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パブロドグマ  作者: ほたて
【アンチドグマ】
39/46

4:59

 左手にはガラスを失った巨大な窓枠。

 右手には映画館の暗闇。

 快晴の空は薄暗い館内に光を届け、構える五人をそれぞれに照らした。


 最後尾に構えるは幻想世界の創造主。

 非実存の魔術を操る実存の魔法使い・仙波星翠。


 その数歩前方。白く煌めく光の柱を、自らを取り囲む様に展開するのは、古き大国の君臨者。

 絶対拘束と即死の超然を操る頂点・女王デケム。


 その更に前方に構える影は二つ。


 虚構と現実を分つ、遥かな昔より語り継がれし聖剣を携えた青年。

 金髪隻眼。非実在の戦火を潜り抜けた本物の勇者・ソムヌス。


 そして。


 血と埃に塗れ、身体中を痛めながら。

 それでも決然と、今再びその双眸を燦然と揺らし、ただ前だけを見据える——何者でもない者。

 逆理の徒、花蕗静。


 ——————

 

「レイドバトルっぽくてテンション上がるな〜。どうする?俺から仕掛けてやろうか?」


 相対するは、逆理の天辺にして常理の底辺。

 世を司るあらゆる規律の外縁に立ち、混沌を俯瞰する巨大な虚《うろ》。


 明石真。

 またの名を、【全ての悪の免罪符】。


「抜かせよトリックスター——!」

「口が減らない奴ぁ好きだぜ……ヘイsiri、五分のタイマーかけてくれ」


 逆理と逆理。

 共に常理の外に立つ少年と男。互いの牙が、互いの喉笛へと迫る。



『はい。五分のタイマーをセットしました』


 ——————


 静とソムヌス——二人の足が同時に地を蹴った。

 下段——足下を斬り払う聖剣による剣戟と、頭部へと放たれる蹴撃。タイミングを揃えた上下同時攻撃。

 合図は無く。そしてまた、一瞬の躊躇も無く。

 最短距離を最高速で捉えたその一撃に——男が、嗤う。


 明石真の体がふわりと舞う。

 静の蹴りを腕で防ぎながら、【汀】の切っ先を空中でやり過ごす。その両脚が、流れる様にソムヌスの首を挟み込む。

 静の足をあしらう様に振り払いながら、その全身が大きく捻られる。

 

 ——静が舌打ちをする。

 その構えから繰り出される技を、彼は知っていた。

 

 それはかつて、花蕗静が鎖の『パラドクス』——菅野友尚の亡霊を降した技。名を、フライング・ヘッドシザーズ。旋回運動と重力落下に自重を加え、対象の首をへし折るプロレスの大技。


「お」

 だが、技は成立前に解除された。

 正確無比な軌道を描いて放たれる白き極光『封露の天印』。

 絶対封印の効果を持つ光の柱。その回避の為に、明石真は挟んでいたソムヌスの首から脚を離し、するりと地面に降り立つ。

 その着地と同時、事のついでの様に放たれたのは、低空の旋回蹴り払い。繋ぎなく放たれたその一撃は、一息に勇者と赤髪の少年の体勢を崩した。


「さ〜、最初の死人は誰になるかな〜?」

 

