 試しの場の脇に小屋が一つ建てられた。


 克魯澤はその小屋を砲の学びの場、と呼んだ。


 小屋の棚に射表の冊子が並んだ。試しの場の撃った弾の帳面。観る者の帳面。台の尾が割れた日の兵の長の名の帳面。陳橋の野で谷長順の都の前に弾が落ちた日の、狄承武の名の帳面。弾の帯が太かった日の樊守正の帳面。


 修平はある日の夕刻、その棚の前に立っていた。


 克魯澤が棚の帳面を一冊ずつ指でなぞっていた。


「私はいつかいなくなります」


 克魯澤は言った。


「耳も遠い。——私が自分の世で何十年かけて覚えたことは、私の頭の中にあっても仕方がない」


 克魯澤は棚を叩いた。


「ここにないと」


 修平は棚の帳面の背を見ていた。


 どの帳面にも誰かの名があった。うまく行った日の名も。うまく行かなかった日の名も。


 修平は、八年前に枢密院から回ってきた狄承武の戦役記を思い出していた。三千の兵が何をどれだけ使い、何が足りなかったか。あれを書き残したのは、狄承武一人だった。


 今、この小屋の棚には何十人もの名があった。

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