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明石真。
【アレ】は、俺の完成形だ。
俺がもし、浮世離れした闘いの世界に身を置き続けるとするならば、目指す場所は、あそこだ。
阿島さんでも。
デケムでも。
ソムヌスでも。
仙波でも無い。
未来予知に届くレベルの異質な観察眼。
一挙手一投足の違和感まで拾う、異次元の洞察眼。
絶える事なく相手の心理を解析し続ける頭脳。
超然を相手に、徒手での制圧を実現する技術。
明石真こそ、花蕗静の理想の形。
目指し、辿り着くべき最終地点。
『故に』
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星翠も、デケムも、ソムヌスも。
この一瞬、例外なく誰しもが刹那の弛緩の中にいた。それ程に、放たれた一撃は強大で、巨大で——逃げ場などどこにも無い一閃だったから。誰もが決着を確信していた。
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ただ一人——花蕗静を除いて。
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「——ソムヌス!後ろだ!」
静の絶叫に、剣を振り下ろした体勢のまま、ソムヌスが顔をあげる。見つめる先には自ら放った光の奔流。莫大に過ぎるその輝きの中に、何者かの影を見る事は叶わない。
なればこそ。ソムヌスは彼の姿を見失ったことに対して、違和感を感じていなかった。
そんな、慢心とも油断とも言い切れぬ一瞬の緩み。
その間隙に差し込まれるは、地の獄より這い寄る、嘲笑。
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「ワンモアだな——ハロ〜、ブレイバー」
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幻想世界の勇者の背後——天辺の逆理が、嗤っていた。
技術的には、何一つ難しいことはしていなかった。
花蕗静の横をそのまま通過し、間合いの内側に滑り込ませた足を軸に、旋回する形で勇者の後方へと身を滑り込ませた——ただ、それだけ。
唯一絶対の異質は、その胆力。
一寸先、どころではない。たった半歩の取り違えでも即死に繋がるあの一瞬の中で、正確にその動作を実行に移せる、その精神性こそが、異端。
明石真と同じく、『迎撃』完了直後、静はソムヌスの後方へと身を躱していた。ただしそれは、過去に数度、ソムヌスの【汀】……その発動を目撃した経験則によるもの。
瞬間的な判断と反応を以て動作を完遂した天辺の逆理とは、天地程の隔たりがあった。
明石真の右手が、ソムヌスの髪を後ろから掴み——そのまま、力任せに地面へと叩きつけた。
崩れた体勢。
指向性の制御を失った光の奔流が角度を変え、下方へと向かう。
——【汀】の光は、形なき質量攻撃。
手元のおぼつかぬまま放射を継続すれば、周囲諸共を巻き込む。ソムヌスが出力を停止したのは、必然であった。
光が、途切れる。
光源の名残、輝く粒子漂う土煙の中、紫電の逆理が顔をあげる。
デケムは寸勁のダメージから未だ足止められたまま。
星翠とは距離があり過ぎる。
手をこまねいていれば次の十秒を待たず、ソムヌスは惨殺される。
残されたカードは一枚。
未だ臨戦体勢を崩さぬ、ただ一人。
逆理の雷号、花蕗静が立ち上がる。
「——っ!」
放たれるは人外の一撃。
実存する虚構の魔法によって強化された肉体——そしてこれまで培ってきた全ての常理をこめた、最後の一撃。
だが、体勢が崩れている訳でもない、動作の間隙を縫った訳でもない、半ば破れかぶれな一撃が届く訳もなく。
ぱしり、と。
余りにも簡単に、呆気なく。
コンバットブーツを受け止めて——明石真は、嗤った。
「それで、一つ聞きたいんだけどよ〜……誰が詰んだって?三流道化」
焦燥、劣等——そして、敗北。
一分余りの時間を残しながら、絶望の沈黙が立ち込める。
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「——勿論、貴様だろう。明石真」
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その静寂を破る、声。
明石真が驚愕に目を見開き、即座に後方へと飛び退く。
一瞬前まで彼の居た地点を頭上から舞い降りた拳が、激しく粉砕する。
人が地面を殴った。
動作としてはそれそのものに違いない。
だがその刹那、建物全体は激しく揺れ、拳のぶつかった地面は爆心地の如く大きく抉れる。
明石真が、冷や汗混じりに口元を引き攣らせる。
「——まさかこのタイミングでアンタが来るとは思ってなかったぜ。流石チーター……嫌になるぜ、ホンットに」
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フーディパーカーに、オーバーサイズのデニムパンツ。
短髪に顎髭を蓄え、巨大なオーバルタイプのメガネを掛けた、筋骨隆々の男。彼はゆっくりとその身を起こし、明石真を見据えた。
「貴様の戯言はもういい——この場で今すぐ、貴様を制圧する」
その名を、阿島京介。
この世界、最強の逆理。
