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第七巻 資本市場 第十八回 取引所

 市易務の倉は三十年空いていた。


 州橋の東、汴河の北の岸だった。石の土台に太い柱の長い倉。かつて、朝廷が市の品を買い上げ、値をならすために建てた倉だった。市易の務めが太府寺の中の小さな課に縮められてから、倉は使われなくなった。屋根の瓦がところどころ落ちていた。


 修平は太府寺丞の范汝舟と倉の中に立っていた。


 冬の初めの冷たい光が高い窓から差し込んでいた。床に埃が厚く積もっていた。


「父が若い頃、この倉の帳場にいた」


 范汝舟は言った。


「市易の最後の頃だ。——朝廷が市の値をならそうとした。安い時に買い、高い時に売る。父はその帳面を付けていた」


 范汝舟は埃の積もった床を見下ろした。


「うまくいかなかった、と父は言うておった。朝廷が値をならそうとすればするほど、商人たちは朝廷がいつ買い、いつ売るかを読むようになった。読んだ商人が先に買い、先に売った。——値はならされず、朝廷の倉は損を積み上げた」


 范汝舟は修平を見た。


「その倉を株の市に使う。——父が聞いたら何と言うか」


「値をならすための倉ではありません」


 修平は言った。


「値を見つけるための倉です」


  ◇


 都堂が臨時の司を置くことを決めたのは、戸部の大きな部屋で証券商の決まりを定めた十日ほど後だった。


 左丞相の李徳彰が都堂の議の書き留めにその名を書いた。——提挙証券司。


「提挙の名を使う」


 李徳彰は都堂で言った。


「市易にも、常平にも、茶にも、塩にも、朝廷は昔から提挙の司を置いてきた。新しい務めを古い名の器に入れる。——役所の者たちが戸惑わぬように」


 提挙には戸部尚書の葉正言が兼ねて就いた。同提挙には戸部の孟季常と、太府寺の范汝舟。孟季常はこの秋に戸部の郎中に上がっていた。中央銀行からは鄭仲謙が議に加わる。


 司の務めは一つだった。——開封の竇守義の行の板と、揚州の茶館と、相州の行の帳面と、十六軒の証券商の注文とを、一つの場所に束ねる。


  ◇


 決まりを作る議は、市易務の倉の埃を払った奥の帳場で開かれた。


 提挙証券司から孟季常と范汝舟。中央銀行から鄭仲謙。商人の側から竇守義と游子敬と揚州の聶仲和。会社の側から磁邢の閻守業と磁州機械の汪徳潤。刑部から賈知節。


 修平は卓の端に座っていた。


「この倉を何と呼ぶ」


 聶仲和が言った。


「証券を売り買いする者たちが取り引きをする所」


 修平は言った。


「証券取引所、と私の国では呼びました」


「長い」


 閻守業が言った。


「町の者はどうせ株の市、と呼ぶ」


 卓の周りが少し笑った。


「看板には長い方を」


 孟季常が言った。


「町の者が何と呼ぼうと、構わぬ」


 修平は卓の上に紙を並べていった。


「決めることは十あります」


 一枚目。


 ——どの会社の株と証文をこの所で売り買いさせるか。


「会社の法に従って会社と名乗る者。鍾どのの帳面の形で年に二度帳面を外に見せる者。監事を置く者。——それを満たさない会社の株は、この所の板には載せない」


 汪徳潤が頷いた。


「帳面を見せぬ会社の株はここでは売り買いできぬ」


「はい。この所の板に載ることが、帳面を見せているというしるしになります」


 二枚目。


 ——十株を一つのまとまりとする。端の株は月に二度。


 竇守義の行で始めた決まりだった。


 三枚目。


 ——板は巳の刻の初めに開き、未の刻の終わりに閉じる。


「鉄の道の刻の表と同じです」


 修平は言った。


「開く刻と閉じる刻を決める。刻の外の注文は次の日の開く刻まで待つ」


 四枚目。


 ——注文は竇どのの行で使っている紙で。名、会社、売り買い、数、値か成り行き、刻、番号。


 五枚目。


 ——会社ごとに一枚の板。倉の壁に並べる。板の頭にその刻の最後に成った値を大きく書く。


 ——その日まだ一度も成っていないときは、板の頭に朱で一番高い買いの値か一番安い売りの値を書く。朱の値は成った値ではない。


「朱と墨とを分けるのは」


 汪徳潤が言った。


「成った値と成っていない値とを、見る者が取り違えぬように。——統計局の表の空の丸と同じです」


 六枚目。


 ——成った売り買いは全部帳面に書く。刻、会社、数、値、売った者の証券商、買った者の証券商。


 賈知節が六枚目を指で叩いた。


「これは刑部が後で見る」


「見られるように残します」


 修平は言った。


「誰がいつ何をいくらで売り買いしたか。——後から辿れるように」


  ◇


「七枚目が一番大事です」


 修平は言った。


 ——成った後の受け渡し。


「売り買いが成った。それで終わりではありません」


 修平は言った。


「買った者は銭を払わねばならない。売った者は株を渡さねばならない。——揚州で売った者が三日の間に同じ株を別の者にも売ってしまったことがあった、と聶どのの手代が言っていました」


