↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パブロドグマ  作者: ほたて
【アンチドグマ】
42/46

0:41

 ——————


 明石真。

 【アレ】は、俺の完成形だ。

 

 俺がもし、浮世離れした闘いの世界に身を置き続けるとするならば、目指す場所は、あそこだ。

 

 阿島さんでも。

 デケムでも。

 ソムヌスでも。

 仙波でも無い。


 未来予知に届くレベルの異質な観察眼。

 一挙手一投足の違和感まで拾う、異次元の洞察眼。

 絶える事なく相手の心理を解析し続ける頭脳。

 超然を相手に、徒手での制圧を実現する技術。


 明石真こそ、花蕗静の理想の形。

 目指し、辿り着くべき最終地点。


『故に』

 

 ——————


 星翠も、デケムも、ソムヌスも。

 この一瞬、例外なく誰しもが刹那の弛緩の中にいた。それ程に、放たれた一撃は強大で、巨大で——逃げ場などどこにも無い一閃だったから。誰もが決着を確信していた。


 ——————

 

 ただ一人——花蕗静を除いて。


 ——————


「——ソムヌス!後ろだ!」


 静の絶叫に、剣を振り下ろした体勢のまま、ソムヌスが顔をあげる。見つめる先には自ら放った光の奔流。莫大に過ぎるその輝きの中に、何者かの影を見る事は叶わない。

 なればこそ。ソムヌスは彼(・)の姿を見失ったことに対して、違和感を感じていなかった。


 そんな、慢心とも油断とも言い切れぬ一瞬の緩み。

 その間隙に差し込まれるは、地の獄より這い寄る、嘲笑。

 

 ——————


「ワンモアだな——ハロ〜、ブレイバー」


 ——————


 幻想世界の勇者の背後——天辺の逆理が、嗤っていた。


 技術的には、何一つ難しいことはしていなかった。

 花蕗静の横をそのまま通過し、間合いの内側に滑り込ませた足を軸に、旋回する形で勇者の後方へと身を滑り込ませた——ただ、それだけ。

 唯一絶対の異質は、その胆力。

 一寸先、どころではない。たった半歩の取り違えでも即死に繋がるあの一瞬の中で、正確にその動作を実行に移せる、その精神性こそが、異端。

 

 明石真と同じく、『迎撃』完了直後、静はソムヌスの後方へと身を躱していた。ただしそれは、過去に数度、ソムヌスの【汀】……その発動を目撃した経験則によるもの。

 瞬間的な判断と反応を以て動作を完遂した天辺の逆理とは、天地程の隔たりがあった。


 明石真の右手が、ソムヌスの髪を後ろから掴み——そのまま、力任せに地面へと叩きつけた。


 崩れた体勢。

 指向性の制御を失った光の奔流が角度を変え、下方へと向かう。


 ——【汀】の光は、形なき質量攻撃。

 手元のおぼつかぬまま放射を継続すれば、周囲諸共を巻き込む。ソムヌスが出力を停止したのは、必然であった。


 光が、途切れる。

 光源の名残、輝く粒子漂う土煙の中、紫電の逆理が顔をあげる。


 デケムは寸勁のダメージから未だ足止められたまま。

 星翠とは距離があり過ぎる。

 手をこまねいていれば次の十秒を待たず、ソムヌスは惨殺される。


 残されたカードは一枚。

 未だ臨戦体勢を崩さぬ、ただ一人。

 逆理の雷号、花蕗静が立ち上がる。

 

「——っ!」

 

 放たれるは人外の一撃。

 実存する虚構の魔法によって強化された肉体——そしてこれまで培ってきた全ての常理をこめた、最後の一撃。


 だが、体勢が崩れている訳でもない、動作の間隙を縫った訳でもない、半ば破れかぶれな一撃が届く訳もなく。

 

 ぱしり、と。

 余りにも簡単に、呆気なく。

 コンバットブーツを受け止めて——明石真は、嗤った。


「それで、一つ聞きたいんだけどよ〜……誰が詰んだって?三流道化」


 焦燥、劣等——そして、敗北。

 一分余りの時間を残しながら、絶望の沈黙が立ち込める。


 ——————


「——勿論、貴様だろう。明石真」


 ——————


 その静寂を破る、声。


 明石真が驚愕に目を見開き、即座に後方へと飛び退く。

 一瞬前まで彼の居た地点を頭(・)上(・)か(・)ら(・)舞い降りた拳が、激しく粉砕する。


 人が地面を殴った。

 動作としてはそれそのものに違いない。

 だがその刹那、建物全体は激しく揺れ、拳のぶつかった地面は爆心地の如く大きく抉れる。


 明石真が、冷や汗混じりに口元を引き攣らせる。


「——まさかこのタイミングでアンタが来るとは思ってなかったぜ。流石チーター……嫌になるぜ、ホンットに」


 ——————


 フーディパーカーに、オーバーサイズのデニムパンツ。

 短髪に顎髭を蓄え、巨大なオーバルタイプのメガネを掛けた、筋骨隆々の男。彼はゆっくりとその身を起こし、明石真を見据えた。


「貴様の戯言はもういい——この場で今すぐ、貴様を制圧する」


 その名を、阿島京介。

 この世界、最強の逆理。


 ——————


 阿島京介が、走る。

 190を超す巨体が、重戦車の如く明石真目掛けて一直線に。

 

