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パブロドグマ  作者: ほたて
パブロドグマ
37/46

11時10分

——————


 適材適所はそもそも俺の座右の銘みたいなもんだった筈だ。そんな……これまで息をする位当たり前に出来てた事も出来なくなっちまう位、俺ぁふん詰まってたんだ。全く、なんとも締まらない話だ。


 認めろ、花蕗静。

 お前は、弱い。

 お前一人でやれることなんてのは、殆どない。

 けどそれは、やらない理由にはならない。

 ビビるな。

 躊躇うな。

 自分よりも凄い奴の力を借りる事を、恥じるな——!


 ——————


 刹那。

「ぅおっ!」

 落下する静の服の肩口、腰元を光の柱が貫いた。

 

 天上兵器【封露の天印】。

 

 全行動の封印を強制する光の柱が、静の体をビルの外壁に縫い付ける。突っ張ったシャツの襟首に、僅かばかりの息苦しさを感じつつ、慌てて目線を下方へ。

 【天印】による拘束、それに伴う衝撃によって離された手。落下した先でしかし……救おうとしたその身が、地面に叩き付けられる未来が訪れることはなかった。

 老人の胸元を、【封露の天印】が刺し貫いていた。

 その身は静と同じく、外壁に縫い付けられていた。


「——こんな使い方も出来んのかよ、コレ……いよいよなんでもありだな」


 眼下広がる地上。

 頭から墜落すれば命を落とすには十二分な高さに、静が思わず引き攣った苦笑いを浮かべる。我ながら全く、後先の一つも考えないモノだ。


 溜息混じりの微かな自嘲。

 乾いた引き笑いを浮かべる少年の眼前にもう一柱、新たな【天印】が突き刺さる。

 ふわり、と。上空より舞い降りた細くしなやかな身体——美しい白のハイヒールが、その上へと降り立った。


 たなびく銀髪と純白のドレス。

 顕現せしは幻想の君臨者、古き大国の頂。

 その姿を——見下ろすその顔を見上げて、静がニヤリと笑った。


「百年ぶりだな女王様。来てくれて嬉しいぜ……っていうかコレって上乗れんのかよ。とことんなんでもありだな」

 その笑顔を軽く見やって……女王デケムが、嗤う。

「ええ、ご無沙汰ね、シジマ。軽口が叩ける程度には息災なのかしら?」

「どーかな。身体の方は褒められたもんじゃねーな……そこかしこ痛ぇわしんどいわ、話にもなんねー……けど、さっきまでよりゃ幾分マシかもな——とりあえず悪ぃけど、下まで下ろして貰っていーか?」


 数秒。

 言葉を放った静をじぃっと見つめた後、デケムがその掌を静へと向ける。すると、少年の全身を、淡い銀色の光が膜の様に包み込んだ。ついでの様に、その光は【影】の男の体をも。

 【天印】が消える。

 支えを失った静と【影】の男の身体が、地上目掛けて落下していく。ただし、遅い。自然落下は魔術由来の力で管制され、本来の半分以下のゆったりとした速度で行われる。


 地上には人だかり。ただし、更なる爆発や火災などの被害を警戒しているのだろう、建物からはそれなりの距離をとっている。

 ……それでもまぁ、目撃者ゼロってのはムシがいいか。

 羽が落ちる速度でビルから落下してくる、発光する高校生と老人……言語化すると中々に尖ったその内容に、静は思わず苦笑いをした。


 やがて、ゆるりと地上に到達した二人の元に駆け寄ってくる姿が、一人。

 ペンシルスカートに秘書風の姿……吉國天麻が、常と変わらぬ無表情で駆け寄ってきた。

「ご無事ですか、静様」

 事務的かつ無感情なその言葉に、静はんべっと舌を出し、眉を顰めてみせた。

「ご無事じゃねーよ……ったく、碌々アテになんねー王様だぜ。一番厄介なのが一番いらねータイミングで来やがったよ……とりあえず、こちらがお約束の品だ。後ぁ煮るなり焼くなり好きにしろよ…………比喩だからな?」

 【天印】による強制拘束こそ既に途切れてはいるものの、花蕗静・仙波星翠との二連戦に加え、拘束時身体を襲った灼熱の激痛から、既に【影】の男に抵抗する余力は存在しない。

 無抵抗の男を天麻に引き渡しながら、静が軽口を叩く。

 これに頷き応えつつ、天麻が疑問を口にする。

 

「確かに、承知いたしました。静様はこの後は?」

 

