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パブロドグマ  作者: ほたて
パブロドグマ
33/46

10時56分

 ——————


 仙波星翠は、ずっと考えていた。


 ——————


 両脇に並ぶ洋服店のテナント。

 陳列された衣服、アクセサリーやその他のディスプレイが、薙ぎ倒され、踏みつけられる。

 踏み躙るは人外。

 【影】より生まれ、【影】によって構成される異形の軍勢……その数、実に二十体以上。それら、常理の外縁に立つ異形の者共の手によって……仙波星翠は一分と待たず、地面に組み伏せられてしまっていた。


 仙波星翠は戦士ではない。

 格闘技術に秀でているでも無く、他を圧倒する運動能力を有している訳でもない。加えて、彼女が行使するほぼ全ての【魔法】には、発声による特定詠唱を要する。

 言葉を発する隙も無く。

 圧倒的な数的劣勢に追いやられた最中、その窮地を覆すだけの力は、星翠にはない。


「——手荒な真似をしてしまった事を詫びよう」

 照明の落ちた暗い館内に、しわがれた声が響く。

 あたかも——僅かにこちらの身を案じる様な響きを伴った言葉に、星翠が歯を食いしばる。

「——謝っていただけるなら、先に〝コレ〟をどかして欲しいです。苦しいので」

 【影】の異形、三体。

 三体がかりで押さえ込まれ、窮屈そうな苦悶の顔のまま……それでも視線だけは正面へと向けて、星翠が苦々しく口にした。

「申し訳ないが、それは出来ない——昨日の女性がここに居ない理由が分からないが……何か能力的な制約か?」

「さぁ?そうかも知れませんし、そうじゃないかも知れませんね」

「——気丈な子だな」


 ——デケムだ。


 身動きの取れない状況下……仙波星翠は思考する。


 エルミレオには過去、何度か来訪したことがある。

 周囲のテナントから、自身が瞬きの間に移動させられた先が一つ下のフロアである事はすぐに理解が出来た……十中八九、姿を現した【アレ】の能力だろう。

 そこからの数合。たったそれだけで、勝負は決した……それは、いい。歯痒いし、はらわたが煮えくりかえす程の悔しさはあるけれど、これは仕方がない。

 仙波星翠が戦士でない以上、この敗北は既定路線。

 問題は、何(・)故(・)【(・)影(・)】(・)が(・)私(・)を(・)殺(・)さ(・)な(・)い(・)の(・)か(・)。


 生け捕りを命じられている可能性?否、であれば昨晩の行動との整合性がとれない。【影】にとっての至上命題は松下馨捕獲であり、仙波星翠ではない。

 口振りから察するに、快楽の為に殺人に手を染めるタイプではないのかもしれないが、それでも必要に迫られたこの場面で、トドメを躊躇する根拠としては弱い気がする。


 なら、理由はもっと利己的——例えば、仙波星翠殺害に伴う何かしらのリスク。


 ——————


 【影】は女王デケムを知(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。この世ならざる、圧倒的な超火力。次の一手が読み切れない奔放さ。そんな彼女のキャラクター性を、昨晩目(・)の(・)当(・)た(・)り(・)に(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。(・)


 【封露の天印】……仙波星翠と女王デケムの共通項、等しく振るわれた、幻想の天上兵器。その共通性から、両者を無関係と断じることが出来なくなっている。故に、【影】は——恐らく、こう推察する筈。


 女王デケムは、仙波星翠の能力の一部……制御下に置かれた自立型の『パラドクス』能力である、と。


 真偽はともかく——故に【影】は手をこまねいている。

 それはそうだ。次の瞬間には、自身の手には到底負えない、幻想の君臨者が姿を現すかも知れない……そしてそのトリガーは、本体死亡ではないと断ずる根拠もないのだから。


 事実は既に終わっている。

 仙波星翠は敗北し、身動きも取れず、そして——女王デケムは助けには来ない。


 だが、現実は違う。

 蜃気楼の様に、実在しない脅威への警戒が途切れない【影】——故にこそ成立する、仮初の拮抗。


 ——その仮初を、利用する。


「お尋ねしたいんですけど、どうして私をすぐに殺さないんですか?今更、無血開城を目指している、という訳でもないでしょうし……何か理由があるんですか?」

「——なに?」

「ご覧の通り、私は戦闘のプロという訳でもありません。けど、能力はそれなりに便利なものを持ってるんです……これはもうご存知ですよね?だからほら、今の内にこの首、斬って落としてしまった方が合理的じゃないですか?ほらほら」

