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パブロドグマ  作者: ほたて
深奥
22/46

21時48分

「周囲の人間に対してランダムに『パラドクス』を発現させる。君が無自覚に保有する逆説の異能はね、馨。常理に住まう人々を逆理の住人へと変質させる超能なんだよ」


 松下馨の表情は変わらない。

 驚愕などという言葉も生易しい。余りにも荒唐無稽で、まるで絵空事の様な内容に、既に彼女の理解——そのキャパシティは限界を超えていた。


「発動条件は『松下馨と一定以上接近する事』。能力が弱体化した今だと、大体半径10m位かな。有効射程内に一度でも入れば能力は作用する」

「一度でも……って、まさかすれ違ったら、とかそのレベルの話してやがんのか?いくらなんでも無茶過ぎんだろ、そんなもん世の中総超能力者まっしぐらじゃねーかよ」

「馨の能力が作用する事と、対象が実際に能力を発現することはイコールではないんだよ。この辺りは『俺』達にも未だわからないんだけどね……何かしらの素養・素質、或いは条件を満たした対象が『パラドクス』を発現するんだ。そして、正体のわからないこの【条件を満たす人間】……これがまた、絶対数が少ないのさ」

「クソ面倒な篩だこった……けどだったら、『パラドクス』能力者は全員松下さんのご近所さんだってのかよ」

「先程少し触れた話なのだけど、彼女の能力は弱体化しているのさ」

「なに?」


 御言の視線が、今再び星翠へと向く。


「28年前。出生直後、その瞬間こそが馨の『パラドクス』、その最大出力だったのさ。そこから身体的・精神的な成長に伴って能力は衰退、衰弱したんだ」

「——最大出力、というのは〝範囲〟という認識でいいんですか?」

「その通り。出生後から数年間——馨の『パラドクス』の有効範囲は半径約50km程だった。その時点から考えれば、随分と規模感は小さくなったね」

「世間話みたいに言ってくれんな……」


 静が肩をすくめる。

 その様子を見て、ニコリと、御言が微笑む。


「これ以上の説明はなくとも、静。君ならもう、現状の全体像が把握出来たんじゃないかな?」

 その笑みに、静が怪訝を顕にする。

「カスみてーな買い被りをありがとよ……ま、大雑把にゃ理解したよ」


 馨が救いを求める様に、星翠へと視線を向ける。

 弱々しいその表情に胸を痛め……しかし、ここで言葉を濁すことに意味はないと、意を決して星翠が口を開く。


「『パラドクス』……超能力者の集団にとって、現状確定的な味方を増やす唯一の方法……それが馨さんの保有する『パラドクス』なんです。話にあがった禪茉伸之の思想……最終的な目的が『パラドクス』能力者を中心とした社会の構築だとするなら、それは多分、何を差し置いても手に入れたい物のはずです」

「うん、やっぱり。君は聡明だね、星翠」


 御言が立ち上がる。

 視線の高さを揃えて、静へと向けて微笑みを重ねる。


「『パラドクス能力者』による、社会秩序の再編と再構築。その為に伸之が満たさなければならない条件は大きく三つ。その一つ……そして最大が、馨。君の捕縛と幽閉だ。これを達成するだけで、伸之は新たな『パラドクス』能力者の出現をかなり高い精度で管理することができるのだからね」

「大仰な話だこって……因みに残りの二つの条件ってのぁなんだよ」


「阿島京介の殺害。そして——『俺』、久遠寺御言の殺害」


 びり、と。

 空気が途端に張り詰める。


「知っていると思うけど、京介は世界最強の逆理だ。伸之がどれだけ策を講じても、人を割いても。あるいは世界が、あらゆる近代兵器を投入しようとも、京介は殺せない。あの子を殺害出来る可能性があるのは多分、この世界で現状二人だけ」