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阿島京介が、走る。
190を超す巨体が、重戦車の如く明石真目掛けて一直線に。
「——挨拶もほどほどかい……ま、やれるだけやってみるか〜」
明石真が、嗤う。
その笑みを打ち砕かんと放たれるは、不可逆の打拳。
余りにもシンプルな一撃。
万力の如き握力で握り込まれた右の拳による、何の捻りもないストレート。
——ただし、その拳は必ず当たる。
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完全感知と絶対反応。
阿島京介の保持する二種の『パラドクス』は相互作用する。そこに更に作用するのは完全駆動の『パラドクス』。
感知した対象が防御しようと回避しようと、何の意味もない。射程圏内にいる限り敵の攻撃は全て無力化され、阿島京介の攻撃は全て通る。
速度も反応も度外視。
残されるのは、結果のみ。
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クロスガードで固めた防御。
その上から、お構い無しに撃ち抜かれる絶大なる一撃。
乾いた音と共に——明石真の左前腕がぐしゃりとひしゃげた。
「——————っ、いきなりやってくれるじゃね〜か、暴力主義者ぁ‼︎ヒーローが形無しだなぁ‼︎」
痛みに歪むよりもはやく、明石真がわらう。
遂にその身に訪れた窮地を、追い込まれた断崖を嘲笑う、不気味な笑みと、挑発の言葉。
だが、意味は無い。
何故ならば、彼の眼前に立ちはだかるは阿島京介。
地上最強の逆理にして、常世の平定者。
決然と打ち立てられしは決意の旗印。
その歩みは、何人にも阻まれない。
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「殺しはしない。だが、容赦もしない。悪いが——五体満足で終われるとは思うな」
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京介の身体が大きく旋回する。
放たれるは、やはり何の変哲もない上段回し蹴り——ただし、必ず当たる、上段回し蹴り。
折れた左腕でガードを試みるも——無駄。
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人の肉体は常時100%の出力で駆動できる様には出来ていない。体力・筋力……肉体的な負荷や、そこに対する生物的な抑制により、トップアスリートにすら不可能なフルタイムフルパワー。阿島京介は世界でただ一人、この不可能を可能にする人間。
無機物に対する完全破壊の『パラドクス』こそ無効化されているものの、完全駆動の『パラドクス』によって阿島京介の身体能力は最大効率化されている。
即ち。阿島京介は、実現可能な理論上の最大値で常に肉体を運用する事が出来る。
恵まれた素養に、鍛え抜かれた肉体。
近接格闘において、正しく地上最強——
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交通事故を思わせる轟音と共に、明石真の身体が横方向に数メートル吹き飛ばされる。
痛みと苦悶に顔を歪めながら——しかしそれでも、明石真は嗤い続ける。
「——っと、に、洒落になんね〜、スペックだな……こら、ど〜にもなんね〜、か……」
「貴様の軽口はもう飽きた——だが、俺は貴様とは違う」
「へぇ、お情け、でも、くれるってかぁ?」
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折れた骨が肉を突き破り、露出する。
大量出血による貧血とショック症状に苛まれた明石真の足は、完全に止まっていた。
最早抵抗する余力など欠片も残ってはいないのは、誰の目にも明らか。
そんな——今や無力化された災厄の『パラドクス』へと向け、世界最強の逆理は、その善性を問うた。
「投降しろ、明石真。この言い方は好きではないが……そうすれば、これ以上は手を出さない」
同情か、憐憫か、倫理か。
しかして果たして、地に這いつくばるは【全ての悪の免罪符】。
「——はっは〜、そいつぁなんとも興奮しちまう条件だな……」
息も絶え絶え、満身創痍。
それでも。
それでも、明石真は——嗤う。
「——御免被るぜ、スーパーヒーロー。テメェの思い通りに世の中、が、回ると思うなよ」
んべっ、と。
挑発する様に舌を突き出して応えるその様に、一度だけ——ゆっくりと瞬きを挟んでから。
「——わかった」
阿島京介が、決着の拳を振り上げた。
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「万事休す、ってか〜……」
阿島京介は、世界最強の逆理である。
全身に傷を負い、意識を保つことすらままならない明石真になす術はない。
次の一撃。
五秒先の未来において、明石真は戦闘不能に陥る。
それで、決着。それが——逃れられない、現実。
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電子音が鳴り響く。
五分を報せる、スマホのタイマー音。
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『故に、虚構である』




