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パブロドグマ  作者: ほたて
パブロドグマ
29/46

9時06分


 ——————

 

「おはよう、二人とも。昨夜はゆっくり眠れたかい」


 昨晩と同じ部屋。高層階の一室。

 向かい合わせのL字ソファとローテーブルの他には、物と言える物もない巨大な部屋の中、人の姿は四つ。


 ソファに腰掛け、穏やかな微笑みを浮かべる真白い青年……『青い通行券(ブルー・パス)』の〝王〟、久遠寺御言。

 その後ろに立ったまま控える吉國天麻。

 その向かい…私服に着替え直した、幻想世界の創出者……『虚構実存のパラドクス』仙波星翠。


 そして——


「——世間話はいい」


 天麻と同じく、ソファには座らず星翠の後方に立つ、赤髪の少年。花蕗静は、短く言い放った。

 その目に力は無い。さりとてしかし、虚でもない。

 そこには確かに、燦然と輝く灼熱の光が宿っていた。一切の熱を帯びず、なんら希望の色味も伴わない……狂気を纏った、仄暗い光。


「その様子では、万全とはいかなかったみたいだね、静」


 見る者全てに牙を剥く、鋭利な切先の如き眼光と、気配。それら全てになんら動じる事なく、御言は微笑む。

 そんな〝王〟に対して、敵意を向けるでもなく。だからと言って、無作為に撒き散らされる威圧の様相を隠そうとする訳でもなく。


「二度言わせんな。本題に移れよ」


 ただ、自らの要求ばかりを突き付けた。


 久遠寺御言が、微笑む。


「うん、そうだね。それじゃあ話そう……『俺』達の作戦会議だ」


 ——————


 天麻の運転で、二人は一路『エルミレオ』を目指す。

 後部座席に二人、並んで腰掛ける静と星翠の間を行き交う言葉は、一つもなかった。


 星翠がちらと、静を見やる。

 少年は窓の向こう……飛び交い流れる景色を、見るでもなく眺めていた。その横顔を見て——不意に胸を押し潰されるような痛みを覚える。


 ——————


 静は、星翠との会話それ自体を遮断していた。

 

 起き抜け——天麻からの招集で部屋を後にした先。御言の待つ部屋までの道中で鉢合わせた折、星翠が絞り出した笑顔と、挨拶に——花蕗静は、一瞥もくれる事はなかった。


 子供じみたやり口だ、と。意図的に口汚く、彼の行為を否定しようと努めた。けれども、仙波星翠は知らなかった。

 心から信頼していた誰かから、真っ直ぐに拒絶を示される、その痛みを。


 そう。あれは、拒絶だった。

 敵意でも悪意でも無く。

 たしなめるでも、遮るでも無く。

 ただ、これ以上こちらに来るな。

 これ以上、自らの人生に介入するなという、拒絶。


 それがどれほど、この身を——この心を抉るのか……仙波星翠は、今日まで知らずに生きてきていた。


 百の罵倒も。千の雑言も、とてもとても及ばない。

 言葉を断ち切られる、この痛みに比べれば。


 ——————


 『エルミレオ』。

 一階から六階……地下を含めて全八階層で構成される大型商業施設は、数え切れぬ程の人の姿で溢れかえっていた。

 三人の姿は最上階……映画館とレストラン街とが併設されたエリアにあった。

 昼食期まではもう間も無く。

 ごった返す人々を視界に収めた後、星翠は軽くフロアを見回す。


 広い階層。

 遠く、フロアの末端には大きな展望テラスが設けられ、その向こうには街の景観が広がっている。

 ——こんな場所で自分が、異能力者として……同じく異能力者と闘う未来など、一瞬だって想像などしたこともなかった。


 だが。やらなければならない。

 行き交う多くの人々には、それぞれの生活があって。それらは間違っても『パラドクス(逆理)』などという荒唐無稽に侵害されてはならない、尊いものなのだから。


 ——————


 虚構実存による現実の侵食。

 二ヶ月前救われた自らが、内に宿した幻想を以って、今度は誰かの現実を守る。

 無力で無知だった自分を救う為に……比喩などでは無く、まさしくその身を賭してくれた二人の友と肩を並べる為に。憧れ焦がれたその背中に追いつく為に。


 そして……これまで出会ったどんな友とも違う——大切で大好きな友人達と一緒に居る為に。


「最終確認です」

 天麻が口を開く。

「先んじて星翠様は〝検知〟魔法を用い、当該『パラドクス』能力者の位置特定を実行してください。特定が完了しましたら、合図を。人払いを実行いたします」


 言いながら天麻が、星翠と静それぞれにBluetoothインカムを手渡す。

「合図はこちらで。戦闘開始・終了の合図についても同じく、お願いいたします」

「……客の数が多いけど、人払い先じゃねーのか」

「先に群衆を退避させれば、当該能力者の警戒を誘発します。混乱に乗じて対象が逃走することを避ける為です」


 天麻の言葉に澱みはない。

 そんな彼女の淡々とした様子に、苛立ちを見せる訳でも無く。ふと、静は抱いていた疑問を彼女に投げ掛けた。


「……最悪の時はどーするプランなんだ」

「最悪、とは?」

 不穏当な単語に、星翠が思わず肩を揺らす。そんな少女の様子には気付いていないのか、天麻が聞き返す。

 

「連絡不能に陥った時、って意味だよ。野郎に俺が負けて、その後の連絡が困難になった場合の予防線だよ。下手打つつもりはねーけど、聞いとかない訳いかないだろ」


 ——予防線。最悪。

 物騒この上ない言葉の数々は、それだけで不安を煽るに足るだろう。けれど、星翠の胸中に渦巻く恐怖は、そんな漠然とした曖昧なものとは一線を画していた。


「特に何も」

「——なんだと」


 天麻の無味乾燥な言葉が、少女の思考を辛うじて寸断する。見やった女性の無表情すら——今はありがたく思えた。


「星翠様と静様の敗北に際する指示は承っておりません。よって、その想定は無意味です」

「えらくはっきり言い切るじゃねーかよ……それはつまり……」


 はい、と。短い前置きを置いて。


「貴方様方の敗北はあり得ません。そう、【王】は判断されております」


 はっきりと、言い放った。


 星翠の表情に、再び影が差す。


 ——だとすれば。だったとすれば。

 久遠寺御言は何故、昨晩仙波星翠にあんな話をしたのか。


「星翠様」

「——っ、は、はい!」

「女王陛下の姿が見えませんが、本日の作戦、彼女の助力は得られないと言う認識でよろしいでしょうか」

「——それは……その……」


 昨晩のデケムとの会話を思い返して、星翠が口籠る。

 その様子を、控え目な肯定と判断したらしい……天麻がやはり無表情のまま頷いた。


「承知いたしました。では当初予定通り、作戦は私共三名で行います。戦力的にどうしても、静様の負担が増えますが……よろしいですね?」


 近接での格闘戦が出来る唯一の人材、花蕗静。

 圧倒的火力を搭載した幻想の君臨者・女王デケムの不在……その皺寄せを一身に引き受ける事は、半ば当然の道理であった。そしてその事実を、少年は既に理解していた。


「やる事が変わるでもねー。どーでもいいよ」


 理解して、けれど。自らの置かれた状況に対し、何の興味を示すことも無く。ただ短く、そう吐き捨てた。


 その目に、その声に。

 星翠は、言うべき言葉を見つけられずにいた。

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