第三話 死なないでくれてよかった
限界一杯まで開かれた手のひらの先に、何かが生じた。
小さい炎だった。猛々しく、強い光を放つ炎。一瞬のうちに轟々と膨れ上がり、炎球を形成した。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
「グルッ?」
獣の如き咆哮とともに、炎球が圧縮され、打ち出された。
狼に直撃。勢いそのままに、木々をへし折りながら吹っ飛んだ。
大木に激突すると、炎球が炸裂した。森全体が昼のように輝き出した。
「シューニャ!!」
手を握ったり開いたりしていると、シューニャの視界が横転した。
サガは心配そうな表情で駆け寄った。
「あれ……?」
「お前、さっきの、大丈夫か!?」
「うん……なんだか力が抜けただけ」
「そうか。なら、良かったよ」
サガはシューニャの隣で大の字になった。
「いやあれは、本当に、死ぬかと思った!」
「うん、私もそう思った」
「ほんとびっくりだぜ、お前がまさか能力持ちだとはな」
「うん、私も初めて知った」
サガはぐりんと、顔をシューニャに向けた。
「本当に、助かった。 ありがとな!!」
満面の笑みだった。シューニャは、胸のあたりが熱を持つのを感じた。
「私も、死なないでくれてよかった」
精一杯の笑顔で返すと、サガは照れたようにそっぽを向いた。シューニャの表情は一瞬で疑問のものに変わった。
「さて、狼の死体を持ってこよう。あれは毛皮が高く売れるんだぜ。シューニャ、もう立てるか?」
「うん、大丈夫そう」
狼の死体には大きな外傷はなかった。一部分だけ炭化していたが、口周りと胸元の血、そして全体の土よごれさえ落とせば、きれいな毛皮が採れるような状態だった。
二人で担ぎ上げ、来た道を歩いて帰った。道中一度だけ角の生えた兎と遭遇したが、シューニャが火炎を放って倒した。感覚を思い出しつつ放ったので、消し炭になったが。
あのときも今も、暴発するような感覚だった。どうしても制御が難しかった。
森を出ると、草原が月に照らされていた。入った頃は西に湧いていた雲も、完全に東の方へ流れていた。
「三、四匹狩るとは言ったけど、結局コイツしか狩れなかったな」
「うん。すごく疲れた」
「とはいえ、二人で金を分けても十分多いくらいこいつは高いんだぜ。多分、いつもの収入よりも多くなりそうだ」
シューニャは、帰りは退屈ではなかった。死線をくぐり抜けたからか、それとも一緒に同じ荷物を持っているからか。二人の仲は少しばかり深まっていた。お互いに色々なことを聞きあった。
「サガはいつから狩人やってるの?」
「そうだな、二年位だ。子供の頃から弓を習ってたし、一番うまいって言われてたから、問屋で狩人やってみようって思ったんだ」
「ふぅん、結構身のこなしとか弓とか凄いのに、思ったよりも長くない」
「あぁ、日に焼けてたり顔に傷はあったりするが、まだ十九歳だからな俺。弓は十二年近く続けてるけど」
「思ったよりも若い」
「よく言われるよ」
サガは喉仏の少し上を掻いた。
「シューニャはどこから来たんだ?」
「出身はクィエスタ村。だけど気づいたら知らない場所にいて、見つけた道を辿ってたらこの街についた」
「そうなのか……。今日問屋に入ったばかりなのか?」
「うん」
「どうりで。シューニャの服新しいなぁって思ってたんだよ。炎の力は? 初めてって言ってたけど」
「うん、初めて見た。自分の手のひらから炎が出てきたのなんて」
「あは、俺もだ。人の手からあんなのが出るなんて、顎が外れるところだった。問屋のなかでも、魔法使いは珍しいものでな!」
サガは豪快に笑った。その豪快さは、しょっぱい冷水を出してくれた依頼人を彷彿とさせるものだった。
二人の会話は街につくまで続いた。
「依頼の達成処理、どうやるかわかってるか?」
「いまいち」
「じゃぁこの狼買い取ってもらうついでについていくよ」
「うん、ありがとう」
街に入ろうとすると、衛兵に呼び止められた。というのも不審に感じたからではなく、単なる好奇心だった。
衛兵たちはさらに好奇心を高ぶらせ、仕留める時の話を求めた。サガはシューニャの能力について伏せて話した。シューニャに視線を向け、穏やかな表情をしてみせた。
夜の大通りも人の数は変わっていなかった。シューニャは、人々の視線が頭上に集まっているのを感じた。香ばしい揚げ物が空腹を思い出させたので、すぐ気にならなくなったが。
一人密かに格闘していると、問屋に着いた。
サガが体で扉を押し開けた。気づけば、間に野次馬が寄ってきた。押し合ってはサガに話しかける人々を見て、思わずシューニャは笑った。
受付までの道が、いつもの何倍も長かった。
「こんにちは、ご要件は……明らかですね」
「あぁ。こいつの解体と買取を頼む」
「承知しました、あちらへ運んでおいてください」
「おう」
二人は解体所の台の上に、そっと下ろした。サガが背中をそらして気持ちよさそうにしていたので、シューニャも真似た。なんとも言えない音が連続し、背骨全体に快感が広がった。
「よし、じゃぁ依頼達成のやつ書くよ」
「忘れてた。お願い」
サガはササッとサインしてシューニャに返した。すぐ受付に三枚証明書を提出し、達成報酬を受け取った。
数分後解体と査定が終わり、お金が引き渡された。拳ほどの範囲だけ炭化していたものの、大部分の毛皮は状態が良好だったので色がついた。中身は使い物にならないそうで、その分は買取額に加算されなかった。魔物の心臓と並んで最重要部である魔石はギリギリ砕けておらず、正規の価格で買い取られた。
二人は五対五で分け合った。
「な、高かっただろう?」
「うん、これでどのくらい宿、泊まれる?」
シューニャの見せた麻袋のお金の量を見て、サガは顎に手を当てた。
「そうだなぁ……それなりに高い宿なら二週間近くはいけるんじゃないか?」
「えっ、そんな凄いの?」
「おう、だいぶ多いぜ。ちなみに飯も美味くてベッドも高級宿に匹敵するレベルなのに、そのお金で三週間は絶対泊まれる宿知ってるけど?」
サガが鼻を高くして言った。そうなんだ、と軽く返すと、伸びた鼻が縮んだようだった。
「もうちょっとノッてくれてもいいじゃないか」、とぼやきつつも、サガは普通に宿を教えた。道を教えるついでに、シューニャを送っていった。
「ここだ。道、覚えたか?」
「うん。ありがとう。あと依頼もありがとう」
「いいやこちらこそだそれは。命も助けてもらったわけだしな」
サガはじゃあな、と言って来た道を戻っていった。シューニャがさようなら、と手を振ると、振り返って振った。
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