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「この一回は大目に見ろよ。コレまで反則切られたらたまったもんじゃね〜からな」
言葉は軽く、視線は一瞥。
合図など無い。歪められる現実に兆候など存在しない。
厳然と横たわる、既に起き、確定した事実はしかし、逆理の頂・明石真にとっては未確定の可能性の種でしかない。
興味がなければ焼き払う。
面白味が無ければ息の根を止める。
変えることの出来ぬ現実など、無い。
〔[花蕗静とソムヌスに、負傷はなかった]〕
瞬きの刹那。
花蕗静の膝、ソムヌスの肘。
数十秒の間に破壊された彼らの肉体の損傷は、跡形も無く消え失せていた。
なんの余韻も、名残も残さず。正しく何事もなかったかの如く。
静に至っては、この一合……それ以前に明石真によってつけられた傷も、【影】救出の際に負った左掌まで、全てまとめて。
それは、治療などという生易しいものではなかった。
あたかも、時間の逆行——もしくは現実の改竄。
「——許可取りもせずに人の体ぶっ壊して、治して。やりたい放題やってくれんじゃねーか、テメー……!」
憤怒に燃える声に返るのは、溜息混じりの苦笑い。
「だ〜から、マジで悪かったって。そもそも俺の能力ってのは使ったかどうだか、傍からじゃ判断しづらい代物でな。言葉の証明にゃ信頼がいるんだよ。その五体満足は俺からの詫びの品だ」
それによ、と。言葉は続く。
狂気の嗤顔と共に。
——————
「責任全部俺に押し付けられんのは、それぁそれで不服だぜ。ヘボすぎんだろアンタら、雁首揃えてよ〜」
——————
「どいつもこいつも、それなりのオカルト持ってんだからもう少し頭使えよ。実はあんまりやる気なかったりすんのか、もしかして」
底辺の常理が、嘲笑う。
「アンタら三匹崩す手ぇなんざ、一秒考えりゃいくらでも思い付くぜ……一番イージーなのは、そこの勇者様相手取りながら女王様との距離を保つ。これなら素敵飛び道具の射線は限定できるし……そもそも得物持ってる奴の相手なんざ型抜きよりチョロいぜ。なんてったって、得物しか使わね〜んだからな」
全ての悪の免罪符が、高嗤う。
「次点は一点突破、女王様攻略だな。今の構えはちょっと面白かったけど、どっち道穴だらけだな。ま、元が後衛オフェンスタイプだからしょーがねーけどよ……どっち道こっちは昨日の夜攻略済みだかんな。興は乗らね〜よ」
明石真がジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、タイマーを確認する。
「この一分もサービスに含めとくぜ。良いなアンタら、今言ったのが一番ライトな俺の勝ち筋だかんな、ちゃんと把握したな?覚えたな?——んじゃ、その上で、だ」
——————
「今言ったアイデアを、俺は使わねぇ——残り三分、死に物狂いで来いよ」
天辺の逆理が、牙を剥く。
——————
明石真が、駆ける。
真っ直ぐに、花蕗静へと向けて。
静が『パラドクス』を展開しつつ、両手を前方に構える。
間合いを詰めた明石真の身体が急停止し、その右腕が静へと突き出される。
——スローモーションの様に、ゆっくりと。
『パラドクス』は反応しない。
そもそも明石真の差し出した手は迎撃不能どころか、既に攻撃ですらない。緩やかに、何の気無しに。その手は静の掌を柔らかく握った。
「——————っ!」
しまった。
その思考さえ、遅すぎる。
握られた掌に僅か、力が加えられたと思った、次の瞬間。
まるで巨石を背負わされたかの如き超重を背中に感じた静の身体が、地面に向かって叩き付けられた。
——————合気———っ!
