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左手にはガラスを失った巨大な窓枠。
右手には映画館の暗闇。
快晴の空は薄暗い館内に光を届け、構える五人をそれぞれに照らした。
最後尾に構えるは幻想世界の創造主。
非実存の魔術を操る実存の魔法使い・仙波星翠。
その数歩前方。白く煌めく光の柱を、自らを取り囲む様に展開するのは、古き大国の君臨者。
絶対拘束と即死の超然を操る頂点・女王デケム。
その更に前方に構える影は二つ。
虚構と現実を分つ、遥かな昔より語り継がれし聖剣を携えた青年。
金髪隻眼。非実在の戦火を潜り抜けた本物の勇者・ソムヌス。
そして。
血と埃に塗れ、身体中を痛めながら。
それでも決然と、今再びその双眸を燦然と揺らし、ただ前だけを見据える——何者でもない者。
逆理の徒、花蕗静。
——————
「レイドバトルっぽくてテンション上がるな〜。どうする?俺から仕掛けてやろうか?」
相対するは、逆理の天辺にして常理の底辺。
世を司るあらゆる規律の外縁に立ち、混沌を俯瞰する巨大な虚。
明石真。
またの名を、【全ての悪の免罪符】。
「抜かせよトリックスター——!」
「口が減らない奴ぁ好きだぜ……ヘイsiri、五分のタイマーかけてくれ」
逆理と逆理。
共に常理の外に立つ少年と男。互いの牙が、互いの喉笛へと迫る。
『はい。五分のタイマーをセットしました』
——————
静とソムヌス——二人の足が同時に地を蹴った。
下段——足下を斬り払う聖剣による剣戟と、頭部へと放たれる蹴撃。タイミングを揃えた上下同時攻撃。
合図は無く。そしてまた、一瞬の躊躇も無く。
最短距離を最高速で捉えたその一撃に——男が、嗤う。
明石真の体がふわりと舞う。
静の蹴りを腕で防ぎながら、【汀】の切っ先を空中でやり過ごす。その両脚が、流れる様にソムヌスの首を挟み込む。
静の足をあしらう様に振り払いながら、その全身が大きく捻られる。
——静が舌打ちをする。
その構えから繰り出される技を、彼は知っていた。
それはかつて、花蕗静が鎖の『パラドクス』——菅野友尚の亡霊を降した技。名を、フライング・ヘッドシザーズ。旋回運動と重力落下に自重を加え、対象の首をへし折るプロレスの大技。
「お」
だが、技は成立前に解除された。
正確無比な軌道を描いて放たれる白き極光『封露の天印』。
絶対封印の効果を持つ光の柱。その回避の為に、明石真は挟んでいたソムヌスの首から脚を離し、するりと地面に降り立つ。
その着地と同時、事のついでの様に放たれたのは、低空の旋回蹴り払い。繋ぎなく放たれたその一撃は、一息に勇者と赤髪の少年の体勢を崩した。
「さ〜、最初の死人は誰になるかな〜?」
愉快げに呟く明石真へと向け、再び『天印』の大量掃射が行われる。
巻き添えを避ける為、静とソムヌスがそれぞれ左右に身を転がし射線を開ける。
だが——遅い。
掃射の開始よりも、射線の確保よりも早く。
明石真の体が『天印』の掃射へと向けて、真っ直ぐに駆ける。
デケムが半歩身を引く。
掠っただけでも対象を強制封印する絶対拘束。
その幻想の天上兵器に対して、正面から突っ込んでいく。
選ばれた動作は、狂気の沙汰としか言えない代物であった。
「——っ」
デケムが両腕を振るう。
女王を中心に円形——地面と平行に【天印】が展開された。
上中下——どの位置から攻め入られても即時対応出来る、女王デケムの〝近接用〟【天印】の布陣だった。
——————
恐らく。
今この場において、明石真を最も正しく警戒しているのは、女王デケム。
昨晩の数合、自らの命にその牙を掛けながら、気まぐれで離れていっただけの異端の魔獣。
