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第八巻 軍産業 第五回 銃の実現

 卓の上に閉じ具が六十本並んでいた。


 二十本ずつ三つの列に分けてあった。一つ目の列は開封の作坊で作ったもの。二つ目の列は磁州の分の作坊で作ったもの。三つ目の列は汪徳潤の工場で引き金の仕掛けを作り、閉じ具を軍器監の図で試しに作らせたもの。


 卓の反対の側に筒が六十本並んでいた。同じように三つの列に。


 どれも同じ図から作られていた。


「列を崩します」


 樊守正が言った。


 検めの房の者が三人、卓の周りに立った。一人が開封の筒を一本取った。もう一人が磁州の閉じ具を一本取った。筒の尻に閉じ具を差し込んだ。


 入った。取っ手を倒した。倒れた。


 次。汪徳潤の工場の閉じ具を開封の筒に。入った。


 次。開封の閉じ具を磁州の筒に。


 入らなかった。


 房の者は少し力を込めた。閉じ具は半ばまで入って止まった。


 修平は四年前の春の弩機の牙を思い出していた。鄧四が隣の職人の枠に自分の牙を差し込んだ。牙は半分まで入って止まった。——入らぬ。そちらの枠はそちらの牙に合わせてある。


 六十本の筒と六十本の閉じ具とを互いに組み替えていくと、組めない組が十一、出た。


 十一のうち、九が磁州の筒だった。


  ◇


 春の半ばだった。


 春の初めに試しの場で卜長生が伏せて十発を撃った。鄧四が、これはわしの銃だ、と言った。——その次の日から、韋金森と樊守正とは同じ図で三つの作坊に二十挺ずつを作らせた。


 ひと月半で六十挺が揃った。


 揃った六十挺を組み替えてみた。それがこの日だった。


「磁州の筒が細い」


 樊守正が測る器の数を読み上げた。


「尻の穴の径が、九本とも許す幅の細い方の縁に張り付いています。二本は縁を越えている。——けれど磁州の検めは九本とも通している」


「磁州の型は」


 韋金森が訊いた。


「磁州の分の作坊が使っている、尻の穴の通る型と通らぬ型。番号を読んでください」


 樊守正が磁州から取り寄せた型の番号を読み上げた。


 読み上げて、樊守正は口を閉じた。


「番号が元の型の帳面にない」


 韋金森が言った。


 樊守正は帳面をめくった。めくり直した。


「……ありません」


 三日かけて辿った。


 磁州の分の作坊が正月に火を入れたとき、開封から運んだ型の箱が一つ、黄河の渡しで濡れた。濡れて錆びた型の代わりに、磁州の作坊の長は汪徳潤の機械の工場から同じ寸法の型を借りた。汪徳潤の工場の型は去年の夏、工部の型から写したものだった。工部の型は軍器監の元の型から写したものだった。


 写しの、写しの、写し。


 どこかで髪の毛の四分の一ほどずれていた。


「工部の型は、太府寺の二の等の尺には辿れます」


 韋金森は言った。


「けれど軍器監の元の型には辿れない。——同じ寸法の別の系図の型です」


 ずれはそれだけではなかった。


 磁州の作坊は冬の間、朝の冷えた建屋で筒を測っていた。開封の作坊は昼に、炉の熱の回った建屋で測っていた。測る器の鋼も筒の鋼も、冷えれば縮む。


 それに、刃の減り。第三の列の汪徳潤の工場の閉じ具の首の太さが、ひと口の中で少しずつ細くなっていた。刃を替える前の日のものほど細かった。


 最後に、人の癖。


 磁州の職人の何人かは、閉じ具の首の縁を鑢で丸めていた。図にはない丸めだった。


「手に当たるので」


 磁州から呼ばれた職人は言った。悪びれてはいなかった。


「角が立っていると、取っ手を起こすとき指が痛い。——兵の指が痛まぬように、と思いまして」


 修平はその職人の節の太い指を見ていた。


 よかれと思って丸めたのだった。


  ◇


 その月のうちに作坊の組が組み替えられた。


 一人の職人が一挺の銃を組み上げるまで見るのを、やめた。筒の班。閉じ具の班。引き金と針とばねの、撃つ仕掛けの班。木の部の班。ねじの班。そして、それぞれの班の出口に検めの者。


