22時35分
ふと。
星翠とデケム……二人がいなくなった後の、一人取り残された部屋をぼんやりと見回す。見回して不意に、静は小さく噴き出した。
デケムの騒がしさは悪くなかった。
絶対君臨者が小僧っ子に熱をあげるなんて気まぐれには驚かないでもなかったし、仙波との仲はもう少し穏やかなものでもいいとは思うが……それでも、うら寂しい静けさよりはずっといい。
仙波には悪いことをしたかもしれない。
アイツはとことんいい奴だから……きっと俺なんかの言葉にさえ心を痛めてしまうだろう。それは確かに、心苦しかった。——けど、これでよかったと今は思う。
いつか。
今が今では無くなった、遠い未来のどこかで……何かの間違いで俺なんざの事を思い返す日が来た、その時は。そこに、綺麗な何かなんて一つだってなくて良い。
俺の抱え込んだ限界に——辿り着いてしまうだろう末期に、アイツの優しさを届かせる訳にはいかない。触れさせる訳には、断じていかない。
醜悪で、粗野で。粗暴で、取るに足らない。
いつか、仙波星翠の脳裏を掠める花蕗静には、そんな姿こそが相応しい。
その為なら。
心にもない言葉を、何度でも口にする。
アイツが大事にしまっている記憶だって踏み躙ってみせる。
「……我ながら悲観的すぎて笑えるぜ。とんだ御涙頂戴だな」
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苦笑いと共に、花蕗静は自らの掌を見つめる。
「けどよ……これ以外はもう、思い付きもしねーんだよ」
救えなかったものを数え続ける。
零れ落ちてしまった憧れを求め続ける。
求められなかった自分を……それを誤魔化す為に身を投じてきた善行〝らしき〟ものに思いを馳せる。
もう届かないものばかりを考え続ける今日までに……花蕗静はもう、疲れ果てていた。
それでも、自死を選ぶ訳にはいかない。
救われた命を無意に投げ捨てる……それはこの命の為に身を投げ出してくれた友を裏切る事になる。それだけは、どうしても出来ない。
——さりとてこれ以上は、無理だ。
自分の事は自分が一番わかってる、なんてつまらない言説を口にするつもりは更々ない。ただ、限界だと。これ以上は無理だと、自らが思った。話はただ、それだけだった。
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これ以上は無理だ。
だからせめて俺の——花蕗静の命は、自分ではない何かの為に使い切りたい。そしてその後は——誰にも惜しまれずに、格好付けて死ぬのだ。
それだけが、最期。
花蕗静が自らに許した、最期の望みだった。
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救いが欲しくない訳じゃない。
誰だってしんどいよりは楽しい方がいいだろう。不幸の底より幸せの上の方が、居心地が良いに決まってる。誰だって、きっとそうだ。
……アイツだって、そうだった筈なんだ。
受け取れない。
受け取る訳には、いかない。
閉ざされてしまったアイツが、いつかどこかで受け取れたかもしれない救いを、幸福を。俺だけがのうのうと受け取る訳にはいかない。
救われるな。
報われるな。
泥を啜って、血に塗れろ。
そして、嗤え。
救われてしまった事実に報いろ。
変えられなかった現実から目を逸らすな。
間違いを正せないなら、せめて贖罪を絶やすな。
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生き残るべきは、アイツだった。
俺じゃない。
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拳をつくる。
握られるは『パラドクス』。
不可逆を可逆に、不可能を可能に変質させる逆説の異能。
たった一人の友すら救えなかった、無力で無価値な、空っぽの逆理。
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長い、長い夜が明ける。
最期の朝が、来る。