「……誘い込む様な言い回しだな」

「まさか!怖くてぷるぷるしてますよ。でも残念ながら、この場を切り抜ける良いアイデアも思い浮かびませんし……仕方ないですね」


 ——————

 震えるな。

 怯えを見せるな。

 悟られるな。


 目眩も、冷や汗も、声の揺らぎも。全部今は押さえつけろ。このブラフを成立させる為に必要なのは、余裕。

 狂気にも似た、躊躇いのない所作。

 自らの命に頓着などしないという、虚偽。


 ——————


 花蕗静は、いつもこんな気持ちだったのだろうか。

 勝ち目の無い戦い。

 荒唐無稽の超然。

 絶体絶命の窮地にこそ牙を剥いていた、あの傲慢不遜の裏に。果たして一体、彼はどれ程の恐れや怯えを抱え込んでいたのだろうか。


 彼は——嘘つきだ。

 なんでもないって嘘。

 全然平気だって嘘。

 そんな嘘をずっと、ずっと。挑み掛かる全ての敵に——そして、私達友達にまで向けながら、嗤ってみせていた。


 そんな姿に憧れた。

 自らを脅かす全てに牙を向ける、その獰猛さにこそ強烈な羨望を覚えた。

 けど。だけれども。


 その裏で彼がどれだけ痛み、傷付き、傷付いた身体を抱き抱えながら立ち続けていたのか——果たして私はちゃんと、考えたことがあっただろうか。


 —————————————————————


「結論だけ、まず最初に言っておこうかな。静は今、もうほとんど限界に近い状態だ。肉体的にも——主に、精神的な面でね」


 呼び出された先。

 穏やかな微笑みを口の端に、久遠寺御言はあっさりと、そう口にした。

 

「——限、界?」


 言うべき言葉を咄嗟に見つけられず。

 鸚鵡返しの呟きを拾って、御言は先を続ける。

 

「生きる気力はとっくに無い。けれども、無為に死ぬ事は自らの矜持が許さない。有り体に言えば、より良い死に場所——自らの命を使い潰せるその瞬間を探し求めている。それがあの子の現状だよ」

「——————」


 ——様子がおかしいと、思っていない訳ではなかった。

 他者のために危険を顧みない悪癖は、確かに以前からあった。だが、今日改めて行動を共にした花蕗静から感じたのは、そうした自己犠牲的な蛮勇とは全く別種の、もっともっと逼迫した緊張だった。

 否定の言葉を、見つけられない。

 久遠寺御言の言葉は確かに、今の花蕗静の答え合わせだった。

 

「刹那的で蠱惑的な生き様ね。けれども不思議——以前の彼に、そんな気配はなかったわ。私の知らないキッカケでもあったのかしら?」

「元々あの子はかなり特殊なバランスの悪さを抱え込んでいてね……この辺りはあの子自身の生育環境の影響かな。無自覚な自罰傾向、内罰精神というのはあったんだ。ただ、今の彼を決定付けたのは二ヶ月前さ」

「——そ、れは——」


「ラキエス・シーシス」


 仙波星翠が、絶句する。その隣で、デケムもまた微かに眉を顰めた。


「星翠。超然を旨とする『パラドクス』の中においてさえ、君の能力は極めて特殊だ。世界の創出と現界……およそ異能の枠組みに収まらない、正しく神様の領域に踏み込む異能——だがだからこそ、君の能力には致命的な欠陥が存在する」