 韋金森は班ごとに枠を作らせた。


 閉じ具の首を鑢で仕上げるとき、閉じ具を枠に嵌める。枠には、鑢を当ててよいところだけが口を開けていた。口の縁は焼きを入れた固い鋼だった。鑢は口の縁より深くは削れない。


 枠を作ったのは鄧四だった。


 修平が作坊の閉じ具の班の小屋を訪ねたとき、鄧四は若い見習いの横に座っていた。見習いは十六か十七。作坊に来てふた月だった。


「当てる」


 鄧四は言った。


「鑢を枠の口に寝かせて。押すときだけ力を入れる。引くときは抜く」


 見習いが鑢を押した。引いた。押した。


 閉じ具の首が少しずつ光ってきた。鑢が枠の口の縁に当たった。かすかな固い音がした。


「そこで止める」


 鄧四は言った。


「音が変わったら止める。——それより深くは枠が削らせぬ。お前の腕が足りなくても。わしの腕があり余っていても」


 見習いが閉じ具を枠から外した。樊守正の房の通る型に通した。通った。通らぬ型に当てた。通らなかった。


 見習いは息を吐いた。


 鄧四は修平の方を見た。


「わしの指が四十年かけて覚えたことを」


 鄧四は枠を指で叩いた。


「この枠に覚えさせた。——この子の指は四十年は要らぬ。ふた月でよい」


「鄧四どのの腕は」


「腕はこの枠の中にある」


 鄧四は言った。


「腕が要らなくなったのではない。腕が枠に移ったのだ。——次の枠を作るのもわしの腕だ」


 小屋の壁に紙が一枚貼られていた。閉じ具の班の手順の紙だった。一つずつの手順の横に小さな絵が描かれていた。鑢の角度。枠の嵌め方。型の当て方。——字の読めぬ見習いにも分かるように。


