10時57分
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仙波星翠は、考える。
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『私はシジマを助けないわ』
女王デケムは、一通り話を聞き終えたのち……はっきりとそう告げた。
『彼の事は好き。でも、その為に彼の生き方を歪めるのは嫌。歪めた先に残るものが、私の愛した彼と同じものではきっと無いだろうから。刹那的で愚かしい……けれどその狂気や病理もまた確かに、今の彼を形作る一端なら、私は彼を救わない。美しいまま、愛らしいまま、死んでしまって構わないわ』
言葉は辛辣で。とてもとても、甘んじて受け入れられるものではなかったけれど……けれどそれを、ただただ利己的で傲慢なばかりの言葉と断ずる事は出来なかった。
彼を救う為に、彼を歪める。それはけれど、花蕗静の救いと言えるのだろうか。限界に近い断崖に立ちながら、それでも彼が守り続けた矜持を歪めてまで命〝だけ〟を救い、生きながらえさせる事は、正しいのだろうか。
女王デケムの選んだ選択は、その問いに対する……一つの確かな答えだった。
それは気高く、歪で、美しくて、愚か。
数多の矛盾を内包したまま、その身の朽ちるその日まで進み続ける。その行末を見届ける……あるいは見守る事こそは、彼の生き方を尊重するということでは無いのだろうか。
答えは出ない。
久遠寺御言はああ言ったけれど、仙波星翠に花蕗静は救えない。デケムにだって、そんな事は出来ない。
たがらせめて。
ならば、せめて。
狂気の道を直走る、彼の邪魔だけはしない様に。息を潜め、何も知らないふりで、彼から離れ、その心の負担を軽くしてあげる事——それだけが、仙波星翠に残された選択なのだろう。
——————そうか、なるほど。
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「ああ、本当に——つまらない話」
仙波星翠は、呟いた。
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星翠の身体を拘束していた【影】——三体の体が、音もなく崩れ落ちる。その異常を察した〝管制〟を司る【影】が、即座に追撃命令をその他の異形へと向けて発信した。
——仙波星翠に不審な動作は見受けられなかった。
助けを呼ぶ声はおろか、指一本ですら動かしてなどいない——では一体、三体の【影】は何者の攻撃を受けたのか。
答えは、すぐにわかった。
未だ体を地に伏せたままの仙波星翠……少女へと襲いかかる【影】の軍勢の前に——青年は、その姿を現した。
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古き大国『テサウル』。
王権を手中に収め、列強諸国全てを支配下に置かんと目論んだ女王デケム。その悪逆に立ち向かった、一人の勇者があった。
国を奪われ。
その名を封じられ。
それでも、その気高き精神と不撓不屈の心を燃やし、世の泰平の為に立ち上がった、捨てられし王子がいた。
顔半分を面で隠し、ボロ布の様な外套に身を包んだ金髪隻眼の剣士。
注がれし一片は仙波星翠の勇気と愛情。
テサウル国物語の【主人公】——その名を、ソムヌス。
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携えられしは幻想の聖剣。
繰り出されるは鍛え抜かれし剣戟。
迫り来る【影】を一息に切り伏せ、青年は尚構えを解かない。蒼穹を思わせる紺碧の眼には、燦然たる決意の光が宿っていた。
少女がゆっくりと立ち上がる。
その目には——幻想の勇者と同じ光があった。
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仙波星翠は考えていた。
ずっとずっと、考え続けていた。
矜持も、決意も……それら全ては確かに、花蕗静を形成する一編だろう。だけどでは——それは果たして、彼の全部なのだろうか。
楽しそうに笑ってくれたあの笑顔も。
ちょっとだけ荒っぽいあの軽口も。
——夢を諦めた私に、それでもその生き方には価値があった筈だと応えてくれた、あの言葉も。何もかもが全部、終わりに向かう道すがらの戯言に過ぎなかったのだろうか。
そんな事、認めない。
そんな悲しい話は、嫌だ。
そんな寂しい結末は、受け入れられない。
仙波星翠は怒っていた。
自罰、内罰——そうかもしれない。
決して高潔で崇高な動機じゃなかったのかもしれない。
けど、そんな事は些細な話だ。
彼が色んな人たちに向けてきた救いの手、助けに応える声の価値とは何の関係もないじゃないか。
仙波星翠は、怒り狂っていた。
彼の父親に。
母親に。
無力な自分に。
——花蕗静に。
あれだけ誰かの幸せの為に傷付き、痛み、それでも立ち上がってきた彼の幸せを担おうとしなかった、この世界の全てに。少女は、怒っていた。
彼の矜持も決意も、それは勿論大切だろう。
それを歪めてしまうかもしれない、恐怖。
そんな恐怖に蓋をしてでも、彼の幸福を願ってしまう、矛盾。その源泉を、仙波星翠は考える。
価値がなくても。
意味がなくても。
それでも一緒に——側にいて欲しかった、その理由は、なんだ。それは果たして、数多の何かと戦うに足る理由なのか。
削って、削って。
削り落としたその先に残った、願いの正体は——
「——…………」
息を吐く。吐いて、前を見据える。
この願いはきっと、誰かと争う理由には程遠い。
叶える為に犠牲を払うだけの重さなんて、この願いには無い。それほどに俗っぽくて、他愛無くて……どこにでもある、誰にだってある程度の望みでしかない。
けど、それでいい。それがいい。
どこにでもあって、誰にだってあり得るなら。
その望みは、誰かに踏み躙られていいものじゃないはずだから。なら、賭けられる。私の覚悟も、決意も、全部。
そう。全部だ。
私はこの先、この願いを果たす為に、私の全部を使う。
——誰も。花蕗静自身ですら、彼の幸せを担わないというならば、もういい。
誰にも、神様にも、世界にも——彼自身にも頼まないし、願わない。
もう、いい。
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「——ホシミ、指示を」
幻想の勇者が、短く問う。
仙波星翠は一度だけ、ゆっくりと目を閉じた。
そして——その目が開かれる。
「薙ぎ払って——全部」
私は、私の身勝手で。
私の大好きな人を、幸せにしてみせる。




