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ちり、と。肌を焦がす微かな熱を捉えた明石真が、花蕗静からひょいと距離を置いた。練達の合気によって封じられていた身体の自由を取り戻した少年が、一気呵成に跳び起きる。——その動作よりも早く、蒼き雷が花蕗静の五体を貫いた。
好奇と驚愕。
異なる内心から、共に目を丸くする明石真と花蕗静。
その僅かに後方……【封露の天印】を剣に見立て、構えたままだったデケムはほんの微かに目線を伏せた。
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そして。
二人と最も近い距離にあったソムヌスの目には——遠い、郷愁の念を思わせる、優しくも寂しげな色味が映っていた。
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周囲の反応を逐一確認する余裕など、今の花蕗静には存在しない。思考はただひたすら、現実を追い掛ける。
痛みも、損傷も無い。
全身を覆う程に巨大な雷撃の元は全く不明だったが、それらは何もかも瑣末な話でしか無い。戦闘は継続出来る。目の前には敵が居る。守るべき……そして同時に頼るべき友もいる。ならば、立ち止まる理由などありはしない。
今一度、生まれた二歩分の間合いを潰さんと、静の足が地面を蹴る。
「——へ?」
瞬間。
静の足裏が、爆発した。
否。厳密には、地面が踏力に耐えられず砕け散ったに過ぎない。依然花蕗静の無傷は保たれていた。
踏み込んだ先で足を踏ん張る。またしても地面には抉れが生じ、破壊音が周囲にまで響き渡った。
都合二度の破砕。
その感触を実感し遂に、花蕗静は自らの身に起きた異変を理解した。
運動能力が上がっている|。それも、人間の範疇には最早到底収まらぬ領域で。
理解は一瞬、次手は間髪入れず。
解除された『パラドクス』……迎撃を手放した静の打拳が明石真へと飛ぶ。
閃光一閃。
明石真の顔面を狙い撃つ、超速のジャブ。
それでも、明石真には届かない。
動作の出だしを捉え、これを回避しつつ……だが確かに、好奇と興味由来の驚愕からその瞳を輝かせた逆理が、軽い足取りで後方数メートル距離を空ける。
「煽るだけぁ煽ってみるもんだなぁ、おい——えらくカッコよくなっちまったじゃね〜かよ、なぁ!」
言われて、静が自らの全身を軽く見やった。
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淡い蒼色に発光する全身。
時折爆ぜる小さな電流。
蒼雷に彩られた少年の赤髪は、鮮烈な花紫に染め上げられていた。
「……なんかすげー事になってんな。超静電気か?」
「——【雷神依】」
一人、見当違いに呟いた静の背後から、ソムヌスが声をかける。青年の目線が明石真を警戒し続けている事を確認した後、静が彼へと目線を向けた。
「蒼雷による擬似的な神族への転化……魔法を使えぬ剣士を、魔族にも勝る超人へと変容させる——ラキエスの編み出した、魔法だ」
——何をか考えていた訳でもなく。
咄嗟に——本当にただ、思わず。静が後方——仙波星翠を見やった。
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大ぶりな木彫りの杖を両手で構え、肩で息をする少女。
その姿が——いつかの友と、重なる。
「——————っ——————」
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やばい。
まず初めに、そう思った。
今がそんな場面じゃ無いことも……状況では無いことも、全部理解している。全部理解して——それでも、危ないと思った。
アイツは、もう居ない。
どれだけ望んでも、もう会えない。
その笑顔に面影があっても。
その言葉に名残があっても。
仙波星翠は、ラキエス・シーシスではない。
現実は変わらない。事実は覆らない。
俺とアイツがもう一度言葉を交わす事は、二度とない。
だから。
こんなにも今になって……どうしようもない崖っぷちにまで立たされて。こんな風に——雷に打たれるみたいに、アイツから救われてしまうだなんて、思ってもいなかったのだ。
……仙波星翠を大切に思うこの心と、ラキエス・シーシスの喪失に痛むこの心は、きっとどこかで繋がってる。仙波にとってそれはきっと、嬉しいことではないのだと思う。
それでも。
アイツは確かに其処に居た。
ほんの細やかな時間を共にした、とても大切なアイツの笑顔を——仙波星翠に垣間見た。
仙波の幸せを願うこの心と、あの日穿たれた取り返しのつかない悔恨は、きっと同じところから来ている。それは多分、誤魔化しようのない真実で、逃れられない現実だ。
だけど。
だから、仙波の幸せを願ってはいけないなんて道理はないはずだ。
この想いは間違っているかもしれない。
正しくなんて、ないかもしれない。
それでも願うなら。
遺されたアイツを……仙波を想い続けるならば——もう、立ち止まる訳にはいかない。
「——あぁ、こんな風に……アンタにもう一度逢えるなんて——思ってもなかったぜ——」
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別れは、寂しい。
別れは、苦しい。
けれど、それだけではないと信じている。
目を閉じて、別れを。
もう二度と逢うことのない大切な友達に、さようならを。
決して忘れる事の出来ないあの笑顔を、立ち止まる為の言い訳にはもう出来ない。
しくじった。
間違えた。
敗北した。
傷付いた。
それでも、もう一度。俺は此処から歩き出す。
もう一度目を開けた時——そこに居たのは幻想ではない、たった一人の少女だった。
この先何があっても。
どうしても幸せになってほしいと願った、少女が一人。
アイツが居るから。
アイツが生きてるこの世界で。
俺は、もう一度——
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「バフ掛けとは、随分ゲーム脳な真似してくれるじゃね〜か……やっぱやるな〜、妄想乙女」
明石真の軽口に「あぁ」と短く頷いて、花蕗静が振り返る。
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「世界最強の助っ人だ。負ける気しねーぜ、クソが」