 その紙の端に、図にない丸めをしてはならぬ、と書かれていた。


 その下にもう一行。


 ——丸めが要ると思うたら、手を止めて班の長に言え。要るなら図を変える。


  ◇


 狄承武が陳橋の北の営に着いたのは、春の終わりだった。


 河西路の甘州から呼ばれた。枢密院の文には、こうあった。新しき銃の兵の手による試しのため、一指揮を率いよ。——甘州の北の辺りは韓奇捷に預けてきた。


 営の兵は四百。禁軍の開封の北に置かれた二つの指揮から選り抜かれていた。枢密院はその営を、試しの営、と呼んだ。


 狄承武は四十一になっていた。


 銃は六十挺届いた。三つの作坊の組み替えの試しを越えた六十挺だった。狄承武は六十挺を、四つの都に十五挺ずつ配った。都の頭の都頭たちにこう言った。


「撃たせよ。伏せさせよ。走らせよ。転ばせよ。雨の中に置け。——そして、兵が何を言ったか、一つ残らず書いて持ってこい」


 ひと月の後、都頭たちが紙の束を持ってきた。


 狄承武は営の小屋でその束を一枚ずつ読んだ。


 重い。八斤半。一日担いで歩けば、肩が腫れる。——ただし神臂弓と矢の箙とを合わせたよりは軽い。


 前が重い。構えると筒の先が下がる。伏せて撃つならよい。立って撃つと腕が震える。


 目当ての金具が細すぎる。日が傾くと見えない。


 取っ手が小さい。革の手袋をはめると指が掛からない。


 伏せたまま取っ手を起こすと、取っ手の先が頬に当たる。


 尻の中を掃く棒の置き場がない。落とす。


 替えの針と替えの革と替えの輪とを、野で替えた。指がかじかんでいると輪が嵌まらない。


 紙の包みを入れる袋が腰の前にある。伏せると腹の下になる。


 最後の一枚は都頭の谷長順の字だった。


 谷長順は三十代の半ば。十年あまり前、西の遠征に十将として出た。国境の平原からテオドリアの城壁の下まで歩いた。乾いた河床で、光の弾に隣の兵を二人倒された。


 ——伏して撃てた。伏して込められた。


 ——光の弾は、今日は来なかった。来たならどうなるか。それはまだ分からぬ。


 ——ただ、伏したまま十発を撃った兵が、起き上がって泣いた。


 狄承武はその一枚を長いこと見ていた。


 それから筆を取り、束の頭に一枚、紙を足した。


 兵の言うたことを三つに分けた。作り方で直せること。教え方で直せること。直せぬこと。


 直せぬことの欄には一つだけ書いた。


 重い。


  ◇


 束は狄承武の名で、枢密院と軍器監とに送られた。


 韋金森は束を読んで直した。


 目当ての金具を太くし、刻みを白く塗った。取っ手の先に玉を付け、下へ曲げた。伏せて起こしても頬に当たらない。手袋をしても玉なら掴める。尻を掃く棒は、筒の下の木の部に溝を切って収めた。


 前の重さは、筒を少し短くした。短くすれば遠くの当たりが落ちる。どこまで短くしてよいかを、試しの場で十日撃って決めた。


 替えの輪は嵌めやすい形に変えた。紙の包みの袋は腰の横へ。


 直した銃がまた試しの営へ届いた。


 都頭たちがまた紙の束を持ってきた。


 狄承武は読んだ。


 直せることの欄の半分が消えていた。


  ◇


 夏の半ばの御前廷議だった。


 殿の真ん中に長い卓が置かれていた。卓の上に銃が十挺並べられていた。五挺は開封の作坊のもの。五挺は磁州の分の作坊のもの。組の班を分け、枠を入れ、型の系図を元の型に辿れるものだけに揃え直した後に、作ったものだった。


 工部尚書の沈維新が卓の前に立った。


「これより十挺をばらします」


 沈維新は言った。


 卜長生が閉じ具を抜いた。軍器監の職人が引き金の仕掛けを外した。筒と木の部とを分けた。針を抜いた。ばねを抜いた。ねじを一本ずつ抜いた。


 卓の上に部品の山ができた。閉じ具の山。針の山。ばねの山。筒の山。木の部の山。ねじの山。


 沈維新は閉じ具の山を両手で掻き混ぜた。針の山も。ばねの山も。


「陛下」


 沈維新は皇帝を見た。


「どの山からでも。お好きなものをお取りください」


 殿の中が少しざわめいた。


 趙祺は座を立った。卓の前まで降りてきた。


 閉じ具の山から一本取った。筒の山から一本。針の山から一本。ばねの山から一本。木の部の山から一つ。ねじを一掴み。


 趙祺はそれを卜長生の前に置いた。


 卜長生は黙って組んだ。ねじを締め、針を差し、ばねを嵌め、閉じ具を差し込み、取っ手を倒した。


 組み上がるまで百を数えるほどの間もかからなかった。


 卜長生は殿の外の庭の端に据えた的へ向けて構えた。庭の者たちが脇へ退いた。


 撃った。


 殿の外で乾いた音が弾けた。


 趙祺はもう一度山から選んだ。今度は、閉じ具を磁州の刻印のあるものから。筒を開封の刻印のあるものから。わざとそうしているのが、殿の中の誰にも分かった。


 卜長生が組んだ。撃った。


 三挺目。四挺目。五挺目。


 五挺とも撃てた。


 殿の中は静かになっていた。


  ◇


「速く作れる、ということか」


 張文謹が言った。


「速く作れます」


 沈維新が言った。


「それだけではございません」


 楊崇武が言った。


 枢密使は卓の上の部品の山を見ていた。


「陛下。九年前、西の遠征で神臂弓の弩機が三つに一つ壊れた。壊れた弩機は弩機ごと送り返すしかなかった。——弩機の牙がその弩機のためだけに削ってあったからだ」


 楊崇武は閉じ具の山から一本を取り上げた。


「この閉じ具はどの筒にも入る。——野で一挺の筒が裂け、一挺の閉じ具が折れたら、二挺の銃から一挺を組み直せる。替えの針と替えの閉じ具とを箱に詰めて送れば、銃ごと送らずに済む」