 その言葉に、静が口角を上げる。


「待ち人あり、って奴でな。ちょっくらリベンジマッチと洒落込んで来るぜ」

「リベンジ、ですか」

 あぁ、と静が頷く。

「こっちの傷好きなだけ掘っくり返して、やりたい放題ボコスカやってくれたからな。今度はそうはいかねー……んだけど、そんな事より先にこっちだな」


 言って。静が、一歩遅れて地上へと降り立った幻想の女王へと向き直った。


「改めて、だ。助かったぜ女王様。ありがとな」

 コレにデケムは、ややつっけんどんな様子を見せる。

「別に、ただの気まぐれよ——随分とさっぱりした顔をしているけれど、何か良いことでもあったのかしら——?」

 静が不思議そうにしてから、屈託なく笑う。


「ま、意外と色々な。けど、今の一番はアンタが助けに来てくれた事だ。心底助かったし、安心したぜ——ありがとな、デケム」

「ぐぅっ」


 胸元を押さえて、デケムが小さく顔を伏せる。

 その姿へと向けて、静が先を続ける。


「ありがたかったついでに、もう一ついいか?」

「——き、聞くだけは聞いてあげる。なにかしら」

「昨日アンタがやり合ったスーツの男いんだろ?今ちょっとアレと喧嘩してる最中なんだけどよ……どーにも、タイマンじゃ分が悪くてな。最悪共倒れすっかもだけどよ……ご一緒してもらえねーかよ」

「嫌よ」

「嫌かよ!」


 ぷぃっとそっぽを向いて腕を組み、デケムが口を尖らせる。


「弱気なのね、〝逆理〟。共倒れなんてゴメンだわ、死にたいならば一人でそうして頂戴」

「くっそ手厳しいなぁ」

「——けど、そうね」


 デケムが、笑う。

「〝一緒に〟だけだったらそうね、悪くないわ」


 言葉にふむ、と。静が一秒、思考を巡らせる。


 ——————

「……デケム」

「なぁに?シジマ」

「……事が終わったら、飯でも行く?」


「勿論よ‼︎さぁ、ハキハキ行くわよ、シジマ‼︎」


 ——————


「お、お早い戻りじゃね〜か……ってあれ、女王様じゃん。昨日振り〜」

 〝浮遊〟の魔法を用い、窓ガラスの割れた吹き抜けから静とデケムが館内へと侵入する。降り立った二人の眼前——ベンチに座りスマホをいじる明石真……その数メートル後方で身構える仙波星翠と、同じく構えを解かないその姿を目の当たりにして、


「——『名無し』!」

 

 ボロボロのままの静の表情が、一際明るい笑顔となった。

 金髪隻眼の剣士もまた、静の姿を見付けると、無表情のまま——けれども酷く柔らかな空気でこれに応えた。


「久しいな、シジマ。相変わらず無茶ばかりしているみたいだが……それでもまた会えた事を嬉しく思う」

「こっちのセリフだぜ、堅物——正直さっきまでが結構しんどくてな。懐かしい顔が見れて、えらく元気出たぜ」

「あら!私の顔では元気が出なかったとでも!?」

「言ってねーだろ、それは……」


「はっは〜、悪くね〜コミックリリーフだなぁ、青少年」

 スマホから視線を切り、明石真が四人を順に見やる。


「なんだよ、コメディはやっぱお気に召さねーかよ、都市伝説」

「いや?割と重めの話が続いてたから、観客的にも悪くね〜ガス抜きになると思うぜ?高校生と幻想組のやり取りってのも、絵面としては悪くね〜しな……目新しさはね〜けどよ」

「はっ、フィクションと現実ごった煮でしか物考えらんねー奴の言う事は違うねー。こんなもんがありがちで片付けられてたまるかよ、漫画脳」

「はっは〜。死に損ない一匹救ったくらいで、えらくイキがいいじゃね〜かよアニサキス。アンタの空っぽが変わったわけでもあるまいに、随分とまぁ憑き物の落ちた様な面しやがって」

「はっ。ペラい挑発だな。今更響きゃしねーよ、そんなもん」

「へぇ、その心は?」

「腹ぁ括ったって事だよ」


 ——————

 

 花蕗静は、正しくなど無い。


「テメーの言葉は間違ってねーよ。俺ぁ俺自身を誤魔化す為、テメェ自身を少しでも許せる様に誰かを助けようとしてきた。その事実から目ぇ逸らしてな……けど、もういい」


 花蕗静は、強くなど無い。


「許しも誤魔化しも、もういらねー。免罪符なんざクソ喰らえだ。この脚が、この腕が……俺自身が朽ち果てて粉々になるまで、進み続ける。迷っても、怯んでも……もう二度と立ち止まらねー」


 花蕗静は、きっと間違っている。


「すっ転んだらすぐに立ち上がってやる。立ち上がれねーなら這ってでも進んでやる。他人の事情なんざ知った事じゃねー。助けを求める手は、俺が全部拾ってやる」


 それでも。

 花蕗静は、もう二度とその歩みを止めない。


「現実なんぞクソだ。真実なんざ興味も湧かねー。救いのどこにもねー退屈な世界なら、俺の逆理(パラドクス)で捻り潰してやる。そんで証明してやるよ、明石真。テメーの侮った俺のダチの実存を、この世界に叩きつけてやる」


