11時20分
「あっはっはっはっは!」
明石真が、腹を抱えながら大口を開けて、豪快に笑う。
「いや、マジで。どう出るかってのぁ色々イメージしてなかったでもね〜けど、いくらなんでも予想外……一本取られたぜ。まさか……よりによって……っくふ、あっはっはっは」
息も絶え絶えに笑い転げる明石真の脇を通り、静達の側まで歩み寄った金髪隻眼の剣士……ソムヌスは、感心しきりの様子で頷く。
「豪気で豪胆、清々しい程に潔い宣誓だった。流石はホシミだ」
「お〜、そうだ勇者様もっと言ったれ!こんな……くっひっひっひっ」
「お前まじちょっとウケ過ぎだかんな調子乗んなよテメー。お前が馬鹿ウケしてるせいで、俺がキョどる暇もねーじゃねーか!」
「は〜〜……いや、そいつぁ失敬……くくく——っと、ほれ、水」
今尚口角緩みっぱなしの明石真からペットボトルの水を受け取ると、静はそれを勢い良く呷った。
「ひとっつも反省が見えねーじゃねーかテメー!水ごちそうさん!」
「いやいやけどよ、こいつぁいくらなんでも俺にばっか責任の所在求められても困っちまうぜ——なぁ、嬢ちゃん」
「ぬぐぐぐ——っ!」
耳まで真っ赤にしながら、小さく地団駄を踏む星翠。
そんな弛緩した空気の中。
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「しゃんとなさい、小娘」
幻想の女王は、ぴしゃりと言い放った。
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「お前がどれだけの思いでその言葉を口にしたかなんて、興味も湧かないわ。けれど、それがもし思い悩み……悩んで悩んで悩み抜いた先の、本当に切実な想いから出た言葉だというのなら、その言葉に相応しく立ちなさい。その想いに相応しい人でありなさい……大言甘言の類に自惚れるばかりなんて——腹立たしくも私と同じ心の一片を宿すものとして、この私が許さないわ」
それは決して、仙波星翠を認める言葉ではなかった。頂点者として君臨する彼女に、生半な同情や憐憫などありはしないのだから。
だから言葉は、ただの矜持。
目に映る全てを支配してきた絶対者——で、あるが故にこそ辿り着いた、女王の本質でしかなかった。
「——はい!」
負けるわけにはいかない。
遠く遥かなその背中は、けれど確かに私の内にも宿りし心の在り方のはずだから。ならば、負けるわけにはいかない。負けて、たまるものか。
深く息を吸って、吐いて。
もう一度、今改めて——仙波星翠は、花蕗静を見つめる。
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「花蕗君に変わってほしいなんて、言わない——本当は危ない事はして欲しくないし、出来るなら自分の事だって大切にして欲しい。だけど、それを貴方の心が咎めるなら、無理にそうしてくれなんてもう言わない。その代わり、私が貴方を大事にする。貴方が貴方を大切に出来ないなら、貴方の分まで私が——仙波星翠が、花蕗静を大切にする。花蕗君が自分の幸せを叶えられないなら、私が花蕗君の分まで、花蕗君の幸せを叶える。だから——」
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あぁ。今、わかった。
俺はきっと生涯、コイツには敵わない。
一生賭けても、俺はコイツみたいにはなれない。
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「小娘が一丁前に、綺麗にまとめようとするわね!小憎たらしい!」
「——この流れで横から口挟む事あります⁉︎」
「当たり前よ!小娘の分際で、さもシジマの全部を背負った様な顔をして、面の皮の厚いこと!——シジマ!」
「お、押忍!」
デケムの迫力に姿勢を正しながら、静がその言葉を受け取る。
「貴方が自分の幸せに頓着しようがしなかろうが、そんな事興味も湧かないわ!——けれど、覚えておいて。私は貴方の価値を世界に謳う女よ。貴方の心変わりも、成功も、失敗も。貴方が真に自ら望んだものならば、私は貴方の全部を肯定する。——貴方自身が愛らしく望むなら、私の助けを受ける許可をあげる。貴方にだったら、いつだって、どこでだって」
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本当に、敵わねぇなぁ。
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「〝名無し〟」
「あぁ」
「デケム」
「なぁに?シジマ」
「——————仙波」
「——————はい」
花蕗静が、嗤う。
強く、不遜に——そして何物にも侵されない強さを纏って、笑う。
「あの都市伝説野郎に一泡吹かせてやりてーんだ。——アンタらの力を貸してくれ……俺を、助けてくれ」
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「さてと、だ」
明石真が、軽く体を伸ばした。
「末期のご挨拶はお済みかね、皆皆様方。宴も酣ってところで、そろそろはじめるか〜?」
花蕗静が、わらう。
「随分と大人しく待ってくれるもんだな。背中に気ぃつけねーとー、なんて気ぃ張ってたのが馬鹿みたいだぜ。退屈は嫌いなんじゃなかったかよ、エンターテイナー」
「別に嫌いじゃね〜さ。人間ドラマなら手当たり次第、頭から気に入らねぇなんて言ってね〜よ。ま、流石にそればっかりじゃ退屈極まるからな、要所要所でテコ入れは必要だと思うけどな」
明石真が、一歩を踏み出す。
更にもう一歩を踏み出そうとしたその足を、
「待てよ」
花蕗静が、制した。
「なんだよ、まだなんかあんのか〜?」
「ったりめーだ。一番大事なのが残ってんだろ」
混沌の逆理を真っ向から見据えて、花蕗静は不遜に笑う。
「知ってるぜ都市伝説。アンタぁとびきりぶっちぎりの逆説野郎なんだろ?デケムとやり合っても余裕かましてたらしーじゃねーかよ」
「お褒めにあずかってる……のか、こりゃ?」
「そんなモンスターが、のっけからフルパワーでガキの相手なんざ大人気ねーとは思わねーかよ」
「——要約すると?」
「ハンデ寄越せ」
「あっはっはっはっはっ!」
またしても、明石真が笑い転げる。
笑い転げてしかし——その眼光には確かに、先程までは無かった光が煌めいていた。
「この期に及んでムシがい〜な。プライドもクソもあったもんじゃね〜し、恥知らずもいいとこだ」
その両腕が、ゆるりと体の前へと持ち上げられる。
緩く伸ばした腕を体の前方に置く、独特の構え。
「……けどな、悪くね〜。そういう泥臭さは嫌いじゃぁね〜……面白ぇ、乗ってやるよその戯言」
「具体的にはどーしてくれんだよ」
「そうだな……レギュレーションを決めようか」
伸ばした手の片方……右手を開いて、その掌を四人へと向ける。
「五分だ。五分間、アンタらの中から死人が出なきゃ、アンタらの勝ち。一人でもくたばれば俺の勝ちってのでいこうか。その上で、俺は『パラドクス』も、武器も使わねぇ。正真正銘、徒手空拳で相手してやるよ。で、おまけの特別サービスだ……そっちの後衛文芸女子には手ぇ出さね〜……これでど〜だい」
「——いいぜ、それでいこう——よっしゃ、しばく!」
「こんだけハンデ貰って、よくそんな息巻けるな。やっぱ面白いわ、お前」
明石真が、わらう。
明石真が——……——嗤う。
「気ぃ抜くなよ。コミックリリーフの後が安穏としてるなんて道理はね〜んだ。アンタらの人生最後の五分にならね〜ように、精々足掻けよ少年少女——————遊んでやるよ、『花蕗静』」




