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パブロドグマ  作者: ほたて
少年少女
16/46

20時28分

 細くしなやかな白い指が、絹の様な頬へと添えられる。

 古い、寂れた夜の庭先に、絶世の美貌を有した女王が軽やかに踊る。幻想的、などという比喩すら生温い……それは正しく神秘の光景であった。


「あぁ!なんて悩ましくて、甘美で、幸福な気持ちなのかしら!そうよ、私貴方に恋してるんだわ、シジマ!だから、ねぇ!貴方も私に恋して頂戴!」

「ちょ、アンタマジ言ってんのか。TPOの概念とかねーのかよ……いや、ねーか?や、だとしても今じゃねーだろ——おい、手ぇ掴むんじゃねぇ!」

「じょ、女王!今それどころじゃ——」


「お黙りなさい伽藍堂」


 急転直下。

 切り捨てる様に突き付けられた言葉に、星翠が思わず尻込みする。そんな少女の狼狽などはどこ吹く風——君臨者は呆れ顔で溜息を吐いた。


「お前の意見を求めた覚えはないわ。そもそも、身の丈にも合わず、私の力の一端を間借りしておいて、この程度の有象無象に手こずるなんて、恥を知りなさい」

「それは——そう、ですけど!恥は承知で聞いてください!」

「嫌よ」

「嫌⁉︎」


 ぷん、っと。名残惜しげに静の手を離すや、その両腕を体の前で組みながら、女王はそっぽを向いてしまった。


「お願いされたから断っただけよ。お前の都合になど、興味も湧かないわ」

「……ここまで対応の差が出るもの……?」

「五月蝿いわよ、陰気女。空気が濁るから黙ってて」

「すいません‼︎」


 思わず口を挟んだ馨を一刀両断した女王へと向けて、再生成された『影』が迫る。


 総数またしても二十以上。

 最前線の一体が振りかぶったその切っ先が、デケムに向かう。


 心底めんどくさそうにデケムが『影』を見やる。

 幻想の頂点……莫大な数の『天印』を操る女王にとって、地を這う『影』がいくらその数を増やそうと、脅威にはなり得ない。本来的に、彼女に誰かの助けなどいらない。


「あら?」


 故にこそ、放たれた『パラドクス(行動)』に打算はない。混じり気なく、ただ目の前の存在を守る為——ただそれだけの為に放たれた自動迎撃は、女王を庇う盾となった。


「——————!」


 ぱっ、と。

 仄かに頬を赤らめながら、感無量の様子で、デケムは両手で口を覆う。そんな乙女な動作の全てにツッコむ事は早々に諦めたらしい、静が必要情報だけを確認する。


「理屈は知らねーが、今は味方って事でいーんだな?だったら手ぇ貸してくれ、女王様!」


 ——だが。

 

「嫌よ」

「嫌よ⁉︎」


 再び……しかし今度はなんともわざとらしく、君臨者がそっぽを向く。


「それは勿論、貴方の手助けをするのはやぶさかじゃないわ。本当よ!でも、そんな他人行儀な頼み方は、嫌」

「……マジで言ってんのかよ、このじゃじゃ馬——!」


 ちらり。

 口元を隠したまま、女王が静を見つめる。


 異形の『影』は次々と復元していく。

 選択の余地は、ない。


「——っとに——!頼む、デケム‼︎」

「えぇ、勿論よ!シジマ!」

 華やかに、鮮やかに。——デケムが笑みを浮かべる。


 刹那。上空より降り注ぐは幻想兵器『虐戮の天印』、その一斉掃射。

 正確無比。脅威的な精度で放たれる光の剣が次々と『影』の軍勢を刺し貫く。


「——————」


 圧巻としか言いようがない、無双と蹂躙。

 だが、それを引き起こした当の本人の関心は、まるでそこには無く。


「私が女王である事は、私が私である事と切り離せない。それでも、貴方が私を呼ぶのに相応しいのは、そんなつまらない身位や敬称ではないわ!あぁ、本当に!私の名前を呼ぶ権利をこうも容易く得るなんて、やはり貴方は素晴らしいわ!シジマ!」


 くるくると舞い踊るその姿を見ながら。

 

「……なぁ仙波。どうやってア(・)レ(・)に勝ったんだ?」

「……あー……」


 ドン引きであった。


 ——————


「——あら?」


 闇が、蠢く。

『虐戮の天印』によって貫かれた『影』が、次々とその姿を消していく。残されるのは夜の闇。その深奥より、新たな『影』がその姿を現す。


「『虐戮の天印(コレ)』で穿たれてすぐに元通りだなんて、なかなか珍しい代物ね、あの埃」


 ——違う。アレは元に戻ってるんじゃねー。解(・)除(・)し(・)て(・)、(・)作(・)り(・)直(・)し(・)て(・)や(・)が(・)ん(・)だ(・)——


 無尽蔵に産み落とされる異形の軍勢。——その認識は、間違っている。

 もし仮に、『影のパラドクス』……その軍勢の総数に際限がないのなら、今この場において動員数を増やさない理由はない。規格外の怪物……女王デケムを前にして、出し惜しむ理由があるとすれば——能力的な限界。