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「な〜るほどね〜……」
明石真が四人それぞれを見やってから、スマホのタイマーを確認する。
「残り2分10秒……ま、ざっくり2分だわな」
スマホを再びポケットに仕舞い、明石真が顔をあげる。
——その表情を見て、静達四人——全員に戦慄が疾った。
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「んじゃ、こっから先は少し本気で『殺し』にいくぜ……しっかり付いてこいよ、『幻想世界の虚構実存』共」
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明石真が、走る。目指す先は——花蕗静。
首筋目掛けて放たれる右の打突を交差気味、同じく右手で払いながら、倒れ込む形で静が上段目掛けて蹴りを放つ。
その動作の速力は、既に人間の範疇には無い。
【雷神依】によって強化された花蕗静の肉体は、『パラドクス』を用いるまでもなく、常理の外側。存在自体が現実世界の逆理。
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それでも、届かない。
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相手は天辺の逆理、明石真。
卓越した観察眼と洞察眼によって、あらゆる動作の出だしを看破する異質の異形。人の枠組みから外れた花蕗静の蹴りですら、逆理に取っては予定調和——
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「『焼け落ちた空の明星。焼け焦げた夜の声明』」
明石真の口角があがる。その視線が捉えるは後方……間合いを詰めた静の動作にあわせて後方へと退がった先、【汀】を最上段に構える幻想の勇者、ソムヌス。
天上で生まれ、煉獄で鍛え上げられ、やがて地上に封じられし楔の聖剣。幻想と現実を分つ、別離の神器。
超広域飽和兵器【汀の聖剣】——その全出力解放の為の前口上。唱えられるのは、遠い約束の言葉。
「『十六小渡る翁、八獄統べる八逆、七天貫く審判の楔』」
聖剣が莫大な光の奔流を噴きこぼす。
燦然たるその様にしかし、常理の底辺は微塵も揺らがない。
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「——っぁあ⁉︎」
呆気なく掴まれた足首。そこを起点に、ぐるりと……抗い難い遠心力の波が静を襲う。
今一度の合気。
子供を放る大人の様な簡単な所作によって、180を超す静の長身が宙を舞う。その五体が地に触れるよりも早く、明石真がソムヌスへと駆ける。
「タメ技なんぞ使う暇、くれてやるとでも思ったかぁ?」
その行手を、幻想の女王が阻む。
両手には近接用に仕様変更を済ませた【天印の剣】。
そして自身の周囲には、先程見せた〝近接特化〟【封露の天印】の結界。
掃射と剣戟は一息に。只人・明石真を封印せんと放たれる。
回避不能の封殺結界。
空間自体を光の質量で埋める、飽和攻撃。
触れれば詰み——超理の果てにあるその切っ先を一瞥した明石真が躊躇いなく、その奔流の渦中へと飛び込んだ。
「——!」
君臨者としての矜持。
それに見合うだけの絶大な力。
それら全てを嘲笑うかの様に……網の目を抜ける様な繊細な足運びと豪胆な突進を以て、逆理の体躯はあっという間に女王の間合いの内側へと滑り込んだ。
「言ったろ?穴だらけだって」
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【天印】による結界。
その構築自体は、女王デケムの命令を以て構築されている。認知と認識を拠り所に産み落とされる技術も、技巧も、技も、力も。どれ一つをとっても、絶対は存在しない。
完全無欠など、ない。
回避不能な封殺結界は明石真にとって、単なる攻略可能なギミックでしかなかった。
間合いを詰めた五体は、【天印】結界の無傷圏内に。
女王が次手を打とうと意識を巡らせるより速く、その拳が、デケムの腹部にピタリと添えられる。
次の瞬間。
「——っあ、が——っ!」
デケムの身体が後方へと数メートルほど吹き飛ばされる。
予備動作・溜めの一切を廃した技の極致——寸勁。
逆理は止まらない。
未だ空を舞う純白のドレスに土が付くより先、その体躯は疾走を再開する。そして——
「『夜の帳、静の先。捧げるは我が心、欲するは安寧の籠。暗澹照らす燦然を、契約の下——今こそ此処に示せ』——!」
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「示せね〜って言ってんだよ、ば〜か」
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詠唱を終えたソムヌスが、焦燥に目を細める。
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聖剣の封印解除は完了した。
あとは一振り、上段から振り下ろすだけで、【汀】の最大出力発射は完了する。だが、間に合わない。
振り抜かれる左腕。なんら変哲の無い打拳の一撃はしかし、紛う事なき正確無比。半秒にも満たない先、その拳は剣の柄を撃ち落とし、【汀】の発動は阻止される。
一瞬の躊躇。明石真の一撃を阻む術は、ない。
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『故に、迎撃可能である』
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雷轟電撃、疾風迅雷。
現代の魔法使い仙波星翠によって放たれた、闇を切り裂く逆理の紫電。後方より追い付き、明石真の前に立ちはだかった花蕗静の『パラドクス』が、狂気の一撃を撃ち落とした。
「詰みだろ、カスエンタテイナー!」
「やるじゃね〜か、『花蕗静』!」
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閃光が疾る。
【汀の聖剣】、その光の奔流が『エルミレオ』館内を満たした。




