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パブロドグマ  作者: ほたて
【アンチドグマ】
43/46

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——————

 

 振るわれた、最後の一撃。

 その拳の先は、虚空。


 静も星翠も。デケムもソムヌスも——そして、阿島京介でさえ、状況が理解出来ず、固まった。

 唐突に訪れたその沈黙の中に、声が。

 ———天辺の逆理の賞賛が、響いた。


「いや〜、大したもんだぜ。流石小っ恥ずかしくも世界最強名乗るだけの事ぁあるな。まぁまず間違いなく、人生最大の窮地だったぜ」


 全員が、声の方を向く。


 ——————


 窓際、陽光、外の景色。

 昼の街を背に——無傷の明石真が、愉快気に笑っていた。


「タッチの差だったな、ミスター。あと一秒早けりゃ、アンタの拳は俺に届いてたぜ……つっても、殺すつもりで来ね〜んならどっち道、結果が変わった訳でもね〜けどな」

「……いつまでも戯言ばかりだな、貴様は。それで?貴様はまたそうやって逃げるつもりか?」


 臨戦の構えを解かない京介。

 鋭く輝くその眼光すら満足気に——明石真は笑って、肩をすくめた。そして、余りにもあっさりと——


 ——————

 

「そらそ〜よ。なんたって俺ぁ、負けたんだからな」


 自らの敗北を宣言した。


 ——————


「昨日の夜、女王様にはもう言ったけどよ。アンタら幻想組を贋造物呼ばわりは二度としね〜。この世界の何者がアンタらの存在を否定しても、この先一生、全ての悪の免罪符(この俺)が、アンタらの実存の証明だ。特に女王様——アンタは別格だ。機会があったらまた遊ぼ〜ぜ」


 一瞬だけ、狐に摘まれた様な顔をしてから。

 デケムが色濃い嫌悪を表情に出す。


「あぁ、本当につまらない話!お前の証明なんてこれっぽっちもいらないわ!お願いだからもう二度と、その薄気味悪い顔を私に晒さないで頂戴!」

「うは、手厳し〜」


 明石真が、笑う。


「嬢ちゃん……仙波星翠、だよな。アンタの能力は、こらまた別格だ。こっから先、アンタ目当てで悪い虫がわらわら寄ってくるだろ〜から、精々気を付けてくだされや……これもなんかの縁だ。マジにど〜にもなんなくなったら、一回位は手ぇ貸してやるよ。必要になったら呼びな」

「…………」

「あら、無視かい。さみしいね〜」


 明石真が——わらう。

 そこには悪意も、敵意も、害意もなく。


「よぉ〜、静」

「……クソ馴れ馴れしいじゃねーか。なんだよ」


 ——————


「楽しかったなぁ!機会がありゃ、またやろ〜ぜ」


 ただ。言葉通りの満足があった。

 

 ——————


 何をか考えて。口を開いて、閉じて。

 そしてまた、もう一度開いて、ようやく。


「楽しかった訳ねーだろ、サイコ野郎。好き放題やってくれやがって、ったく。そんな爽やか捨て台詞で、実はちょっといい奴でしたポジでも狙ってんのかよ」


 静は辛うじて、憎まれ口を叩いた。

 そして、それにこそは一際楽し気に、明石真は笑う。

 

「はっは〜、そいつぁ見込み違いだぜ。そんな退屈なモン、まっぴら御免だね」

「はぁ?」


 訝しむ静へと向けて、もう一度。

 邪悪そのものの笑みを浮かべて、明石真が肩をすくめる。


 ——————

 

「人間なんざ、虫ケラ程にうじゃうじゃしてる世界だぜ。そもそも善も悪も、退屈だってんなら両方揃ってカスなんだよ。俺がよ、この世界で一等気に入らね〜のはそれさ。退屈と安穏——そいつらの分厚い面の皮剥いでやるにはよ、此処がいいのさ。悪(此処)が一番、都合がいいのさ」


 明石真が、嗤う。


「繰り返すぜ。俺は全ての悪の免罪符(明石真)だ。この世界の悪は、なんもかんも全部俺のせいで——俺のもんなのさ」


 明石真が両手を広げ、後ろ向きに一歩後方へと進む。


「それでは皆さんごきげんよう——精々丁寧な暮らしを、どうぞ」


 ふわりと、その身が外へと投げ出される。

 それが、結末。

 慌てて駆け寄り、地上を見下ろした静の目に映ったのは……変わり映えのしない、見慣れた街並みでしかなかった。

 

 ——————


 〔[明石真の姿は、そこにはなかった]〕


 ——————


 光が、途絶える。

 全身を強化していた、この世ならざる雷の加護——【雷神依】が解除される。

 常と変わらぬ赤髪の風体へと戻った静が、ソムヌスの下へと駆け寄る。


「大丈夫か、〝名無し〟!最後しこたまぶん殴られてたけど……」

 

 〝名無し〟——ソムヌスは……本当にようやく、穏やかな笑みを湛えて、これに応える。

 

「この程度、なんてことはない。それよりも——今は全員が無事だった事を喜ぼう。改めてになるが——また君と会えて嬉しい、シジマ」

 その笑みを真っ直ぐに見つめて——ふと、静の表情が曇る。

 