 ——やっぱさっきと数がほぼ変わってねー。三十体前後……これが野郎の最大値って事か——


『パラドクス』の展開を維持しつつ、星翠もまた、静と同じ結論に辿り着こうとしていた。


 ——破壊後の解除、そこからの再生成にリスクがないとすれば、不用意な一撃必殺——『虐戮の天印』じゃ埒が明かない。だとすれば——


「凛々しくて素敵よ、シジマ!それで、考え事はどういうお話?」


 後ろ側で手を組みながら、可憐な笑顔のままデケムが問い掛ける。その表情を一瞬だけ見つめて——静が口角を上げた。


「連中は木偶、って話だ。ぶっ壊しても替えが効くだけ、キリがねーって話さ」

「あぁ!なんて分かりやすい説明!素敵だわ、シジマ!」


 言葉に、変わらぬ笑顔を向けたまま。その意図を汲んだデケムの腕が高く上げられ——振り下ろされる。


「——————じ(・)ゃ(・)あ(・)、(・)こ(・)っ(・)ち(・)」


 天空より飛来するは、白き光の柱。

 刺し貫いた対象の行動を強制封印する、拘束を目的としたもう一つの天上兵器。その名を『封露の天印』。奇しくも、仙波星翠が最初に選んだ武器——その選択は正しかった。


 ——————


 一度目の戦闘。

 夕焼けの中で繰り広げられた、最初の戦い。

 あの時、『封露の天印』による拘束から逃れるために『影のパラドクス能力者』がとったのは、能力の完全停止だった。

 

『封露』の強制封印の範疇には、『一時解除』が含まれていた。故にあの時、敵の本体は追撃の断念を余儀なくされたのだ。


 ——————


 黒き影の能力者も、先の戦闘における肌感で、その事実は承知していたのだろう。軍勢に、警戒を緩めた気配は微塵もなかった。仙波星翠によって操作された四本の天印——それらを被弾しない様に、彼らは細心の注意を払っていた。


 ただし相手は女王デケム。

『天印』の真なる保持者にして、幻想の絶対者。


 降り注ぐは百を超える光の奔流。

 立ち塞がる影の軍勢を軒並み貫き、封印する、天使の御業。逆理の介入を許さない、天上の常理。


 ——————


「——『鈴音よ、その響きを——』!」


 瀑逆の如き光の中、唱えられるは二文節の詠唱。

 次の瞬間、軍勢の足元に光の軌跡が現れる。

 静の判断よりも一手早い、星翠の『魔法』。


 ——この土壇場、光ってんのは足元、仙波の意図は——!


 光が指し示すのは、軍勢それぞれの足跡《そくせき》。

 一貫性の薄い、バラバラの光の跡。その中にあってただ一つ、大きな違和感があった。


 ——ある一体。軍勢の最後方に身を隠す『影』……その足元の光だけが、殆ど軌跡を描いていない。


 デケムは星翠の意図を理解していない。故にこその無差別一斉掃射。だが、口頭で具体的な説明をすれば、自分達の狙いが『本体』に看破されるリスクが生まれる。


 故に、静の言葉は短く——けれど、全幅の信頼を寄せて。


「デケム!道を、頼む!」

「あら、謙虚なお願い!お安い御用よ、シジマ!」


 応えるその顔は、やはり可憐なばかりの笑み。さりとて、振るわれる力は絶大。

 低い姿勢で駆ける静へと向かう全ての『影』は『天印』によって封殺される。


 一秒の後、静は遂に不動の影——『本体』の眼前に辿り着く。

 ここに至りようやく、『本体』も静達の狙いに気付く。

 両手を体の前で交差し、防御体制をとる。


 だが、もう遅い。


『本体』の防御が整うよりも早く、静の上段回し蹴りがその頭部を撃ち抜く。

 たたらを踏む『本体』。それでも、一撃必殺とはいかず、その体躯は未だ臨戦の姿勢を解いてはいなかった。


 だが、十分。

 そもそも静の一撃は、ダメージを狙ってなどいないのだから。


「——あぁ、ソレね。教えてくれてありがとう、シジマ」


 遂に静の意図を正確に理解したデケムの腕が振るわれる。

 召喚された『天印』が、『本体』の手足・胸部を刺し貫き、以降のあらゆる動作を封殺した。


「こちらこそだ——全く、頼りになる女王様だぜ」


『影』の軍勢が、掻き消える。

 ここに、影の『パラドクス』は解除された。

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