柔よく剛を制す。
長い年月の中、真偽についての議論が絶えぬその技術が、紛う事なき本物であることを、花蕗静は思い知らされる。
握力で圧倒されている訳ではない。
物理的な拘束を課せられているでもない。
にも関わらず。
———動けねぇ——‼︎
全身くまなくピクリとも動かせない。
次の一手を放たれれば、それで詰む。
——————
絶対堅守、自動迎撃の【逆説の異能】。
認識不可能、防御不能な脅威の全てを撃ち落とす規格外の鉄壁、その攻略法はあまりにも容易かった。
即ち、認識可能、人畜無害な接触。花蕗静の五感によって知覚された『迎撃可能』に対して、彼の異能はその効力の一切を発揮しない。
加えて。接触を保持した状態での攻撃動作を再迎撃する為には、継続された接触を一度、自力で振り解かなければならない——所有者である花蕗静すら知らなかった、彼の『パラドクス』の隠された特性。明石真はこれを看破していた。
万力などでは決して無い。
そもそも恐らく、素の筋力・握力は静の方が上。
それでも、解けない。
重心を支配され、体勢を崩された今、明石真の手を振り払う術は、花蕗静にはなかった。
一瞬の膠着。その静寂を破ったのは、横薙ぎの剣閃。
目線だけをそちらに向けた明石真。
その目が——僅かに見開かれた。
——————
靴を脱ぎ捨て、素足のまま。
大きく踏み込み、踏み締め。
鋭く振るわれる切っ先は、白き軌跡。
女王デケムによる、剣戟一閃。
——————
その手に握られるは天上兵器【封露の天印】。
その効果——接触対象への封印強制を保持した状態で、能力非適用領域を部分的に生成。その部分を【柄】に見立てて、【剣】として運用する。
幻想世界最優の魔法使いにすら不可能——天使の権能の真なる支配者、女王デケムのみに実現可能な超絶技巧。
更に、内的な魔法運用により強化された身体能力——重ね掛けされた『反復踏襲』の魔法によって再現されるは、共に肩を並べし錬鉄の勇者ソムヌスの技術。
今ここに。女王デケムの剣技——その精度は、常人の枠を大きく飛び越えていた。
「はっは〜!それぁ予想外だったぜ!」
静の手を握ったまま、スウェイバックでその切っ先を躱しながら、明石真が笑った。
「狙いは悪くね〜ぜ。ほら、次を見せてみろよ、この程度じゃ俺はやれね〜ぞ?」
言葉の終わりを待たず、デケムが大きく腰を折り、その背を明石真に向ける。
その背を、自らの背中で転がりながら、勇者ソムヌスが明石真の間合いの内側に入り込む。
着地とほぼ同時。
腰と手首の捻りを用い、手元から首目掛けて放たれるコンパクトな突き。
出の速さに加え、当てる——その一点に目的を絞った一撃。
——————
だが、届かない。
——————
一瞬たりともその切っ先から視線を切ることなく、上体を最小限に動かして回避を実現する。その動作と完璧に同時……放たれた膝蹴りがソムヌスの鳩尾に突き刺さる。
「——っぐ、が——!」
「いいねぇ、悪くね〜ぜイケメン坊主、協力プレイは多人数ゲーの醍醐味だもんなぁ——けど足んね〜なぁ。もっと頭使って、脳みそ回して、身体動かせよ〜。さもなきゃこっちの学生が死んじまうぞ〜」
静が焦燥に顔を歪める。
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俺が足を引っ張ってる。
それはもう、構わない。そもそもこの中で一番弱いのが俺だってのは分かりきってた話だ。だからそこでへこたれてる暇なんかありはしない。
ただ、強く求める。欲する。望む。
今はとにかく、前へ。
コイツに一泡を吹かせる為に。
誰一人——俺自身までくたばる事なく、勝ち切るための何か。ここにはないかもしれない、希望を——
——————
『——故に、此処に在る』
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仙波星翠は考える。
自分にできる何かがないか。
追い詰められた状況を打破する為に、この【仙波星翠】にやれる事がないか。
仙波星翠は魔法使いである。
だが、その実力はとても実戦に耐える水準には届かない。
彼女は本質的に『パラドクス』能力者であり、幻想世界の物質・技術の運用は、どこまでいっても【世界を創出する能力】の付帯効果でしかない。
故に、及ばない。
【天印】の操作術では女王デケムに、【汀】を駆使した近接戦闘ではソムヌスに。それぞれに、仙波星翠は大きく遅れをとる。
同じ土俵で闘っていても意味がない。
それでは到底、明石真の意表を突くことは出来ない。
ならばどうするか。
手持ちの札は『パラドクス』、そして生み出された幻想世界の物質……そして付け焼き刃の魔術。状況は、絶望的であった。
『故に』
心の内、幻想世界の扉を開く。
欲するは媒介——未だ拙い自らの魔術を最大化させる為の触媒。彼の世界における最高位の物を呼び出す。
望むべきは言葉——基本理念の理解が出来ている以上、正しく言葉を紡げば行使は可能な筈。
狙うべきは刹那——望んでいた訳でもないけれど、幸い彼は今その身動きを封じられている。ならば、当てられる。
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「『蒼雷、風天、花と雨』」
心の内より取り出されるは、少女の背丈程もある木彫りの杖。魔術行使における補助具として運用される、幻想と現実の間に架かる橋。
「『曇天に刺す一条の光、微睡に猛る剛腕の剣』」
杖の名は、【天逢神の霊杖】。
かつて、テサウル最優の名を欲しいままにした、稀代の大魔法使い——
「『静を裂き、天を往く雷号と化せ——!』」
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——雷霆の魔法使い、ラキエス・シーシスの杖。




