22時16分
「ふぅん」
くるりくるりと。純白のドレスを踊る様に揺らしながら、幻想世界の君臨者……女王デケムが室内を見回す。
「飛び抜けて上等とまでは言えないけれど、先程までの陰鬱で殺風景な暗がりに比べれば、まぁ随分とマシかしら」
軽やかな足取りが、やはり優美に、流麗に立ち止まる。
そのまま流れる様に、フワリと。女王は花蕗静の隣に腰掛けた。
「無事逃げ仰たみたいで安心したわ、シジマ。それで、それを踏まえて、私に言うべき言葉はわかってくれてるわよね?」
「…………」
「——あら?」
軽口か、あるいは真摯な感謝か。
求めた解がすぐさま得られず、デケムが僅かに怪訝な顔を浮かべる。浮かべて勿論、悠長にその沈黙を甘受するような真似は、しない。
「無為に待たせる様な真似は好きじゃないわよ、シジマ?」
「——っと、悪ぃ……いやなんつーか、有難いはそらそーなんだけどよ……ちっと、グッときちまってな……」
デケムが不機嫌をありありと示す。
「分かりづらいわ!簡潔に、やり直して!」
そんな……いっそ清々しいまでの傍若無人に毒気を抜かれた様に、静が柔らかく、笑った。
「……またアンタに会えてよかった、って話だよ。……本当に、アンタが無事で良かった……デケム」
「ま!」
途端に、デケムの不機嫌面は跡形もなく吹き飛び、ニコニコと嬉しそうな——可憐で美しい——しかしやや緊張感の欠如した満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、シジマ。貴方、とても愛らしい言葉を言ってくれるのね!そんな健気なところも好きよ、シジマ!」
「……まーだ言ってらぁ」
「あら!私の気が済むまでは何度だって言うわよ……それとももしかして、そろそろ貴方の口から同じ言葉を聞かせてくれる頃合になったのかしら」
——どうにもこの女王陛下には、己の好意が拒絶される未来の想像というのは一片たりとも存在しないらしい。
余りにも力強く真っ直ぐな——しかしどこか芝居掛かった言葉の数々に、静は思わずため息をついた。
「……都合二ヶ月ぶりの再会な訳だけど、やっぱ相変わらずぶっ飛んでんな。敵わねーぜ」
「あら、それは褒め言葉かしら!それとも、私からの愛情に対する謙遜?なんて殊勝なのかしら!」
「……いやまぁ、後者でいいよ。なんにしたって荒唐無稽にゃ変わりねーんだしよ」
この言葉に、デケムがふと小首を傾げる。
「おかしな言い回し!私が貴方に恋するのは、そんなに不思議かしら?」
「はっ、あったりめーだろ。アンタは正真正銘、どこに出しても恥ずかしくねーマジもんの女王様だぜ。それが、こんなどこの馬の骨ともしれねーただのガキに入れ込むなんざ、冗談にしたって笑えねーよ」
——————
「あら、聞き捨てならないわね」
——————
会話相手だった静も、複雑な表情で静観していた星翠でさえ、思わず身を強張らせる。それほどに分かりやすく、露骨に——取り巻く周囲の空気が変質した。
女王デケムが立ち上がり、花蕗静を見下ろし、嗤う。
「シジマ、貴方が貴方自身をどう評するかなんて興味も湧かないわ!でも、私が美しいと思った者、尊いと感じた事……それらに向けられた私の感情をこき下ろす様な戯言は、たとえ何人であろうと許しはしないわ。勿論、それが貴方自身の言葉だとしてもね、シジマ」
遥かな頂。
争い絶えぬ幻想世界の大国を統治する絶対君主が、たかが人一人の為に自らの心を——言葉を偽る道理などない。
放たれるのは徹頭徹尾、全てが真意。
見栄も虚勢も混じらない、余りにも純粋な心根。
「貴方は幼い。弱くて、儚い。それでも尚余りにも気高く、獰猛で、自らの尊厳にどこまでも真摯。正に、私が恋する相手に相応しい人よ。だからね、シジマ——ソレを否定する言葉を口にする事は、この私が許さないわ」
整合性などない。
論理としては滅茶苦茶だし、言ってる内容自体はもっと破茶滅茶。それでも。
「覚えておいて、シジマ。貴方の意味を世界に見出すのは、貴方自身。でも、貴方の価値を決めるのは、この私。だから安心して、シジマ!仮にこの世界の全てが貴方を無価値と喚いても、天上・地上・煉獄——あらゆるすべての世界で、私が貴方の価値を謳ってあげるわ!」
それはどこまでも純粋で強烈な……花蕗静に対する存在の肯定であった。
静が大きく一つ息を吐き……観念した様な、乾いた笑みを浮かべた。その表情は呆れ混じりではありつつも……どこか嬉しそうな気配を纏っていた。
「……全く、アンタ方幻想生まれの連中は本当に、人の思い悩みを悉く、真っ向から打ち抜いてきやがるな。本当に、スケール違いで敵わねぇよ」
「あら!随分とつまらない括りで私を計るのね!私が特別である事に、私の出自は関係ないわ!私が私である事こそ、私が何より特別である証拠なの!」
「はは、流石だぜ——」
——————
「——あの!」
ぴくりと、デケムの視線が星翠を向く。その表情は……心底面倒臭そうで、退屈極まるものだった。
「あら、居たのね伽藍堂」
「……居ました、ずっと」
ちら、と。花蕗静が星翠の顔を見やって……戦慄した。
柔らかく、穏やか。人の良さそうな笑みをいつだって絶やさない、可愛らしい顔立ち。そんな少女の顔は今——様々な種類の怒りがない混ぜになった、最早般若の如き形相を成していた。
「女王陛下。少し、花蕗君と二人で話したいのですけど」
静かに……しかし厳然と。自らの要求を真っ向から突き付ける、現実の少女。当然——幻想の女王が、言葉に怯む訳もない。
「あら、そうなの?じゃあ、それはまた別の機会にしなさいな。今は私が——」
だが。仙波星翠は退かない。
「——私が!彼と!話しているところに、陛下が割り込んできたんです!順番は守ってください!」
強い星翠の声色に、静が思わずたじろぐ。
そんな少女の顔を見て尚、微動だにしないデケム。
その、豪華絢爛な美貌が、凶悪に歪む。
大きく一歩、前へと踏み出し、真っ向から仙波星翠を見下ろし、見下した。
「随分と生意気な事を抜かすじゃない、伽藍堂。お前如きが、私に何をか指図しようなんて、笑わせるわね」
「言い争いたいわけじゃないです。ただ、今は私の番だと言っているんです!」
「だから、それが、私に、何か、関係が、あるのかと、聞いてるのよ。話のわからない空っぽね」
「関係がなくても、それでも今は私が花蕗君と話してるんです!それから——私は伽藍堂でも、空っぽでもない——星翠です!」
火花を散らす、幻想世界の創造主と、産み落とされた異界の女王……もしくは、女子高生と絶世の美女。
双方一歩も退かないその様子に、静が思わず口を挟み——
「お、おい、いきなりギャンスカ揉め散らかすなよ。明日もあるっつーのに……」
「花蕗君は黙ってて!」
「口を出さないで頂戴、シジマ」
「…………押忍」
黙った。




