17時08分
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並び立って歩く二人。それはどうにも、奇妙な取り合わせだった。
長い赤髪を結い上げた、容姿端麗な少年。
顔立ちから服装まで、余すところ無く派手派手しい彼の隣を歩くのは、打って変わって、ひどく普通の少女だった。
淡い水色のセーターに、ブラウンのワイドパンツ。足元は白のスニーカー。肩からはヴィンテージ感のある小ぶりなショルダーバッグ。
ラフでありながら清潔感のある出で立ちはけれど、隣を歩く少年と見比べると、どうにも毛色が違っていた。
有り体に言えば、少年に対して、少女が釣り合っていない——そう、感じていた。誰でもない本人、仙波星翠が。
そういう目で花蕗静を見ている訳ではないし、そもそも今この時点がそういう場ではない事も重々承知で。
それでも——街行く人々の不躾な視線にやや、居心地の悪さを感じていた事も、確かな事実であった。
「着替えてきたんだな」
「え?あ、うん……万が一があった時、スカートだと動き難そうだったから……」
答えながら、星翠が顔を上げる。
上げて、思わず身を強張らせた。
隣を歩く花蕗静が、じぃっと星翠を見つめていた。
静かに、真っ直ぐ。その全身を確認する様に……けれど、値踏みの如き不躾さは、そこにはなかった。
不快では無い眼差しを受け止める事、三秒。
「良い備えじゃねーか。その上バッチリ決まってんだ、文句なしって奴だ。似合ってるぜ、仙波」
柔らかな微笑みと言葉を向けられて、星翠は思わず目線を伏せてしまった。
「——ぃ、いやー!馬子にも衣装、っていうからー……って言うほど大それた衣装でもないけど……」
「はっ、アホ抜かすぜ。綺麗どころが身だしなみ整えてきた時に使う言葉じゃねーよ、ソイツは。〝言葉〟はアンタの領分だろ。錆び付いてんじゃねーよ、文筆家」
きらりと。大ぶりなピアスが夕暮れに煌めく。
その横顔を不意に見つめ、押し黙った僅かな暇。
考えがまとまった訳でも、そもそも具体的な解決策を望んでいた訳でもないまま。しかし気付けば、星翠は口を開いていた。
「ねぇ、花蕗君」
「ぁあ?なんだよ」
「避けてるでしょ?私の事」
驚いた様な、そうでもない様な。
感情の色味の少ない表情のまま、それでも確かに、静の目が大きく見開かれた。
「なんで?」
重ねられる疑問に、咄嗟に答えることの出来なかった少年が、誤魔化す様に頭を掻く。
「……思い過ごしの考え過ぎ——」
「——じゃ、ないよね?抄帷ちゃんや小理さん、京介さんがいる時は普通だけど、私と二人きりになるのは徹底して避けてた。二人きりで話すの自体、ほとんどアレ以来……どうして?」
食い気味に重ねられる言葉。
赤い髪が、傾いた夕日に染められる。
「…………いや、マジで。そんなつもりなかったし、アンタの事が気に入らねーとかってのもねーんだけど……」
花蕗静にしては珍しい、ただただ困った様なその言葉。
ただ、それだけはハッキリと、
「うん。それは、思ってない」
仙波星翠は真っ向から否定した。
「ぁあ?」
「私のことが好きじゃなくても、花蕗君は私に協力してくれたと思う。でも、私の事が嫌いだったら、嫌いってはっきり言ってるとも思う。だから、私の事が気に入らないから、みたいなのは思ってないよ」
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護衛依頼に対して最後まで難色を示していた花蕗静が折れた、たった一つの理由。それは、他でもない……仙波星翠自身の言葉だった。
「松下さんという人がどんな人かも、誰かの思惑がどうっていうのも正直わからない。けど、望んでもいない自らの力で誰かを傷付けて……その先に避けられない辛さや痛みが自らにも待ち構えているなら、私はそれを黙って見過ごしたくない。松下さんに、そんな痛みを味わわせたくない」
強くもない。
気高くもない。
それはただ、どこまでも優しい……同じ痛みを既に踏み越えた少女だけが口に出来る綺麗事——何よりも得難い決意の宣誓であった。
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「……こいつぁ随分と図太くなったもんだ。結構強火なコメントだけど、共感性羞恥で吐いたりしねーのかよ」
恩を着せたい訳でもなし。
そもそもそこまで深い考えがあるでもなく。
だから、という訳でもなかったが。静は少女の問い掛けに、正面から向かい合うことが出来ずにいた。
「…………」
「…………ぁあ?」
「…………実は相当、自分で言ってて恥ずかしい」
予想外だったのは。当てずっぽうで投げつけた言葉が、思いの外効いていた事くらいだろうか。
赤面した顔を、星翠は両手で覆う。
先程までの押しの強さ、昼間の決然とした振る舞いとは掛け離れた、年相応な少女然としたその姿に、静は思わず吹き出した。
だが、それも束の間。
耳まで染まった赤い顔のまま、それでも少女は顔を上げ、もう一度静を正面から見つめ返す。
「恥ずかしいけど、でも!必要以上に遜ったり、自分を下げ過ぎるのは良くないって学んだから!だから、これはこれでいいの!」
その姿に、花蕗静が微笑む。
「……やっぱアンタはすげーし、かっけーよ」
微笑んで——微かに目を伏せた。
「なんでかねー……避けてるつもりなんか更々無かったんだけどな。そもそも理由も思い当たらねーってのに……けどま、当の本人からブッ刺されるって事ぁ、そーいうことなんだろーよな……」
赤みを纏った虹彩が、焼け落ちる空の紅蓮を映す。彫像の様に整ったその顔には、一言で言い表せる様なわかりやすい感情の色味はまるで無く。
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それは、奇妙な確信だった。
根拠は無く、裏付けなどある訳もなく。ならば、過ぎった想いの正しさを証明する術はどこにもない。にも関わらず、心の奥底が否定を許さない。
「——————ぁ」
花蕗静は、彼は——————
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「——おい、仙波」
「——え?」
思考が具体性を獲得するよりも早く。
鋭く飛ばされたその声に、内側へと潜りかけていた星翠の意識が浮上する。
県営の大規模公園。
緑豊かな景色の中を駆ける影が一つ。遠目でも辛うじてわかる、スーツ姿の女性。
先に気付いたのは静、理解したのは星翠だった。
吉國天麻から渡されたいくつかの資料。
その内の一つ。警護対象の女性、その顔写真。
「——松下さん‼︎」
間違いない。
公園を駆けるあの姿こそ、当該の警護対象。
その女性が、夕焼けの公園を走り抜けていく。
スーツ姿の女性が全速力で走っているだけでも、奇妙と言えば奇妙。だが、なによりも不可解だったのは、その視線。
「——何かに追われてる——?」
星翠が呟く。
言葉の正しさを示す様に、松下馨はしきりに自らの後方を確認していた。だが、その後を追う怪しい影は見受けられない。
それでも。明らかに異様なその光景は否応無く、彼女の身に差し迫る危険を予感させた。
「花蕗君——」
呼びかけはしかし、半歩遅い。
星翠の言葉を待たず、赤い影が地を蹴り、軽やかに駆け出していた。
傲慢不遜。
凶暴と凶悪を具現化した様な、狂気じみた嗤い顔。
その目は既に星翠を振り返らない。
朱色の光に染まった先。鮮血の様な紅に飛び込む。
「捜索パートが省けて有難いばっかりだぜ。どこのどちら様かなんざ知りゃしねーが、ストーカー相手なら遠慮いらねーだろ。足腰立たねー位どつき回してやるぜ——!」