 聶仲和が苦い顔で頷いた。


「約束が成っても、約束が果たされなければ、売り買いは成っていないのと同じです」


 修平は紙に書いた。


 ——成った日から三日目を受け渡しの日とする。


 ——受け渡しの日、この所の帳場が真ん中に立つ。買った者の証券商から銭を受け取り、売った者の証券商から株を受け取る。両方が揃ったことを確かめてから、銭を売った側へ、株を買った側へ渡す。


 鄭仲謙が紙を覗き込んだ。


「銭はどうやって受け取る」


「中央銀行の本院の帳面で」


 修平は言った。


「証券商はそれぞれどこかの公認の行に口を持っている。この所も中央銀行に口を開く。——受け渡しの日に、買った側の証券商の行からこの所の口へ、この所の口から売った側の証券商の行へ、本院の帳面の上で振り替える。一日で終わります。磁邢の株を売り出したとき、七つの場所の預りを会社の口に振り替えたように」


 鄭仲謙は少し考えてから頷いた。


「株は」


「会社の株を持つ者の名の帳面を書き換えます」


 修平は言った。


「受け渡しの日の夕方、この所がその日に成った売り買いを会社ごとに束ねて、電信で会社へ送る。——磁邢の監事の吏は、一日に百の書き換えではなく、一日に一度束ねた書き付けを受け取る」


 閻守業が少し笑った。


「監事が喜ぶ」


 修平は次の紙を並べた。


 八枚目。


 ——この所の務めは売り買いの手間の代で賄う。


 九枚目。


 ——この所の板に載る会社の帳面は、この所の壁にも貼り出す。


 そして十枚目を卓の真ん中に置いた。


 ——一日の値の幅。


  ◇


「前の日の最後の値から上と下とに二割」


 修平は言った。


「磁邢の株が前の日に十三貫で終わったなら。今日の売り買いは、十貫四百文から十五貫六百文の間でしか成らない。——その外の値の注文は今日は受け付けない。値の刻みは十文。二割の端が十文で割り切れぬときは、内側の十文に切る」


 游子敬がすぐに口を開いた。


「それはおかしい」


 游子敬は言った。


「株の値は見込みで動く。見込みが一日で四割変わることもある。唐州の坑で本当に太い銀の筋が見つかったら、唐州の株は一日で倍になっていいはずだ。——二割で止めれば、本当の値にたどり着くのが遅れる」


「遅れます」


 修平は言った。


「では、なぜ」


「本当に太い銀の筋が見つかったのか、見つかっていないのかを確かめる刻を作るためです」


 修平は言った。


「秋の終わりに唐州の株は出どころの分からない話で、一日で十三貫五百文から十八貫に跳ねました。——その十日後、会社がまだ分からない、と告げて十四貫に戻った。一日で四割跳ねるのを許していれば、その日に高値で買った者たちは確かめる刻もなく買っていた」


 竇守義が頷いた。


「逆もある」


 竇守義は言った。


「悪い噂が流れて、皆が一度に成り行きで売りに来たら。——板の上の買いたい者が尽きる。値がどこまでも下がる。夕方には噂が嘘だと分かるかもしれない。そのときにはもう売ってしまった後だ」


 竇守義は少し黙った。


「永豊櫃坊のあの三日間もそうだった。三日持ちこたえればよかった。一日で皆が来た」


 游子敬は腕を組んだ。


「二割で止めたとして。——その上の値で買いたい者がたくさんいたら、どうなる」


「上の端の値で買いたい者が板に並びます」


 修平は言った。


「けれど、その値で売りたい者がいなければ成りません。——上の端の値が板の頭に書いてあっても、その値で買えるわけではない」


 修平は紙に書いた。


 ——上の端に値が張りついても、売る者がいなければ買えない。


 ——下の端に値が張りついても、買う者がいなければ売れない。


 ——値が書いてあるからといって、その値で好きなだけ売り買いできるのではない。値と数とをいつも一緒に見る。


「それに」


 修平は言った。


「二割という幅は、株の値打ちの上と下とにもともとそういう限りがあるということではありません。——この所が人の手で決めた一日の幅です。一日、頭を冷やす刻を作るための」


 游子敬はまだ腕を組んでいた。


「売りたい者を市の中に閉じ込めることにもなる」


「なります」


 修平は言った。


「下の端に張りついて売れない者は、次の日まで売れない株を抱えて眠ることになる。——幅にはそういう悪いところもあります。万能ではありません」


 孟季常が紙を指でなぞった。


「一律に二割か」


「一律でなくてもいいと思います」


 修平は言った。


「値の低い株と高い株とで幅を変えてもいい。売り買いの少ない株だけ幅を狭くしてもいい。——どれにするかは、この所が売り買いの数と帳場の手の数とを見て決める決まりです。最初は一律に二割で始める。一年やってみて直す」


