第二話 私にできること
最初の仕事は採集作業のお手伝いで、主に道具や採集物の運搬を行った。時々依頼主のおじいさんが、とれたての赤い木の実を食べさせてくれた。程よい酸味で、汗の流れた体に染みた。そして、おじいちゃんのそのささやかな思いやりも心に染みた。
二時間程度で採集は終わり、シューニャは依頼達成の証明をもらった。
「今日は、ありがとう。本当に助かったぞ〜!」
「うん」
朗らかに手を振ってくれるおじいさんに、シューニャも振った。かすかに微笑みながら。
二つ目の依頼も同様に運搬系の手伝いだが、こちらは先程よりも重労働だった。四肢が怪魚みたいな太さの依頼主と一緒に、液体が満たされた瓶や鉱石が入った木箱など、やたら重いものを運んだ。
「嬢ちゃん、細えのにだいぶやるじゃねぇか!」
「うん、重いのは得意」
汗は採集の時よりもかいた。腕も震えて悲鳴を上げていた。
日が完全に沈んだ頃、運ぶ荷物はもうなくなった。
おつかれさん、と証明といっしょに依頼主が出してくれたのは、コップ一杯の水だった。しっかり冷えているのか、コップにはたくさんの水滴がついていた。飲んでみると、体の火照りが少しおさまった。それだけでなく少し塩味が効いていて、汗の吹き出す体が喜んだ気がした。
「助かったぜ! マジでありがとさん!!」
「うん」
依頼主の男性がぶんぶん腕を振った。やはり太さも相まって、とても豪快であった。
シューニャも同じように、華奢な腕を大きく振った。
(次の仕事、大丈夫かな……)
震えの残る腕を見ながら、シューニャは心の中で不安を漏らした。
三つ目の依頼は、討伐の手伝いである。いわば荷物運びだ。いくら討伐に関与しないとはいえ、危険な目に合わないとは限らない。
待ち合わせ場所で待つこと数分。震えを何とか抑えようとしていると、依頼主が来た。駆け足で呼びかけて来る彼は、狩人だった。
走ったからか肩を上下させる狩人。彼は大きなバッグを背負っていた。支える棒のように使われている弓は、平均的な彼の身長と同じくらいか、ちょっと短い程度のものだった。
この様子にシューニャは、討伐前にこんなに息を切らして大丈夫なのか、と単純に思った。腕に震えの残る自分はさておいて。
「よろしくお願いします」
「おう、よろしくな! 俺はサガフィード、サガと呼んでくれ。 君は?」
「シューニャ。よろしく」
「シューニャか、覚えた。今日は頑張ろうな!」
「うん」
サガフィードは彼女の無機質さに少し眉をひそめ、つい耳の裏を掻いた。
「依頼の内容だけど、このカバンを持ってほしい。ここに狩った魔物を入れるから結構重くなると思うが大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「まぁ何十匹も狩るってわけじゃないからな。でもキツそうだったら教えてくれ」
「わかった」
いくつかの説明が続いた後、二人は街を出発した。
森までの道は短く、十分ほどで到着するらしい。西の方に雲がでていたが月は出ていた。おかげで足元は見えやすかった。
いくらすぐ着くとはいえ、見通しがいいだけの道は退屈であった。シューニャは手持ち無沙汰な口ぶりで、サガに話しかけた。
「ねえ、今日は何匹狩るの?」
「え? 三〜四匹くらいが目標だな」
ふぅん、と軽く返した後、到着まで沈黙が続いた。
着いた森は街に来たときに通ったものと比べて、少し空気が通っていた。木々の隙間からは月明かりが差し、見通しもさほど悪くなかった。
「最初はそこまで警戒しなくていい。安心して俺の後ろについてきてくれ」
「うん」
サガは慣れているので、森の中をズンズン進んでいった。蔦を断ち切り、草葉を除け、足場の悪いところはひょいと飛び越えた。お陰でシューニャも歩きやすかった。
森に軽快な音や素軽い音がしばらく響いていると、背後から気配がした。サガは瞬時に気づき、シューニャを後ろに誘導した。
目の前の低木が震えた瞬間、サガは背中の弓を手に取り、矢を放った。
避けるように飛び出したのは猪の魔物。
「こいつかぁ……前に突き出した牙が角みたいだし、しかもうまく使いやがるんだよなぁ」
サガの曰く、突進と合わせた刺突攻撃が厄介らしい。障害物を利用した立体的な攻撃も特徴で、森の中では中級者でさえたまに手を焼くらしい。
猪はふわりと着地し、真っ直ぐにサガを睨んだ。サガは低木に刺さった矢を見つつ、ニヤリと獲物を見据えた。
月が雲に隠れ、猪の目が光った。
「さぁ、来い!」
「ブモォッ!」
サガは突進に合わせて跳躍し、華麗に避け続けた。凄い軽業だな、とシューニャは素直に感動した。その動きをじっと眺めていると、はっと目を見開いた。跳躍の度に、足が一瞬煌めいたのである。
どういう原理かはシューニャは分からなかったが、常人離れの動きのタネということは理解した。
サガは避けるだけでなく、空中で弓を引いて猪を射た。威力は全開ではないし、暗くなったが精度は確か。時間をかけて、猪はその勢いを弱めていった。
猪が宙に舞ったところに、サガはどっしりと構えた。仕留めた、という表情で矢を引くと、ギギギと弓がしなった。
矢に力が溜まり切ったその瞬間。
「「えっ」」
二人とも、無意識に抜けた声を出した。
引き絞られた矢は解放された。掻き消えた影を突き抜け、ブスリと地面に刺さった。
新たに現れた狼の魔物とサガが対峙した。その大きさは猪の二倍ほどで、サガと比べても一回り大きかった。
鼻から吐かれた生ぬるい空気が、サガの頬を舐めた。
「うまそうに食いやがって……」
狩人は引き絞り、獣は咀嚼する。
飲み込む直前に放ったが、首を振るだけで容易く避けられた。
――両者の間に静寂が降りた。
時間の進みが遅くなったと思えば、サガの足が煌めいたと同時に急加速した。一瞬だったが、シューニャはそんな錯覚を覚えた。
(私ができることはない?)
目の前で繰り広げられる、命を懸けた攻防。だが自分は変わらずただ眺めるだけ。そんな自分が嫌だった。
その思いに突き動かされ、役に立てないかと考えた。何度も何度も考えた。そうしているうちに、何としてでも役に立ちたいという、強い意志に変わっていた。体も強い熱を帯びていた。
「サガ! 頑張って!!」
結局何も思いつかなかった。せめて声援だけでも、と思ったのだった。
だがそれも虚しく、散ってしまった。
「シューニャァ!! 逃げろォ!!!」
サガは、狼に押さえつけられていた。
目の前が、真っ暗になった。
「早く! 俺に構うな――おぇ」
サガが狼に舐められた。
思わず腰が抜けた。もう助からないのかと思うと、泣くことしかできなかった。
狼とサガの鼻先が徐々に近づいていく。
シューニャは、泣きながら右手を伸ばした。お願い、食べないで、やめて! だめだめだめだめ――
ほぼ無意識だった。同じ言葉が反響していた。得体の知れない何かに突き動かされていた。
「だめえええッ!」