「そいつぁ結構な話だな。それで?そのお寒い決意表明の巻き添えにするのかよ、そちらの女王様を……そこの勇者さまもか?身勝手極まる奴だな、許せね〜ぜ……ま(・)た(・)、(・)死(・)ぬ(・)か(・)も(・)な(・)?(・)ア(・)ン(・)タ(・)の(・)せ(・)い(・)で(・)」


 花蕗静は、歩き続ける。

 例えその道の先が、この世の地獄だったとしても。

 取り返しの付かない孤独が待ち受けているとしても。


「——望(・)む(・)と(・)こ(・)ろ(・)だ(・)、(・)サ(・)イ(・)コ(・)野(・)郎(・)」


 花蕗静は、ずっと恐れ続ける。

 大切な誰かを失う事を。

 大事な何かを守れない事を。


 それでも、共に歩むことを選ぶ。

 一人では叶わない理想を世界に突き付けるその為に、誰かの力を借りることを——花蕗静は、二度と躊躇わない。


「それに一個、見込みが甘ぇぜ、情緒不安定」

「ん〜?」

「デケムは俺の百倍つえーし、『名無し』は俺の百倍諦めが悪いぞ。俺をやれても、後は二人に任せられる。どっち道詰んでんのはテメーなんだよ、マヌケが」


 その時。

 

「シジマ!」


「ぅえ」

「お?」


 腕を組み、頬を膨らませ。お怒りの様子の女王陛下は、即時の撤回と訂正を要求した。


「話が違うじゃない!食事はどうするのよ!約束を反故にするつもり⁉︎」

「……俺今結構キメキメで啖呵切ってたんだけど……」

「貴方の都合なんて興味無いわ!ほら、やり直して!」

「……あー…………リテイク良い?」

「どうぞ?」


 静の言葉に、明石真が頷く。


 コホン、と咳払いをして静が改めて明石真を睨む。


「飯の約束があるもんでな。一先ずテメー、足腰立たなくなるまでどつき回してやる」


「……締まらね〜男だな、アンタ」

「ほっといてくれ」



 ——————


「ま、中々見応えのある青春の叫びだったけどよ〜……そこら辺、アンタはどう思ってんの?嬢ちゃん」


 話を振られた星翠が、パッと顔を上げて静を見やる。

「仙波——」

 言い掛けて、静が思わず口を噤む。


 燃え盛る様な決然とした光を宿した双眸。

 その迫力に、〝逆理の徒〟花蕗静はたじろいだ。


 その視線が、明石真を向く。

 

「あの!」

「あ?」

「少しだけ、お時間貰っていいでしょうか!」

 予想外の言葉にしかし、その場にいた全員の内ただ一人、一切驚いた様子を見せなかった明石真が、軽く手を挙げてこれに応えた。

「お〜。急いでね〜からよ、言いたい事言ってこいよ」

「ありがとうございます!」


 ツカツカと静の前まで歩みを進め、止まる。


 星翠の目が、静の体を見回す。

 血塗れの手。

 青痣だらけの顔。

 そして、その目を。


 仙波星翠は怒っている。

 そして、それは静にも伝わっていた。


「えー……仙波、さん?」

「…………」


 ——————


 この人は、もう本当にどうしようもない。

 

 何があったかはわからないけれど、彼は確かに何か、前を向ける様な心境の変化を経たのだと思う。目には光が宿り、その姿からは強い決意すら感じられる。

 だけど。本質はきっと、ずっと変わっていない。

 見知らぬ誰かを助ける為に、傷だらけになっても進み続ける。あまつさえ、彼は自らの口で、言葉で、たった今それを宣言した。この先もきっと——彼は、何も変わらない。


 知らない筈がないんだ。

 救いを受け取った全員が、それを与えてくれた人を想ってくれるわけじゃ無い。善意が損得じゃ無いのは美徳かもしれないけれど、それでは……誰かを救い続けた果てに、誰が彼を想ってくれるというのか。


 変わって欲しいなんて、言わない。

 違う生き方をしてくれなんて、言えない。

 だから、もういい。


 見知らぬ誰かになんて期待しない。

 そんな曖昧な希望に縋って、彼を独りになんてしない。


「花蕗君!」

「お、おう」


 見知らぬ誰かじゃない。

 助けられた私が、でもない。


 私がやるんだ。

 この、仙波星翠が。


「花蕗君は、私が幸せにするから‼︎‼︎」




 ——————



「ん?」



「……あれ?」

 

 星翠が、口を押さえて動揺した。

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