 鄭仲謙が口を開いた。


「一つの株ではなく、全部の株が一度に下の端へ落ちていったら」


 修平は鄭仲謙を見た。


「そのときは、この所の全部の板をしばらく止める。——それも考えておくべきだと思います。今はまだ決めきれません」


「今はまだ」


「株の市がそこまで大きくなる前に」


 鄭仲謙は黙って頷いた。


  ◇


 電信の線は市易務の倉の屋根に引き込まれた。


 白朗と、兵部の駅の吏の田守信とが倉の東の隅に局を一つ置いた。十日に一度、揚州と杭州と相州と磁州とに、この所の全部の板の最後の値を送る。——はじめはそういう取り決めだった。


「十日に一度では足りぬ」


 聶仲和が言った。


「揚州の茶館では、開封の値が十日遅れで届く。十日の間に揚州の値と開封の値とが離れる。離れた値の間で稼ぐ者が出る」


 田守信が少し考えた。


「半刻に一度」


 田守信は言った。


「板の頭の値を半刻ごとに送る。——ただし、黄河の北へはまだ線が渡っていない。陳橋から黄河の岸までは線で。岸から渡し舟で紙を運び、向こう岸の局で打ち直す。舟の待ちによっては、磁州まで一刻ほど遅れる」


「揚州の注文も線でこの所へ送れるようにしたい」


 聶仲和が言った。


「揚州の証券商が揚州で紙を受けて、電信でこの所の板へ注文を出す」


 白朗が頷いた。


「線の数を増やさねばなりませんな。——今の線では、半刻に一度の値と注文とが一度に来たら、局の手が足りぬ」


 修平は倉の東の隅の局の銅の鍵を見ていた。


 揚州の四百枚の証文の値が揚州の茶館の壁から動かなかった頃を思った。あの頃、揚州の値は揚州の値だった。


 今、揚州の証券商が揚州の客の紙を受けて、半刻のうちに開封の板へ注文を出す。——揚州と開封と杭州と相州と磁州とが、一つの板を見る。


 国中の見込みが一つの板の前に集まる。


 よい報せが流れたとき、国中の買いが半刻でこの倉に集まる。悪い報せが流れたとき、国中の売りが半刻でこの倉に集まる。——銅の鍵はどちらも同じ速さで打つ。


 修平はそのことを議の卓では言わなかった。


 言えば、線を引くのをやめよう、という話になる。線を引かなければ、揚州と開封との値が離れたまま、離れた値の間で稼ぐ者が出る。


 どちらにも悪いところはあった。


  ◇


 冬の半ばの朝だった。


 市易務の倉の屋根の瓦は葺き直されていた。扉の上に看板が掛かっていた。


 ——開封証券取引所。


 倉の中の壁に板が七枚並んでいた。磁邢鉄道会社。磁州機械会社。通済舟運会社。相州石炭会社。唐州銀山会社。——それに、この冬にこの所の決まりを満たして新しく板に載った京東の炉の会社と、揚州の塩の倉の会社。


 板の前の柵の内側に証券商の手代たちが並んでいた。柵の外に客たちが群がっていた。


 巳の刻の初め、提挙の葉正言が帳場の脇に立った。


「今日よりこの所で売り買いを始める」


 葉正言は言った。短い言葉だった。


「この所は値を決める所ではない。値を見つける所だ。——見つけた値で売り買いが確かに果たされるように見張る所だ」


 葉正言はそれだけ言って帳場の奥へ下がった。


 最初の紙が柵の内の帳場に渡された。漏刻の刻が書き込まれた。番号が振られた。


 磁邢鉄道会社。十株。十三貫三百文。買い。


 左の板の十三貫三百文の売りたい者と合った。


 手代が板の頭の値を書き換えた。——十三貫三百文。


 倉の東の隅で銅の鍵が鳴り始めた。


  ◇


 その日の午後、通済舟運会社の板の頭に値が張りついた。


 昼前、揚州から電信が届いた。通済の会社が長江を上って江州まで舟を走らせる許しを、江南東路と江南西路の転運司から得た。——年の初めに廖子雲が言い出した長江の舟だった。


 通済の株は前の日、十六貫で終わっていた。上の端は十九貫二百文。


 昼過ぎまでに十七貫、十八貫と少しずつ成った。七つの家の外に、夏から秋にかけて株を譲り受けた揚州の商人が何人かいた。その者たちが少しずつ売った。


 未の刻の初めに、最後の一人が十九貫二百文で十株を売った。通済の板の頭は墨で十九貫二百文になった。


 右の板に十九貫二百文で買いたい者が並んだ。三百株。四百株。五百株。


 左の板にはもう一株もなかった。七つの家は誰も売らなかった。


 柵の外で杭州の茶の大商人の手代が、游子敬の店の手代に詰め寄っていた。


「十九貫二百文と板に書いてあるではないか。その値で買え」


「売る者がおりません」


 游子敬の店の手代は言った。


「値は書いてあります。けれど、その値で売る者が一人もいない。——明日、またこの値で出します」


 修平は倉の隅でそのやりとりを聞いていた。


 未の刻の終わりに板は閉じた。


 その後、未の刻の終わりまで、通済の株は一株も成らなかった。板の頭には十九貫二百文と書いてあった。その下の右の板に同じ値で買いたい者が千二百株分、並んだまま消されずに残っていた。

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