第七話 胸の奥で、何かが形になり始めた
「サガああああああ!!」
感情が、爆発した。体が、力を、無理やり動かした。
シューニャの足元で小爆発が起こった。その威力は体を押し出すのに十分、一瞬で加速したシューニャの体はトロールとサガの間に割って入った。
「!?」
「はああああッ!!」
力は暴れているようで、完全に統制されていた。
シューニャの手から、小さな炎が放たれた。燃えるものを求めるようにゆらめく、小さな炎。トロールの顔へ、真っ直ぐ、弱々しく飛んでいった。
それがただの炎なら、誰でも容易く振り払えただろう。ただの炎だったなら。
棍棒を振るった。炎は消えなかった。
炎は、燃え移った。
瞬き一つする間に、棍棒の炎が全身に広がった。
さすがのトロールも、己の体が燃える苦痛には耐えられなかった。何とか炎を消そうと、暴れまわった。しかし勢いは増すばかり。
「サガ、巻き込まれる。離れよう」
「シューニャ……?」
「はやく。立って」
シューニャは放心状態のサガの腕を両手で引っ張った。トロールから離れることだけを考えて走った。
地面に擦られる痛みに、冷静さを取り戻したサガはシューニャを止めた。砂を落として立ち上がった。
「もう、大丈夫だ。助けてくれてありがとう、シューニャ。」
「ううん、勝手に体が動いただけだよ」
サガの涙を見た瞬間、シューニャは自分の中に強い何かが生まれたのを感じた。サガを助けたいという、体をも突き動かす思いだ。
胸の奥で何かが形になり始めたのを感じた。
トロールは炎に貪り食われ続け、段々とその動きを弱めていた。
そして大きな音を立てて倒れ伏した。炎の勢いが収まっていった。
完全に炎が消えたと思った瞬間。炎が花開いた。色とりどりの炎が宙を舞い、空気に溶けて消えた。
二人は顔を見合わせた。
「あれ、流石に死んだよな?」
「死んでなかったらおかしいよ」
「やっぱそうだよな……!」
サガの鼻と目元がみるみる赤くなっていった。
「良がったあ……! 俺まだ助かっだああ!!」
サガはシューニャをハグした。凄まじい泣き顔だった。
「ありがとう、シューニャ!!」
シューニャは満ちたような感覚だった。空っぽだった胸の奥に、小さな熱が宿った気がした。
「どういたしまして」
満面の笑みで、ハグ仕返した。
「それじゃぁみなさん、帰りますよ!」
ゾーイの呼びかけに、休憩していた全員が体を伸ばした。ペトロはゾーイの肩を借りつつ、何とか立ち上がった。
道中、シューニャは称賛の嵐を浴びていた。何回か巻き込んでしまったと謙遜しても、それでも倒したのはお前だと称賛された。そして、ペトロも称えてくれたことが、心の救いだった。
シューニャは、笑いあって話す皆を見て気づいた。あの時の引っ掛かりの正体である。
サガが死に怯えていたときの、泣き顔。それを見たとき、思い出した。魔物に襲われたクィエスタ村で、瓦礫に埋もれ、泣いていた自分を。あのとき、走馬灯の激流の中で確かに引っかかっていた、小さな熱を。
そして、初めての依頼で、もらったもの。
おじいさんがくれた、赤い木の実の酸味。
重労働の後に飲んだ、冷たい塩水の味。
そして、命を救ったときにサガがくれた、温かな笑顔とハグ。
その後の日々でも誰かに必要とされ、感謝される度に、胸が熱くなった。
これまでに得た全てが、繋がっていった。一つの点に、収束していった。
(私は人の求めに応えて、笑顔を見たかったんだ。)
走馬灯で引っかかったのは、「欲」という感情だったのだ。
シューニャは胸に手を添えて、その気づきを大事にしまった。
街の方角の星が、一際瞬いて見えた。




