22時24分
インターフォンが鳴る。
すごすごと静が扉を開けた先には、吉國天麻の姿があった。
「夜分の訪問、申し訳ございませ、ん——」
深々と頭を下げ、顔を上げて……天麻が無表情のまま、僅かに目を丸くした。
扉を開けた静の後方——180cmに届く長身美麗、豪華絢爛な純白のドレスに身を包む絶世の美女……銀髪の女王と、寝巻き姿の小柄な女子高生が、今にも取っ組み合いを始めんばかりの剣幕で言い争いをしている。
奇妙で珍妙——そして同時に、余りにも現実離れしたその景色に、天麻の言葉の矛先は、疲れ顔の少年へと向けられた。
「……失礼、取り込み中でございましたか」
これに静は、項垂れて応える。
「いーや、悪くねータイミングだったぜ……女史共がやり合ってる只中ってのぁ、想像以上に肩身が狭くてな」
「なるほど」
何がなるほどなのか。
不明のまま頷くその姿に……面識も希薄な目の前の女性に救いを求める事は早々に諦めた静が、用件の確認を口にする。
「そんで?そんな夜分に何用ですよ。ルームサービスだったりするんすか」
冗談めかした静の言葉に——少年の予想を裏切り、天麻はこくりと頷いた。
「遠からず、でございます……静様、こちらを」
差し出されたのは、やたらと凝ったデザインの手提げ袋。
白地に金の装飾が施された、妙に高級感のある——それは、保冷バックであった。
「セレブの日用品みてーな代物だな……中身はなんだよ」
「各種のゼリー飲料でございます。現状静様はお食事が摂れない状況との事でしたので、僭越ながら幾つか見繕わせていただきました」
——しまった、と。思うとほぼ同時、静がちらりと後方へと視線をやる。
仙波星翠と女王デケム。
たった今まで激しい言い争いを繰り広げていた二人が、揃って口を結び、ジッと静を見つめていた。
いたたまれない心持ちのまま、静が頭を掻く。
「マジで筒抜けだな、プライベートもクソもねーじゃねーか……それもアンタんとこの王様経由の話かよ」
「はい。王は静様の体調を気に掛けられておりましたので」
「理屈のわかんねー話だぜ……」
「それと、星翠様」
「は、はい!」
ぱっと話を振られた星翠が、思わず背筋を伸ばして天麻へと向き直る。
「王がお呼びです。折り入って、星翠さまにお伝えしておきたいことがあるとの事です。恐れ入りますが、ご準備が整いましたらご同行をお願いします」
「——私に、ですか」
天麻が短く頷く。その姿と、眼前の少女とを見比べて、デケムが口角を上げる。
「用向きが出来たみたいで喜ばしいじゃない、用無し」
「——っ」
星翠がジロリとデケムを睨め付ける。
と。
「女王陛下もご同行を願えると幸いです」
やはり短く端的に、吉國天麻はそう、口にした。
「嫌よ」
「おや」
真っ向からの拒絶を高らかに口にして、女王デケムが天麻を正面から見下す。
「お前の主の思惑なんて知らないし、興味も湧かないわ!今、私は静とお喋りをしているの!邪魔立てしないで頂戴」
「その、静様についてのお話なのですが……ご興味はありませんか?」
自らを名指しされた事に対しての不審。
仔細がわからない事に対しての不安。
二人それぞれに、別の要因で表情を強張らせる静と星翠を他所に、幻想の君臨者は揺らがない。
「他人の語るシジマの話になんて惹かれないわ!知りたい事は彼の口から直接聞くから、放っておいて頂戴」
「承知いたしました。では、星翠様——よろしいでしょうか」
「ぬ、ぐ、ぐ」
静、デケム、天麻と見回して、再びデケムへ。
視線を一巡させた後、何とも形容し難い表情で顔を紅潮させる星翠。そんな少女の遺憾を汲んだ、という訳でもなかったのだろうが……見かねたように、静が幻想の女王へと耳打ちする。
「なぁ、女王様」
「………………」
「……………………デケム」
「あぁ!なぁに?シジマ!」
「悪ぃだけどよ……この誘い、乗ってやってくれねーか?」
「嫌よ」
「わーってるよ!だから、そこをなんとかって話だ」
「……貴方の言葉だから、聞くだけは聞いてあげようかしら」
「へいへい……っと、アンタにゃあの王様によ、探りを入れて欲しいんだよ」
デケムの眼光が、僅かに鋭さを帯びる。
その光を見逃す事なく、静は言葉を畳み掛けた。
「王様の考えはわからねー……そもそも俺絡みってのも、ぶっちゃけ意味不明だしな。だから、そっちの内容に関してはもう、出たとこ勝負で構わねー……代わりに、引っ張って貰いてーのは……」
「——あの道化の話、ね」
静が頷く。
——————
明石真。
花蕗静は、その名を知っていた。
かつて実際に起きたとされる、残虐非道にして理解不能な怪奇殺人……その犯人にして、自らをも殺めた、故人。
蔓延る都市伝説として今も尚語り継がれる、悪逆の象徴……その名を語る、何か。
「……アンタの肌感でいい。アレは、並か?それとも——」
「……とびっきりの異質よ。少なくとも、私が知る全てよりもね」
【アレ】の素性は、この際どうでもいい。
問題は、幻想世界の君臨者でさえ類型を選出出来ない、異次元の異様さを、あの男が付帯しているという事実。
「野郎の目的もなんもわかりません、後になって襲われましたじゃ後手も良いところ、話になんねー。些細でも、しょーもねーことでもいいから、あの王様から情報を引き出したい——その駆け引きはデケム、アンタにしか頼めねー」
——仙波星翠の本質は、善性。
謀り、欺き、望む情報を掠め取るような交渉が、あの柔和な少女にできるとは思えない。
故に、デケム。
圧倒的な自我と胆力を伴う、頂点者。
生半な交渉はやはり出来ないだろうが、彼女には目的を果たす為なら何人をも踏み潰す圧倒的な迫力がある。
かつてその絶大な力とキャラクター性に追い詰められた経験こそが裏付けの、それは確かな信頼だった。
「頼めるかよ、デケム」
「……………………」
だが。
「それで?」
「……ぁあ?」
「それを成し遂げた暁、貴方は私に何をくれるの?」
「えぇ」
……こればかりは、静も口籠る他なかった。
「……俺がアンタにくれてやれる程上等な何かを持ってるように、一瞬でも見えたかよ……逆にじゃあ、何が欲しいか言ってみろよ」
「そうねぇ……」
ソワ、と。デケムが微かに浮き足立つ。
そして、次の瞬間には満開の笑みの花が。
「デート」
「なんて?」
「デートをしましょうよ、シジマ!エスコートは貴方に任せてあげるわ!事が終わった後まで待ってあげてもいい!それならば、貴方のその望み、叶えてあげてもいいわよ!」
「——————」
絶句。
頭を抱えるという比喩表現を、正しく実際に行いながら——しかして他に選択の余地がある訳でもなく。
「……………………わーったよ、それで行こう」
破れかぶれに、静はそう、口にした。
ニンマリと笑みを浮かべ、女王がドレスを翻す。
「いいわ!案内しなさい、従者!」
「かしこまりました。では、星翠様も、どうぞこちらへ」
——————
「————————————」
「……」
一瞥。星翠と静の視線がかち合う。
けれども、それも一瞬。
すぐさまぷいっと顔を背けた星翠が、天麻、デケムと共に部屋を後にする。
その後ろ姿を見送って。閉ざされた扉を眺め見やって。
「………………めっちゃキレてんじゃん…………」
花蕗静は、ガックリと肩を落とした。