 その変化を鋭敏に察しながらしかし、問い詰める様な真似はせず……ソムヌスは暫し、少年の言葉を待った。

 やがて。痛みを堪えるかの様な暗さを孕んだ表情を、それでもあげて。


「——精々頑張れ、だそうだ」

「——なに?」

「アイツの——ラキエスの、最期の言葉だ」


 あの日伝えられなかった遺言を、今こそようやく……花蕗静は口にした。


「タイミングがなかった——いや、違《ちげ》ーな。どうしても言えなくて、言い出せなくて……今日まで来ちまった。——ごめん、〝名無し〟」


 ——————


 生き方は決めた。

 その為の宣誓も済ませた。

 だけど、痛みが消えた訳じゃない。

 それでも、伝えなくては。

 あの日言い出せなかった……託された別れの言葉を、今こそ。

 

 痛みを抱えたまま…それでも前へと進むというのならば、その痛みから目を逸らすことは、もう許されない。

 責められようと。怒りを向けられようと。

 この痛みの責任から逃れながら、此処より先を目指すことなんて、出来るわけがないのだから。


 ——あぁ、だけど。


 ——————


 ソムヌスの手が、静のそれを両手で包む。

 祈る様に、願う様に。

 強く、優しく。

 

「……今日まで君は、その痛みをずっと——たった一人で担ってくれていたんだな」

「——っ」

「ありがとう、シジマ。私の友達の最期を、孤独のままにしないでくれて。私の友達の言葉を、届けてくれて。そして、すまなかった——ここから先は、私もその痛みを共に背負おう」

「——————俺、は——っ」


 震えそうな声をどうにか押さえ込んで。

 けれど、言うべき言葉がなんなのかはわからないまま。

 握られた手を握り返して、顔を伏せる。


 ——————


「さぁ!シジマ、終わったわよ!行きましょう、食事!」

「アンタさぁ!」


 ——————


「あら、大きな声!威勢が良いシジマは好きよ!」

「ブレねーお人だな……あれ?」

 繋いだ手を離し、デケムへと向き直った静が、その姿をみやって不思議そうに首を傾げた。

「あら、なぁに?」

「いや……なんか背ぇ縮んだ?」


 長身の静と並び立っていた筈のデケムの目線が、僅かに下がっている。細やかなその違和感の原因は何かと、女王の足元まで目線を下げて……静は、苦々しく顔を歪めた。


 埃にまみれ、僅かに血の滲んだ、細くしなやかな素足。

 見やれば、一番初めに彼女が立っていただろう場所に、高い白のピンヒールが投げ捨てられていた。


 ——最終盤。明石真に対し、近接で肉迫する為に女王がとった行動。そこに、安っぽい同情や憐憫などありはしなかっただろう。


 ——————


 思うところがないではなかった。

 ラキエスの仇——マールスを率いていたのは、間違い無く彼女だ。だから本当に、思うところがない訳じゃなかった。

 けれど、それが彼女の目的の全てだった訳じゃない。

 傲慢不遜でも、傍若無人でも。彼女は彼女の求めるものの為に全霊を尽くしていた筈なのだ。——明石真とは、違う。


 だから、無理だ。

 こんなにも真っ直ぐに俺を見てくれた彼女を。

 命を賭けて俺に力を貸してくれた人を。

 どんな過去があったって——今嫌いになってしまうなんて、どうしても無理だ。


 だから。


「——デケム、何食べたい?」

「そうねぇ……本当は豪華絢爛であればいいのだけど……でも、貴方と二人ならどこだっていいわ!だからシジマ、ちゃんと私をエスコートして頂戴!」

「荷が重いなー」


 ——————


「……随分と賑やかだな」

 ゆったりとした動作で歩み寄り、京介がそう口にした。

「新手の愉快な仲間達ってとこすよ。っつーか、良く来れましたね。なんかヤバめの用事こなしてたんじゃないんすか?」

「そうだな……確かに、ギリギリだった。あのタイミングで参戦出来たのは、吉國の『パラドクス』ありきだったがな」

「吉國——って、やっぱあの人も能力持ちか……」

「A地点からB地点への経緯省略移動……有り体に言えば瞬間移動能力だな。当該対象の座標情報を観測して——」

「あー、大丈夫っす。細い話は、どうせ聞いてもわかんねーんで」


 話を遮りつつ、静が京介に向けて頭を下げる。


「重要なのは、阿島さんが来てくれなきゃ詰んでたってとこだけっすよ……助かりました、ありがとうございます」


 ——————


「久遠寺御言が率いる組織の者達が救助に向かっている。だが、既に一般人の避難が完了している今、無理にそれらを待つ必要もないだろう。長居する意味もない、身体に問題がないなら離脱しよう」

 京介の言葉に頷きかけて、静がはたと立ち止まる。


「——阿島さん、先に行ってくれ」

「どうした?」


 疑問を表情に浮かべる京介に対して、静が——言語化しにくい、不思議な顔を浮かべる。


「いや、今じゃなくてもいいっちゃいい——いや、良くねーわ。もう一つ、どうしても今、やっとかなきゃいけねー事が残ってんだ」

「——野暮用か?」

「——いや、死ぬ程大切な用事だ」


 ——————


 杖が、消える。『パラドクス』によって引き出した、彼の大魔法使いの触媒が、その手を離れる。


 砕けた窓ガラス。少しだけ強い風。頬に掛かる髪。


 差し込んだ陽光の、その只中で。


「——————仙波!」


 仙波星翠は、顔をあげた。

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