「——その内の一人はアンタ、だろ?」


 久遠寺御言が、微笑う。


「既に体験して貰ったけどね。『俺』の『パラドクス』は、全ての逆理の天敵だ。尤も、格闘技術では遠く及ばないけどね……それでも、京介の『パラドクス』を完全に切った後、近代兵器で攻撃、みたいな手段をとればあの子を殺める事自体はそう難しくないだろうね……とは言えあの子もそれを常に警戒しているから、能力が切れた途端に『俺』の首をねじきりに来ちゃうだろうから、とても怖くてやらないけれどね」

「……イマイチ緊張感の長続きしねーにいちゃんだなぁ……そんで?残る一人は」


「——禪茉伸之。あの子自身だよ」

「——!」


「詳細の説明は省く……と言うかそもそも言葉での説明が兎に角難しい能力なんだけどね。伸之の『パラドクス』が干渉するのは、この世界の〝可能性〟や〝確率〟……不確定かつ未確定な現象や事象、そんな全てを制御する様な類の能力なんだ。これもそうだね、条件が揃えば京介——それに『俺』を殺せると思うよ」


 静が思考を巡らせる。


 能力の仔細、それをどうやって調べ上げたのか。

 そもそもどうやって松下馨を『起源』の能力者として特定したのか。それら一切の疑念を、早々に静は破棄していた。

 恐らく——と言うよりも確定的に、こちらの情報を探る、調べる類の『パラドクス』能力者がいるのだろう。それはもう、いい。その能力者が何者なのか、意図はなんなのか。仮にそれらを知ることができたとしても、今この場においてそれらの情報はなんの意味もない。


 重要なのは、二つ。

 久遠寺御言の言葉が真実か。

 そして仮に真実だとして、これからどうするべきなのか。


 ——直感でしかないが、恐らく久遠寺御言の言葉に嘘はない。

 論理的な裏付けも、明白な根拠もない。だが同時に、今この場で口に出す意味のある嘘でもない。消去法的な思考から、静は彼の言葉を真実だと仮定した。


 仮定したならば、それらは既に考えるべき対象ではない。

 思い悩むべきは、その先。


「……アンタ方の情勢は何となく分かったし、改めて、松下さんを連中にくれてやる訳にゃいかねーとも思った。その上で、だ。ア(・)ン(・)タ(・)は(・)何(・)を(・)し(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)ん(・)だ(・)?(・)」


 久遠寺御言が、微笑う。


「連中に大それた大義みてーなもんがあることも、その為にアンタが狙われるかもしれねーみてーな話も、わかった。けどよ、肝心要の『アンタ自身が何を目的にしてるか』だけが皆目見当もつかねー。俺と仙波を巻き込んで、頭のいかれたテロリスト共とバチバチやって……アンタは一体なにがしてーんだよ、久遠寺御言」


 久遠寺御言が、わらう。


 ——————


「別に」

「……んだと?」

「『俺』に何か、大層な思想や目的なんてないよ、静。世界を変えようだなんて思ってもないし、何者でもない何者かになりたいとも思わない。ただ『俺』はね、静。望んでもいない『逆説の異能(パラドクス)』を持ってしまったが故に、上手く生きられない様な友達が、少しでも生きやすい様に、世界を少しだけ整えたいだけなんだよ」


 花蕗静。

 仙波星翠。

 そして、松下馨。


「君達三人は一度だって、自らの能力を望んだ事があったかい?……結果論としてやむに止まれず、じゃない。自ら死地に赴く為の片道切符を、進んで掴み取ったかい?多分だけど、そんなことは無かったはずだ」


『パラドクス』などと言う逆理の異能がなければ、決して訪れることのなかった、痛みや苦悩。そしてそれらは今尚連綿と、彼らの人生を蝕み続けている。それは確かに、紛う事なき——現実だった。


「『俺』はね、静。君達に救われて欲しいと思っているんだ。勿論それは、『俺』が与えてあげられるような代物じゃない。宿してしまった異能と向き合い、自らの運命を打倒し、君達自身で『何者でもなかった』君達を取り戻して欲しいと願っているんだよ。『俺』が望んでいるのはね、星翠。そして、馨。そんな君達の力になる事だけなんだよ」

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