「……創出された人々を管理する事が、出来ない」

「その通り」


 ——仙波星翠の『パラドクス』が生み出す幻想世界の物資は、無限では無い。

 能力の発現時、創出された幻想世界の限りある物質を現実に持ち出す。テサウルの【魔法】、それ自体の能力体系の兼ね合いから本来この制約はそこまでのデメリットたり得ない。


 唯一、明確なデメリット。

 それは、創(・)出(・)さ(・)れ(・)た(・)キ(・)ャ(・)ラ(・)ク(・)タ(・)ー(・)が(・)死(・)亡(・)し(・)た(・)場(・)合(・)、(・)再(・)生(・)成(・)が(・)出(・)来(・)な(・)い(・)と(・)い(・)う(・)一(・)点(・)。(・)

 

「君の能力によって創出された人物は、生まれ落ちた瞬間から君の制御を離れる。勿論、『パラドクス』による【間口】の管理権は君自身にあるからね。完璧に制御不能とまでは言えないけれど……ただ確かに、生まれ落ちた人格を御する事は出来ない。そして、生まれ落ちた命を複製する事も同じく、ね」

 

御言がデケムを見る。

 

「真は彼女達を贋造物……もしくは虚構実存(ドッペルライアー)と呼んだけれど、これは正確じゃない。女王デケムも、名無しの勇者も……そして、雷霆の魔法使いも。生まれ落ちたその瞬間から、この世界にたった一人しか存在しない、唯一の【命】だ。だからこそ、喪われた者は、二度と戻らない」


 再び、星翠を見る。


「幻想世界での闘いの最中。黒鉄の騎士打倒の為に、静はラキエスと共闘した。その果てに、彼らはその目的を達した。静を庇う形で命を落とした、ラキエスの犠牲の上にね」

「——————っ!」

「勿論静に責任は無い。誰が悪いという話では無いし、勿論星翠、君にも非はない。けれど、現実は確かに存在する。そして現実とは、事実とは違う」


 ——————

 

「静はあの日、君を幻想から救い出す為の闘いを終えたあの瞬間から今日に至るまで、絶えることのない自責と悔恨の中にいる。死を想起させる肉食は出来なくなり、睡眠もままならない。静は今、生きているわけじゃない。緩やかに死んでいっている、その最中なんだよ」


 穏やかな笑みのまま、二人を見やる。


「静が他者へと向ける救済に貴賎はない。けど、心理的な優先順位は存在する。心の源泉を共にするが故に、ラキエス・シーシスの面影を色濃く遺す星翠……そしてラキエスと出自を同じくするデケム。君達を守る為なら、静は世界でさえ敵に回すよ。躊躇いも迷いもなく、ね」

「あら、そこに私を含めるなんて——やはり彼は物好きなのね」


 ほんの僅か。本当に微かに、自虐的な響きを有した、女王の言葉に、御言が微笑む。


「そこがあの子の自己矛盾——その最も顕著な部分でね。あの子はデケム、ラキエスの死の遠因となったであろう君を欠片も憎んではいない。星翠も……あろうことか、直接彼女を殺めたマールスに対してすら、それほどの恨みは抱いていないんだよ。この辺りは彼自身の矜持の影響だろうね……それがあの子自身に適用されない事が、今の彼を苛む最たる要因でもある訳だけどね」

 

「——————それを、私に伝えて。御言さんは一体、何を——」


「うん。特に、なにも?」

「——え」

「おかしな物言いをするわね。彼がひた隠した愛らしい秘密を無遠慮に暴いて、言葉にして。その上でなにも、ですって?」

 

「そこは静にも申し訳ないと思うよ。けど、彼は自分からは言わない。例え自分が次の瞬間死に絶えるとしてもね。——けれどそれじゃあ、あの子は永久に救われない」


 ——————


「何を、と言うならばそうだね。星翠、デケム。君達には静を救い出してあげて欲しいんだ。これは『俺』にも、誰にも出来ない——君達にしか出来ないことだ」


 ————————————————————————

 

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