故に、手は抜かない。
油断も躊躇も、何一つ。
理解の及ばぬ逆理の象徴……その不可解は不可解のまま、——傲慢不遜を本質とする君臨者デケムが見せた、本気の臨戦体勢。
——但し相手は明石真。
この世の全てを嘲笑う、狂気の道化。
——————
「じゃ、こっちだな」
死角の無い、絶対制空圏。それを視認するや、明石真が踵を返す。一息の間に距離を詰めた真が、ソムヌスの眼前でひらりと手を振る。
「ハロー、ブレイバー」
その首元へと振るわれるは、鍛え抜かれた錬鉄の剣戟。
幻想世界において、数多の強敵と渡り合ってきた、本物の戦場の剣。その出だしはしかし——明石真によってあっさりと受け止められた。
掴まれたのは柄を握った側の手首。
押さえ込む様に伸び切ったその肘関節を、明石真のもう一方の腕——その掌底が、下方向から撃ち抜く。
「——っ‼︎」
鈍く、嫌な音と共に、ソムヌスの肘関節が逆方向に折れる。たまらず手放された聖剣を頭上へと蹴り上げた明石真の身体が、その場で旋回する。
ソムヌス救出の為に接近し、放たれた静の右上段蹴り。
旋回し、対面したのと同時にその蹴り足を左手で受け止める。その足を掴んだまま、明石真が静へと向かって倒れ込む。
——花蕗静のパラドクスは起動状態を継続している。だが、足を掴んでいる動作それ自体は認識可能な上に、一切の殺傷性も伴わない。
{故に、迎撃不可能}
自動迎撃の絶対堅守。あらゆる脅威を拒絶する逆理の牙が封じられる。
背中を激しく地面に打ち付けられたことによる一瞬の酸欠に、静が顔を歪める。その苦悶を嘲笑ったまま、明石真が声をあげる。
「せーの」
押さえ込んだ静の足。
その脚を、静自身の胸部に向かって力任せに押し込む。
次の瞬間。
「——————っ‼︎‼︎‼︎」
ばきん、と。
重く、鈍い音を伴って、静の膝関節が逆方向に折れた。
「借りるぜ〜」
行動不能に陥った静から身を離し、踵を返し、腕を伸ばす。その手に収まるは、先程蹴り上げた聖剣——その名を、【汀】。
剣の柄を握った明石真が、再び猛然とデケムに襲いかかる。
——————
ソムヌスが保有する聖剣。魔術ひしめく幻想の世界においてさえ、その剣が『聖剣』の名を冠する理由は、ただ一つ。それは、魔導兵器としてのその特性にあった。
即ち。天使の権能——【天印】の完全無効化。
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——それは、剣戟などではなかった。
流麗さも、積み上げられた技巧もない。ただ、最短距離を最高効率で薙ぎ払うだけの動作。
だが、速い。
展開済みの【封露の天印】は瞬く間にかき消され、後に残るのは無防備となった、女王デケム。
傲慢不遜、絢爛豪華を常とする女王の顔に色濃い緊張が走る。その首元へと向けて、【汀】が振るわれる。
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「あ」
ぴたり、と。
後数センチでその首を切り裂く位置で、刃がぴたりと止まる。冷や汗をかきながら唇を噛む女王デケムへと向けて、明石真が頭を掻いて、笑う。
「いや、すまねぇ!レギュレーション違反だ」
誰も。男の言葉の意味が理解できずに固まっていた。
そんな只中でさえ可笑しそうに笑いながら、明石真は剣を降ろし、それをソムヌスへと向けて放る。
「手癖で使っちったけど、そもそも武器は無しの約束だったものな。いや〜、我ながら貧乏性なもんでな、悪かった」
カラカラと笑いながら、明石真がデケムから離れ、丁度三人の中央まで歩いていく。
立ち止まり、腕を開く。
「さぁ、仕切り直しだ。後4分……続きを遊ぼ〜ぜ」