 楊崇武は閉じ具を山に戻した。


「速く作れることより、野で直せることの方が戦を変えます」


 李徳彰がゆっくりと頷いた。


「替えの品の数を決めねばならぬな」


 李徳彰は言った。


「百挺に、閉じ具をいくつ。針をいくつ。——それをどこの倉に置くか」


「それは兵部と枢密院で」


 楊崇武が言った。


 呉承烈が楊崇武をちらと見た。


 替えの品の数は、兵部の装備の房の務めか。枢密院の戦の見立ての房の務めか。——どちらも何も言わなかった。


  ◇


 廷議の後、修平は李徳彰に呼び止められた。


「林詳定。あの部品の山を見ていて、何を思うた」


「物の値の調べのことを」


 修平は言った。


 李徳彰が眉を上げた。


「十二年前、七つの市で民の籠の値を毎月調べ始めました。——同じ籠を、同じ量り方で、同じ日に量る。量り方が市ごとに違えば、値の上がり下がりは比べられない」


 修平は殿の方を振り返った。


「部品の山も同じです。同じ図で、同じ型で、同じ熱さで、同じ量り方で量る。量り方が作坊ごとに違えば、部品は組めない。——量り方を揃えて、量ったことを辿れるように残す。それが、この国の新しい役所の仕事になります」


「新しい役所か」


「まだ名はありません」


 修平は言った。


「軍器監の樊守正どのの房。太府寺の尺の蔵。統計局。工部の型を写す組。——ばらばらに同じ仕事を始めています」


 李徳彰はしばらく黙っていた。


「名は急がずともよい」


 李徳彰は言った。


「仕事が先にある。名は後から付く。——中央銀行もそうだった」


  ◇


 夏の終わり、磁州から汪徳潤の手紙が届いた。


 ——林どの。軍器監の枠と型とを、工場の鋤の刃と水を汲む手押しの筒とに使ってみました。鋤の刃の柄を嵌める穴を枠で穿つ。手押しの筒の中の皮の輪を型で検める。


 ——鋤の刃は、柄をどこの柄に替えても嵌まるようになりました。手押しの筒は、皮の輪を替えの輪に替えられるようになりました。


 ——農の者が壊れた鋤を鍛冶屋へ持ち込まずに、替えの刃だけを買っていく、と磁州の市の農具の問屋が申しております。


 ——軍器監の検めは厳しい。けれど、厳しい検めの作り方を覚えた工場は、鋤も厳しく作れます。


 修平は手紙を読み終えて、少し笑った。


 四年前の春、韋金森は作坊で言った。民の品なら、少し悪くても使える。鍋が少し歪んでいても湯は沸く。


 鍋も歪まないに越したことはなかった。


  ◇


 夏の終わりの夕刻、陳橋の北の営の稽古の野で、狄承武は谷長順の都の銃を持つ十五人を見ていた。


 十五人の兵が野に伏せていた。五歩ずつ間を開けて。


 谷長順が手を上げた。


 十五人が撃った。伏せたまま取っ手を起こし、込め、倒し、また撃った。


 狄承武は心の中で数を数えていた。一人が一つを撃つ間に、神臂弓なら何本射られたか。口から込める火筒なら何発撃てたか。


 九年前、乾いた河床で兵たちは立って密に並び、弦を引き直す間に光の弾を浴びた。


 今、兵たちは野に散って伏せていた。一人ずつの間が五歩。光の弾が一つ落ちても、倒れるのは一人か二人。


 ——散った兵は一人ずつ狩られる。


 四年前の廷議で楊崇武がそう言ったと、狄承武は聞いていた。


 散った兵を誰がどう率いるのか。十五人のこの組を、谷長順は手と声と笛とで動かしていた。五歩ずつ離れた十五人に、谷長順の声はどこまで届くのか。風の日には。光の弾が落ちた後には。


 狄承武は懐から小さな帳面を出した。


 営に着いてから毎晩書き付けている帳面だった。九年前の戦役記とは別の帳面だった。


 狄承武は書いた。


 ——銃は、兵が使い続けられる形になりつつある。


 筆を止めた。


 それからもう一行書き足した。


 ——兵を散らしたまま率いる形は、まだない。


 野の上で谷長順の笛が短く二度鳴った。十五人が伏せたまま十歩ずつ這って前へ出た。


 一人が遅れた。

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