21時55分
静が、自らの掌を見やる。
次いで馨……そして、仙波星翠を。
視線に気付いた星翠が、静を見返す。
柔らかな眼差し。不安がながらも強さを伴った、優しげな顔。そこに確かに——静は、いつか見た少女の面影を見た。
「……よぉ、王様」
「なんだい、静」
賽は既に投げられた。最早、後戻りが出来る地点ではない。なればこそ、最優先すべきは、守るべき物を守る事。松下馨を……そして、仙波星翠を。これ以上の脅威から守る為に……選択の余地は、どこにもなかった。
「聞かせろよ、プランを。まだ俺にゃ、やれる事が残ってんだろ」
久遠寺御言が、微笑う。
「うん、勿論だよ。静」
——————
「二人に頼みたいのはね、静……星翠。君達が先程交戦した『影』の『パラドクス』……彼を捕らえて欲しいんだ」
「捕える……ってアンタ、簡単に言ってくれるな。こっちゃデケムありきでギリギリだったってのに」
「うん。だから出来れば今回もデケムには力を借りたいね。とは言え、彼女は中々奔放な女性だからね。余り当てにし過ぎるのも良くないだろうけど」
静と星翠の表情が曇る。
その脳裏には、幻想の君臨者……頂点たる女王の高笑い。
「……まぁ、そーな。状況次第だよな……」
「…………」
言葉に詰まる二人の様子を可笑しそうに眺めながら、御言が先を続ける。
「あの子の居場所……潜伏先かな?実はもう調べが付いていてね……『エルミレオ』という商業施設で、今は体を休めているんだよ」
「まーたえらく馴染みのある名前が出てきたな……なんだよ、野郎も地元民かよ」
「そうかもしれないね。で、だけどね。先に静、今回君達が窮地に立たされた原因をどう分析する」
「どうって——」
回想されるは、白旗を掲げた夜の瀬戸際。
破れかぶれで投げ出そうとした少年の背中を思い出して、星翠が唇を噛む。
そんな少女の心の内など知る由もない、静はただ客観的な観察と観測から、この場における正答を引き当てる。
「夜、だろ。野郎のテリトリーとこっちの陣地の線引きが甘過ぎた」
「その通り。あの子の能力が最大化される時間帯、状況での交戦を選び取ったのが君達の敗因だ。勿論、一般人を巻き込まない為にやむを得なかった事は理解しているからね、静」
「フォローしてくれるなよ。悲しくなるぜ」
「ふふ……では、静。彼の能力が最適化されない環境は何だと思う?」
促されるまま、静が思考する。
光源が存在する限り、影が全く落ちない環境など存在しない。だが、その濃淡には差がある。
焼け落ちる夕暮れの中挑んだ一度目の戦闘……言語化は困難ながら、『影』の出現は一定の条件付けを感じさせるものであった。
『影』の生成に必要な闇の性質が例えば濃淡・サイズだと仮定するならば——
「屋内照明……開けた空間の中で均一に照らされる様な環境。落ちる影が淡く、サイズもまばらな場所……か?」
「流石だね、静。その通りだ」
エルミレオは商業施設。
加えて日中……外が陽光に照らされ、『影』を生成出来る条件を満たすであろう闇がそう多くない環境であれば、件の『パラドクス』が今晩と同規模の威力を発揮することはない。
「なら、大丈夫。そもそもの身体能力では、静。君に圧倒的に分があるからね。加えて、あの子の拘束方法についても、既に最適解が出ている——そうだね、星翠」
『封露の天印』。
『テサウル国物語』から借用する形で顕現する、仙波星翠の操る光の柱。貫通した対象の行動を強制封印する、天上兵器。
「規模感ではデケムに及ばずとも、君なら大丈夫。静と協力して、必ずあの子を捕らえて欲しい」
それは果たして、信頼か。
断定する根拠はどこにも無く……それでも、彼女もまた松下馨を救う為、頷く以外の選択肢を持ってはいなかった。
「けどよ、その話を鵜呑みに突撃かけるにしたって、パンピーはどうすんだよ。全員を守りながらってのぁ無理筋だぜ」
「人払いをつけるよ。天麻、よろしくね」
「かしこまりました、お任せください」
後ろで控えていた吉國天麻が、深々と頭を下げる。
その姿に微笑みを一つ渡して、再び御言が静達へと向き直る。
「あの子の潜伏地点までの案内は『俺』達が行う。二人はともかく、直接会敵後の戦闘に集中して欲しい。加えて、馨の事は心配しなくていいよ——彼女の安全は『俺』が保証する」
「頼りになるこった……ちなみに、例の禪茉ってのが介入してくるセンはねーのか?悪ぃが、阿島さんとタメ張るレベルの化け物が出張ってきたら、正直どうにもなんねーぞ」
「ゼロとは言わないけど、それも大丈夫……こちらにも一人、ジョーカーが居てね。伸之の警戒はその子に任せてあるんだ」
「……まだなんか化け物がいんのかよ。インフレエグくて目眩がしてくるぜ」
げんなりした様子の静に、御言が一際柔らかな声色で応える。
「適材適所、ってやつだよ、静——ともかく三人とも、今日のところは体を休めることに集中して欲しい。特に——静。皆までは言わないよ、わかるね?」
「——バレてら。気分悪ぃぜ」
「——……?」
御言と静の間に流れた、不自然なやりとり。
その違和感の正体が掴めないまま、星翠は小さく眉を顰めた。
そんな少女の機微を視界の端に収めながら——けれども特段言及する事はなく、御言が解散の号令を発する。
「天麻、三人を客室に案内してあげて。大切な友人達だ、丁重に頼むよ」
「かしこまりました、『王』」
仰々しいやり取りを経たのち、天麻が三人を先導する。
その、間際。
「——聞き忘れてたぜ、王様。とびきり重大な案件が一つ残ってやがった」
静が立ち止まり、振り返る。
「——【アレ】は、何者だよ。待てど暮らせど、【アレ】についての言及が終ぞなかったからよ」
混沌と混乱に彩られた、狂気の夜。
そんな暗闇をいたずらに、あっさりと——そして、あまりにも乱暴に終わらせた、異質。
これまで出会った、ありとあらゆる何もかもよりも異様な、【ナニカ】。
久遠寺御言が、『真』と呼んだ、なにか。
「ああ、真だね。明石真——あの子のことは気にしなくていいよ。あれは、『俺』達が制御しようとして制御出来る類のものではないからね。考えたり、思い悩んだりすればするだけ徒労になってしまうだけだよ」