 愉快げに呟く明石真へと向け、再び『天印』の大量掃射が行われる。

 巻き添えを避ける為、静とソムヌスがそれぞれ左右に身を転がし射線を開ける。

 だが——遅い。


 掃射の開始よりも、射線の確保よりも早く。

 明石真の体が『天印』の掃射へと向けて、真っ直ぐに駆ける。


 デケムが半歩身を引く。

 掠っただけでも対象を強制封印する絶対拘束。

 その幻想の天上兵器に対して、正面から突っ込んでいく。

 選ばれた動作は、狂気の沙汰としか言えない代物であった。


「——っ」


 デケムが両腕を振るう。

 女王を中心に円形——地面と平行に【天印】が展開された。

 上中下——どの位置から攻め入られても即時対応出来る、女王デケムの〝近接用〟【天印】の布陣だった。


 ——————


 恐らく。

 今この場において、明石真を最も正しく警戒しているのは、女王デケム。

 昨晩の数合、自らの命にその牙を掛けながら、気まぐれで離れていっただけの異端の魔獣。

 故に、手は抜かない。

 油断も躊躇も、何一つ。


 理解の及ばぬ逆理の象徴……その不可解は不可解のまま、——傲慢不遜を本質とする君臨者デケムが見せた、本気の臨戦体勢。


 ——但し相手は明石真。

 この世の全てを嘲笑う、狂気の道化。


 ——————


「じゃ、こっちだな」

 死角の無い、絶対制空圏。それを視認するや、明石真が踵を返す。一息の間に距離を詰めた真が、ソムヌスの眼前でひらりと手を振る。


「ハロー、ブレイバー」

 

 その首元へと振るわれるは、鍛え抜かれた錬鉄の剣戟。

 幻想世界において、数多の強敵と渡り合ってきた、本物の戦場の剣。その出だしはしかし——明石真によってあっさりと受け止められた。

 掴まれたのは柄を握った側の手首。

 押さえ込む様に伸び切ったその肘関節を、明石真のもう一方の腕——その掌底が、下方向から撃ち抜く。

 

「——っ‼︎」

 

 鈍く、嫌な音と共に、ソムヌスの肘関節が逆方向に折れる。たまらず手放された聖剣を頭上へと蹴り上げた明石真の身体が、その場で旋回する。


 ソムヌス救出の為に接近し、放たれた静の右上段蹴り。

 旋回し、対面したのと同時にその蹴り足を左手で受け止める。その足を掴んだまま、明石真が静へと向かって倒(・)れ(・)込(・)む(・)。


 ——花蕗静のパラドクスは起動状態を継続している。だが、足を掴んでいる動作それ自体は認識可能な上に、一切の殺傷性も伴わない。


{故に、迎撃不可能}


 自動迎撃の絶対堅守。あらゆる脅威を拒絶する逆理の牙が封じられる。

 

 背中を激しく地面に打ち付けられたことによる一瞬の酸欠に、静が顔を歪める。その苦悶を嘲笑ったまま、明石真が声をあげる。


「せーの」


 押さえ込んだ静の足。

 その脚を、静自身の胸部に向かって力任せに押し込む。

 次の瞬間。


「——————っ‼︎‼︎‼︎」


 ばきん、と。

 重く、鈍い音を伴って、静の膝関節が逆方向に折れた。


「借りるぜ〜」


 行動不能に陥った静から身を離し、踵を返し、腕を伸ばす。その手に収まるは、先程蹴り上げた聖剣——その名を、【汀】。

 

 剣の柄を握った明石真が、再び猛然とデケムに襲いかかる。


 ——————


 ソムヌスが保有する聖剣。魔術ひしめく幻想の世界においてさえ、その剣が『聖剣』の名を冠する理由は、ただ一つ。それは、魔導兵器としてのその特性にあった。


 即ち。天使の権能——【天印】の完全無効化。


 ——————


 ——それは、剣戟などではなかった。

 流麗さも、積み上げられた技巧もない。ただ、最短距離を最高効率で薙ぎ払うだけの動作。


 だが、速い。


 展開済みの【封露の天印】は瞬く間にかき消され、後に残るのは無防備となった、女王デケム。

 傲慢不遜、絢爛豪華を常とする女王の顔に色濃い緊張が走る。その首元へと向けて、【汀】が振るわれる。


 ——————


「あ」


 ぴたり、と。

 後数センチでその首を切り裂く位置で、刃がぴたりと止まる。冷や汗をかきながら唇を噛む女王デケムへと向けて、明石真が頭を掻いて、笑う。


「いや、すまねぇ!レギュレーション違反だ」


 誰も。男の言葉の意味が理解できずに固まっていた。

 そんな只中でさえ可笑しそうに笑いながら、明石真は剣を降ろし、それをソムヌスへと向けて放る。


「手癖で使っちったけど、そもそも武器は無しの約束だったものな。いや〜、我ながら貧乏性なもんでな、悪かった」


 カラカラと笑いながら、明石真がデケムから離れ、丁度三人の中央まで歩いていく。


 立ち止まり、腕を開く。


「さぁ、仕切り直しだ。後4分……続きを遊ぼ〜ぜ」

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