「——挨拶もほどほどかい……ま、やれるだけやってみるか〜」

 

 明石真が、嗤う。

 その笑みを打ち砕かんと放たれるは、不可逆の打拳。


 余りにもシンプルな一撃。

 万力の如き握力で握り込まれた右の拳による、何の捻りもないストレート。

 ——ただし、その拳は必(・)ず(・)当(・)た(・)る(・)。(・)


 ——————


 完全感知と絶対反応。

 阿島京介の保持する二種の『パラドクス』は相互作用する。そこに更に作用するのは完全駆動の『パラドクス』。

 感知した対象が防御しようと回避しようと、何の意味もない。射程圏内にいる限り敵の攻撃は全て無力化され、阿島京介の攻撃は全て通る。


 速度も反応も度外視。

 残されるのは、結果のみ。


 ——————


 クロスガードで固めた防御。

 その上から、お構い無しに撃ち抜かれる絶大なる一撃。

 乾いた音と共に——明石真の左前腕がぐしゃりとひしゃげた。

 

「——————っ、いきなりやってくれるじゃね〜か、暴力主義者ぁ‼︎ヒーローが形無しだなぁ‼︎」


 痛みに歪むよりもはやく、明石真がわらう。

 遂にその身に訪れた窮地を、追い込まれた断崖を嘲笑う、不気味な笑みと、挑発の言葉。


 だが、意味は無い。

 何故ならば、彼の眼前に立ちはだかるは阿島京介。

 地上最強の逆理にして、常世の平定者。


 決然と打ち立てられしは決意の旗印。

 その歩みは、何人にも阻まれない。


 ——————

 

「殺しはしない。だが、容赦もしない。悪いが——五体満足で終われるとは思うな」


 ——————


 京介の身体が大きく旋回する。

 放たれるは、やはり何の変哲もない上段回し蹴り——ただし、必(・)ず(・)当(・)た(・)る(・)、(・)上(・)段(・)回(・)し(・)蹴(・)り(・)。


 折れた左腕でガードを試みるも——無駄。


 ——————


 人の肉体は常時100%の出力で駆動できる様には出来ていない。体力・筋力……肉体的な負荷や、そこに対する生物的な抑制により、トップアスリートにすら不可能なフルタイムフルパワー。阿島京介は世界でただ一人、この不可能を可能にする人間。

 

 無機物に対する完全破壊の『パラドクス』こそ無効化されているものの、完全駆動の『パラドクス』によって阿島京介の身体能力は最大効率化されている。

 即ち。阿島京介は、実現可能な理論上の最大値で常に肉体を運用する事が出来る。


 恵まれた素養に、鍛え抜かれた肉体。

 近接格闘において、正しく地上最強——


 ——————


 交通事故を思わせる轟音と共に、明石真の身体が横方向に数メートル吹き飛ばされる。

 痛みと苦悶に顔を歪めながら——しかしそれでも、明石真は嗤い続ける。


「——っと、に、洒落になんね〜、スペックだな……こら、ど〜にもなんね〜、か……」

「貴様の軽口はもう飽きた——だが、俺は貴様とは違う」

「へぇ、お情け、でも、くれるってかぁ?」


 ——————


 折れた骨が肉を突き破り、露出する。

 大量出血による貧血とショック症状に苛まれた明石真の足は、完全に止まっていた。


 最早抵抗する余力など欠片も残ってはいないのは、誰の目にも明らか。


 そんな——今や無力化された災厄の『パラドクス』へと向け、世界最強の逆理は、その善性を問うた。

 

「投降しろ、明石真。この言い方は好きではないが……そうすれば、これ以上は手を出さない」


 同情か、憐憫か、倫理か。

 しかして果たして、地に這いつくばるは【全ての悪の免罪符】。

 

「——はっは〜、そいつぁなんとも興奮しちまう条件だな……」


 息も絶え絶え、満身創痍。

 それでも。

 それでも、明石真は——嗤う。


「——御免被るぜ、スーパーヒーロー。テメェの思い通りに世の中、が、回ると思うなよ」


 んべっ、と。

 挑発する様に舌を突き出して応えるその様に、一度だけ——ゆっくりと瞬きを挟んでから。


「——わかった」


 阿島京介が、決着の拳を振り上げた。


 ——————


「万事休す、ってか〜……」


 阿島京介は、世界最強の逆理である。

 全身に傷を負い、意識を保つことすらままならない明石真になす術はない。

 次の一撃。

 五秒先の未来において、明石真は戦闘不能に陥る。

 それで、決着。それが——逃れられない、現実。



 ——————


 電子音が鳴り響く。

 五分を報せる、スマホのタイマー音。


 ——————



『故に、虚構である』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。